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ディザイアゲート  作者: M.O.I.F.
第1部
30/39

第二十六話 不協和音

土日の休みが明けた月曜日。

教室に裕香の姿は見当たらなかった。

ホームルームでの雨音さんが言うには、気分不良とのことで今日の試合には出てくるそうだ。

……明らかに、あのぬいぐるみの一件だろうなぁ。

あの日から、俺は裕香に会えていない。

俺からの連絡も、既読はつくのだが返信はない。

明らかに避けられている。

ここまではっきりとした拒絶は、結構辛いものだなぁ。

とりあえず、今日の試合には来てくれるとのことだったので、それを信じることにしよう。

それに……もともと、今日の試合は俺一人でやるつもりだった。

裕香には、たった1つ……いや、俺のわがままを聞き入れてくれるなら2つか、それだけやってもらうつもりだ。

今は目の前のことを考える。

裕香のことも放ってはおけない問題なのだが、これは今の俺の部屋にいる奴からも話を聞かないといけないしな……。

とりあえず、今は楓だ。

この土日でいくつか新技を考えてみたが、そのうち無事に制御できたのは1つだけだ。

それ以外は自分のものにできていない。

一歩間違えれば、その時点で敗北が決まりそうなものもある。

諸刃の剣であればまだ良かったが、そのレベルまでいけていない。

ただの自滅行為にしかならいのであれば、やるべきじゃないだろう。

それでも、1つだけ……。

裕香のサポートを受けてでも、1つは制御できてなくても使わなくてはならないだろう。

「まぁ、なんとかなるだろう」

なんとかならなくても、なんとかするしかない。

やるしかないんだ。

一人、覚悟を決める。

その日の授業は頭に入らなかった。


 * * * * * * 


放課後、控室に向かうとそこには準備を終えた裕香の姿があった。

「欠席の雨音さんから聞いた。……大丈夫なのか?」

「……うん、なんとか」

裕香の声はどこか弱々しく、初めてあったときのような距離感を感じる。

昨日の一件が尾を引いているのは、火を見るより明らかだった。

この様子じゃあ、不戦敗にさせないように無理して出てきたんだろうな……。

「そうか。俺が言えた義理じゃないが……無理はするなよ」

「うん……」

ただそう言われたから答えただけと言わんばかりの返事。

おそらく、あの1件のときも同じ状態だったんだろう。

俺が引き起こしたことだ、なんとかしなくちゃいけない。

だが、今は目の前のことだ。

心を鬼にして、言葉に出す。

「裕香、頼みがある」

「……なに?」

「今日の試合、俺一人だけでやらせてほしい。楓と一騎討ちをしたいんだ」

「一騎打ち……?」

「ああ、一対一で楓と戦う。そのために、1つ協力してほしい」

「なに……?」

俺は、裕香に協力してほしい内容を伝える。

裕香は少し考えて、「わかった」と小さく呟いた。

青白いゲートに向き合う。

裕香は頭を少しだけ振って、俺の後ろに立つ。

「それじゃあ、白銀の戦乙女を倒しに行くぞ」

俺は呼吸を整えて、ゲートをくぐった。


 * * * * * * 


ゲートの向こうは、闘技場になっていた。

楓の戦闘スタイルから考えると、このほうが有利なのだろう。

それだけ戦闘技術が高いとも言えるわけだ。

武藤・斎藤ペアに圧倒された俺が、その上をいく楓と一騎討ちをするというだけでも無謀なのかもしれない。

「似合ってないな、その鎧」

闘技場の真ん中に立つ、白銀の鎧を纏った楓に向かって言い放つ。

「女子に言う言葉ではないな、それは」

すこしだけ不機嫌そうに答える楓。

まぁ、当然といえば当然なのだが。

「パートナーはどこだ?」

「私のパートナーなら、この闘技場のどこかにいる。私ではなくパートナーの方を狙うというのなら、全力で阻止させてもらうぞ」

「なるほど、お前のパートナーは戦闘が得意じゃないわけだ」

「そういうお前のパートナーはどうした?」

「少しわがままを聞いてもらった。この闘技場が見渡せる場所にはいるはずだ」

「わがまま?」

「ああ。この試合、俺とお前の一騎討ちだ」

一騎討ち。

その言葉に楓は反応した。

「一騎討ちか、私に勝てると本気で思っているのか」

「思ってるさ。それに……勝てる見込みがなくても、やらなくちゃいけないことだ」

俺は懐中電灯を取り出して、右手に構える。

呼吸を整えて、「ソード」と小さくつぶやいた。

「お前の戦法はわかっている。エアガンを使用した遠距離攻撃と光の剣による近距離攻撃……この2つを基本とした攻撃に、閃光弾といった道具類を使用したトリッキーな戦法だ。だが、パートナーがいなければ、それも多用できまい」

「裕香ばかり頼ってきたわけじゃない。それに……いままで見せてきたものだけが、全てとは限らないだろう?」

「ほう……。であれば、お前の実力……見せてもらうぞ!」

その声が合図に、目の前に数字が浮かび上がる。

向かい合わせのカウントダウン。

数字はどんどん小さくなっていく。

たとえ嫌われようが、これだけは必ずやり遂げる。

覚悟を……決めろ。

深呼吸を1つ。

数字はやがて、0になる。

「いくぞ、楓!」

「来いっ! 佐伯一弥!!」

剣を構えて、楓に向かって駆け出す。

楓も槍を構えて、向かってくる。

「「はぁっ!」」

ほぼ同時に切り合う。

一閃。

「っ……!」

「確かに、口だけではないみたいだな」

楓の鎧に、一筋の傷が刻まれる。

だが、俺も左手を斬られた。

「余裕だなっ……!」

すかさずホルスターからエアガンを抜いて、楓に銃口を向ける。

「バレット!!」

「その程度っ!!」

楓は距離を取り、左手の盾で光弾を防ぐ。

戦闘経験の差は歴然で、俺が圧倒的に不利な状態にある。

楓が強いことは最初からわかっていた。

だが、ここまでとは……。

「諦めたほうが楽だぞ」

槍を俺に向けながら告げる楓。

「あいにく、諦めは悪い方なんだ」

俺の言葉に、楓は少し笑みを浮かべた。

「ならば、徹底的に打ち倒すだけだ!」

楓は翼を発現させ、飛翔する。

先程の一撃は手加減されていたというわけか。

「はあああっ!!」

楓の槍から強烈な一撃が放たれる。

直感する。

この一撃は避けられない。

覚悟を決める。

一か八か、やるしかない!

「はぁっ!」

一閃。

楓の槍を食らった俺の体は宙に浮き、地面に叩きつけられる。

「がはっ……!」

楓がゆっくりと地面に降り立つ。

「なるほど、それがお前の新技というわけか」

「それでも……ふっとばされるとは思わなかったがな……!」

ゆっくりと立ち上がる。

体中に痛みが走るが、大した痛みじゃない。

「それにしても、一体どうやった?」

「これだ」

「腕……時計……?」

「ああ。ちょっと痛い出費だったけどな」

左手につけた腕時計。

この腕時計は、ただの腕時計じゃない。

スイッチを押すと内蔵されたLEDが光り、懐中電灯の役割を担うことができる。

要は腕につけた懐中電灯というわけだ。

辰巳・香耶戦で発動した盾を腕につけれないかと探してみたが……ネット通販って本当になんでも手に入るんだなぁと感心した。

「シールド……。今回、お前と戦うために用意した新技だ」

「剣闘士か、らしくなってきたな」

楓は槍を構える。

こっちは結構ギリギリだって言うのに、楓は余裕さえも感じられる。

だが、楓の戦法の隙さえつければ……!

「ここからが本番だな……」

思わず、そうつぶやく。

それを聞いた楓は、意外そうな顔をして尋ねてきた。

「勝てると思っているのか?」

「当然だ」

俺は剣を構える。

前に楓が戦っていたときのことを思い出す。

それに、最初の切り合い……。

俺の中で疑惑が確信に変わる。

だからこそ、この行動はやめさせなければならない。

「来いよ、楓。俺の覚悟を見せてやる」

「ふっ……ならば、手加減は抜きだっ!!」

光の翼を広げた楓が、俺に向かって飛んでくる。

タイミングを合わせろ……少しでもずれたら終わりだ。

剣を強く握り、楓の姿を直視する。

迫りくる楓の槍。

それを体をかがめて回避する。

「私の槍をよけるか」

「それだけじゃない」

「なっ……!」

楓の鎧に、一筋の傷が走る。

すれ違い際に、俺の剣がつけたものだ。

「ここからは、お前の鎧の傷が増えていくぞ」

「ふっ、言ってくれる。先ほどの回避に余裕がなかったことを見抜けないとでも思ったか」

「だが、避けられないわけじゃない。やってやるさ」

「どうかな!」

楓は翼を広げ、飛来する。

先ほどよりも先ほどよりも速い攻撃を、落ち着いて見極めて避ける。

楓の攻撃は、飛来する弓矢のように素早く突進し、すぐに距離をとる一撃離脱の戦闘スタイルだ。

だからこそ、一回の攻撃で2回以上避ける必要はなく、一撃を見極めてすれ違い際に、剣で斬りつける。

「っ!」

絶え間なく繰り返される楓の攻撃。

さすがに、よけ続けるだけでも体力を持っていかれる。

なにより、よけきれなかったら終わりという事実が、精神をも疲弊させていく。

繰り出される槍、それを避けつつ剣で斬る。

その繰り返しが、幾度のなく続いていく。

気が付けば、俺の息は上がり、肩で息をしているほどだ。

楓の鎧の傷は増え、先ほどまで無傷だった鎧も今は傷だらけだ。

そのことに楓自身は驚いている様子だった。

「なぜだ……!」

「お前の攻撃は、すべて反撃を無視した攻撃だ。いわば、捨て身の攻撃なんだ。カウンターを合わせることは難しくない」

これこそ、俺が感じていた違和感の正体だった。

『肉を切らせて骨を断つ』という言葉もあるが、楓の攻撃はそんなものじゃない。

自らの命すら鑑みていない、いわば『相手を殺すためだけの攻撃』。

捨て身の攻撃が繰り返されたところで、カウンターを合わせるのはそれほど難しいことではなかった。

一番の難所である、楓の攻撃を避けることが前提というのはおいておくが。

「わかっただろ、今のままじゃダメだってことくらいは」

「ああ、そうだな。お前によけられているようじゃ、まだまだだな」

「っ……! 違うだろ、まだわかっていないのか!!」

「私は、勝つ……勝たなければいけないんだっ!!」

そう叫びながら、楓は突撃を繰り返す。

それは、悲痛な叫びだった。

「くっ……! わからずやが!!」

先ほどよりも速い攻撃だが、先ほどと違って正確さに欠けた攻撃。

まるで、怒りや悲しみといった感情に任せた攻撃のようだった。

その分、隙も多かった。

「はぁっ!!」

楓の攻撃に合わせた斬撃。

楓はそれを避けようともせず、俺に対して槍を繰り出してきた。

斬撃をくらい、バランスを崩しながら落ちていく楓。

槍をくらい、地面を転がる俺。

両者ともに傷だらけだった。


 * * * * * * 


一弥と楓の一戦を離れたところで見ている一人の少女がいた。

心配そうに眺めて時々「あっ」と声を漏らしたり、「ほっ」と息をついたりしている。

彼女は一弥を心配している気持ちと同じくらい怯えていた。

震えながら、時々目をそらしながら、彼女はその一戦を見ていた。

「あ、いたいた。お~い」

そんな彼女に、やや間延びした声がかかる。

振り返ってみるとそこには、すこし小柄な少女が立っていた。

「君、彼のパートナーだよね」

「あ、あなたは……?」

彼女は恐る恐るその少女に尋ねる。

答えは明白であったが、聞かずにはいられなかった。

「私? 私はあそこで戦ってる子のパートナーで、朝日 彩奈。ああ、君のことは知ってるから、大丈夫だよ」

"知っている"。

その言葉は、少女―――今の裕香にとっては、つらい言葉だった。

「貴方は、ここで何を?」

「私は楓と違ってああいう肉弾戦はできないからね~。そういう君も同じ理由なんじゃないの?」

「私は……」

確かに裕香には、一弥と同じ肉弾戦はできない。

だが、いつもならそれでもサポートしていたはずだった。

いくら一弥に頼まれたからと言って、見ているだけというのは珍しいことだった。

「訳あり、かな。まぁ、ここで二人の戦いを眺めていようよ」

そういうと、朝日は裕香の隣に立って闘技場を眺める。

「それにしても、君のパートナーやるね。楓と互角にやりあってる人、初めて見た」

「そうなんですか?」

「まぁ上位ランクには楓より強い人はいっぱいいるけど、楓と真正面からやろうとしないからね。いつもは私がやられておしまい」

「相手からしたら、戦闘は避けたいくらい強いですからね」

「それでも、彼は楓と真正面から戦うことを選んだわけか」

朝日の言葉に、裕香はすこしだけ違和感を覚えた。

相手をほめたたえているわけでもないが、『無謀だな』と見下しているわけでもない。

すこしうれしいような、だけどそれでいて寂しいような、そんな声だった。


 * * * * * * 


「なぜ、手を抜いた」

立ち上がりながら、楓が問いかけてくる。

「手を抜いたつもりはない」

「ならば、なぜ斬らなかった!」

「最初から全力だ。手を抜いたつもりはない。俺は……お前の間違いを正すために、この場所に立ったんだ」

「間違い……だと? 勝つこと、勝つための努力が間違っているとでもいうのか、お前は!」

「勝つため、勝つために努力する、それ自体は間違っちゃいないさ! だけどな!!」

俺は立ち上がって、楓の目をまっすぐに見る。

頼む、麻耶。俺に、すこしだけ力を貸してくれ。

「自分の身を犠牲にするやり方は間違ってる!」

「私のやり方に、貴様が口を出す筋合いはない!」

「あるさ! 妹が間違っていたことをしていたり、苦しんでいたりしたら……妹に嫌われてでも怒るのが……助けてやるのが、兄貴ってもんなんだ! だから、お前が間違ってるって怒ってやるんだ! 苦しんでるのを助けてやるんだ!!」

「貴様が私の兄を語るなぁああああああああああああああああああああ!」

感情に任せた突撃。

確かに、俺はお前の兄じゃない。

だけどな、楓。

妹が苦しんでいればいるほど、兄っていうのは辛いものなんだ。

「お前の間違えを、ここで終わらせてやる!」

タイミングを合わせて、楓の顔面に拳を叩き込む。

楓はきりもみをしながら落ち、地面を転がった。

「裕香っ!!」

俺は、楓の間違いを終わらせるために、パートナーの名を呼んだ。


 * * * * * * 


「お呼びのようで」

「……」

裕香は目を閉じて、一弥に頼まれていたものを作り出す。

「へぇ……」

裕香のアビリティを見た朝日が、感嘆の声を漏らす。

だが、出来上がっていくものを見るにつれ、「え?」「ああ……うん?」というような声を出し始めた。

裕香が一弥に頼まれていたものを作り出すと、朝日は怪訝な顔をして、裕香に尋ねた。

「そんなもの、どうするの?」

「こうするの」

裕香はやり投げの感覚で、一弥に向かってそれを投げた。

放物線を描きながら、闘技場に落ちていくそれは、はたから見れば場違いなものではあった。

「なんであれが必要なのかな……?」

朝日はぽつりと、そうつぶやいた。


 * * * * * * 


俺が裕香の名前を呼ぶとすぐに、頼んでいたもの"であろう"ものが落ちてきた。

「……」

落ちてきたものを見て、すこしだけ自分の目を疑った。

俺は裕香に『長くて丈夫なものを』と頼んだ。

だが、俺の目の前に落ちてきたのは「突っ張り棒」だ。

確かに……長くて、丈夫なもの……だな。

個人的には鉄パイプ的なものを想像していたのだが、こういうところは裕香らしいなとも思う。

なんにせよ、これで十分だ。

「これが新技だ、ランス」

その声とともに、突っ張り棒の先端に十文字の矛先ができる。

それは、十文字槍と呼ばれる戦国時代の槍を彷彿とさせる形状だった。

「槍だと? お前が私よりも強いんだと見せつけるつもりか?」

「いいや、違う。お前の間違いを終わらせるためだ」

「ならばやって見せろ!」

楓が槍を構えながら、飛来する。

それをじっと見つめ、能力を発動させた。


 * * * * * * 


「はあっ!」

楓の槍が一弥に向かって放たれる。

その一撃を一弥は避けようとしていない。

「っ!」

貫かれる姿を想像してしまい、裕香は目をつぶる。

だが、次に聞こえてきたのは朝日の「えっ……?」という声だった。

おそるおそる目を開くと、闘技場には一弥の姿はなく、地面に倒れた楓の姿があった。

「消えた……?」

「うん……。楓の槍があたると思った瞬間、君のパートナーの姿が消えて、楓が吹っ飛ばされた……」

「えっ……?」

裕香にも状況がつかめていないようだった。

それに、消えるというのは初めてだ。

闘技場を見回すと、入口の方から歩いてくる一弥の姿を見つけた。

「あの一瞬で入口まで移動した……? 君のパートナーは一体、何をしたの?」

「わ、わからない……」

「君にも秘密だった新技、ってところか……」

槍を構えながら歩く一弥の姿に、裕香はすぐに気が付いた。

「(怪我、してる……)」

その怪我は先ほどまでしていなかったものだった。

そして、新技がなぜ秘密にされていたのかも、裕香は気づいてしまった。

それは、一弥が一瞬で移動した新技には代償が伴うことを意味していた。

「何が起こった……?」

楓がつぶやく。

楓自身も今起きた状況を理解しきれていないようだった。

「お前の間違いを終わらせるため新技だ」

「新技だと……?」

「ああ、存分に見せてやる。アクセル!!」

一弥のその声とともに、一弥の姿が消える。

次の瞬間には、楓の体が闘技場の上空に飛ばされていた。

「速いっ……!」

楓が翼を広げ、体勢を整えようとする。

しかし、次の瞬間には楓の前に一弥がいた。

「なっ!?」

「はあっ!」

一弥のかかと落としが楓の腹部に直撃する。

勢いよく叩きつけられた楓の周りに、土煙が巻き起こる。

落下していく一弥の姿は、裕香が瞬きをした瞬間には、すでに地上にあった。

「なにが起きているの……?」

パートナーである裕香でさえ、理解できていない。

それほどまでに、一弥の新技は衝撃的だった。

「君のパートナー、結構無理するタイプ?」

「え、ああ、たぶん……」

朝日の質問に、裕香はあいまいな答えを返す。

「そうなんだ……」

ぽつりとつぶやいた朝日の目の色が文字通り変わっていることに、裕香は気が付いた。

「目の色が……」

「うん? ああ、能力使ってる間だけ目の色が変わるんだよ」

「貴方のアビリティは一体……」

「私の能力は探索。アビリティ保持者がどこにいるかわかる……だけなんだけどね」

裕香は「それで私をみつけられたんだ」と納得した。

そして、彼女の目が一弥に向けられる。

「あの新技、開発途中って感じだね」

「……どういうこと?」

あえて、裕香は気づいていないように尋ねる。

代償が伴うだけじゃない可能性も捨てきれなかったからだ。

「あの新技、一言でいえば超高速移動だよ」

「超高速移動……?」

「そう。楓が翼を使ってやってたのと同じこと。それが滅茶苦茶速い。まるで瞬間移動をしているように見えるほどに」

朝日は自身の能力である探索で、一弥の位置をトレースすることでそれに気づいた。

アビリティを使わないと捕捉しきれないほどの超高速移動。

そんなことをして、反動がないわけがなかった。

「そんな超高速移動を制御しきれるわけがない。方向転換なんて、一度どこかにぶつかって向き変えてるか、手に持った槍を地面にさして無理やり方向を変えてる。多分まだ、直線にしか移動できないんだよ」

その言葉を聞いて、裕香は思い出す。

一番はじめ一弥が楓の攻撃を避けたときにしていた怪我。

あれは、高速移動した際にできたものだったのだ。

「当然、あんな速さのものがぶつかっただけでも衝撃は大きいし、反応できるものでもない。諸刃の剣なんて生易しいものじゃないよ、あれは」

「佐伯君……」

土煙が晴れると、ボロボロになった鎧を纏う楓とそれを見つめる一弥の姿があった。


 * * * * * * 


「ぐぅ……!!」

立ち上がるたびに痛む体。

そして、それを悲痛な顔で見る相手の姿。

楓がここまで一方的に攻撃を受けたのは初めてのことだった。

いつもは、相手の反撃を受けることはあっても相手を倒してきた。

「なぁ、楓」

一弥が楓に問いかける。

「お前は家族のこんな姿を見て、どう思う……?」

「なっ……!?」

一弥の体はすでにボロボロだ。

そして、その傷の大半は楓がつけたものではない。

まるで自分自身を鏡に映されたような、そんな感覚を楓は感じた。

「制御しきれていない、わけか」

「だが、それでも兄としてはやらなくちゃいけない。間違っている道を進む妹を、止めなくちゃいけないんだ」

「そこまでする理由がどこにある」

「……兄貴だからだ」

「ならば……これで終わりだ」

楓は、槍を構える。

そして、一弥の目をじっと見つめた。

「……わかった」

一弥も槍を構える。

そして、二人がにらみ合う。

「行くぞっ!」

「ああっ!!」

楓は翼を広げ、一弥に向かって飛んでいく。

一弥は「アクセル!」と叫び、楓に向かって突進する。

互いに避けるつもりは毛頭なく、これで終わらせる覚悟に満ちていた。

「「はあっ!!」」

同時に繰り出される槍が交差し、そして決着の時が訪れた―――。


 * * * * * * 


闘技場の土に、俺の血が染み込んでいく。

楓の槍は俺の左肩を貫いた。

そして、俺の槍は―――楓の胸を貫いていた。

力なく、崩れ落ちる楓の体を俺は抱きとめる。

鎧は光の粒子となって消え去り、腕の中には"一人の少女"に戻った楓がいる。

「これで終わりだ、楓……」

強く抱きしめたら折れてしまいそうな、それほどまでに楓の体は軽かった。

穏やか顔をしながら眠る彼女の体から流れる血が、俺の服を赤く染めていく。

これが、妹を苦しめた罪というのなら、甘んじて受けよう。

麻耶、俺はお前を必ず助け出してやるからな。

楓の体を抱きかかえながら、そう決意する。

目の前には勝利を告げる文字が浮かんでいた。


 * * * * * * 


ゲートをくぐると、かなりお怒りなご様子の雨音さんがいた。

「一弥君?」

「はい、なんでしょう」

雨音さんの笑みが怖い。

「気を付け」

「はい!」

じりじりと近づいてくる雨音さん。

俺の目の前に立つと、右手を大きく振り上げた。

「っ」

ぎゅっと目をつむる。

しかし、次に訪れたのは衝撃ではなく、なにかやわらかいものに包まれた感触だった。

目を開けると、雨音さんが俺を抱きしめていた。

「無理しちゃだめなんだからね」

「……すみませんでした」

「わかればよろしい」

そういう雨音さんの顔は先ほどと違って、いつもの優しい笑顔だった。

「ほう……」

後ろから冷たい声が聞こえる。

ゆっくりと振り返ると、冷たい目をした楓の姿があった。

「さぞかしいいご身分だな」

「いや、あれは……」

「そういうのも、兄というものなのか?」

なんでだろう、楓がすごく怖い。

それに冷や汗が止まらないぞ。

「何ぶすっとしてるの、楓」

「とわっ!?」

後ろから突き飛ばされ、バランスを崩す楓。

それを俺が抱きとめる形になってしまった。

「大丈夫か?」

「~~~~」

顔が真っ赤になる楓。

一体、どうしたんだろう……。

「おめでとう、佐伯 一弥君に水瀬 裕香ちゃん」

「ありがとう。えっと……?」

楓のパートナーなんだろうが、会うのは初めてだ。

名前がわからない。

俺が困っているのを察したのか、裕香が「えっと、楓さんのパートナーで朝日 彩奈さん」と耳打ちしてくれた。

「サンキュー」

「まさか楓に勝っちゃうなんてね~」

「ギリギリだったけどな」

「だってよ、いつまでそうしてるの?」

ニタニタとした彩奈の視線の先には、顔を真っ赤にしている楓の姿がある。

「い、今離れるところだ!」

楓はそういうと俺から距離をとった。

「まぁ、お兄ちゃん恋しい気持ちはわかるけどね」

「彩奈!」

この二人、意外と仲がいいんだな。

「まぁでも、あれか。一弥君は楓より年下だもんね。兄というより弟だよね」

「彩奈~~~」

「仲いいな」

「まあね」「よくない!」

おう……。

「それじゃあ、またあとでね」

楓ににらまれた朝日は逃げるように、去っていった。

残されたのは俺と裕香と楓の三人。

雨音さんは気が付いたらいなかった。

「彩奈が変なことを言ったな」

「いや、気にしていないさ。楓は、体大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。それに、叱ってもらったからな」

「叱ってもらったか……。なぁ、一つ聞いて言いか?」

「なんだ?」

「最後の攻撃……一瞬ためらっただろ? あれは……」

「……一瞬だけ、兄の姿が重なった。私のことを叱っているように見えたよ」

「……そうか。それだけお前の兄貴は、お前のことすごく大事にしていたんだな」

「ああ、今はそう思う。私の自慢の兄だよ」

そういう楓の顔は、すがすがしい笑顔だった。

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