鍛治師ワム
ヨリュカシアカにあるジンの故郷ロズンで
アウリスの剣を直してもらった。……となるはずが行く先々で
「これだけ見事に折れてちゃあな」
「無理にくっつけてもすぐに折れるよ」
「新しいのを買った方がいいよ。ウチなら安くしとくから」
と直す方向に話が進まず、ジンの家に行って香茶を飲む事になった。
「ゴメンね! 剣の作り方もよく知らないで言っちゃったから」
「ジンは悪くないよ! まあダメ元だったし、このままって訳にもいかないから新しい剣を買ってもらおうかな」
伺うようにロキを見たのだが思いの外、ロキの反応が良かった事に驚いた。
「まあ身を守るものだからな値が張っても良いものを買った方がいいな。ジン、この村で一番の鍛治師は知っているか?金に糸目はつけないぜ」
「うーん。人によって意見がバラバラなんだよね。あっ! そういえば村から少し離れた所に住んでいる人の事は誰に聞いても腕がいいって言ってた。ただ、人嫌いだとか」
「村の外かよ! 相当変わってるのかもしれねえな! 外じゃあ美味いものも限られるしよー」
「ライ、お前の物差しで測ってんじゃねえよ。どうだアウリス、行ってみるか?」
「そうだね。評判がいいなら行ってみたいな」
場所をジンの母から教えてもらうと早速出発した。村に入った時にも思ったのだがジンに対する対応が前に来た時と明らかに変わっていることに気付く。そして村を出る間にもたくさんの人がジンに声をかけてきているのだ。
「なんだか村の人変わったね」
「うん。今までこんなことなんて一度もなかったんだけど」
アウリスとロキは前に来た時のイメージが今と違っていることに気がついたのだがジン自身も戸惑っている様子である。
さらに進む内に茶色の髪をした女の子が駆け寄ってきた。
「ジン! もう! 帰って来てたなら教えてよね。あっ! あなたはあの時の! あの時は酷いことを言ってごめんなさい! 勘違いしていたのをジンが教えてくれたの」
えっ? ああ! 赤い鎧の人だ。こんな人だったんだ
活発な笑顔でよく喋る女の子はジンに対して好意的にすら思えた。
「やあシュナ、さっき戻って来たばかりなんだ。あの、村のみんなどうしたの?この間まで僕に話しかけることなんてなかったのに」
「何言ってるの! あなた有名人よ! パトミリア様からお父さんに手紙が来て私も読ませてもらったんだけど、ジンという素晴らしい戦士に助けて頂きました。その守護神たる力量はロズンの技術や修練の高さが伺えました。ロズンはヨリュカシアカの誇りです。だって! 凄いよ!」
そういえばパトミリアさんが手紙を出すって言ってたっけ
当のジンは顔を引きつらせている。その様子が可笑しくて少し吹き出してしまった。
「良かったね!」
「ありがとう、でもなんだか恥ずかしいよ。早く行こう」
どうにも落ち着かないようでジンは足早に先頭を歩き出した。
「ちょっと待って! ジン、どこ行くの?」
まだ話は終わっていないとばかりにシュナが引き止めるが。
「ワムさんの所だよ」
「えっ!? 変わり者って噂のワムさん?」
ジンの返答にかなり意外という表情をしていたシュナだがやがて目がキラキラし始めている。
「そうだよ。噂ってシュナも会った事ないの?」
「ないない! へえー、何故ワムさんの所へ行くの? 面白そうだから私も連れていって!」
これには全員が驚いた。ジンはというと救いを求めるような眼差しを向けてきている。
「まあ、いいんじゃないかな。そんなに遠くないなら危険な目にも遭わないだろうし」
せっかく仲良くしてくれるんだから断れないよね
「あら? 私の心配をしてくれるの? 大丈夫よ! そこら辺の悪党なんか素手でも負けないわ!」
うわあ……勝ち気な女の子なんだね
でもなんだかジンとお似合いな感じがする
話しながらも歩いているのでシュナはいつの間にかメンバーの中にインしていた。
すると、村の男子からは嫉妬の目を向けられる事になり、なんとも複雑な気分だ。
「お前、ジンの事が好きなのか?」
唐突にロキがシュナに斬り込む。あまりにもあからさまな接し方に勘繰りたくなったのだろう。
「好きというか憧れるというか、まずあの紺碧の色が凄く珍しいし、一つ一つのパーツの形もこだわりが感じられたの! 大体の鎧は前から見る形を意識するんだけどジンの鎧は後ろ姿も惹き付けるようなデザインなのよね。それから…」
鎧だったんだね……
これにはライとロキも唖然となっているがジンは自分の事よりも鎧の事を誉められる方が嬉しいのか照れているのだった。
「大体ジンの鎧の素材がわからないのよ。あの透き通るような透度の素材で色を入れれる物って限られるの。ガラスじゃ強度が出ないしメズル鉱は元々透明に近いけど色を乗せるだけだから透き通るような感じは出せないか、そもそも最近になってやっとカラーバリエーション増えた訳だし、新素材のギルマムを使うまでは鋼の色そのままの鎧ばかりだったからジンのお父さんが使っていたならそれなりに昔の素材だと思うんだけど。もしかしたら…」
ひたすら喋り続けるシュナの話をジンは律儀に相づちを打って相手をしているがロキは全く聞いていないようだ。ヴァルオスも退屈なのかライの頭の上で眠りこけている。
「きっと鎧が好きすぎるんだろうね。マニアって言うのかな」
「俺はそういうのをなんて呼ぶか知ってるぜ! 鎧女子だ」
シュナに聞こえないように小さな声でライと話をしている間にもシュナは喋り続けていたのだが、やがて一軒の小屋にたどり着いた。山へと続く木々に囲まれ、あまり人目につかないような場所にある木造の家であった。近くに川が流れており、自然の愛する人には快適な環境なのだろう。そしてそれがワムの家だろうと皆の意見が一致するとノックをしてみる。
コンコン
ガチャ
ドアが開いて現れたのはアウリスよりも二つか三つ年上の男であった。
「ワムさんですか?」
「なんだお前らは! とっとと失せろ!」
ええっ!? いきなりこれですか
「あの、少し話を聞いてもらいたいのですが」
「うるさい! 俺は聞かん!」
男はそう言うなり扉を閉めようとしたので慌ててガロから貰った剣を見てもらおうと突き出した。
「これ直せませんか? 大切な剣なんです!」
!?
なっ! それは俺が打った失敗作じゃねえか
何故こいつが……
剣を見て明らかに動揺した男はアウリスから強引に剣をブン取ると地面と水平にして鞘から刀身を抜いた。
やはりな!
打つ癖や折れ方で男は確信した。そして、また鞘に戻すとそのまま持って家に入ろうとしたのでアウリスは急いで剣を掴んだ。
「直してもらえるんですか!」
「うるさい! 返せ!」
!?
返せ?
「じゃなかった、これはもう直せねえ! 俺が処分しといてやる。だから放しやがれ!」
またも強引に剣をアウリスから引き離した男は凄い速さで扉を閉めて鍵をかける。
「ちょっと! ワムさん! ワムさん!」
扉をドンドンと叩いて声を掛けても返事が返ってこない。しばらく続けているとロキが扉を叩く腕を掴んだ。
「もういいだろ? 貰い物なんだろうが見た所そこまで価値があるとは思えないぞ。折れて直せない使えない物だ。旅を続けるなら荷物になるだけだ」
確かに……
言われてみればそこまで固執するものでもないか……
別に形見って訳でもないし、ガロも分かってくれると思う
「そうだね。分かった」
すると今度はロキが男に向かって声をかけた。
「その剣はお前が処分していい! だが剣が無くて困ってるんだ! お前が打った剣を売ってくれないか! 相場はいくらだ!」
少し間を空けて扉の向こうから男の声がした。
「百万ジルだ! ビタ一文まけねえ!」
「なっ!? ふざけんな! この変人が!」
売る気がなく馬鹿にされたと激昂したロキが扉を蹴った。
「アウリス、ロズンに戻って買おう。別に変人が作った剣じゃなくてもいいだろ?」
「そっ そうだね」
あまりのロキの剣幕に圧されているといつの間にか目覚めていたヴァルオスが口を開いた。
「タダで手に入る剣があるが使ってみるか?使いこなせるかはお前次第だがな。グラが使っていた剣だ」
!?
「グラが使っていた剣?」
「おいおいおいおい! それって伝説の剣なんじゃねえか? マジかよヴァルちゃん!」
「フンッ! あんなモンが伝説なものか! 伝説というのは我にこそふさわしい。我こそ伝説であり、伝説こそ我なのだ」
なんか話がズレてきてるよ……
ヴァルオスは否定しているがライは興味津々で興奮している。
「ヴァルちゃん! その剣どこにあるんだ? 一度見てみてえよ! 今から行こうぜ!」
「北の国ノーブリアの霊峰ザカリナだ。涼しいぞ」
「ノーブリアか、まあ悪くないな」
ロキも賛成のようなので次の目的地はノーブリアに決定。
一度ロズンに戻り、ジンの母に会ってから騎獣ゲイムのゴゴを連れて出発した。
村の外まで見送ったシュナは、アウリス達の姿が見えなくなると別の方向から村に近づく人影を確認した。シュナの父ラッセルと叔父のエジルであった。
「シュナ、どこかに出掛けていたのか」
「ええ、ワムの所よ」
「ハハハ、珍しい所へ行ったんだな。あのじいさんは元気にしていたか?」
えっ? じいさん?
「エジルおじさん! ワムっておじいさんなの?」
「これシュナ、目上の人を呼び捨てるんじゃない」
「ごめんなさいお父さん、ワムさんって私より少し年上の男じゃないの?」
「そういえばあのじいさんには弟子が二人いたな。会えなかったのか?」
弟子ぃぃ! 騙したわね!
目をつり上げたシュナは会話の途中で走り出して家まで到着した途端に自慢の赤い鎧を身につけると、飼っているゲイムに乗ってワムの所へ再び向かったのであった。