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kingdom fantasia  作者: 衛刀 乱
仰ぎ見る偽りの空
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同行

暗くなり始めたとはいえまだ明るいベラネアだがそれぞれの建物で照明が灯り出して、夜の賑わいを見せ始める。この時間帯は夕食をとる客が各飲食店に出入りして、中から楽しそうな声が店の外の通りまで聞こえてくる。フェリスはそうした雰囲気とは対照的に鬱々として歩いていた。生まれ育ったノーブリアの州都リーナディアにあるフェンローナ城に帰っている途中で、別段急いでいる訳ではないがゆっくりする理由もないので一泊して進むつもりであった。


団長達がノーブリアに来る……

みんな大丈夫だろうか


発言一つで命を失う危険がある。それも単なる世間話程度のことでも騎士団は決して容赦しない。それはこの目で見た揺るぎない事実だった。しかし、王国の為とはいえ恐怖を植え付けて口を閉ざさせる事が正しい行いであるとは思えない。それは騎士団を一時的に離れて一人で考える時間を作れた今でも考えは変わらなかった。


俺はこんなことをするために騎士団に入ったんじゃない


フェリスは二年前に家を飛び出して王都ロージリアのアカデミーを一年間通った。フェンローナ城で騎士団の話を聞いてから、日に日に憧れる思いが強くなり、周囲の反対を押しきってまずは王都中央軍に志願しようとするが採用条件が十五才以上の為、一年間待たなければならなかった。王都からの使者が来た折に、フェリスはこっそり使者に相談した所、アカデミーの事を教えてくれるのみならず紹介状まで用意してくれたのだった。兵士になる意思を兄にぶつけて啖呵をきった手前、ノーブリアにいることが苦痛でしかないフェリスは、寮を備えているアカデミーに勇んで入った。アカデミーに入ってからはその存在を大きく広める事になる。教わる大体の事は既にフェンローナ城で教わった事ばかりで学問から武術に至るまで成績は常に優秀。加えてノーブリア州候の弟君であり、容姿も端麗。さらには王国騎士団を目指していることを公言すれば目立たない事の方が難しい。卒業後は一年間、王国中央軍の中で頭角を現すと早くも第七騎士団の入団を果たすこととなる。それは州の重要人物が中央のエリート集団に所属することであり、王国の方針を州に従わせる為の支援効果も望める。考え方を変えれば人質としても。さらには、民衆への王国の結束力を示したり他州からもそういう存在を引き入れる為の前例を兼ねる、謂わばプロパガンダとして重宝されているがフェリス本人は自身の実力だと信じ込んでいる。入団当初は賊の討伐や要人の護衛など、やりがいのある仕事をこなしてたくさんの人達から感謝される日々を送っていた。頼りにされ、羨望の眼差しを向けられて気持ちも充実していた。目指していた存在に近付いていく実感もあり、心の中でも栄光ある騎士として正義の行いをしている自負が故郷にいる兄に対して堂々と自分は正しいのだと思えた。だが今はどうかといえば必ずしも胸を張れるとは思い難い。行く先々での横行に対して非難を表す視線、悲痛な叫びにも無情の応対を求められる。自分が思い描いている騎士の姿とはかけ離れたものになりつつある現状に耐えられなかった。


俺はこれからもあんな事を続けていかなければならないのか。それでいいのだろうか……


必死に命乞いをする者に処罰を執行する。思い出すだけで胸が苦しくなり歩く足どりも自然と重たくなる。大きな溜め息をついたフェリスは道から店の入り口まで続く近くの短い階段に腰かけた時に小さな鳴き声を耳にした。どこから聞こえるのかと辺りを見回すが姿は見えず立ち上がって声のする方へ歩くと、建物と建物の間にある細い通路の物陰に縮こまった猫が鳴いていた。気持ちがパッと晴れると猫からの警戒を緩めるようにゆっくりと距離を取って屈む。


「何を鳴いているんだい? お腹が空いているのか?」


肩に担いだバッグから宿で食べようとしていたパンを千切ってゆっくり差し出すと、猫は鼻をひくつかせながら近付いてくるのだが歩き方がぎこちない。差し出したパンを勢いよく食べたのでまた千切って与えると、猫はフェリスの足に体を擦り付けてからまたパンを食べ始める。


「お前、怪我してるじゃないか」


猫が右後ろ足に怪我を負っていることを確認すると、バッグからあれこれ取り出して応急処置を施した。にゃあと鳴いた猫が感謝を表したようで嬉しくなり、頭を撫でてやった。


「ちょっと待ってヴァルオス」


「グハハハハ! こちらから美味い物が我を呼んでいるぞ! さあ急ぐのだ」


そう遠くない場所で誰かと誰かの大きな声が聞こえるとフェリスは目の前の猫を抱き上げた。


ビュッ


足元を黒い影がすり抜けるとフェリスは反射的に目で追いかける。


「あっ!」

「えっ」


ドンッ


突然の衝撃にフェリスはよろけて尻餅をついた。すると、腕に抱かれていた猫が跳躍して、上手に着地を果たすとどこかに走り去った。目の前には同じように尻餅をついた者がいる。


「貴様! 何をするんだ!」


「ごめん!」


お互いに目を合わせた時にようやく相手の年が近いことに気付いた。


「おい、そんな奴に構うな。早く行くぞ」


後ろから聞こえる声に振り返ったフェリスだがそこにいたのは目がクリッとして黒いフワフワの毛並みの子犬だった。


なっ なんて愛らしい子犬なんだ


思わず見とれているフェリスに対してヴァルオスは優越感を露にする。


「なんだ小僧、我の愛くるしい姿に声も出んのか?」


喋っている。こんな素敵な子犬が喋っている。ああ……まるで夢のようだ


「あ あの、大丈夫? 怪我はない?」


固まってしまったフェリスを案じたアウリスが手を伸ばして立たせようとしたが最早言葉は届いていないようだ。


「おいアウリス、早くしろ。モタモタしているとロキの奴に店を決められてしまう。そうなる前に我らが決めるのだ」


「待ってよ! あの……ごめん! 行くよ」


とにかく焦っているヴァルオスがまた走り出すとアウリスもまた後を追いかけていった。

残されたフェリスはいまだ放心して固まっていたのだった。






翌朝、目的地である霊峰ザカリナへ向けてアウリス一行が出発した所にフェリスの姿もあった。


あっ、昨夜の


改めてちゃんと謝ろうとアウリスは迷う事なく駆け寄った。


「昨日はごめん! ちゃんと謝れずに去ってしまったから」


「ん? ああ、君か。気を付けるんだな。俺じゃなく体の弱い人だったなら大変な事になっていた所だ」


「そうだね、気を付けるよ。僕はアウリス、君は?」


深く頭を下げた後、アウリスは笑顔で答えると同年代として仲良くなれればと尋ねた。


「何故お前に名乗らなくちゃならないんだ。……まあいい、俺はフェリスだ」


いかにも不機嫌そうな顔で答えたフェリスだがアウリスの肩に乗ったヴァルオスと目が合うと顔を赤らめてしまった。


駄目だ……目が合うと……


「もしよかったら一緒に行かない? みんなで行った方が楽しいし」


様子が変わったフェリスを見て不思議に思ったアウリスだが進む道は峡谷に延びる隘路、見る限り分かれ道も無さそうなので誘ってみる。


「俺は一人でいい」


「おいフェリス、よいではないか。共にゆこうぞ」


なっ 名前を呼ばれた!


「は はい、分かりました」


嬉しさのあまりに気が動転したフェリスは顔を赤らめてヴァルオスに対して敬語になった。


「やったね!」


なにやら話し込んでいる二人に寄ってきたみんなを一人一人紹介する。フェリスはどうでもいいと思いながらどうしてこうなったのかと早くも後悔していたのだった。


「なあフェリス、お前どこに行くんだ?」


なんて馴れ馴れしいやつだ


ライの歯に衣着せぬ感じがフェリスの胸の内をざわつかせる。フェリスは顔を向ける事なく答えた。


「リーナディアだ」


「リーナディア? どこだそれ?」


知らないのかよ! イライラする!


「リーナディアはノーブリア州の州都だ」


隊列は前列横並びでライ、アウリスとフェリスの三人、後列にロキとジン、そしてゴゴとなっており、後ろからロキが教えてくれた。


「そうなのかー、なんで州都に行くんだ?」


悪気はないのだろうが質問攻めの様相にフェリスの苛立ちは募り、無意識に語調が荒くなる。


「家があるだけだ!」


「わっ、な なんだ怒るなよー」


慌てるライだが今度はアウリスが興味津々で質問を浴びせた。


「家に帰るってことは旅に出てたんだ? 何の旅?」


プチンッ


怒りが自制心の壁を突破したので怒鳴りつけてやろうとアウリスの方を向いた瞬間、ヴァルオスの姿が目に入り、吐き出すはずの怒りが霧散した。


ああ……僕の肩にも乗ってもらえないだろうか


不意に思ってしまった事を慌てて頭の中から消去すると、自分を誤魔化す為に答えてしまった。


「俺は国の平和の為に各地を回っている」


!?


平和の為に

やっぱりそうやって動いている人はたくさんいるんだ


「んじゃあ俺達と同じだな!」


あっ!? ライ……


「そ そうだね、僕たちは平和の為に薬を売っているんだよ。ムトールとソルテモート、ヨリュカシアカ以外で」


アウリスとライの言葉を聞いて明らかにフェリスの顔が怒りを露にした。だが後方からも怒りのオーラを感じたのはアウリスだけではなかった。


「ナハハハハ、そうそう! 俺らは薬商人! みんなの為に薬を売るぜ!ハハハ」


ふざけるな! 俺とお前らが同じだと? 俺は信念を持って戦っている! お金儲けの為に気楽に旅をしているような奴らと一緒にされてたまるか


しばらく歩いていると分かれ道にさしかかる


「お前達はどっちに進むんだ」


「あっ、ええっと……」


「こっちだ」


フェリスの問いにヴァルオスが答えるとフェリスは俺はこっちだとあからさまにアウリス達を避けるように歩き出した。


「またどこかで!」


「もう会うことはない」


アウリスにフェリスは振り返らず言った。

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