第二十五話 邂逅
どうもMake Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
ほぼ一年ぶりの更新となってしまい、申し訳ありません……。
文化祭編、まとめて更新します。
それではどうぞ!
楓との対戦は決まったが、それじゃあ今すぐにとはいかない。
すこし日を置くことになった俺達は、文化祭の準備を進めていた。
「そのはずだったんだけどなぁ……」
いつも補修で使っている教室は使用不可、それどころか学校自体使用できないことになっていた。
雨音さんに聞いてみると、「土日の学校が好きに使えるわけないじゃない」と、返された。
細かい話をすれば、「学校の規則で決まっているため、例外は認められない」ということだった。
まぁ、色々あるんだろう……。
ただ面倒くさいと思っただけじゃないことを信じたい。
「嘆いてもしょうがないよ、それより今日はどうするの?」
打ち合わせだ!と無理やり連れてきた由真が、すこし不機嫌そうに尋ねてくる。
「打ち合わせをしないわけにはいかないからな。どこか場所を考える必要があるが……」
だが、そんな簡単に場所が見つかるものだろうか。
外に出るといっても学校に申請をしなければならない上に、俺はこのあたりの土地勘がない。
そんな状況で、すぐに使える場所が見つかるとも思えない。
どうしようか……。
「うーん、私の部屋とかどうかな?」
「……は?」
こいつは一体、何を言っているんだ?
「あー、女子寮って寮長に話を通せば男子でも入れるね」
「いや、そういうことじゃなくてだな!?」
由真も「もうそれでいいや」といったノリで続ける。
こいつら、男子が自分の部屋に来ることを、なんとも思わないのか?
いや、そもそも女子の部屋に行くことに驚いている俺がおかしいのか!?
いや、麻弥は結構嫌がっていた記憶があるんだが……。
「どうしたの? 私の部屋は嫌……かな?」
「うっ……」
上目遣いで聞いてくる裕香。
これは卑怯だ……。
「いや、女子の部屋に俺が行っても大丈夫なのか? その、俺がというより、裕香が嫌じゃないかなって……」
俺がそう答えると、由真は「ああ、そういうこと」と小さくつぶやいた。
「どうやら佐伯くんは、女子の部屋に行くのは初めてみたいだよ」
「そうなの?」
「いや、まぁ……入ったことがあっても妹の部屋だしな……」
女子の部屋か……。
子供のときはあるが、中学過ぎてから女子の部屋とか彼氏彼女じゃなきゃ行かないだろ!?
それとも、みんな違うのか?
「いやぁ、思春期だねぇ」
「由真!」
ケタケタと笑う由真をにらみつける。
俺達のそんな様子を見て、裕香は「?」を浮かべていた。
* * * * * *
「本当にあっさり入れるんだな……」
「まぁ学生だし、なにかあっても相手は男子寮にいるし」
俺の小さなつぶやきに、由真がそう答える。
なるほど、男子学生に逃げ場なし、ということか。
まぁこの学校であれば、なにかしたら命はないだろうから、そんなことを考えるやつもいないだろう……。
「そんな命知らずがいるとは思えないが……」
「さあ、どうだろうね。それに、案外佐伯くんがその一人になるかもしれないよ」
「お前は一体、何を期待しているんだ……」
全く……。
まぁ由真にしてみれば、貴重な休日を奪っていった人間なのだから、すこしは反撃しておきたいということなのだろう。
それを俺に限定されても困るけどな……。
「ここだよ、私の部屋」
裕香が指差す方、廊下の一番奥に『水瀬』と書かれた扉があった。
「へえ、角部屋なのか」
「寮の部屋割は自由じゃないから、こういうところは素直に羨ましいよ」
俺たちが思い思いの言葉を漏らす。
それを聞いた裕香は、すこしだけ嬉しそうにして、鍵を開けた。
「ちょっと散らかってるけど、入って」
「「お邪魔します」」
俺たち二人は声を揃えて、裕香の部屋に入る。
だが、二人ともその部屋の光景に、声を失った。
「なっ……」
「これはこれで、すごい部屋だね」
「えっ、そうかなぁ……」
驚いた顔をしている俺たち二人に対して、裕香は不思議そうな顔をしている。
いや、こういう部屋が悪いとは思わない。
好きな人はすごく好きだろうし、そういう愛好家がいるくらいだから、不思議ではない。
ただ……実物を目にすると、人はここまで言葉を失うものなのだろうか。
この、"ぬいぐるみに溢れた女子の部屋"は……。
「すごいぬいぐるみの数だね、というかぬいぐるみしかないね」
「さすがにそれはないよ、これでもセーブしてる方なんだから」
「これで……セーブしてる……のか……」
まずベッドは5割程度、ぬいぐるみが占拠している。
タンスの上には溢れんばかりのぬいぐるみが、机の上には−−−おそらくお気に入りだろう−−−ぬいぐるみが2、3つほど置かれている。
どこで生活しているのだろうと言わんばかりのぬいぐるみの数だ。
セーブしていなかったのなら、この部屋は人が生活できるスペースがなくなってしまうのではないだろうか。
「それにしても、裕香がこんなにもぬいぐるみが好きだなんて思わなかったな」
「そんなに意外だったかな?」
「ああ、もっと質素な感じなのかと思ってた」
俺が想像していた裕香の部屋は、必要最低限のものがおいてあるだけ、みたいなシンプルな部屋だ。
それが女子の部屋かと言われると疑問が残る部屋ではあるが、男子を入れることに抵抗がない部屋となった場合にすぐに浮かんだのが、そういう部屋だった。
ちなみに、由真の部屋はきっとコードだらけだろう。
「佐伯くん、今、私に対して失礼なことを考えていないかな」
「さて、どうだろうな」
俺と由真の視線が交わり、火花を散らす。
その様子をみた裕香は、何故かあたふたしていた。
「まぁそんなことより、この数……集めるの大変だったんじゃないのか?」
ゲームセンターで取るのも難しいし、買うとしてもこの大きさならそれなりの額がするだろう。
「そんなことないよ、ほら」
そういうと裕香は、ぬいぐるみを作り出す。
「インターネットで画像を調べて気になるのがあったら、こうやって作ってるの。アビリティの練習になるし、ぬいぐるみを買うお金の節約になるしね」
そういう裕香は恥ずかしそうに、作り出したぬいぐるみで真っ赤になった顔を隠していた。
* * * * * *
「さて、それじゃあ始めるか」
裕香と由真の3人で机を囲って、顔を合わせる。
まぁ会議みたいなものだが、こういう感じでいいだろう。
「まずは何から始めようかな」
「まずはテーマだな。謎解きにしろ、料理にしろ、統一性を持たせた方がいいだろう」
「それは賛成。ゲームでも、世界観は重要だからね」
俺の提案に由真が賛成の意を示す。
裕香も異論はないようだ。
「それじゃあ、テーマはどうしようか。脱出ゲームだから、非現実感があったほうがいいかな」
「ああ、そういうのだったら蓮花が得意かも」
確かにあいつのアビリティは、夢の世界だから非現実というのにはうってつけだ。
「あいつの能力って、ホラーに偏ってるとかはないよな?」
「私が最初に経験したのはファンタジーだったから、そういうわけじゃないと思うよ」
あれを最初に味わったときの由真ってどんな感じだったんだろう……。
そんな興味を覚えたが、今は聞いている場合じゃない。
「とりあえず、イメージだけでも出しておくか。裕香はどういうのがいいんだ?」
「私は……う〜ん、不思議の国のアリスみたいな、おとぎ話の世界に迷い込んじゃったみたいな方がいいかな。お菓子とかもつなげやすいし」
なるほど、アリスか。
脱出ゲームのあとは帽子屋の紅茶とお菓子で一息……みたいなのもいいかもしれない。
しかも、この前作ったケーキとの相性も良さそうだ。
「不思議の国のアリスか……いいかもしれないな」
「ありきたりのテーマだけど、それだけにイメージはしやすいよね」
俺達の好感触に裕香は嬉しそうな顔をする。
ぬいぐるみにしろ、こういうメルヘンチックな物語が好きなんだろう。
それにしてもやっぱりすごい数のぬいぐるみだな……。
犬に猫、うさぎ……あれは、馬か? 動物のぬいぐるみがメインなんだな……。
「ん……?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。とりあえずテーマの目処も立ったことだし、次は……」
そう言いかけたとき、部屋中に呼び鈴の音が鳴り響いた。
「なんだろう……?」
裕香が部屋に備わってる受話器を取って、誰かと会話をしている。
会話の相手はおそらく寮長なんだろうが、こんな休日に一体、なんの幼児があるのだろうか。
受話器をおいた裕香は、「ちょっと玄関まで行ってくるね」といい、部屋をあとにする。
俺たち二人を部屋に残してなにかあるとは思わないのだろうか……。
ふと隣を見ると、由真がニヤニヤした顔でこちらを見ていた。
「……なんだよ」
「いや、佐伯くん、どうして部屋の中を見回してたのかなぁって」
「ここまでぬいぐるみに囲われてたら、気になるのは当然だと思うが」
「本当にそれだけかな?」
こいつは……。
まぁいい、隠しているようなことでもないからな。
「やっぱりくまのぬいぐるみはないんだなって、思っただけだよ」
「くま?」
そういえば、その場に由真はいなかったか……。
俺は香耶との1件を説明すると、由真は目をキラキラとさせていた。
「それは面白そうだね。ちょっと探してみようじゃない」
「おいおい、やめとけよ。人の部屋を勝手に漁るんじゃない」
「そんなことを言っても、君も気になっているのでしょう?」
「……」
俺の沈黙を肯定と受け取った由真は、ニヤリとした笑みを浮かべると、ぬいぐるみをあさり始めた。
こうなったら何を言っても止まらないだろう。
「失敗作は違う場所においてあるのかな」
そういいながら由真はクローゼットの扉に手をかける。
「お、おい! さすがにそこはやめておけ」
「まぁまぁ」
俺の静止も聞かず、由真はクローゼットを開け放つ。
クローゼットの中はきれいに整頓されていて、裕香の私服がいくつかハンガーにかけられていた。
私服姿か、学校の中じゃ見る機会がないからな……。
「意外とシンプルな服ばっかりだね。でも、着こなしたら可愛んだろうなぁ」
「おい、由真!」
「まぁまぁ、何もタンスを漁ろうというわけじゃないんだから」
いや、やっていることは同じだろう……と、俺の心のツッコミは届かず、ウキウキとした様子でクローゼットを物色する由真。
この状況下で裕香が戻ってきたら言い訳できないな……。
「ん、これは……」
由真はクローゼットの奥の方に体を入れる。
それほどまで奥にしまい込まれたものに、なんの興味を示したのだろうか。
「これは……くまのぬいぐるみ、だよね?」
そういう由真の腕に抱えられているのは、すこし古ぼけているが、紛れもなくくまのぬいぐるみだった。
「すこし傷んでいるな……」
「そんなに昔からあるようには、見えないんだけど……」
裕香の部屋にあるぬいぐるみは、とても大事にされているのか汚れがひどいものは見当たらず、きれいなものばかりだ。
その中でも、このくまのぬいぐるみは異質だった。
まるで……”このぬいぐるみだけ受け入れられない”といったような、そんな感情が見え隠れしているように感じる。
「……裕香が戻ってくる頃だ。このぬいぐるみは」
しまっておこう。そう言いかけたところで、部屋の扉が開け放たれた。
「……なに、してるの……?」
俺達の姿を見て、裕香はそんな問いかけをする。
その顔は、少しだけ怯えた顔をしていた。
「いや、これは」
その声が俺か由真のどちらから発せられた声だったのか、俺にはわからなかった。
音が消えていく、そんな感覚。
俺に対して怯えた顔をする裕香をみることになるなんて……。
「それを持って、出ていって」
冷たい、裕香の声。
感情が消え失せ、ただただ拒絶の意志だけが宿った冷たい声だ。
「出ていって!」
裕香の怒号に、俺たちはただただ黙って従うしかなかった。
* * * * * *
「まさか、裕香のあんな顔を見ることになるなんてな……」
「それに関しては、私も悪いなと思うよ」
今回のことは由真も反省しているのだろう。
まぁ、他人の部屋を漁ったことは褒められたことではないが。
「とりあえず、このぬいぐるみは君に託すよ。私が持っているよりはいいと思うから」
「……」
由真からぬいぐるみを受け取り、女子寮をあとにする。
まさか、ぬいぐるみを持って帰ることになるとはな……。
そんな帰路をとぼとぼと歩いていると、見知った後ろ姿が目に入った。
「あ、佐伯くん〜」
「雨音さん、こんなところで何をしてるんですか?」
「ちょっと仕事でね。佐伯くんは……女子寮の帰り?」
「まぁ、そんなところです」
流石に追い出されたところです、とは言えなかった。
「そのぬいぐるみ……懐かしいなぁ」
「知ってるんですか?」
「まぁね、ちょっと貸してもらっても?」
俺はうなずいて、ぬいぐるみを雨音さんに渡す。
「やっぱり。これ、”夏美ちゃんのぬいぐるみ”だわ」
「夏美……だって……!?」
雨音さんは、そのぬいぐるみの頭を自分の子供のように撫でる。
その姿は、子供をあやす母親のようだ。
「雨音さん、夏美……そのぬいぐるみの持ち主のことで……」
「あ、そうだ、私そろそろ戻らないと」
雨音さんは急に何かを思い出したように、「はい!」とおれにぬいぐるみを渡して去っていく。
その時、小さく「彼女のことは、いずれわかるわ」とつぶやいていた。
* * * * * *
「いずれわかる……か」
雨音さんがさり際につぶやいた一言が、頭から離れなかった。
”パートナー殺し”と呼ばれる所以となったあの一件。
いずれ向き合わなければならないと思っていたが、急に訪れるとはな。
俺はぬいぐるみを机の上に置くと、天井を見上げる。
たった一人の少女の死によって、裕香は大きなトラウマを抱えた。
その夏美が使っていたぬいぐるみ……か。
「やっぱり麻弥にもこういうぬいぐるみを買ってあげるべきだったかな」
俺はぬいぐるみの頭を撫でる。
麻弥も女の子だったんだ。
こういうぬいぐるみじゃなくても、なにかプレゼントしてあげるべきだったと今は思う。
「う〜ん、ぬいぐるみは妹さんの趣味にもよるんじゃないのかなぁ」
「……は?」
急に聞こえてくる声。
聞き間違いか?
「で、どうなの?」
「……?」
自分の部屋を見回すが、当然俺以外の人間は存在しない。
「一体、どこから……」
「ここ! ここ!!」
声は近くから聞こえる。
だが、誰の姿も見えない。
「目の前だって!!」
「は……?」
恐る恐る目の前の”それ”を見る。
そこには、さきほどまでぬいぐるみが鎮座していたはずだ。
なのに、どういうことだ?
”なぜ目の前のぬいぐるみが飛び跳ねているんだ”?
「はああああああああああああああああああああああああああ!?」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」
俺の声に驚くぬいぐるみ。
いや、まじでこいつ何なんだ?
「ぬいぐるみが、しゃべったああああああ!?」
「ちょっ! 驚きすぎだよ!!」
「ああ……いや、すまない……。その、経験がないものだからな」
「ん? まぁ普通はそうだよね」
動くたびにモキュモキュという擬音が合いそうな動作をするぬいぐるみ。
とりあえず、理解に努めよう。
「ところで、お前は?」
「先に名乗るべきだと思うけど、まぁいいや」
ぬいぐるみは自分の胸に手をあてて、俺の顔を見つめる。
なんか「エッヘン」っていう擬音が合いそうだ。
「私は宮城 夏美。夏美って呼んでね」
「……は?」
こいつ、今なんて言った?
「宮城……夏美だって……?」
目の前のぬいぐるみが名乗った名前に、俺は戦慄を覚えていた。
「ところで、君の名前は?」
俺の驚きをよそに、死者は俺の名前を尋ねていた。




