カイゼの家
街の居住区の中にある家に招かれたアウリスは、温かみのある木造の室内にカイゼと共に入っていく。先ほど盗まれた鞄を持ち主に返したところ、とても感謝された。そして、リーナディアでは有名らしい菓子店の、菓子折りをお礼に渡された。一人でもらうのは悪いと言ったら、勤務時間がもう終わりだから家で一緒に食べようとカイゼが家に招待してくれたのだった。
「ただいま」
「おかえりカイゼお兄様、えっ! それ! ポップンローズのお菓子じゃない!」
隣の部屋から出てきた少女は、テーブルの上に置かれた菓子箱を見ると瞬時に駆け寄り、目を輝かせて興奮し始めた。
「おいアンナ、お客さんが来てるんだぞ。ちょっと落ち着けって」
「えっ? あら! これは失礼をいたしました。私はカイゼお兄様の妹でアンナと申します」
まだ背の小さなアンナがスカートの裾をつまんで挨拶する姿は実に微笑ましい。
「アウリスだよ。よろしくね」
「カイゼお兄様! どうしてあの店のお菓子がここにあるの! 何ヵ月も先まで予約が一杯で買うことだって出来ないはずなのにー!」
大興奮のアンナに圧倒されてしまうアウリスだが、元気一杯な姿にレト村のローネを思い出す。雰囲気や口調などローネの小さい頃によく似ていたのだ。
「アンナちゃん、良かったら一緒に食べない? たくさん入ってそうだから」
「いいの? やったー!」
「おいアンナ、頼むから少し落ち着いてくれ。食べさせてやるから用意を手伝ってくれ」
「はーい!」
カイゼは苦笑しながらアンナの頭をポンポンと優しく叩き、アウリスに席を勧めた。それから大きめの皿をテーブルの真ん中に、小さな皿を周りに置いていく。すると別の部屋から女性が出てきた。
「カイゼ、おかえり。コホコホ」
「母さん、今日は調子悪いだろ? 寝てていいから」
「ありがとう、こちらはお客さん? 私は二人の母のカーラです」
「あっ、僕はアウリスです。お邪魔しています」
カーラは会話の合間にも咳き込んでおり、顔色も少し悪いようだった。それでも優しい笑顔で迎えてくれている。
「母さん、アウリスとなりゆきで泥棒を一緒に捕まえてね、そのお礼に菓子をもらったんだ。食べられそうなら席に座って」
「まあ、アウリス君は勇敢なのね。じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらおうかしら。香茶を入れるわね」
そう言ってカーラはお茶の用意を始めていた。アンナは細心の注意を払って大皿に菓子を綺麗に並べている。カイゼはもうすることがないと椅子に座り、アウリスに笑顔を向けた。
「まあ、うちはこんな感じだ。ゆっくりしていってくれ」
「うん、ありがとう。カイゼってフェリスの友達なんだよね?」
この時カーラとアンナが少し驚いた様子でアウリスに顔を向けてきた。
「ハハハ、この街でフェリスの名を呼び捨てにしてるのは俺ぐらいなんだ。アウリスは他の土地から来たんだったな。街の誰もがフェリス様フェリス様って呼んでいるんだ。なんせ州候の血筋で王国騎士団だから。あいつもあんな感じだしどっちも距離を置くから友達と呼べるような存在もまあいないんだよ。俺は幼馴染みだからあまりピンとこないんだが、一度フェリス様って恭しく挨拶したら本気で怒られた。お前は友達だろってね。」
「そっか、だから僕達が馴れ馴れしくて怒ったのかな」
「いや、まあ誰に対してもそうかもな。それでも内心では怒ってないんじゃないかな。表面的には冷たく見えるかもしれないけど、根はいいやつだからな」
偶然知り合うことが出来たフェリスとの意外なつながりが出来たアイリスは、フェリスとも仲良く出来ればいいなと思った。
それからは街の事で様々な話題に花が咲き、しばらく四人で歓談しているとドアをノックする音が聞こえてアンナがドアを開ける。
「フェリス様! いらっしゃい!」
「やあ、アンナ……って何故お前がここにいる。」
家の中に入ってアウリスの姿を目にしたフェリスは呆れた様子で言い捨てるとどういうことだと問いかけるような視線をカイゼに放った。
「盗みの現場に居合わせてな、協力して捕まえたのさ。実はアウリスは強いんだぜ」
「あれはたまたま目の前に飛び出してきたから。ただ運が良かっただけだよ。フェリス、また会えたね」
「はあ……お前とはもう会うこともないと思っていたんだがな。それで、ここで薬を売りに来てるのか? この時間だとまだ店じまいには早いんじゃないのか?」
そういえば薬の行商人として来ているんだった。さすがに伝説の剣と竜族の話はしないほうがいいよね
「そうそう、薬を売っているんだけどロキに色々と調達を頼まれてね。店に行く途中でカイゼに会ったんだ」
面倒な様子を隠しもせずにフェリスが返しているが、カイゼからするとこんな風にフェリスが誰かと話をすることはあまり見たことがない。意外だとは思いながらも面白く感じていたがふと気付く。
「アウリス、何を買うかは知らないがそろそろ店は閉まっていくぞ」
「えっ? そうか! せっかくだけどもう行かなきゃ!」
カーラとアンナに礼を言いながらアウリスは席を立ちドアに向かう。
「こちらこそありがとな! ここへはいつでも遊びに来てくれていいからな」
「ありがとう! フェリス、またね!」
フェリスは目線だけを向けて軽く鼻を鳴らしていたが、アウリスは笑顔で去っていった。
それにしても、あいつとは以前にどこかで会った気がする。どこだったか……
カーラが出してくれた香茶に口をつけると、フェリスは記憶を辿るのだった。