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ディザイアゲート  作者: M.O.I.F.
第1部
32/39

第二十八話 文化祭前夜

裕香が宮城 夏美と再会してから、文化祭の準備は驚くべきスピードで進んだ。

やっぱり、どこかギクシャクしていたのだろうか、斎藤から「もう大丈夫なのか?」と聞かれた。

あいつにまで察せられるということは、よほどのことだったのだろう。

由真にもぬいぐるみを返せたことを伝えると「ようやくかぁ……」と、彼女はどっと疲れたような声を出していた。

……そこまでだったんだろうか。

というか、引き金を引いたのは由真だけどな!

結果が良かった方向になったとはいえ、一時期はどうなることかと……。

まぁ、終わったことをとやかく言っても仕方がない。

今できることをやっていこう。

裕香の協力もあって、教室の内装はかなり進んだ。

お菓子作りの方も、文句はないだろう。

あとは……。

「ねえ、佐伯君」

「ん? どうした?」

足元から聞こえる声。

それになんの戸惑いもなく、返事をする。

裕香と再会したあの日から、宮城 夏美はちょこちょこと教室に顔を出していた。

こいつにしては、高校生活初めての文化祭なのだ。

何らかの形でかかわりたいのかもしれない。

「衣装、どうするの?」

「……」

言葉にならない、うめき声がこぼれる。

文字にすると、「うんぐぁ」みたいな。

それにしても、しまったな……全く考えていなかった。

「その様子だと、全然考えてなかったんだね」

「ああ……しまったな。だが、いまからやっても、間に合わないぞ……」

「そういう時こそ、裕香だよ」

「……ああ、なるほど」

確かに、裕香の能力であれば衣装を作るのは難しくないだろう。

だが、肝心なのはデザインだ。

いくら、アリスがテーマとはいえ……。

「そこで、私の登場!」

「人の心を読むな。それに、お前にデザインなんてできるのか?」

「言ったな、見てろ~」

そういうとクマのぬいぐるみは、俺の机からノートとペンを取り出すと、さらさらと何かを書き始める。

一体どうやって、このぬいぐるみはペンを持っているのだろうか……。

「できた」

「なっ……!?」

そこに書かれていたのは―――ぐちゃぐちゃの棒人間だった。

「一種のホラーだぞ、これ……」

「ひどいっ!? これでも、自信作なんだぞ!!」

「誰か、衣装デザインができるやつがいないかな……」

「さらっとスルーされた!? いいもん、知ってるけど教えてあげないから!!」

「誰だ?」

「う~ん、どうしようかな……」

「交換条件か?」

「そういうわけじゃないけど……」

俺の問いかけに、宮城 夏美は本気で困惑しているようだ。

交換条件を引き出そうとしているわけではないのなら、悩む必要もないだろう。

ならば何故……。

「ああ、そういうことか」

「ん?」

「デザインができるやつって……あいつのことだろう?」

俺の視線の先には、目当ての人物が立っていた。

今もものすごい形相で、裕香のことを見ている。

「うん、あの子」

「衣装を作成するとなると、かならず裕香は梨絵と関わらなければならない。だが、見ての通り梨絵は、裕香のことを敵視しているし、そんな梨絵に裕香はすこし恐怖を感じてる」

「当事者である私が言えたことじゃないんだけどね」

「それに関しては、不可抗力というものだろう。だが、衣装を作るうえであいつの協力は必要だ」

「それがわかってるから、複雑なんだよね……」

「お前のこと、話してみるのはどうなんだ? 裕香と利絵の確執があの事件にあるのなら、当事者のお前が出るのは道理だろう」

「……わかってるけど、簡単じゃないんだよ。自分が死んでるって、自覚するのはさ」

普段明るいから、忘れてしまう。

目の前にいるクマのぬいぐるみ―――宮城 夏美はすでに故人であることを。

そして、彼女は自分が死んだ自覚がないまま、いまこの瞬間に存在している。

どういう感覚なんだろうか。

生きているのに死んでいる、死んでいるのに生きている。

そんな矛盾した事実を抱えながら、このクマのぬいぐるみは何を思っているのだろうか。

「……すまなかった、お前への配慮が足りてなかった」

「デリカシーが存在しない佐伯君が配慮とか言ってもね」

「はぁ!?」

ふと、後ろから聞こえてくる声。

振り返ると、そこには由真が立っていた。

「まぁ、躊躇いもなく人の頭を撃つくらいなんだから、人の心があるかどうかも怪しいけど」

「まだ根に持ってるのかよ……」

「いいから、ほら。一人でぶつぶつ言ってないで、作業してよ」

「いや、ちょっと衣装について考え事をな」

「衣装~?」

なんで考えてなかったのかなぁ、と言わんばかりの顔をする由真。

いや、だってそれどころじゃなかったし……。

「もう時間ないから、水瀬さんに作ってもらうしかないじゃない?」

「それはそうなんだが、裕香に頼むといっても衣装のデザインがないとな……」

「確かに。デザインも任せる、ってわけにはいかないよね」

「で、衣装デザインができるやつがいたわけだが……」

「……ああ、なるほど」

それだけで由真は察してくれたようだ。

「あの二人だけで進めるのは、ちょっと難しいと思うよ」

「それは俺も同感だ。だから、どうしようかと」

「……蓮花は渡さないよ」

「誰も頼んでねえ!!」

確かに、あいつの陽気さがあれば喧嘩は起きないだろうが、同時に作業が全く進まないだろう。

この状況でのんびりはしていられない。

さて、どうするか。

悩んでいる時間はないが、かと言って他に代案があるわけでもない。

……仕方がないか。

「とりあえず、俺から声をかけてみるか……」

「調整役も大変だね」

「誰のせいだよ……」

俺を文化祭の実行委員に推薦した張本人は、明後日の方向を見ながら作業に戻っていった。

「……とりあえず、お前はかばんの中に入っておけ」

「……了解」

宮城 夏美は、俺の意図を察したのか、すぐにかばんの中に入った。

そのかばんを持ち上げると、俺は梨絵に声をかけた。

「ちょっと頼み事があるんだが、いま大丈夫か?」

「なに?」

明らかに不機嫌そうな梨絵。

まぁ、裕香のパートナーである俺のことも、快くは思っていないのだろう。

「衣装デザインをできると聞いたんだが、クラスの衣装のデザインを頼めないか?」

「なんで今?」

梨絵はすごく不思議そうな顔をしている。

当然だ。だって、こんな直前に頼むものではないから。

……ここは素直に言うしかないだろうなぁ……。

「いや……実は……」

「……まさか、忘れてたわけじゃないでしょうね?」

「……そのまさかです……」

そんなに顔に出てただろうか……。

ちなみに俺の回答を聞いた梨絵は、口をポカーンと開けて静止している。

いやぁ、「唖然としている」を体現すると、こんな感じかぁ……。

そんな現実逃避をしている時間もなかったので、話をすすめることにする。

「頼めないか?」

「まぁ凝ったやつはかけないけど……」

「それで大丈夫だ、助かるよ」

「貸し、一つ」

「……なにかでお返しさせていただきます……」

中間管理職って、こんな気分なんだろうなぁ。

とりあえず、デザインを頼むことはできた。

後は……裕香だな。

「裕香、いま大丈夫か?」

「どうしたの?」

「ちょっとトラブルがあってな……」

裕香に衣装を用意していなかったことを伝える。

すると裕香も「忘れてた……」と、頭を抱えたのだった。

「それで、どうしたの?」

「梨絵に頼んだ」

「えっ?」

「衣装デザインを梨絵に頼んだ。デザインができるって、こいつから聞いたからな」

俺のかばんから顔を出すくまのぬいぐるみ。

それをみて、「ああ、なるほど」と呟く裕香。

「夏美が頼んだの?」

「いや、こいつはかばんの中でじっとしてもらっていた。さすがに、言うわけにもいかなかったからな……」

裕香と梨絵の間にある大きな溝。

その一端が、この宮城 夏美にあることはわかっていた。

だが、いきなり言われても信じないだろうし、逆鱗に触れるのは明白だ。

存在を信じてもらえなかったときのこいつの気持ちを考えると、軽率に伝えることもできない。

「そこで、衣装デザインが出来上がったら……」

「私が作ればいいんだね?」

「ああ。頼めるか?」

「……なんとかやってみる」

「すまない」

とりあえず、これで衣装デザインが出来上がるのを待つだけだ。

実際に微調整するときは、俺も間に入ればいい。

……なんとかなるだろう。

一抹の不安を抱えながら、俺は作業に戻った。


 * * * * * * “”


「はい」

「……はやいな……」

「急ぎなんでしょ?」

受け取ったデザインはどれもしっかりと書かれており、この一日でかきあげたものとは思えない出来だった。

「ありがとう、助かるよ」

「で、実物を見て調整しようかなと思うんだけど、目処は立ってるの?」

「ああ、それなら……」

そこまでいい、言葉を止める。

裕香に頼んだことを言ってもいいのだろうか。

梨絵は裕香のことをひどく嫌っている。

ここで告げることは、果たして得策なのだろうか……。

「どうしたの?」

「いや……」

言ってもいいのか悩んでいると、隣に誰かが立った気配がした。

「私が作るんだよ。私のアビリティなら、すぐに作れるから」

「あんたが?」

やばい、すでに火花が散っている。

こんな状況、どうにかできるのか……?

だが、俺がキョロキョロしている間にも、事態は進行していく。

「そう、私が」

「一体、どういう風の吹きまわしかしら」

冷静になろうと努力した結果なのだろうが、梨絵の口調が変わってしまっている。

ああ、どうして俺は板挟みになっているのだろうか。

仲介すればいいか、なんて甘く考えていたのはどこの馬鹿だろうか。

「文化祭の実行委員だし、それに……やっとここまで来た文化祭をいいものにしたいから」

「……」

裕香の言った言葉は、嘘偽りのない言葉なのだろう。

それに……裕香にとっては、宮城 夏美と過ごせる初めての大きな学校行事だ。

いいものにしたいという気持ちは、文化祭実行委員に決まった時よりも強いはずだ。

「お願い、協力して」

「……俺からも頼む」

梨絵は、すこし苦虫を嚙み潰したような顔したが、髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった後は、半ば自棄になったかのように言い放った。

「……あぁ、わかったわよ! それで、モデルは誰なの!?」

「モデル……? ああ、それならちょうどいいのがいる」

俺は、遠目に目的の人物をみつけると、逃がさないよう肩をつかんだ。

「由真、協力しろ」

「……えっと、なにかなぁ~……」

「来い」

「えっ、ちょっと!?」

ずるずると引きずられる由真。

梨絵に由真を引き渡すと、二人はなんだか納得したかのように、由真を両サイドからつかみ、連行していった。

「わぁっ、やめてえええぇぇぇ……」

だんだん声が遠くなっていく由真。

よし、少しばかり気が晴れた。

あとは二人が何とかするだろう。

由真がアビリティを使って逃走しなければ、だが……。

まぁ、さすがにそんなことはしないだろう。

そんなことを考えながら、俺は残った作業を片付けていった。

カバンの中にいたクマのぬいぐるみが、3人の後を追いかけていったことに気づくのは、それからしばらくたってからだった。


 * * * * * * 


「あいつ、一体どこにいったんだ……?」

かばんから抜け出したクマのぬいぐるみを探して、校舎を探し回る。

すると、女子更衣室の方から声が聞こえてきた。

『ここはもうちょっと……』

『ちょっ、どこ触ってるの!?』

『抵抗しない、ずれちゃうでしょう』

『だからって、こんなこと……』

『はい、諦める』

どうやら声の主は梨絵と由真のようだ。

なるほど、ここまで連行されてきたというわけか。

さて、このまま立ち去ってもいいが……。

個人的には、あの常に余裕綽々とした由真がもがき苦しんでいる様を見れるまたとない機会だ。

どうするか……。

『どう思う?』

『そうだなぁ……もうすこしフリルをつけてもいいかも』

『確かに。ファンタジーぽさは出るか』

『ねぇ、私を実験台にしてない?』

梨絵と由真の声に、裕香の声が混ざる。

少し心配していたが、どうやら無事にやっているようだ。

もともと梨絵が裕香を目の敵にしていたのは、宮城 夏美の一件があったからだ。

それがなかったなら、こういう景色もきっと日常の一部として存在していたんだろう。

「よかったな」

「本当に」

「……」

独り言をつぶやいたつもりだったが、それに返答があるとは全く想像してなかったぞ。

「いったい、いつからそこにいた」

「君が来る前からいたよ。気が付かなかった?」

「全く。いいから、戻るぞ」

「うん、もう大丈夫」

くまのぬいぐるみは、おとなしく俺に捕まると、どこか上機嫌に鼻歌を歌っていた。

(……本当に、良かったな)

心のなかで呟く。

この上機嫌なクマのぬいぐるみに、声をかけるなんて野暮だろう?

「どんな衣装ができるかな?」

クマのぬいぐるみは上機嫌に尋ねてくる。

「そうだなぁ、裕香のことだ。めちゃくちゃ可愛いのが出来上がるんじゃないか?」

「いや、梨絵がいるからそこまでファンシーにはならないと思うなぁ。なんかビシッと決まったものができそうじゃない?」

「そうか? いや、でも男物も梨絵がデザインするんだよな……。さすがに可愛すぎるのはちょっとな……」

「そのあたりは梨絵だから、大丈夫じゃない?」

「信じよう。ただ、赤と黒だとビシッと決まりすぎるか?」

「赤と黒って決まってないよ、アリスは青い服じゃない」

そんな他愛もない会話をする。

文化祭までもう少し。

この平和な日常が、もうすこしだけ続いてほしいと、願わずにはいられなかった。


 * * * * * * 


放課後、上機嫌の梨絵と静かな笑みを浮かべた裕香が帰ってきた。

「できたのか?」

「ええ、もちろん」

梨絵は上機嫌で答えると、「最高の出来よ」と付け加えた。

「それじゃあ、入ってきて」

「……」

たぶん由真を呼んだのだろうが、梨絵の声が静かに反響する。

「あれ?」

「たぶん、恥ずかしくって隠れちゃったんだよ。ちょっとまってて」

裕香は教室の入口に行くと、目的の人物を見つけたのか、手を引っ張って教室の中へと入ってきた。

「………」

「な、なんだよぅ……」

恥ずかしそうに顔を赤らめる由真。

赤色を基調としたチェック柄のジャケットに、黒色のスカートを履いた由真の姿は、いつもの雰囲気と違ってとても可愛らしいかった。

「どうかな?」

「すごく……似合ってる」

「うぅ……」

俺の答えに、由真の顔が更に赤くなる。

思わず見とれてしまうほどの可愛さだ、似合ってないわけがない。

由真の体が小柄だということもあって、衣装がとてもマッチしている。

驚くべきなのは、この短時間でこのレベルの衣装を仕上げてきたことだ。

「衣装、変じゃないかな?」

「気になるところがあったら、遠慮なく言って」

「ん? ああ、いや、すごくいいと思う。よくこんな短期間で作れたな」

そうだよな、由真のことを聞かれているわけじゃなくて、衣装のことを答えないといけないんだよな。

「そこは私の腕の見せ所よ」

「流石だな、助かったよ」

梨絵が胸を張るので、素直に答える。

俺の返事は意外だったのか、梨絵は目を丸くしていた。

「裕香、これを全員分作るには、どれくらいの時間がかかる?」

「採寸さえできれば明日にはできるんだけど……」

すでに手元にあるのは、いま由真が着ている一着のみ。

男物は、スカートをズボンにするだけのようだから、あとはクラス全員のサイズだけだが……。

「その採寸をどうするかってところか……」

もう放課後だ。

すでに量に戻ってしまっているクラスメイトもいる。

「どうするか……」

全員でうーんと唸っていると、まるで困っている俺たちを見つけた女神のように、その人は現れた。

「なにかお困りのようね」

「雨音さん!」

「どうかしたの?」

俺たちは雨音さんに、衣装の採寸のことを説明する。

それを聞いた雨音さんは、すこしだけ子供っぽい笑みを浮かべた。

「ふっふっふ。これな〜んだ?」

雨音さんは手元から何やら書類を出す。

パッと見た限りでは、クラス名簿のようだが……。

その書類を受け取り、目を通す。

雨音さんが持ってきたのは、なんとクラス全員のアリーナ用の戦闘服のサイズ表だった。

「これ、どうしたんですか!?」

「ちょっと拝借してきました〜」

無邪気な顔をして笑う雨音さん。

この人はまじで女神なんじゃないのか、と思ってしまう。

「これで採寸に関しては解決するかな」

「雨音さん……ありがとうございます!」

思わず手を思い切り握ってしまう。

あまりに突然のことだったのか、雨音さんは少しだけ驚いたが、すぐにいつもの調子に戻った。

「裕香、衣装のことは任せた」

「うん、任せて」

これで、衣装の問題は片付いた。

あとは、本番を待つだけ……か。

なんだかんだで、ここまで準備することが出来た。

俺にとっても、高校生活初めての文化祭だ。

それに、裕香にとってはこの文化祭は特別なものだ。

いいものにしたい。

できれば、最高のものにしていこう。

一人決意する。

そんな俺達の様子を、クマのぬいぐるみは嬉しそうに見ていた。


 * * * * * * 


「ついに明日だね」

文化祭の前日に行われる体育大会が終わり、その日の夜。

俺は、机の上に立つクマのぬいぐるみと話していた。

「ああ、そうだな」

「なんか楽しみ〜」

クマのぬいぐるみは体をクネクネさせて、感情を表現する。

「当日は当番制だ。裕香のシフトじゃないときは、一緒に文化祭でも回ってきたらどうだ?」

「いいの?」

「ああ、せっかくの文化祭だろ? 裕香もお前と回りたいはずだ」

「そっか……」

クマのぬいぐるみは、窓から夜空を見上げる。

遠く光る星を見つめるように、静かにじっと。

「どうした?」

「ん? ちょっと懐かしくなって」

「懐かしい?」

「ほんの半年前の記憶なんだけどね、私にとってはつい1ヶ月くらい前の……」

「裕香との思い出、か」

「うん、やっぱり君が裕香と回ったほうが……」

「いや、裕香がいないときは俺がシフトに入ってる。だから一緒には回れないんだ」

「実行委員も大変だ」

「まぁ……な。そういうわけだから、俺のことは気にせず裕香と回ってきたらいい」

「うん、わかったよ」

クマのぬいぐるみは「任せろ」と言わんばかりに、自分の胸をぽんと叩いた。

「そういえば、今日は裕香のところにいかなくていいのか?」

「うん」

俺の問いかけに、宮城 夏美はそう一言だけ答え、それ以上は何も言わなかった。

今思えば、彼女はわかっていたんだと思う。

俺がそのことに気づくのは、そんなに遠くない未来のことだった。

「楽しい文化祭にしたいな」

「そうだな、そうなるように頑張ってきたんだ」

「頼むぞ、実行委員」

「任せろ」

差し出された右手に、俺の右手の拳を当てる。

どうやらそれは間違っていなかったようで、宮城 夏美は「えへへ」と笑った。

ようやく明日だ。

「明日は準備で早いからな、もう電気を消すぞ」

「うん、わかった」

俺がベッドに向かい、電気のスイッチを握るとクマのぬいぐるみに「おやすみ」を言う。

それを聞いた彼女は「おやすみなさい」と答えた。

電気を消すと、月明かりが机を照らす。

月明かりに照らされたクマのぬいぐるみが、物憂げに星空を眺める少女の姿をしているようで。

宮城 夏美が何を思っているのか、それを悟ることは俺には出来なかった。

すぐに訪れた睡魔に抗えず、俺は眠りへと落ちていった。

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