目が覚めたら
「アウリス! ってまだ起きねえか。いいとこ見つけたんだよなー! 早く一緒に飯食いに行きたいぜ! なあヴァルちゃん」
「おいライ! 我はヴァルオスだ。まあしかし、あの店の肉料理は一度は食さねば」
宿の一室にてロキはベッドで丸一日眠っているアウリスについていた。
そこに元気が有り余って仕方がないライが入って来たのだった。その肩には見た目は子犬でしかない覇竜ヴァルオス-ジオ-ガイアがちょこんと乗っていた。
初めは誰もがどう扱っていいものか分からない様子であったが人間じみた感覚を持つヴァルオスに好感をもち、今ではすっかり馴染んでいる。
「ヴァル、普通は犬は喋らねぇんだから外では喋るんじゃねえぞ」
覇竜相手にロキもこんな感じである。
「ロキ! 我は犬ではないのだ! 竜が喋って何が悪い」
「馬鹿、竜は喋って普通なのかは知らんがお前はどう見ても犬なんだ。事情を知らんやつは大騒ぎするだろうが」
ついには馬鹿呼ばわりである。
部屋の隅で椅子に座るジンは元の姿を目の当たりにしているのでヒヤヒヤしている。
ジンはラズベル達とナリュカに来たのだがアウリスの無事を確認したいことを話するとミリアが調べてくれたので、一緒にこの部屋に来たのだった。ラズベル達はアウリスの顔を見てムトール州に帰っていったのだがジンはそのまま残った。
「ジンも一緒に行かないか? この街は広くて面白いぜ?」
「ありがとうライ、でもアウリスが起きるまではここにいるよ」
「俺がついてるから気を遣わず行ってもいいんだぞ?」
「うん。大丈夫だよ」
その時、アウリスが目を覚ました。
「うっ、あれ?ここは……」
「まったく、いつも誰かが倒れて運ばれてくるな。ここは宿だ。お前は気を失ったままライに運ばれて来たんだぞ」
「そっか……ライ、ありがと! ジン!来てくれたんだ」
「うん。お疲れ様! アウリス凄かったよ!」
「そんなことないよ。ジンこそ鎧姿カッコ良かった! 着れたんだね! ティナも来てくれてるの?」
「うん。目の前を飛んでいるよ」
「そっか! ティナもありがとう!」
ジンの鎧は収納性に優れており、重ね合わせるとランス以外は全パーツがジンの身長の半分ぐらいの箱に収まるようになっていた。取っ手がついた背負える革製の箱をロキが買ってくれたのでそれに収納して、今はジンの横に置かれている。
ようやく落ち着いてみんなと話す事が出来て、話題は尽きないのだがハクレイ達がいないことに気が付いた。
「あれ? ハクレイとリンは?」
これには先刻同じタイミングで外出したライが答えた。
「あー、ハクレイ達はガキどもを連れて土産を買うとか言って店に入ってったぜ!」
「誰がガキだ!」
勢い良く部屋の扉が開くとカズマがライに殴りかかったのだった。
「うわっ! お前! あぶねえだろ!」
危険を察知したヴァルオスは軽やかに跳躍すると、アウリスが寝ているベッドにバフッと着地した。
ライがカズマの拳をかわした所でハクレイ達が入ってきた。先頭には両手に荷物を抱えた怒り顔のリクマルと困り顔のアオイがカズマに駆け寄った。
「カズマ! いきなり荷物を置いて行くなよ!」
「だってこいつが俺達をガキだって言ってるのが聞こえたから!」
「はいはい! 二人ともここでは大人しくしてくださいね!アウリス様が休んで……あっ! 目を覚まされたのですね! 良かった!」
リンがなだめるように声をかけるとカズマとリクマルが背筋をピンっと伸ばして沈黙した。
「リン、ありがとう! この子達は?」
「私達、蓮の家族ですよ! 私達がここに戻るまで三人にロキ様の護衛を頼んでおいたのです! そしたらロキ様が護衛代を三人に渡したので一緒に買い物に行ってました! あっ!そうそう、レオナこちらへ」
レオナと呼ばれた幼い子供はハクレイの後ろで恥ずかしそうに隠れていたが、リンが優しく手招きしているのでゆっくりと姿を現した。
あっ!
ああ……あの時の……
ナリュカの街で助けた……
収監所の中で水を汲んできてくれた……
守ってあげられなかった
もうこの世にいなくなったと思っていた
アウリスは言葉にならずただただ涙を流した。
良かった
生きていたんだ
「お兄ちゃん、あのときはありがとう」
レオナは顔を下向き加減にしながら目はしっかりと合わせて感謝の言葉を述べた。
嬉し泣きで顔をクシャクシャにしたアウリスはポロポロとさらに涙が溢れてしまう。
「アウリス様、私が潜入した際に預り、収監所を出る際に弱々しくも脈を確認しましたのでロキ様の所へお連れしたのです」
「ありがとう……ありがとう!でもレオナって女の子の名前なんじゃ」
「そうです! 女の子ですよ?」
リンがレオナの髪を優しく撫でた
「そっか、レオナ! 大変だったね! よく頑張ったね!」
アウリスの言葉にレオナは照れながら頷いた。
「ああああああっ!」
突然ライが場違いな大声を出したので全員が何事かと注目した。
「アウリス!聞いてくれ!実は!実はロキが女だったんだ!」
「ええええええっ!」
立て続けのサプライズにアウリスは驚きっぱなしである。しかし、驚いているのは自分だけだとさらに驚かされる。
「えっ? ハクレイもリンも知ってたの?」
「ああ」
「アウリス様もライ様も鈍感でいらっしゃいますね! レオナの事もありますし」
うぅっ……
面白がった表情のリンに指摘されてアウリスはすっかり消沈してしまった。
「そんなことよりパトミリアから使いが来てたぞ。急ぎではないから落ち着いたら城に来て下さいだとよ」
自分の事など全力でどうでもいい感を顔に出したロキはアウリスが眠っている間に訪れた使者の事を伝えた。
「パトミリアさんが戻ってるの!?」
「ああ、ムトールに行ってからすぐに戻ってきたようだな。ムトール軍も大勢来てたみたいだぞ。話によるとハクレイが動いたんだよな?」
「少し情報を提供しただけだ」
どうということでもないと相変わらずハクレイは穏やかに言ってのける。
「それにしてもここの情報は筒抜けだな。ひっきりなしに人が来るんだぞ」
「あら? ヨリュカシアカでは今、アウリス様は大変人気者なのですよ! とくに獣子師の皆さんからは熱狂的な人気です! パトミリア様を救出した本人とあっては全州民から支持を得られそうですがおそらく煩わしい事が増えそうですので情報操作をしておきましたよ! 一部の人間以外は誰もアウリス様がヨリュカシアカの英雄だとは気づきませんよ」
うんざりしたロキにリンが胸を張って答えた。
ヴァルオスは幻を見せる変わった犬
パトミリア救出はヨリュカシアカ正規軍の反乱とムトール軍の協力により実現
大きくはこの二点を広めさせたのだった。
一部の人間しか真実を知らないにも関わらず多くの訪問者が来る。
リンの働きがなければと思うとゾッとするロキであった。
「まっ! とりあえず飯に行こうぜ!」
「先にパトミリアの件を済ませよう」
ライはいつものようにおあずけを頂戴するのであった。