竜の大陸
部屋に残されたアウリスとライ、竜剣レイアは
空の彼方へ消えて行ったヴァルオスを見送るとお互いに状況を整理する。
「レイア、起きてる?」
「なんだい? 坊や」
「さっきの女の人は知り合い?なんだかヴァルオスやレイアの事を知っているようだったけど」
「ああ、あの女は私よりも年上の古代竜さ。竜族の中ではかなり上位の貴族になるね」
「ええ! あの人も竜なんだ!?」
まず竜という存在にアウリスが驚いたことを特に気にする様子もなくレイアは話を続ける。
「ほとんどの竜はあの女の支配下にあるんだけど例外もちらほらいるってわけ。クソガキや私みたいにね。とりわけクソガキの制御には手を焼いているようだね。まあ覇竜の肩書きは伊達じゃないから力で押さえつけようにも生半可な戦力じゃ返り討ちにあうだけさ、私は勝ったけどね。フフフフ」
驚かされたっぱなしで興味が尽きないのかライも目を見開いたまま大人しく聞き入っている。
「レイアはヴァルオスと戦ったことがあるの?」
「あるわよ、クソガキがもっとクソガキの時にね。私も当時は誰彼構わず噛みついたクチでね、互いに遭遇した瞬間に私はクソガキの顔を引き裂いてやったし、こっちは後ろ足を焼かれたわね。それから三日三晩の殴りあい。でもね、ここだけの話、あの時はクソガキもまだチビッ子だったのよね。だから今殴り合えばどうなるやらってね」
「ヴァルオスってそんなに強いんだ? 初めて会った竜の姿は怖かったけど、今の姿を見てると全然そんな気がしないね」
アウリスは初めて会った時の事を思い浮かべる。頭の中に聞こえてくる声の主、その名を呼んだ瞬間に現れた巨大な竜の真っ赤な目を見たら、凄まじい威圧感で動くことさえ許されなかった。それからどういうわけかふわふわした毛並みの子犬に姿を変えてからというもの今となっては竜であることさえ忘れてしまう。
「あのクソガキの力は全くもってデタラメだわ。覇竜の二つ名は伊達じゃないのよねえ」
「覇竜ってヴァルオスが自分で言ってるだけじゃないんだ?」
「まあそうね、覇竜の二つ名は知名度が高いからクソガキの名は知らなくても覇竜として知れ渡ってたりするわ。だからその二つ名を欲しがっているヤツも多いのよ。アタシらの世界では二つ名は倒して奪えるからさ。二つ名をかけて争うなんざ日常茶飯事な訳。それなりに力のある者はみんな二つ名を持っているわ」
「じゃあレイアも持ってる?」
「当然よ! 聞きたい? そう、どうしてもって言うなら仕方ないわね」
二つ名を教えたくて仕方ない様子のレイアはこちらの返事なんかお構いなしに話を続ける。
「あたしはねえ、そう、可憐姫と呼ばれて数多の同族から憧れと羨望の眼差しを受け続けているのさ! まあこんな高貴な竜を見たらそうなるのも仕方ないわよね」
……うーん。何だろう、違和感が……見た目だって剣なんだけど
数日前に出会った時の印象が可憐とはかけ離れていたがそれを口には出さない。そうすればどうなるかなど薄々分かっている。アウリスとて成長しているのだった。
「でもよー、ヴァルちゃんって一体何をやらかしたんだ?」
気分の良さそうなレイアなら教えてもらえると思ったのかライも会話に加わる。
「あのクソガキはアタシらの国を壊しかけたのさ。全ての者を見下して向かってくる者は叩き伏せて、建造物も建てた者を嘲笑うように破壊していった。個体どうしじゃ勝ち目がないからあの女を中心に討伐軍が出来たのさ。普通は群れる事を嫌うのにさすがに危機を感じたんだろうけど皆が参加してたわねえ。まっ、アタシは加わらなかったけど。それからずっとクソガキを追い続ける者達とそれを迎撃するクソガキで戦い続けたのさ。互いに疲れて来た頃に一人の人間が出現するとクソガキも変わっていったのよね。今の条約が出来てからようやく落ち着いたんだよ。そして! その人間ってのがアタシの愛しいグラって訳さ!」
それからレイアはひとしきりグラの事を話続けると満足して眠ってしまった。
「目的は達成したし、これからどうする?」
剣を手に入れた事でノーブリアに留まる理由もなく、ライの問いにアウリスは考え込む。
「そうだね、ヴァルオスが戻ってからになるけどまた行った事のない場所に行きたいな。どこに行こうかな」
「じゃあよ、気になる所があるんだけど行ってみないか? 何年か前に兄貴が傷だらけで村に戻った事があったんだ。爺と何人かで村を出てたんだけどよ、兄貴にしちゃあ珍しいほどの怪我だったから聞いてみたら、レルシールト州に軍じゃない剣の達人の集団がいるらしいんだよ。情報収集を兼ねて挑んだら敗けたって兄貴が言ってた。爺は敗けてないって言ってんだけどどちらにしろそれほどの強者がいるなら戦ってみてえんだ!」
「レルシールト州って所なんだね? いいよ! 行ってみようよ! 今日はもう遅いし明日ロキ達に事情を話そう!」
次の目的地も決まり、今からはヴァルオスを待つ事となったのであった。
ヴァルオスを胸に抱いたまま天空を翔ること丸一日、メラゾフィアスは迷う事なく一直線に進み続けた。雲の上は青一面で遮蔽物も何もなくただ空気が体を叩きつける事だけがかなりの速度なのだと感じさせる。やがて空の向こうに小さな点が現れると徐々に大きくなり視認出来る距離まで近づくとそれは浮遊する大陸なのだと分かる。だが地面の質感は土や砂よりは岩のような硬い見た目で白色に少し茶色が混ざった色をしている。その白い岩山がずっと続いており動物や鳥、草や木なども見当たらず、生息圏が違う世界。ここは絶対強者の竜族が棲む場所なのであった。やがてちらほらと建物も確認出来るようになり、それが様々な造りをしていることが分かる。岩山をくり貫いた洞窟や岩石を精密に積み上げた物、中には人間が住むような木造の建物も存在した。これは、竜族の個々それぞれの好みやこだわりが違い、好きなように建てた結果が景観を度外視した統一性のない景色になっている。しかし、それを気にする者もなく棲み家どうしも離れているため、問題ないのであろう。
「久しぶりであるな」
浮遊大陸ラーグに着いてから飛ぶ速度を落とすと互いの声も聞き取れるようになった。
「はあ、貴方は破壊し回って飛び出した以来になりますね」
溜め息混じりにメラゾフィアスは思い出す。胸に抱いた子犬が破壊した光景を。今は復興されて当時の傷跡すら残ってはいないがその場面に直面した者はいまだに恐怖するという。そしてその破壊衝動が支配や権力、名声といったものではなく退屈だったからというのだから始末に負えなかった。
「メラゾフィアス様ご無事で!」
やがて前方から二体の竜が近づき、メラゾフィアスの後方に付いて並走を始めた。この竜達はメラゾフィアス直下の衛兵であった。緊迫した声でメラゾフィアスに呼び掛けるとヴァルオスの姿を見て顔を強張らせた。
「このままバラータ宮へ向かいます」
「ワロール陛下より王宮へ向かうように言付かっております。先に王宮へお願いします」
「なんですって!? それはなりません! もしも陛下に何かあってはどうするのです!」
メラゾフィアスは好奇心旺盛な竜族の王ワロールならばそう言いかねないとは少なからず予想していたのだが承諾するわけにはいかなかった。今は大人しいとはいえ相手はかつてこの国で暴れた覇竜である。だから何かあっても対処出来るよう単身でヴァルオスに会いに行ったのだ。
「王宮には行かずにバラータ宮へ向かいます。陛下にそう伝えなさい」
二体の竜に有無を言わさずそう言い切ると進路を変えずにそのまま進んでいく。しばらくすると、右側からさらに十体の竜が近づいてくる。
「メラゾフィアス様! 王宮へお越しください。ワロール陛下がお呼びです」
もう! 困った陛下だわ
仕方がありませんね
このまま拒否し続けてもどんどん増員させるか、もしかしたら直接来るかもしれないという不安がメラゾフィアスを妥協させる。
「分かりました。これから王宮へ向かいます。ですが貴方達、しっかり陛下をお護りするのですよ」
大きく旋回しながら進路を変えたメラゾフィアスは後ろで編隊を組んで飛んでいる兵達と退屈なのか眠ってしまったヴァルオスを交互に見てまた溜め息をついたのであった。