第三話 練習試合
裕香と昼食を食べたその日の午後。
俺たちは闘技場に案内されていた。
何でも、午後の授業はここで行うそうだ。
「さて、それでは説明を始めますね」
ほんわかした口調でいうのは雨音さんだ。
この人、授業も受け持っていたんだな。
驚きが隠せないでいると、雨音さんがこちらを向いた。
「と・く・に! 佐伯くんははじめてなので、しっかりと聞くように」
「は、はい!」
寝ていたわけではないのだが、ほかごとをしているのがばれた生徒みたいになってしまった。
クラスメイトからも笑い声が聞こえる。
「さて、それじゃあ本日は練習試合をしてもらいます。各自パートナーと共にペアを組んで実際に戦ってもらおうってこと。これはランキングに影響しないから、安心してね」
雨音さんの言葉に何人かの生徒はほっと胸を撫で下ろす。
ランキングに影響しないということは、負けるとランキングが下がるというリスクがない。
いま、胸を撫で下ろした何名かはランキングを落としたくないところにいるということだろう。
「パートナーと一緒に、このゲートを潜って現れた対戦相手を倒せば終了。勝っても負けてもね。単純でしょう?」
雨音さんの言葉に生徒はうなずく。
確かに単純だ。
「先生! 勝負のルールはアリーナと同じでしょうか?」
「ええ、基本的には同じ。自分かパートナーがゲート内の世界で死亡したと判定されれば敗北よ」
うん? いま物騒な単語が聞こえなかったか?
「死亡だと?」
俺の声は意外と大きかったようで、それまで雨音さんに向いていた視線が俺に集まった。
雨音さんは、やれやれといった様子で説明を続けた。
「佐伯くんははじめてだものね。死亡といっても本当に死ぬ訳じゃないのよ。そうね……ゲームのプレイヤーのHPが0になったらって説明したら分かりやすいかしら」
「つまり、仮想世界はあくまでも仮想であり、実際には死亡しないと」
「ええ、ダメージは受けるけど肉体に怪我はしない。そういう仕組みになっているのよ、細かいことはわからないけどね」
そういうものなんだと、とりあえずは納得する。
すぐあとに実際に体験するのだ、細かいことはおいておこう。
「それじゃあ、パートナーと組んでね」
雨音さんの言葉で、クラスメイトが二人一組になる。
事前に話し合っていたようには見えないが、ペアはすぐに全組が出来上がった。
「それじゃあ、ゲートを潜って」
雨音さんの指示で、ペアがどんどん青い光を放つ渦の中へと消えていく。
俺はその光景を呆然と眺めていた。
「……いこう」
「うぉっ!?」
いつのまにか俺のとなりに立っていた裕香に声をかけられ、驚く。
全然気配がなかったぞ……。
「いこうと言われてもだなぁ」
「大丈夫、ただまっすぐすすめばいいだけだから」
そういうと裕香は渦に向かって歩き始める。
そのすぐあとを俺はおった。
渦のなかにはいると、体全身が光に包まれるような感覚に陥る。
眩しくて目が開けていられない。
それでも体は前に進んでいく。
明かりが収まり目を開くとそこは……コロシアムの中だった。
* * * * *
「なんだ、ここ……」
驚いている俺に、裕香は小さく「ここはゲートのなか」とだけ教えてくれた。
なるほど、これが仮想世界というやつか。
自分の頬をさわってみると、ちゃんと感覚があった。
殴られたらちゃんと痛いんだろうなぁと思いつつ、なかば現実感のない光景を眺めていた。
すこし眺めていると、反対側のゲートから2名の男子学生が現れた。
どうやら、彼らが対戦相手らしい。
「おい、斎藤。ついてるぜ」
「ああ、武藤。いい機会だ、ここであの技の練習をするぞ」
ふむ、どうやら完全になめられているらしい。
まぁ転入早々の練習試合だからしょうがないか。
「なぁ、すこし頼みがあるんだが」
「……なに?」
俺の言葉に裕香は短く反応した。
「俺の実力が知りたい。やつらと俺一人で戦わせてはくれないか?」
俺の言葉に裕香は驚いた顔をするが、すぐに「わかった」と短く答えた。
「ついでにもうひとついいか?」
「……?」
キョトンとした顔をする裕香。
これ以上に何を頼むのだろうかと思っているのだろう。
だが、あれがないと俺はまともに力を制御できない。
裕香の能力はあの男子学生の話で察している。
間違っていなければできるはずだ。
「エアガンか水鉄砲を作ってはくれないか?」
「……」
裕香が「こいつは何を言っているのだろう」という顔をする。
まぁ急に言われたら、大抵の人間がこういう反応を返すと思う。
しばらくして裕香は「ちょっと待って」というと、両手を前に出し、手のひらを地面に向けたまま胸の前で交差させる。
それはまるで、魔法の詠唱が始まるかのようだった。
裕香が大きく深呼吸する。
すると、裕香の手のひらのしたに光球が現れ、やがてひとつの形へとなっていく。
出来上がったのは、100均に売ってそうな黄緑色の透明な物体ーーー水鉄砲だった。
「こんなのしかできないけど……」
「いや、十分だ」
裕香から水鉄砲を受けとると、俺は対戦相手に向き合った。
「準備はできたのか?」
先程、斎藤と呼ばれた男子学生がニヤリとした笑みを浮かべて尋ねてくる。
どうやら余裕が有り余っているようだ。
「そっちこそ、技の準備とやらはできたのか?」
「ああ、この技で終わらせてやるよ」
今度は武藤と呼ばれた男子学生が答えた。
「期待してるよ」
そう答えると、俺は水鉄砲を構える。
相手も戦闘態勢のようだ。
すると、タイミングを見計らったかのように目の前に赤く「READY 10」の文字が浮かび上がった。
どこからかカウントダウンの音が聞こえてくる。
その度に目の前の数字が小さくなっていく。
3、2、1……。
0になった瞬間、赤色の文字は消え、青色で「FIGHT」の文字が浮かんで消えた。
それが合図だったようで、武藤と呼ばれた男子学生が突っ込んできた。
「速攻で終わらせてやる!」
まっすぐにこちらに向かってくる武藤。
ならばと俺は銃口を武藤に向けた。
ひとつ深呼吸。
やつは避けるそぶりを全く見せない。
これならば。
「くらえぇぇぇぇぇ!!」
武藤が飛びかかってくる。
俺は落ち着いて、引き金に指をかける。
「バレット」
一言だけ、呟く。
そして引き金を引くと、文字通り光の弾丸が武藤の胸を貫いた。
力なく地に落ちていく武藤。
斎藤はそれを唖然とした顔で見ていた。
「なんだ、もう終わりか?」
その言葉の答えかのように、俺の目の前に黄色い「WIN」の文字が浮かび上がったのだった。
* * * * *
「へぇ~」
開始早々戻ってきた俺たちを見て、雨音さんはそう呟く。
「なんですか?」
「開始10秒で終わったのに驚いただけよ。やるわね」
「まぁ、それなりに頑張りましたから」
すこし照れてそう答える。
雰囲気的には、雨音さんが頭を撫でてきそうだ。
「それに、水鉄砲がなかったらこうはなっていませんでしたよ」
「……」
俺の後ろで無言になっている裕香に話の矛先を向ける。
だが、裕香はただただ黙っているだけだった。
「でも、今回の戦いがランキングに関係しなくて残念ね」
「ん? なぜです?」
雨音さんがとても残念そうに呟くので、なかば反射的に聞き返していた。
「あなたが倒したのはこのクラスでトップのペアだったのだもの」
「……ち、ちなみに俺たちの順位は……」
想像はしているが、それだけは絶対に避けてほしい。
そうなってほしくないという願いを打ち砕くかのように、雨音さんは聖母のような笑みで告げるのだった。
「最下位♪」
「……」
耳を疑った。
視界が真っ黒になった。
足元が歪んでいくのを感じた。
……予想していたのでそこまでショックではないが、雨音さんにあわせて大袈裟に反応する。
「さ、最下位~~~!?」
「当たり前じゃない、佐伯君は試験受けてないんだから」
と、ものすごく納得できる理由を返されては何も言えなくなる。
「俺は構わないけど……」
ちらりと後ろにたつ裕香に視線を向ける。
俺の視線に気づいた裕香は、「気にしてない」と短く答えた。
だけど、その答えのなかにいままでとは違う”本心を隠した声”をしていたように聞こえた。
「そうか。迷惑をかけてすまないな」
その言葉に裕香の反応はない。
無視をしているというよりは、どう反応すればよいのか戸惑っているという感じの方が近いのかもしれない。
「えっと、これからパートナーとして戦っていくんだ。俺は君のことをなんて呼べばいい? 水瀬か裕香か」
心のなかでは下の名前で読んでいるが、さすがにいきなり下の名前で呼ばれるのは嫌だろうと思い、できるだけ名前を呼ぶのを避けてきた。
さすがにこれからはそうともいかないだろう。
ゆっくりと裕香は、「どっちでもいい」と答えた。
「なら、裕香と呼ばせてもらう。俺の事も佐伯でも一弥でもどっちで呼んでくれていい」
「なら……」
裕香はすこしだけ考えると、すこしだけ照れたように「佐伯くんで」と答える。
「了解だ。これからよろしく頼む、裕香」
俺は裕香に手を差し出す。
裕香はその手をじっと見て、ゆっくりと手を握り返してきた。
「ふふっ、青春ね~」
雨音さんのほんわかした声が響く。
これからどんな戦いが待っているのだろうか。
苦戦もするだろう。
だけど、俺は勝ち進まなければならない。
あの日の光景を、俺は忘れていない。
俺に叶えたい願いがあるように、裕香にも叶えたい願いがあるのだろう。
それを叶えるためにも、頑張らないとな。
麻弥、待っていてくれ。
必ず、助け出す。
握手をしながら、そう静かに誓った。




