湖へ
初夏の時期も過ぎ、いよいよ本格的な暑さが到来した大陸の中でソルテモートに属する村レトにアウリス達はいた。争いや悲しい出来事を無くしたいと漠然としたものでありながら何か出来ることを探す旅をするアウリスだが今は療養を兼ねて故郷のレトに仲間達と共に訪れたのだった。
「あっついなー! それにしてもあっついよなー!」
舌を出して前屈みで歩くライは背中の左右に背負った双剣をユラユラさせながら重そうな足を頑張って前へ前へと進めている。
「剣は置いてきた方が良かったんじゃない? 二本も背負って重そうだけど」
風の精霊と友達のジンは大きな体でありながら歩調が軽やかだ。不思議とジンの顔に向かって涼しい風が右へ左へ流れており、髪も風に吹かれて右へ左へ揺らされている。
「あー、まあな。でもこれは小さな頃からの習慣だし、外したらじっちゃんに怒られるんだよなーってジン、なんだか涼しそうだな。そんなに風は吹いてないぞ」
「うん。これはティナが僕の髪で遊んでるだけだよ」
「マジかよ! いいなそれ! ティナ! 俺にもやってくれよ!」
風の精霊のティナとの会話や姿を見る事はジンにしか出来ないのだがそれでもみんなは時折ティナに話かけたりしている。
ブワッ
「あつっ! なんか熱い風が吹いてるぞ! ティナ勘弁してくれー!」
それを見て吹き出すと三人で笑いあった。
「お前ら元気だな。おいアウリス、まだ着かないのか」
「えーっと、まあもう少しかな」
一番後方でライに負けじとへばっているのはロキだ。レトの村では以前に薬の露店を開いた事があり、「薬屋さんまた来てくたのかい。また売ってくれ」と声をかけられた事で気を良くしたロキは、いいのが入ってるぜ、買った買った。と生き生きして商いを始めた。薬はレトから離れた所にある港町ポーランでしか売っておらずレトには旅の商人も滅多に来ないため、安価で効果が高い薬を扱うロキはレトで歓迎を受ける。程なくして品薄になったので現在、材料収集の為に同行していた。
「さあみんな! もう少しだから頑張って! 着いたら私の手作りのお弁当を食べさせてあげるからね!」
元気に腕を振りながら背中のあたりで一つに結わえたブロンドの長髪を揺らしているのは幼なじみのローネだ。
「フフフ、アウリス、頑張ってね」
みんなの分のお弁当を何故か持たされているのだがローネの隣で同じく幼なじみのミラが振り返って励ましてくれる。
「ねえヴァルオス、重いんだけど」
「フン、軟弱者め。我はお前の為に自ら歩きたい気持ちをぐっと抑えて肩に乗ってやっているのだ。さあ、行くのだキビキビ歩け」
絶対歩きたくないだけだよね……
肩に乗っている小さな子犬はクリッとした大きな目で黒くフワフワした毛並みの覇竜ヴァルオス-ジオ-ガイアである。竜だから話をするのは当たり前だと何故か子犬の姿でありながら人の言葉を発するヴァルオスにローネとミラは初めこそ驚いたものの今ではそういうものとして受け入れている。
「そうよー! ヴァルちゃんの言うとおり! しっかり歩きなさーい!」
軽いステップを踏みながらローネが肯定してくる。
犬がしゃべるなんて絶対不思議なんだけどなあ。なんで二人とも普通なんだろ……
強い日差しの中でこうしてわざわざ歩く事になったのは、朝からジリジリと暑いのでライが水浴びしたいなーと呟いたところをローネが聞き漏らさず、みんなで湖に行こうイベントに発展させたからであった。
湖に到着するなりローネとミラが水に足を着けると、ライは勢いよく飛び込んだ。
「ひゃー! きっもちいいぜーー!」
思い切り汗をかいたので着衣したまま次々と水の中に入っては暫くはしゃいだ。
「アウリス、汗かいてもすぐに流せるし撃ち合いしようぜ!」
「そうだね、いいよ」
水でボトボトの二人だがそれすらも心地よいと思えた。そして早々に抜刀して構える。
「へえー、アウリスも剣が使えるようになったか」
「大丈夫かな、怪我したりしないかな」
ローネとミラには剣を構えるアウリスの姿は新鮮なので興味深く観戦を始める。ジンも好奇心から観戦の為に水からでて近くの切り株に腰を下ろした。
「俺は近くで採集してるから何かあったら声をかけてくれ」
別段興味がないロキは置いていたリュックを担いで歩き出す。
「っしゃー! いくぞー!」
「さあこい!」
両者の剣が交わる瞬間、甲高い音が響き渡る……はずだった
パキッ
パキッ?
「えっ?」
「あっ」
「あら?」
「ええっ!?」
見事に折れたアウリスの剣が地面に刺さる鈍い音が響き渡ったのだった。