現実逃避
綺麗な星空だなあ。ここで見るのも久しぶりだ。
次の目的地が決まり翌朝に出発することになった夜、今朝まではミラの父ダンガスの家で寝泊まりしていたアウリス達だが今夜はロキの指示によりアウリス以外は村の中にある数少ない宿屋に泊まることとなった。アウリスは元々住んでいた部屋から上がれる屋根の上で仰向けになり、夜空を眺めていた。
「やっぱりここにいたんだ」
村の皆が寝静まる頃、ミラが屋根へと続く梯子から顔を出した。
「まだ起きてたの?」
そう言いながら立ち上がり歩み寄ると、ミラへ手を差し伸べる。そして二人は屋根に腰掛けると空を見渡した。村は静かで照明も消えていたが満天の星の下で目が慣れると、お互いの顔が分かる程度の明るさになっていた。
「アウリスはここで星を見るのが好きだったね」
「うん、レトを出てからゆっくり夜空を見ることがなかったからこうしているとそんなに経っていないのに懐かしいよ」
「なんだかアウリス大人っぽくなったよね。身長も伸びてるし」
「そうかな。ミラも少し身長伸びた気がするよ」
それから会話が途切れると、レトにいた頃は会話が無くても気にならなかったのに今は、少し気恥ずかしい気がした。
「まだ旅を続けるの?」
そう言ったミラは少し寂しそうな顔をしている。
「うん、まだ今は自分に出来ることとかやりたいことが見つからないから旅は続けるつもりだよ。どうかした?」
「ううん、別に何でもない……あっ、そういえば昔あの橋でローネが驚かせてアウリスが川に落ちたよね」
「ああ! あったあった! ビックリしたら石に躓いてね! あれはひどかった!」
そんな昔話で笑い合いながらしばらく喋り続けていた。
翌朝、日が昇って暑くなる前に少しでも進んでおこうとまだ薄暗い早朝にも関わらず一行は村の入り口まで歩き出していた。ミラとローネが見送りに来てくれている。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい! 気を付けてね」
「また秋には帰って来なさいよー! 秋には美味しいものがたっくさんなんだから!」
「うほー! それは楽しみだなジン!」
「うん! そうだね」
それぞれに挨拶を交わす中、ロキがミラにそっと耳打ちをする。
「昨夜はゆっくり話せたか?」
その言葉にミラが顔を紅潮させながらコクコク頷くとロキは悪戯っぽい笑顔で応えた。
「じゃあ、またな」
「ありがとう! ロキ、また来てね!」
そんな二人のやり取りを察したローネが面白がってアウリスをからかうように言う。
「アウリス! ミラが寂しい思いをしない内に帰って来なさい!」
「ちょっと! ローネ!」
更に顔を赤く染めたミラが慌ててローネの服を引っ張った。
「えっ? ああ、うん。時々は帰って来るから」
何の事やら分からなかったがひとまず王国から独立したばかりのヨリュカシアカへ出発するのであった。
※ マリオール州南西の町 ロールビル ※
第七騎士団規定による起床時間から集合時間までの準備時間に騎士団所属のフェリスは第七騎士団副団長のテアトリスと共にマリオール軍関係の宿舎の一室にいた。行く先々での宿泊は団長以外二名一室でフェリスはいつもテアトリスと一緒である。
「なんだフェリス、浮かない顔してるじゃないか。昨夜の一件か」
「はい、我々がしてる事は本当に正しいのでしょうか。私はあのような事をするために騎士団に入ったのではありません」
昨夜は買い物をしていた子連れの婦人が店の主人にマリオールも独立したら少しは生活が楽になるのかしらと話していた所を巡回中の騎士団員に聞かれてしまい、子供の目の前で殺されてしまったのである。フェリスが駆けつけた頃には間に合わず、その時の子供が泣いて叫ぶ声が未だに耳から離れないでいた。
「まあ子供の前ってのは良くないとは思うがな。こういった事をするのも騎士団の仕事の内さ。華々しい戦いばかりじゃないってことだ」
そういう問題じゃない!
何故殺されなければならなかったんだ
少し注意すれば済んだはずなのに
テアトリスのなだめる言葉にも納得が出来ず、誰もいない場所で叫びたい衝動に駆られる。
「正義の行いに疑問が生じる事も時にはあるってことか。お前はまだ若いからな。そういやお前の兄上はノーブリアの州候じゃないか。手紙でも書いて相談してみろよ」
「兄は関係ありません! あんな奴に何を聞いても無駄です!」
自分でも驚くぐらい無意識に大きな声を出してしまった。慌てて声を落として付け加える。
「これは私の問題ですから。少し考えます
」
「そ そうか、分かった。じゃあ、団長にでも話を聞いてもらうといい。何かスッキリするかもしれないぜ」
「分かりました。ありがとうございます」
兄……もはや兄とも思わない! 何故アイツは……クソ!
「本日も継続して町の巡回をする。ZとGに関しては最優先である。では解散」
軍宿舎の前に整列した第七騎士団は団長の指示でそれぞれ動き出す中でフェリスだけはその場で立ち止まっていた。副団長のテアトリスは横目でフェリスを確認すると苦笑して立ち去った。程なくしてそこには団長ヴァインズとフェリスだけになる。
「どうしたのかねフェリス」
「団長、少し宜しいでしょうか」
ヴァインズは訝しげに首を傾げると、少し間を空けて頷いた。許可されたと受け取るとフェリスは話始める。
「最近の任務はゆき過ぎるのではないでしょうか」
「どういうことかね」
「とても反乱するとは思えない者を処罰することです。中には子供連れの婦人まで手にかけるなど騎士として間違っているように思えてならないのです」
「なるほどな、しかしフェリス、我らは騎士の中でもさらに高みに至る王国騎士団なのだ。普通の騎士における判断基準よりも違う視点で物事を捉えるのだ。子供を連れた婦人だからどうだというのかね。そのような者だから絶対に大丈夫だと言い切れるのか。何かが起こってからでは遅すぎるのだぞ。事が起きた時に決まって言う事があの人はそんな事をするような人ではなかっただ。であるならば我々は先に手を打たなければならない。分かるな。さあ、早く任務に行きたまえ」
だからって、そんな……
道理としては理解出来ても全く納得出来なかった。返す言葉がすぐに思いつかなかった為にただ立っているだけでありながら気付かぬ内に拳を固く握り締めていた。
「聞こえなかったのか。それとも任務を遂行出来ないのか」
「…………はい……」
「フェリス、お前はまだ若い。思い起こせば王都を出てから休暇もなかったな。少し疲れているのだろう。よろしい、君に暇を出す。故郷のノーブリアで休むといい」
「除名……ですか」
「違う。言い方が悪かったな。我らは次にレルシールト州を回ってからノーブリアに向かう予定だ。その間に休んでおいてノーブリアに我々が到着した時に合流すればいいというのだ」
「分かりました……」
今ここにいても何も出来ない。口々に広がる噂話やそれを取り締まる騎士団も。自分が騎士団の一員である立場では出来ることが極端に少ない。だからといって騎士団を辞める選択肢はなかった。兄の反対を押し切ってまで入団した事は初めて自分で決断したことであり、それを否定することは自分自身が許さなかった。
クソッ…………
様々な心の葛藤に疲れてしまったフェリスは一時的にノーブリアに戻る事を選んだ。現実から目を背けて、逃げてしまうことを自覚していた。