ラスティアテナの少年
もう少しでムトール州からバラン州に入る所で大きな金属音と悲鳴が聴こえた。
何だろう?
音のする方へ歩いていくと高台になっている所で下に見えた景色に目を見開いた。
戦闘だ
銀色の揃いの防具をつけた五人と焦げ茶色の甲冑で身を固めた十三人が戦っていた。剣と剣がぶつかる音でその場所は埋め尽くされている。五人の内の一人が倒されると、持っていた旗が地についた。
あれはっ!
見覚えがある……さっきの街でいくつも掲げてあった旗と同じだ
ということはムトール軍。じゃあ相手はバラン軍!?
バタバタと倒れて残っているのはムトール軍が二名とバラン軍が五名。アウリスは初めて見る戦闘に動けずにいた。そうしている間にムトール軍は残り一人となり、窮地の様相をしている。
助けなきゃ! ガロには悪いけど、見過ごせない
寄り道せず真っ直ぐ目的地に行くとの約束だけど助けられるものなら助けたい……
アウリスは緩やかな下り斜面を駆け降りた。
「待て!」
アウリスの叫び声にバラン兵の二名が振り返った。
「なんだ小僧、やる気か」
いざ対峙してみると騎乗した相手の迫力にアウリスはたじろいだ。
ムトールの人は深手を負っている。助けなきゃ!
「いくぞ!」
アウリスが剣を振るが馬に乗る人間に届かない、しかも相手は全員槍を持っていた。
ギンッ
アウリスが相手に向かって踏み込んだがバラン兵の槍に阻まれる。剣で受けたものの間合いに入らせてもらえない。
ビュン
横からも槍が飛び込んできた。アウリスは横に飛び転がりながらそれを回避する。
うっ、ムトールの街のチンピラとは全然違う! 一撃一撃が僕を殺すつもりだ。気を抜けば殺される!
次々にバラン兵二人の槍がアウリスに襲いかかる。回避することに精一杯でなかなか攻撃に移れない。初めての戦闘による重圧が体を重くしていることにはアウリス自身気付いていなかった。
ムトール軍の兵は凄かった。アウリスと同じように剣を使っているのだが剣で槍を受け、攻撃をかわしながら相手の懐に入っては斬りつけていた。しかし、横腹のあたりに血が大きく滲んでおり表情も苦しそうだ。
早く何とかしなければ!
アウリスは焦った。その分、剣の振りが手だけの振りになり、ようやく相手に当てたと思っても強固な甲冑に弾かれてしまう。
ムトール兵は敵を一人倒した所で、残り二人の槍の突きを剣で弾いたものの馬から落とされてしまった。
マズイ!
ムトール兵は倒れたままだ
僕はこの二人で手一杯になっている
向こうのバラン兵が槍をムトール兵に降り下ろそうとした時、
ビュンッ
ビュン ビュンッ
何本かの矢が地面に刺さり、バラン兵にも突き刺さる。
「ジレイス様!」
四人の騎兵隊が向こうから駆けてくる。馬上で弓から槍に持ち換え勢いの乗った突撃で残りのバラン兵四人を殲滅した。
三人が下馬をすると、ジレイスと呼ばれたムトール兵の前で膝をついた。
「ジレイス様、よくぞ御無事で」
その間に騎乗したままの一人がアウリスの前に来た。
「君は?」
アウリスは返答に困った。
敵ではないし、味方と言っても何か出来た訳ではない。
知り合いかといえばそうでもない。
答えられず黙っていると
「助けられた。その者がいなければ私は死んでいただろう。少年よ、礼を言う」
男がようやく起き上がり頭を下げた所で傍にいたムトール兵がアウリスに感謝を述べた。
「そうでしたか!私からも礼を言わせてくれ。ありがとう。本当によくやってくれた」
起き上がった男はアウリスに歩み寄った。
「私はムトール州軍隊長のジレイスだ。君はたまたま通りがかったのか?セパの人間なのか?」
セパとはムトール州の北東にある、ここから近くの村である
「アウリスといいます。ソルテモートのレトから来ました。
バラン州のギルカシャという街の近くに用があって来ました」
ガロから渡された地図にはギルカシャという街が目的地の森から一番近くに記されているが距離としてはかなり離れている。
どこに行くのかと聞かれればそう答えるしかなかった。
「ソルテモート、遠い所から来たのだな。しかし、ギルカシャに行くのは止めた方がいい。バラン州全域で今は荒れているがギルカシャはその最たる所だ」
「あっ! いえ、ギルカシャには行く予定がありませんが気をつけます。バラン州はそんなに酷い所なのですか?」
アウリスはバラン州が反乱したとしか知らず内情がどうなのか気になった。
「ああ、もう何年も戦闘状態の所だからね。まず若い男が殆ど兵役に就かされている。だけど、戦争には金と食糧がいる。女と老人や子供だけで税を搾り取られ、餓死者も後を絶たない。こちらもバランの進攻を阻んでいるがたくさんの兵が死んでいる。しかし、バランのようにはさせていない。民の生活を守らずして国は成り立たないからな。それでもやはり限界がある。徐々に戦況は押されてきているのだ。こちらの兵は限りがあるのに対しバランは強制徴兵で数を増やしている。それにどういうわけかゴアの軍がバランに加勢しているようだ。賊に擬装しているが剣を交えれば分かる。あれはゴア軍だ。
……余計な事まで話してしまったな。
君に助けられなければ無かった命だからな。これくらいの話はしてもいいだろう。とにかく、どうしてもバランに入るのなら人目を避けて行きなさい。州全体が危険だということを覚えておいてくんだ。ムトール州都ダムタールに来ることが有れば私の所に訪ねてくれ。改めて礼がしたい。では、また会おう」
ジレイスを先頭にムトール兵達はそれぞれアウリスに一声かけてから南の方角へ駆けていった。
さてと、もう一息だ
ガロから渡された地図で見ると、ここから目的地までは歩いて一日程で着くだろう。
ここからはまた山道だ。日が暮れる前にどこか一晩眠れそうな場所を探そう
アウリスもまた、歩き始めた。
仰向けに倒れたまま、アウリスは剣を首もとに突き付けられている。
な 何が起きたんだ…
ガロから渡された紙に記された、進みかた通りに歩いていると背中に殺気を感じた。振り返った瞬間、何者かが一瞬で間合いを詰め、剣を振り下ろした。
速い!
アウリスは咄嗟に剣で受け流したが、更にもう一本の剣が横から襲いかかる。
双剣!?
ぎりぎり剣で受けたが強い衝撃に堪えきれずにアウリスは剣を落とされて後方によろけた所の木の根に足を取られて、倒れてしまったのが一瞬前の出来事だった。
「死ね!」
アウリスと同じような年の少年が突き付けた剣で首を貫こうとした時に、
「ガトーさん!」
アウリスは咄嗟に言った。
「何故その名を知っている?」
相手の動きが止まった。ここに来るに当たって、ガロから説明を受けたのはガトーという名の老人に会うこと、ガトーに会えたら、受け継いだ名を言うこと、ガトーに会うまではガロとガトーの名を使って村まで案内してもらうこと。そして、必ず追い返されるがそれでいいということ。そのあとは、気の向くまま国を旅して考えればいいということだった。
「ガトーさんに会わせて欲しい。ガロから教えて貰って来たんだ」
アウリスは剣を突き付けられたまま答えた。
「ガロ……ああっ! 一年前の嘘つき野郎か! それでお前のようなガキがここまで来れたのか!」
ガ ガキって……君も同じような年じゃないか。それにガロの事を嘘つき野郎って……
アウリスは思わず反論しようとしたが。
「しょうがねぇなー。何かの言伝てか? まあいい、ついてこい」
少年の道案内で村まで来れた。次はガトーさんに自己紹介をするつもりである。程なくしてガトーがいるらしい家に着いた
「爺! いるか? 入るぞ」
そう言った少年は扉を開けて、アウリスに中へ入るよう促した。
部屋の中心に対して、円を描くように床に座椅子がいくつか置いてあった。多人数で何かを話し合った後だろう。ガトーは奥に位置する椅子に座っていた。
「なんじゃライ、その者はどうした」
「爺に会いたいって言うから連れてきた」
「アウリス-オーラ-ロージクラヴィリアです」
それを聞いたガトーの顔が驚き、そしてすぐに険しくなった。
「嘘をつくな小僧、その名をどこで知った」
「母から受け継いだ名です! 嘘ではありません!」
アウリスは大声を出したガトーに対して、必死に答えた。実際に嘘ではないのである。
「そうか! ガロと名乗ったあやつの入れ知恵か! お前たち、その名を騙って一体何を企んでおる!」
「確かにガロに言われてここに来ました! だけど僕の名前は本当です!」
「黙れ! 本来ならここでお前を殺す所じゃが、帰ってあやつに伝えろ。下らん話を持ち込むなとな。ライ、こやつを叩き出せ」
ガトーの怒声に応えて、ライがアウリスの腕を掴んだ。
「行くぞ」
アウリスは信じて貰おうと口を開きかけたがガロの言葉を思い出し、やりきれない気持ちは消えないがライと共にガトーの家から出た。
これで……いいんだよね……
追い返されて良しという意味が分からないがガロを信じれば大丈夫だと思った。
ガロは無駄な事はしない……はず……
思い返せば思い返すほどガロがアウリスにしてきた悪戯の所業を思い出した。
また悪戯だったかな
まぁいいや、次はどこにいこうか……
アウリスは歩きながら考えていると、
「おい、アウリスだっけ? お前何しに来たんだ?」
横で歩きながらライが聞いてきた。どうやら帰り道を案内してくれるようだ。
「えっ? えーと、とりあえずガトーさんに会ったらどこか旅をする予定かな」
「爺とは何も話せなかったのにいいのか? よくわかんねぇな」
そうだよね、僕にも分からないんだけど……
「村を出るときにまずはここに行ってから旅を始めるようにガロに言われてたから」
「お前、あいつの弟なのか? それとも、まさか息子なのか?」
「違うよ、友人になるのかな? 小さい時に戦争で親を亡くした時に見ず知らずの僕を拾って一緒にいてくれたんだ」
「ふーん、そっか。で? これからどこに行くんだ?」
「まだ決まってないんだ。色々な国を回る予定だけどね」
「国を回る? お前みたいなガキがか? もしかして! 冒険なのか? なるほど! 色々な国か……」
「ガキって、君も似たような年じゃないか」
同じ年頃の子からガキ扱いをされて少し腹が立った。そんなアウリスには気にもかけずライは何か考え込んでいる。
「おーい! 聞いてる?」
「えっ? おお、うん」
絶対聞いてないな。そう思いながらふと、ライがいつまでも一緒に歩いていることに気づいた。
「ライだっけ? ここからはもう大丈夫だから戻ってくれていいよ。ありがとう」
「おぉ、でもなぁ……はぁ」
何をそんなに考えているのだろう
まさか! 僕を殺すかどうか迷っているのか!?
歩調は変わらずも冷や汗が吹き出てくる。逃げようにもここはライの庭だ。しかも、ここに来たときに不意討ちとはいえ手も足も出なかった実力差は明白である。
逃げ切るのは無理だ……
「うーん。そうだよな……よし! 決めた! 俺もお前と旅をするぞ!」
良かったぁ、殺すつもりじゃないのか
想像とは違ったライの思考方向にホッとして胸を撫で下ろした。
はいっ?
聞き間違えたかな?
「ライも旅に出るのかい?」
「ああ! お前とな! よろしく!」
???
「ちょっ ちょっと待って! 何故僕が君と一緒に旅を?」
アウリスは突然の事に混乱していた。
「んだよ! いいだろ? 俺は伝説の剣を探してるんだよ。爺に聞いたら、そんなものは見つからん。って言われたんだけど無い訳じゃないって事だろ?俺だって一人で冒険に出て剣を探そうと思った時もあったんだぜ? 許可を貰いにいったらよ、そしたら、百年早い! って、そんなもん、百年も待てるかっつーの! だから今回は勝手に村を出ることにするぜ!」
「勝手に旅に出るのかい? ダメだよ! それに僕は剣を探す旅をする訳じゃないよ」
「どーせ聞きにいったら、行かせてくれねぇからな、アウリスが剣を探してないならますますいいじゃねえか! 伝説の剣は一本だろ?喧嘩にならねぇしよ! 国中を回るんだろ? 目的は違えど行く所は同じっていうヤツよ! ずっとここにいても伝説の剣は手に入らないからな! やっぱり外に出ていかないとダメだろ? だけどよ、 俺は孤高の旅ってのは苦手なんだよ。兄貴はそういうの好きそうだけどな。俺はワイワイ楽しく伝説の剣を見つけたいんだよ!」
ダメだ……こっちの都合は関係なさそうだ
でも二人なら確かに心細い事も無くなるのかな
「僕は構わないけど、やっぱりガトーさんには聞いた方が良いよよ」
「いいからいいから! ほらっ、どこ行く? とりあえず近くの街に行くか?俺はこの先には行った事がないんだよ!」
「そうなんだ、でも今はこのバラン州はとても危険らしいんだ。特に街には行かない方がいいんだって」
「んなの平気平気! 危険なトコほど伝説の旅って感じだろ? 望む所だぜ!」
ライ……僕はこれから先がとても不安だよ……
「こっちから伝説の匂いがするぞ!アウリス、早く来いよー」
張り切ったライはドンドン前に進んでいる。アウリスは心なしか重くなった足取りでライを追いかけた。