第二十四話 兄妹
どうもMake Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
ようやく、バトルに持ってこれそうです……。
一応、僕はこの辺りの流れを「文化祭編」と呼んでます。これから、どうなるんだろう……。
最後までお付き合いください。
それではどうぞ!
『それでは任せるのだ~!』と、意気揚々と香耶が去ってから1日。
午前中は文化祭の出し物を決める大事な会議をした日の放課後。
戸惑いながら香耶に手を引かれる楓の姿があった。
「おや、君は……久しぶりだな。ところで、これは?」
そういう楓はなぜ自分がここに連れてこられたのか理解していないようだ。
まさか、本当になにも聞いてないんじゃないのか……?
「辰巳……?」
「いや、こればっかりは香耶に任せてたからな……すまん」
ものすごく申し訳なさそうな辰巳の顔を、初めて見た気がする。
「はぁ……それで、なんで私たちまでいるのかな?」
「ええ~いいじゃん~」
かなり不機嫌な由真と、ちょっと間延びした声を出す蓮花。
一応、喫茶店の参考にということで2人にも来てもらった。
由真はあまり乗り気じゃなかったが、蓮花が「行く~」と言ったらついてきた。
由真の行動基準は蓮花優先なんだな……。
「えっと、楓先輩……ですよね」
「ああ、そうだが……敬語はやめてほしいな、苦手なんだ」
「すみません……。えっと、できるだけ普通に話せるよう頑張り……頑張るね」
裕香は慣れるまで時間がかかりそうだ。
楓もそこは察したのか、「できれば、でいいんだ」と付け加えた。
「では行くのだ!」
「だから、説明をしてほしいのだが……」
香耶がノリノリで右手を突き上げるが、事情を知らない楓はただ困惑するだけだった。
「えっと、次の文化祭で喫茶店をやろうかと思ってて」
ちらりと裕香がこちらを見る。
なるほど、続きは引き受けた。
「それで助けてもらったお礼もしたいから、ごちそうになってくれないかなと」
「なるほど、つまり味見役ということか」
楓はようやくここに呼ばれた理由が分かったと言わんばかりに頷く。
実際は香耶が心配してたから、という理由なんだが……まぁ細かいことはいいだろう。
「味見だけではなく一緒に作るのだ!」
「わかった、わかったから。……うまくはできないだろうが、そういうことならありがたくいただこう」
「よし、決まりだ。だけど、結構な大世帯になってしまったな……」
今ここには、俺と裕香のほかに、辰巳と香耶、由真と蓮花に、楓がいる。
7人が一気に使えるところは限られているだろう。
「大丈夫。家庭科室を借りられるよう、お願いしておいたから」
さすが裕香、準備がいい。
となると、材料とかも用意してくれているのだろう。
「それでは行くのだ!」
「わっ、ちょっ! 手を引っ張らないでくれ~!!」
香耶に引っ張られる楓。
あれはあれで、しっかり者の姉と自由奔放な妹の姉妹みたいだな……。
まぁ隣から聞こえてきた「かわいい……」というつぶやきは、聞かなかったことにしよう。
先を行く香耶と楓の後ろ姿を追いかけながら、俺達は家庭科室へと向かった。
* * * * * *
家庭科室には、予想外の人物がいた。
いや、ケーキを作るって話になって、この人が来ないわけがない……!
一体、どこで嗅ぎつけた……!!
「どうしてここにいるんですかね……雨音さん」
「ケーキを作るって聞いて♪ 裕香ちゃんに頼まれて、ここを使えるように準備したの、私なのよ」
まぁ裕香が頼める教師と言えば、雨音さんくらいだろう。
それにしても、ケーキ食べる気満々だとは思わなかったが。
「それに、評価するならスイーツ好きの私がいた方がいいと思うけど? ねぇ、どう思う?」
「わかりました、わかりましたから!」
雨音さんに壁際に追いやられ、問い詰められる。
この人、なんで甘いものの話になるとこうなるんだ……?
あと、じりじりと距離を詰めないでください、顔が近いです。
「決定ね」
はあ、なんだか急に疲れた……。
とりあえず、上機嫌の雨音さんは無視してと。
「これだけ人数いると、分かれて何個か作った方が良さそうだな」
「アレンジもそれぞれできていいかもね」
それじゃあ、二人でペアを組んでもらうか。
「それじゃあ、ケーキつくるペアを組んでくれ」
俺がそう声をかけると、綺麗に分かれていく。
由真は蓮花と、辰巳は香耶とペアを組み、雨音さんは真っ先に裕香を拉致した。
となると、残っているのは……。
「私だ」
「……どうしてこうなった……?」
だめだろ、この組み合わせは……。
料理できない二人だぞ?
何ができるかわからないぞ?
いや、そう決めつけるのは早い。
もしかしたら、楓はかなり料理が出来るかもしれない。
期待を込めて楓を見ると、そこには今まで見たことがない少女の姿があった。
「お前、楽しそうだなぁ」
「そうか? ふむ、そう見えるのなら、少々興奮しているのかもしれない」
いや、まぁ、顔を見たら分かるというか。
こう、期待に満ちたというか、目の前に好物をぶら下げられている子どもみたいな顔をしていたら、誰だってわかると思うが……。
「まぁ頑張ってみよう。もしかすると、俺達が作ったケーキが正式採用されるかもしれないぞ」
「であれば、手は抜けないな」
「ところで、楓はお菓子作りの経験は?」
「ないぞ。だから、ちょっと興味深いんだ」
「……」
さて、絶望しか見えないぞ。
いや、誰だって最初はある。
もしかしたら、その1回目でも上手く作れるかもしれない。
こういうのはレシピと教員の話を聞いて、それ通りに作ればある程度できるものだ。
うん、きっとそうに違いない。
とりあえず、裕香の説明を聞き逃さないようにしよう。
「えっと、生クリームとかが駄目だから、シフォンケーキを作ろうかなって」
シフォンケーキって、あの膨らんでるやつか。
たしかに、あのタイプであれば常温でも問題ないし、作り置きもできる。
余った場合の持ち帰りも簡単だ。
……意外と細かいところまで考えているんだな。
「それじゃあ、始めるね」
裕香は手順を丁寧に説明してくれている。
そう、すごく丁寧に説明してくれているはずなんだ。
でも、なぜだろう。
裕香が言っていることが8割ほど理解できない。
いや、単語は理解できる。
なんだ、あのあいまいな表現。
いや、料理とかお菓子とかではそれが普通なんだろう。
だけど、料理慣れしていない俺にとっては、どの程度か想像できない。
ちらっと隣を見ると、楓は必死にメモを取っている。
当の楓は頭に疑問符が浮いているが……メモがあればなんとかなるだろう。
とりあえず、裕香の説明を聞き逃さないようにしないとな。
「……と、あとは焼くだけ。大丈夫?」
「大丈夫なのだ!」
「大丈夫よ」
「た、たぶん……」
ちなみに最初が香耶で、次に由真、最後が俺だ。
「わからないことがあったら声をかけてね」
「その時はよろしくお願いします……」
なぜだろう、裕香がすごく頼もしく見えてきた。
よし、やるぞ!
「よし、作ろう……ぜ??」
「ふしゅぅ……」
……頭から煙出してるやつ、初めて見た……。
「お~い、もどってこ~い」
「……はっ!? ……すまない」
「大丈夫か?」
「ああ……」
本当に大丈夫だろうか……。
まぁ、ただ混乱していただけだろう。
「よし、作ろうぜ。まずは卵を……」
その時、パキッという音が聞こえてきた。
恐る恐る見てみると、楓が握った手の中に卵の殻のようなものが見える。
もちろん、楓の手はベタベタだ。
……まさか、握りつぶしたのか……?
「……すまない」
「いや、そういうこともあるさ……」
苦笑いしか出てこなかった。
……本当に、大丈夫なんだよな!?
「卵、とってくれるか?」
「ああ」
今度はそっと渡してくれる。
よし、大丈夫だ。
「卵白と卵黄をわけて……っと、よしっ! 出来た!!」
「おぉ……!」
隣からぱちぱちと音が聞こえてくる。
見てみると、目を輝かせた楓が拍手をしていた。
「さぁ、じゃんじゃん行こうぜ!」
完全に調子に乗った俺は、楓と共にケーキを作っていく。
基本的には俺が作って、楓はサポートに回っている。
だんだん慣れてきたのか、俺が確認する前に楓は調理道具や食材を用意してくれるようになった。
なんだろう、この懐かしい感覚。
不思議な感覚を覚えながら、俺はケーキ作りをつづけた。
「よし、大体できてきたぞ……!」
「すごい、お兄ちゃん!」
「どうだ!俺だってやれば出来るんだぜ、麻……弥?」
ふと、声が聞こえた方を見てみる。
だけど、そこには麻弥の姿はない。
当たり前だ、麻弥は今……。
だけど、確かに今「お兄ちゃん」って……。
声がした方には楓しかいない。
……ん?
「なぁ、楓」
「どうした?」
「さっき、『お兄ちゃん』って呼ばなかったか?」
「……? ……っ!?」
一瞬、疑問符が頭に浮かべたあと、まるでゆで上がったタコのように顔が真っ赤になる。
自覚なしだったか……。
「いや、その……だな……」
「兄妹がいるのか?」
楓はすこし沈黙した後、楓はゆっくり頷いた。
「兄がいたんだ」
……いた、か。
「そうか。俺も妹がいてさ。さっき呼ばれたとき、妹かと思ったよ」
「妹がいるのか」
「ああ、俺と違って料理ができるいい妹だよ」
「そうか……。私とは大違いだな」
「楓のお兄さんはどんな人なんだ?」
「そうだな……」
楓は何かを思い出すように、上を見上げる。
その仕草から、楓の兄はもうこの世にはいないのだと察する。
「強い人だったよ。よく私のことを守ってくれて、頼れるいい兄だった。その時の私は、よく兄の背中に隠れてばかりだった」
「へえ、意外だな」
「面影がないと?」
「いや、風紀委員の楓はすごく頼りになるが……風紀委員の仕事抜きだと、結構抜けている感じがあるからな」
「それは心外だな」
楓は頬を膨らませる。
こういうところなんだが……まぁ、細かいことはいいだろう。
「さてと、あとは焼くだけだな」
「なんだか、任せきりですまない」
「いや、サポートしてくれて助かったよ。出来上がり、楽しみだな」
「ああ」
じっとオーブンを見つめる楓の姿は、焼き上がるのが待ち切れない子どものようで。
ただ目をキラキラと輝かせている姿が、麻弥と重なってしまった。
* * * * * *
「う~ん、どれもおいしいわね~」
雨音さんは目の前に出されたシフォンケーキを食べてご満悦みたいだ。
由真と蓮花のシフォンケーキはピンク色をしていて、ストロベリーなのか甘酸っぱい味がした。うまかった。
辰巳と香耶のシフォンケーキは、意外にも抹茶と小豆を使った和菓子のようなケーキだった。すごくうまい。
裕香と雨音さんのシフォンケーキは、オードソックスな見た目だが、一口食べるとさわやかな酸味が広がる。めちゃくちゃうまい。
さて、俺達のシフォンケーキはというと。
「アレンジしようと思ったんだが、うまくできなくてな……オードソックスにメープルをかけてみた」
「う~ん、オードソックスなのもいいわよね」
雨音さんは俺達のケーキを食べて、そういった。
ということは、及第点はもらえたということだろう。
「はぁ……幸せ……」
それぞれのケーキを俺たちに配った後に残ったケーキを全て食べたのだから、雨音さんはシフォンケーキをかなりの量食べたはずだ。
それなのに……どうしてこの人はこんなにも幸せそうなのだろう。
というか、あの量を食べきったのか!?
「どうだ、楓?」
「すごくおいしかった。それにケーキ作りも楽しかった」
「喜んでもらえてよかった」
「ふはははっ! またやるのだ!!」
「今度はちゃんと説明してから、な。わかったか?」
「うにゅ……」
小悪党のように笑ったあと、辰巳に怒られてしょんぼりする香耶。
それを見た裕香は「かわいい……」とつぶやきながら、頭をなでるのだった。
「……いいな、あれ」
そうつぶやいたのは、楓だった。
「私も泣いていた時は、よく兄にしてもらっていた」
「泣き虫だったのか?」
「まぁ、そうだな。だからこそ、兄がいなくなった後、一人でも大丈夫なように強くなろうと思った」
「……それで、か」
楓の言葉でわかった。
だからこそ、俺はこの行動をとらなければならない。
「楓」
「どうした?」
「俺は……お前と戦いたい。全力で」
俺の言葉に周りが静まる。
意外とみんな、楓のことを気にしていたということか。
「そうか……」
楓はそう答えるだけで、あとは何も言わない。
「裕香、いいか?」
「うん、佐伯君が決めたのなら」
「雨音さん、そういうことで」
「はいはい、エントリーしておくわね」
「俺と戦うまで、順位、変えるんじゃないぞ」
「望むところだ」
楓は不敵に笑う。
どうやら、勝つ自信があるようだ。
負けられないな。
シフォンケーキを口に入れると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
「ねぇ、佐伯君」
「なんだ、由真?」
「私が作ったケーキ、味はどうかな」
「かなりうまいぞ」
「よかった……これで安心して、蓮花に食べさせられるよ」
「毒見役かよ!?」
と、最後の最後でペースを乱されるのだった……。




