ヴァルオスの実力
地を蹴ったヴァルオスは瞬く間に敵との距離を詰めると勢いよくリザードマンの足に狙いを定めて大きく口を開く。
フン、足の一本でも噛み千切れば大人しくなるであろう
カプッ
!?
あまりの速さに噛まれた敵は思わず呻き声をあげたのだが
…………
リザードマンが目をしばたかせるとそれを見たヴァルオスも目をパチパチさせている。どうやら何のダメージも与えていないようだった。
「それがどうした! 貧弱な犬の牙などきかん!」
歯が立たない現実が受け止められずにまたもヴァルオスが噛みつくも今度は呻き声すらあがらない。
「愚か者はお前だ。死ね!」
そう吐き捨てた敵の攻撃を弾きながらヴァルオスは肩を落とすと振り返ってこちらにとぼとぼ歩いてくる。その間にも三体から猛攻を受けているが何もせずとも全て弾き返していた。
強力な防御力に対して攻撃力は残酷なまでに皆無だった。
「ヴァルオス? あの……」
相手の攻撃がまるで効いていないのだがこちらも同じである。声をかけてみたもののどうしていいのか分からない。敵は手を止める事なく命を奪おうと暴れている。
我がいれば大丈夫だとか言ってたのに……
あてが外れた事に落胆しても状況は変わらない。言葉が通じるなら平和的に話し合いしてみようと試みる。
「あのっ! 話を聞いてもらえませんか?」
リザードマン達は目線をこちらに向けただけで攻撃は止まらない。事情を知って貰えればと再び声をかけた。
「僕たちは戦いに来た訳ではありません! ここには剣を探しに来たんです!」
「お前達の事情など関係ない! 侵入者は殺すまでだ!」
問答無用か
どうあっても話し合いは望めないのだろうか
「お前達! 我に代わって武威を示すのだ!」
「よっしゃー! 行くぜ!」
どうにか戦わずに済めばという考えはヴァルオスの開き直った言葉に打ち砕かれたのだがライは待ってましたと言わんばかりに双剣を抜刀して敵に突っ込んでいく。
やるしかないか
「ジン、この剣使わせてもらうよ」
「うん、でも気をつけて。慣れない武器じゃあ勝手が違うだろうから。」
ジンの故郷のロズン村では剣を手に入れらず、ないよりはマシだとジンの家の物置の奥にあった剣を貸してくれたのだった。その剣の存在を忘れていた程であったのでジンは譲ると言ってくれたがすぐに新しい剣が手に入る予定だったので借りる事にしたのだ。
ジンと共に戦闘に加わると自然と一対一で両者が向き合い激突した。
ギンッ
なんて重いんだ!
剣で受けると相手の攻撃の強さに思い切りよろけてしまう。すぐに態勢を整えて反撃するが簡単に盾で防がれた。そこに隙をついた攻撃がすかさず仕掛けてくる。腕力もさることながら技術も高く、何よりも戦闘に慣れているようだ。さらには上手く斬りつけたとて皮膚が固くダメージが通らない。それをものともせずに攻撃を繰り出してくるからたまらない。
あまりにも強い相手にライやジンの事が心配になったが二人とも優勢に戦いを進めているようだ。
「アウリス! トカゲ相手に何を苦戦しておる! さっさと倒すのだ」
「そんなこと言ったって相手が強すぎるよ!」
ロキの所まで下がったヴァルオスへと投げやりに返した所で、相手からの次の一撃により転がされてしまう。さらに繰り出される追撃をどうにか圧し返すと気迫のこもった声を吐き出しながら反撃に転じたのだが、それさえもいとも簡単に盾で防がれてしまった。
全力での攻防戦、いつしか息が切れはじめる。人間以外との初めての戦いとあって精神的にも重圧が重くのしかかり、動きが鈍くなっていた事さえアウリスは気が付いていなかったのだった。
このままじゃ駄目だ
消耗するこちらに対して相手は余裕が見える。腕力もさることながら持久力の高さに焦りを感じた。このまま続けても先がない事を確信して勝負に出る。
「はああああっ!」
意を決して全ての力を出しきるように多重連撃を止まる事なく続けた。それは剣や盾で受けられようとも反撃を許さず、呼吸さえも許さないようただひたすらに。
「グヌッ」
剣の切れ味が悪くともとにかく手数で勝負をかける。剣や盾で防がれようとも叩き伏せるように振り続けると、やがて相手は捌ききれなくなってきたのか態勢が崩れだした所でさらに畳み掛ける。
ドサッ
やっとのことで鈍い音を立てて相手が地面に倒れ伏すと、アウリスも膝をついた。呼吸は乱れに乱れて両の手も地に付ける。肩で息をしながら辺りを見回すと同じタイミングでライとジンも相手を倒した所であった。
「大丈夫か?」
「ハアハア、うん。なんとか倒せたね」
アウリスよりは幾分余裕がありそうな二人だが楽勝とは程遠い事が呼吸に表れていた。
「お前達! 手間取り過ぎだぞ。さあついてこい」
三人は目を見合わせて肩をすくめて、ヴァルオスが何事もなかったかのように進み始めた時に、多くの足音が近付いてくるのが聞こえてきた。どうにも嫌な予感がしているが、程なくして現れたのは二十体のリザードマンと先頭にはトカゲの顔とは違う竜が人型になったような竜人が三体、ただならぬ気を放ちながら並んで歩いている。竜人達がリザードマンを引き連れて見える様子からその三体が上位であることが窺えた。
そんな……
全力を尽くして一体をどうにか倒したに過ぎず、さらなる敵の出現にはアウリス達も脂汗が止まらない。
「ハハ……これはマズイな」
「さすがに逃げられないよね」
ライとジンはそう呟き、ロキは絶句していた。
「忌々しいトカゲ共めが。おいアウリス! お前の王氣が足らん故に我の牙が小さいのだ!」
えー……
そう言われても……
近付いてくる集団を忌々しそうに睨み付けたヴァルオスに反論する間もなく、見るからに屈強そうな戦士達は近くまで到達して立ち止まった。
「ゲラハ! ドグ! ガバ!」
竜人の一人が大音声で叫ぶとやっと倒したはずのリザードマン達がゆっくりと立ち上がりだした。
恐るべき頑丈さと回復力に思わずライとジンが口をひきつらせながら顔を見合わせてしまう。しかし、諦めまいと三人で武器を構えた時に三人の竜人達が片膝をついた。それに従うように周りのリザードマン達も同じく片膝をつくと、何が起きたのか分からなかったがどうやら絶体絶命の危機を回避したのかもしれない期待を抱かせる。
「無礼な振る舞いをお許し頂きたい。私はこの場所の長でございますゲルマと申します」
皆が驚く中でその様子を見るなりフンと鼻で笑うヴァルオスが前に出てきた。
「ようやく話の分かるやつが現れたな。我は覇竜ヴァルオス‐ジオ‐ガイアだ」
「覇……竜……様ですか?」
目の前でふんぞり返るように名乗った子犬にゲルマと名乗った竜人は驚きと戸惑いを露に一瞬固まってしまったが、ヴァルオスから何かを感じ取ったのか謝罪と共に事情を説明してくれた。この場所に立ち入るならば通常では一つしかない入り口からしか入れず、その入り口には警備の者がいるとの事。しかし来客があった報告はなく、最奥地から同族以外の気配を察知した者が慌てて侵入者の排除に向かったのだという。だが例外としてもう一つだけ入り口があるがそれは、特殊な結界を施されており、そもそもはただの行き止まりだった為、誰も出入りすることはなかった。少なくともここの長だと名乗るゲルマが生まれてからは主以外に使われた事がなく、先代存命の時代に数回主の知己によって使われたらしい。そもそもゲルマ自身が目にしたことがなかったので若い世代ではその話すら聞いた事はあってもこの状況に結びつけられなかったのも無理はなかった。ここにいる者達はこの地を守護する誓いを立てているのでそれ故に侵入者として対応したがゲルマはまさかと思い、手近な者を引き連れてきたということであった。
「それでこの地にはどのような件で参られたのですかな?」
主の知己の可能性がある以上、無礼な振る舞いは出来ないと思う反面、恐ろしい覇竜を名乗り真偽が分からぬとあれば悪意がないとも言えずに警戒しながらもゲルマは鋭い視線を向けて言った。
「ここにある剣を引き取りに来たのだ」
「なっ!? 剣ですと!? いやまさか! しかし……」
「心配せずとも氣を感じるゆえ案内は不要である」
ゲルマの慌てぶりに対してもヴァルオスは問題ないとばかりに歩き始めると、いよいよ困惑極まったゲルマの様子と小さいながらも特有の気配を感じた戦士達は始めこそ疑いの視線を向けて来ていたが今では畏まっている。
「覇竜様! お待ち下さい! 」
「ええい! 我に任せておけばよいのだ。アウリス、早く来い」
やり取りをただ傍観していたアウリス達だが止まる事なく進み続けるヴァルオスの後ろに戸惑いながらも続いたのだった。