とある町で
暑い日差しを浴びながらノロノロと牛歩の歩みで街道を進む男は濃緑のマントに身を包み、大きな帽子を被ったガロだった。レルシールト州の小さな町にようやく辿り着いた所である。
この町で休んでいこうかな
まずは随分と前から鳴りっぱなしのお腹を満たそうと食事が出来そうな店を探す。容赦ない暑さにより渇ききった喉を潤わす事が出来ると思えば自然と足取りも軽やかになった。
ドンッ
おっととと
突然背中に衝撃が走り、危うく前に倒れそうになった所をどうにか踏みとどまったガロが後ろを振り返ると、そこには頭を手で押さえた男の子が尻餅をついていた。
あっ、
男の子の姿を見て気付いたのは頭から動物的な耳が付いていた事だ。
獣人? いや半獣か。珍しいな
「大丈夫かい?」
「ごめんなさい」
穏やかな笑顔で手を差しのべたガロを見上げた男の子は酷く怯えている。その時、男の子の近くに小さな石ころが飛んできた。
「やーい! 獣男!」
「ほら、早く逃げろよ!」
そしてまた、石が飛んでくる。どうやら半獣の男の子と同年代の子供達三人が追い回していたようだった。
「君達、石なんか投げちゃいけないよ。当たったら怪我するじゃないか」
「はあ? ロイズは獣だから石が当たっても死なないんだ」
ロイズ? この子の名前か
聞く耳持たない子供達に溜め息をついたガロだが先ほど見つけて入ろうとしていた店に半獣の男の子が入っていったのが見えた。
「とにかく石は投げちゃダメだからね」
遠目にいる子供達に声をかけたガロもまた、店に入った。
ガチャ
昼食の時間は少し過ぎた頃にも関わらず、店内はそこそこ客で賑わっている。奥の方ではさっきの男の子と店主らしき人が見えた。
「お前は何度言ったら分かるんだ。店には裏口から入れと言ってるだろ」
「ごめんなさい」
「ほらよ」
そう言った店主が男の子に両手で抱えるくらいの袋を手渡すと男の子が奥に歩いていった。おそらく裏口から出ていくのであろう。
ガロはとりあえず空いているカウンター席についた。
「さっきの男の子、ロイズって名前かな」
「あんた、見たところ旅人だろ。あいつの事を知っているのか」
気さくに話しかけたのだが店主はガロを見るなり目を細める。明らかに不審に思われているようだった。
「いや、店の前で石を投げられてるのを見かけてね」
「ああ、そういうことか。あいつは人間と獣人の子供でな。まあそれがどういうことかあんたにも分かるだろ」
偏見か……
獣人を見た事があるガロだったが半獣としては話には聞いていただけでその姿を見たのは初めてなのであった。
「親はいないのかい?」
「父親は死んだらしい。母親は病気で伏せっていてな、あいつが世話をしてるんだ。だが食料を買うにも周りは相手にしてくれない。母親が元気な頃は頭を下げながらでもどうにかしていたのだがな、だから俺が売ってやってる。母親とは幼なじみでな、そこまでしてやる義理もないが見捨てるのもな。まっ、不憫な親子だよ」
いい人だな
「っで、何にする」
事情が分かったガロは、当初の目的を果たすべく店の壁に掲げられたメニューを見て注文をした。程なくして料理が届くと久しぶりのちゃんとした食事を楽しむ。
「騎士団がこの州に来るらしいぞ」
「へえ、騎士団とは珍しいな。それはまた何しに来るんだろうな」
「それがよ、村から街に至るまでいろんな所を回って住人を処刑してるらしい」
「はあ? どうしてそんなことを」
「聞いた話じゃあどっかの州が離反しただろ。それを口にした奴は処刑だとよ」
「おい! その話はここでもマズイだろ」
「そうだな、口に出すのはやめよう」
後ろのテーブル席から聞こえた会話にガロの顔が引きつった。
どこに行っても騎士団の影がちらつくな……
うまく撒いてるつもりなんだけど
さすが騎士団ってところか
それにしても、行く先々で処刑とは穏やかじゃないな。
またノーブリアに行ってみるかね
食事を終えて宿を探そうと店を出ると、外にはさっき半獣のロイズに石を投げていた三人の子供達が木の棒を剣にして、撃ち合っていた。
「ねえ君達、さっきのロイズ君を虐めちゃいけないよ」
突然話しかけられた三人組はポカンと口を開けているがそのまま話を続ける。
「僕も聞いた話なんだけどね、ここから遠いマリオール州のとある村でロイズ君と同じような獣の耳がある男の子がいたんだ。そして同じように村の子供達に虐められていたんだけどね。ある時にその村に賢者が現れて「その子を虐めてはならん。仲良くすれば素晴らしい大人になれる」と子供達に言ったんだ。それから言葉通りに仲良くすると、皆は素晴らしい大人になって幸せに暮らしたんだって」
…………
おっ、心に響いたかな
神妙な顔で俯いてた三人組にこれで良しと腰に手を当てたガロはキョロキョロと宿を探し始めるが、顔を上げた子供達の表情が目に映った時にガロの顔が固まる。
「嘘つきめ! お前怪しい奴だろ!」
一人の男の子がそう言って「やっちまえ!」と号令をかけると一斉に木の棒でガロを乱打し始めた。
「わっ! いてててっ ちょっ! ちょっと待って! そうだ! この話にはまだ続きがあって今から話するから!」
散々打ち付けられた所で手を止めた三人組は早く話してみろよと言わんばかりの態度を取っている。口元を痙攣させていたガロは気を取り直して話始める。
「子供達の中には虐める事をやめなかった子もいたんだ。そしてある朝に目覚めるとなんと! ……」
ガロの目の前の子供達は息を飲んで話の続きを待っている。
「早く言えよ!」
焦らされて我慢出来なくなった男の子が木の棒を振り上げた。
「分かった分かった! 頼むから殴らないでおくれ。朝目覚めると……なんと! その男の子にも獣の耳が生えてしまったんだ。それからこの子も虐められて毎日毎日泣いたんだとさ」
話を聞き終えた子供達は顔を青ざめさせている。
ちょっと刺激が強すぎたかな
もう少し考えなきゃいけないな
歩き出したガロは「もう虐めちゃダメだよ」と言って遠ざかると子供達はまたポカンと口を開けていたが、男の子の一人がボソリと呟いた。
「母ちゃんに聞いてみよう」