第七騎士団フェリス
「誰か! 助けてくれ!」
王都ロージリアの東隣に位置するマリオール州、南の街エイメルの街路で顔面蒼白の男が
遠巻きに傍観している街の住人に叫んでいる。その男を見下しているのはきらびやかな装飾が施された青い鎧に身を包む王国第七騎士団団長ヴァインズと装飾はないものの同じく青い鎧を装着した二人の第七騎士団所属の騎士だった。
なんで騎士団がこんなことを。俺は何もしていない!
叫んでいる男は必死に近くの住人に駆け寄り服の袖を引っ張った。
「頼む! 助けてくれ! 俺は何もしていないんだ!」
「おい! 離せ!」
関わったらろくな事にならないとばかりに袖を掴まれた住人は乱暴に男の手を振りほどく。
「あなた!」
その時、男の家族と思われる女性と子供が男に駆け寄ってきた。
「これはどういうことなの」
「分からない! いきなり騎士団が俺に罪を着せてきたんだ! 俺は何もやっていない!」
突然の恐怖に震えながらどうしていいか分からず混乱している。
「その男はヨリュカシアカの王国離反の話をここマリオールで当てはめて、反逆の煽動を行った全く度し難い罪人であるゆえ騎士団の権限をもって死罪に処す」
そんな! 反逆の煽動なんて……
十日前にヨリュカシアカが王国を離反したことが正式に発表された。この事態を重く見た王国執政部は次なるヨリュカシアカを出さない為に全兵に反乱分子の発生抑制を通達した。現在第七騎士団は極秘で指名手配中のゼラトスという男とゼラトスと少なからず関わりを持つ疑いがあるガロを捜索する傍らで表向きの任務として反乱を防止する為に各州を移動して回っていた。
「騎士団様! 主人は反逆の煽動などするような人ではありません! どうかお許し下さい!」
事実、男は反逆の煽動などしていない。世間話の中での噂話をしている所を聞きつけた騎士団員に無理矢理街路を引き摺られてヴァインズの前に突き出されたのだった。
ヴァインズにしてみれば男が何をしてようがしていまいがどうでも良かった。集まった民衆の前で噂話でもしようものならこうなるぞと見せしめにして、恐怖による暗黙の箝口令を敷くことで黙らせる事を目的としている。
「では罪人に慈悲を与える。私が七つ数える間を逃げおおせたなら不問にしよう。ひとつ……」
全く感情のない表情でヴァインズがカウントを始めると、状況を理解したのか目を見開いた男は全力で騎士団から離れるように走り出した。周囲の人達は固唾を飲んで見守る。
「五つ…………六つ…………フェリス、打て」
その瞬間、ヴァインズの隣にいた騎士が凄まじい速さで弓を引き放つ。
遠く離れるまで走り続けていた男の頭に矢が突き刺さり、力なく倒れると絶望の悲鳴があがった。
矢を放った男は俯きながら歯を食い縛る。
こんなこと……僕は…………
エイメル街役場
「団長様、先ほどの件ですがあのような事を街の中でされてはその……」
街の男が殺された半刻後、事態を知った保安課の課長はヴァインズの姿を見かけるとすぐに応接室に招き入れた。
「反逆の煽動は大罪である。王国繁栄の為にも不穏なものは取り除かねばならぬのだ」
無感情の顔と声に課長は恐怖を抱いた。この団長は人を何食わぬ顔で殺すのだろうと。
「ですが団長様、証言によれば殺された男にそのような事実などなかったようなのですが」
「証言だと。貴様は王国騎士団団長の私よりも下賎なる者の言を信じるというのか」
「いえ! そういうわけではありません! あくまでそういう話が出ているということを知って頂きたく」
感情のない目に怒りの色を宿すとヴァインズは畳み掛けるように言い放つ。
「その証言者のもとへ連れて行け。その者も反逆煽動の共犯者である可能性が高い。組織的なものに発展しているのかもしれん」
「いえいえ! そういう事ではないと思います! 下らぬ事を申しました! お忘れ下さい」
「構わぬ。早く連れていくがよい。まさか貴様、庇いだてする訳ではあるまいな。よいか、王国の為に尽くすのだ」
応接室の扉の外で待機している第七騎士団の騎士は部屋から聞こえる内容に顔をしかめていた。金色の髪で気の強そうな目をしている第七騎士団所属最年少のフェリスという名の騎士は心の内に広がりだしたモヤモヤしたものを拭えずにいたのだった。




