マキナ亭にて
はあ……ガロから初めて貰った剣が折れちゃった……
夕暮れのレトは仕事から戻った人達が行き交い、にわかに賑わう。村の中にあるマキナ亭も一日の中で一番忙しい時間帯だ。マキナ亭に来る客は皆、気のいい客ばかりで明るく楽しそうな雰囲気で溢れているのだが、そんな中でも昼間に剣が折れてから気持ちが沈んだままでいたのだった。
「アウリス、ほんっとゴメンな! まさか折れるとは思ってもみなかったから」
向かいで手を合わせるライがかなり申し訳なさそうにしているのでこちらも申し訳ない気持ちになり空元気を最大にして答える。
「うん、気にしてない気にしてない! きっと消耗してたんだろうからたまたまだよ。それに練習中に折れて良かったよ。戦いの最中だったら危なかったしね」
劣化が原因だと思ったがライの双剣が刃こぼれ一つないことには触れなかった。
「あの、僕の村だったら直せるかもしれないよ。剣や槍とかたくさん作ってるから」
なるほど! 確かにジンの村のロズンには武器工房がたくさんあった
ジンの提案に自分でも心の中にパッと光が差したような気がした。ガロから貰った大切な剣を直せるものなら直したいと思う。
「よし! んじゃ次の目的は決まったな! そうと決まれば飯だ!」
人というのは目的があると活発になるものだと実感する。先ほどとは一転して楽しい気分が戻ってきた。
「料理何にする? 今日のおすすめは暴れ牛のステーキ甘辛ソースがけと、故郷メルーだよ」
白無地のTシャツに裾を絞ったダボダボのズボン姿のミラがメモ帖と鉛筆を持って現れた。頭にはねじり鉢巻まで巻いている。
えっ……ミラ? その姿は一体…………
「あの、ミラもここで働いていたんだね」
「うん。お客さんが増えてきてローネも調理したりしてるから人手が足りないみたいでローネが誘ってくれたの」
「そっか、なんか生き生きしてるね」
「うん。家にいるよりは楽しくって」
なんとなく理由は分かるので服装の事はあえて突っ込まなかった。
「うーん。何にするかなー。ここに来るといっつも迷っちまうなー」
どうやら本気で悩んでいるライがあれでもないこれでもないとブツブツ独り言を言っている。
「僕はメルーにするよ。ロズンにもメルーはあるから気になるしね」
「俺は前に食べたスープと魚が食べたいがあるかな?」
「ジンがメルーでロキが毒キノコスープとラミ魚の塩焼きだね! 今日はあるよ! アウリスは?」
「じゃあ僕は暴れ牛ステーキで。ヴァルオスは僕のを分けてあげるよ」
「何を言うか! 我は一人前全部食すぞ。あと黒葡萄酒をボトルで頼む」
「ちょっと! お酒は前に今日だけはって言ってたよね」
「フン、今日も今日だけは、だ! アウリス、細かい事を言うな。それでは王になれんぞ」
えー……なにそれ……
っていうか王になんてならないし
「じゃあアウリスは暴れ牛ステーキでヴァルちゃんも暴れ牛ステーキと黒葡萄酒ね!」
ともあれライ以外は注文が決まったがライはというと両手で頭を抱えてまだ悩んでいた。
「店長! ミレ魚のバターソテーとメルー二つ! それとアウリス達来たよー! 私がミレ魚作るねー!」
忙しく注文を聞いたローネがこっちに気づいて手を振ると厨房に入っていく。やはりローネもミラと同じ服装である。
「ローネ! 店長と呼ぶな! 今は親方と呼べ!」
相変わらずだな
厨房から女店主マキナの大きな声が聞こえたと思えばマキナがひょっこり顔を出した
「元気そうだなアウリス。おっ、いい食べっぷりの君も来てるな。君の料理は私に任せておけ」
マキナがライにそう言うと、ライは、おう!任せたぜ! とマキナに右拳の親指を立てて答えていた。
「マキナさん!暴れ牛ステーキ二つとメルー」
「ミラ!お や か た だ!」
「はい親方!」
徹底するんだね……
わざわざ言い直された後、注文を伝えるとガッテン! と言ってマキナは厨房に戻って行った。
どういう設定なんだろ
考えてもおそらく答えは出ないので料理が出来るまでみんなと会話することにした。
「いただきます!」
順番に料理が到着すると早速それぞれが口に運び始める。
「うわあ、ロズンとは少し違うけどそれが新鮮で凄く美味しい! ティナも食べてみてよ」
ジンは家庭料理のシチューに感激している。隣に座るロキも夢中でスープを飲んでいた。
「ねえロキ、それって毒キノコなんだよね? 大丈夫なの?」
「フフン、ジンもひとくち飲んでみろ。このキレイなキノコとスープを一緒に口に入れると……ああっ幸せ……」
ロキが女の子になっている!?
あっ、女の子か
そして、ライに届いた料理は凄かった。レウロー鳥を丸ごとローストさせて真ん中で切り開いているのだが、その中には丸い団子がいくつも詰められている。とにかく大きいので迫力は凄まじい。
「君、その団子はフォークで刺してはダメだ。スプーンで割ってもいけない。食べる時は丸ごとだ。いいか、口に入れたらしっかりその口を閉じるんだ。さあ、食べてみろ」
いつの間にか現れたマキナがライに向かって事細かに説明をしてなおかつ、食べるのを待っている。
メニューにない料理、マキナさんの様子……
これは間違いない! 人体実験だ
僕も散々やらされたなあ
懐かしい気持ち半分、苦い思い出半分……いや、半分以上かも
当のライはというと忠実に言いつけを守って団子をスプーンで丸ごと口に入れて閉じながら噛みしめる。
ボンッ
ライの頬が急に三倍膨らんだと思えば目を輝かせていた。
「スッゲー! なんだこれ! 口の中で爆発したぞ! そしてうんめー!」
「よし、成功だな」
テンション急上昇のライをよそにマキナがぼそり呟いているのが聞こえた。
成功って言っちゃってるし……
「マキナさん、ライの食べてる物ってなに?」
「ああ、長い期間試行錯誤を重ねてようやく完成した爆発キノコ団子だ。キノコだけ食べてもダメだったから小麦粉で包んで衝撃をやわらげている。キノコが大きいと口の中が破壊されるし小さいと物足りない。とにかくキノコの選別と小麦粉の厚みがかなりシビアで」
「ちょっと店長! 何サボってんのよ! 忙しいんだから早く戻ってよ!」
「ああ、分かった。じゃない、ガッテン」
自分の中でも設定がまだ浸透してないんだね
実験成功?したのか機嫌良く厨房に戻るマキナの後ろ姿を見送っていたら頬に何か飛沫が飛んできた。
「ちょっ! ヴァルオス! ソース飛んでるよ!」
料理が所狭しと並んでいるテーブルに上がれないヴァルオスはアウリスの膝の上から料理を食べているのだが、その食べ方が……右の前足で肉を押さえて左前足をテーブルに置いて踏ん張りながら強引に肉を噛み千切っていた。首を振りながら噛み千切るので服にもたくさんソースが飛び散っていたのだ。
「服が汚れてしまってるよ。それより熱くないの?」
肉からは湯気が立ち上ってまだまだ熱いはずなのだが全然気にしてない様子。
「フン、そこら辺の竜と同じにするな。我は覇竜だぞ。これくらいの熱さなど微塵も感じぬ。それにこうして食す方がワイルドだろ? どうだ? 愛くるしい見た目によりギャップ萌えするであろう?」
そう言ったヴァルオスは器用にお手拭きに前足を擦り付けるとお酒の瓶を持ち上げてグビグビしだした。
そこら辺の竜って……
竜自体見たことないし
「こりゃたまげた! 小さいワンちゃんが酒を飲んでるのか」
つっ ついに見つかってしまった!
絶対大騒ぎになってしまう
一体どうすれば!?
「うむ。この黒葡萄酒はなかなかいけるな」
「なんてこった! まさか喋れるのかい! いやあ世の中には賢いワンちゃんがいたもんだ。たくさん食べて早く大きくなるんだぞ」
ヴァルオスに驚いていた客の老人は笑いながら店を出て行った。
ええっ!? それでいいの?
思い切り肩透かしを食らって顔が引きつったがひとまず安心する。
本当の姿はとんでもない大きさなのでそれ以上大きくなったら大変だと苦笑する。そして、向かいではライがテンションMAXで頬を膨らませては笑っていた。
「マジで面白え! なあアウリスも食べてみろよ。口の中で爆発するんだぜ。口を閉じずに噛んだらどうなるんだろ?」
パクっ
ボンッ
次の瞬間ライの口からキノコ団子の欠片が盛大に放出された。
「ヒャッヒャッヒャ! ビックリしたー! こりゃ口は閉じなきゃだめだな」
思い切り笑っていたライだがその隣には……
飛び散った欠片をまともに直撃した鬼の形相のロキが震えている。どうやら吹き出す時に顔をロキに向けていたようだ。反対の隣では酔いが回ってきたのか必要以上に顔をブルンブルン振って肉を噛み千切るヴァルオスが猛威を奮い、ジンとロキをもソースまみれにさせていた。
「グハハハハ! 我は楽しいぞ」
ご機嫌なヴァルオスとライとは対照的に静かに震えていたロキがキノコよりも爆発した。
「お お前ら…………いい加減にしろ!」
スープを飲みきり、空になった木製のカップでロキはライとヴァルオスを殴った。
「す すいません! ちとはしゃぎ過ぎたな。うん、今からは静かに食べよう!」
しゅんと大人しくなったライは黙々と食べているがヴァルオスは目を回してのびていたのだった。




