葛藤
ガロが第七騎士団に連行されて数日後
「おっはよー! ってもうすぐ昼だよね!」
元気な声でローネが家の中に入ってきた。アウリスとミラは「やあ、ローネ」「こんにちは、ローネ」と弱々しく答えた。二人ともあの日からまだ納得出来ずにモヤモヤしたままだった。
「二人とも! 暗い暗い暗いぃ! ガロならいつものようにまたひょっこり現れるんだから、ミラとアウリスは元気でいないとガロが戻ってきたときに病気で寝込んで会えなくなるよ!私が元気が出る料理を作ってあげるから一緒にマキナ亭に行くよ!」
沈んだ表情の二人に対してローネは納得したという訳ではない。軍への怒りや親しい者が連れ去られた悲しみもあるがアウリスとミラが痛々しい程、落ち込んでおり、少しでも元気になってほしいと彼女なりに気を遣っていたのだった。
「いらっしゃい。おっ、ミラとアウリスか。こっちに座りな」
店主のマキナがカウンターの向かいで手招きしている。開店前の店内にはまだマキナしかいなかった。
マキナ亭は昼から開店するのだが昼間は客の出入りが少ない。客層が仕事帰りの村人達や近くの宿の宿泊客が多い為、夕方から閉店までが忙しい時間帯になる。
「店長! キッチン借りるね!」
ローネはスタスタとキッチンに入っていく。
「ローネ、私の事は料理長と呼べと何度も言ってるだろ!」
ローネは分かってて店長と呼んでるのだろうか
アウリスは今までに何度もこのやり取りを聞いているが全く変わらない事に笑いを堪えている。
「あれからあいつから連絡はあったのかい?」
少し気遣うような眼差しのマキナが二人に尋ねた。
「それが全然ないの。王都まで行ったのか、途中で解放されたのか、元気なのか怪我しているのかもわからない」
ミラが沈んだ表情で答えた。
「ったく! あいつが人を殺すような人間じゃない事ぐらいみんな知っている!それをろくに調べもしないで罪人扱いだなんて!横暴過ぎるんだよ!だから軍人ってのは嫌いなんだ!だいたい…」
きゃああああ !
マキナのヒートアップし始めた話の途中でキッチンからローネの悲鳴が聞こえた。
「なんだ、騒々しい」
マキナはやれやれといった感じでキッチンに入っていった。
「な なんでここに蛇がいるのよ!」
「もう息はしていないぞ。ソルテモートの川蛇はタンパク質が豊富なんだ。焼こうか煮ようか思案中だ」
「わ わざわざ蛇を使わなくてもいいじゃない! 早く処分してよ!」
「何を言ってるんだローネ。料理人たるものあらゆる食材を調理してお客さんに喜んでもらうものだ。ほれ! よく見ると可愛いだろ? ほれ! ほれ!」
マキナが左手で蛇の体を持ち、右手で顔を掴んでクルンクルンと振っている。心なしか楽しんでいるように見えるのは思い違いではなさそうだ。
「やーめーてー! きゃああああ!」
ガシャン ガシャガシャン
マキナさん……悪ノリだよ……
アウリスはキッチンからの絶叫に顔をひきつらせたが、隣のミラも顔色を失っている。
「もしかして、ミラも蛇がダメなの?」
「う うん……あの動きがね……」
ミラがキッチンからの大きな音に首をすくめた。
二人とも蛇が嫌いなんだ。女の子はそういうものなのかな? でもマキナさんは平気のようだし、まあ口に出すのはやめておこう
アウリスはイタズラを思い付いたが実行しようとは全く思わなかった。その後何倍にして返されるか考えただけでも恐ろしかった。
それにしても、本当にガロは無事なのだろうか……
必ず会いに行くから動いてはいけない。そう言ってもう何日も過ぎている。一般人のように弱い人達を守る国の軍隊、悪い者を成敗する存在と思ってた。だけど、直接目の当たりにした軍隊はどこか威圧的で怖かった。ガロは絶対に悪い奴以外を決して傷つけたりしない。もし、罪を捏造して連れていったのだとしたら
許せない!
盗賊に怯えるようにして暮らすのは嫌だ
戦争で大切な人を失うのは悲しい
何故、争いは無くならないのだろうか
どうすれば争いは無くなるのだろう
でも僕には何の力もない…
村の人達を守りたい
大切な人を失いたくない
ガロを守りたい
強くなりたい…
ガロが連れ去られた日から、アウリスは日に日にその思いを強くしていった。
夜、村の人達が寝静まる頃、アウリスはいつものように家の二階の自分の部屋でベッドに横たわろうとした時、
コンッ
窓に何かが当たった音がした。
何だろう
アウリスが窓を開けて外を見回していると、村の通りから外れた木の横で濃緑のマントに大きな帽子を被ったガロが、左手の人差し指を立てて口元に当て、右手で手招きをしていた。
ガロ! 無事だったんだ!?
アウリスは慌てて窓を閉め、部屋を飛び出し走りながら外へ出た。
「やあアウリス、遅くなってしまったね。ここでは目立つから少し移動するよ」
アウリスは先に歩き出したガロの後についていった。
「逃げてきちゃった」
村の近くの林の中の木の幹に腰掛けてガロが話し出した。
ここに辿り着くまでの話を近所へ散歩に出掛けましたというような口振りでガロは話をしているけど、きっと想像出来ないような大変な事だったに違いないとアウリスは思った。
「みんな心配してるよ?」
「そうか、それでも今は会えないよ。じきに手配書が出回るだろうから皆に迷惑をかけてしまうしね。元気でやってる事はアウリスから伝えてもらえるかい?」
「うん……ガロ……実はね、僕は兵隊になろうと思うんだ」
アウリスがここ数日ずっと考えていた事だった。それを聞いたガロは驚いた。
「どうして?」
「みんなを守れるぐらい強くなりたいんだ。次にいつまた盗賊が来るかもしれない。だけど、僕には何も出来る力がないんだ。だから、兵隊に入って強くなって盗賊達を退治する。この間の軍人みたいな人間じゃなく、良い軍人になってこの国を争いのない平和な場所に変えたいんだ!」
力強い眼差しで見つめるアウリスにガロは微笑んだ。
気持ちに真っ直ぐなんだね
だけど本当は、アウリスにはあの村で優しい人達に囲まれて
誰かと結婚をして、子どもを授かって
ずっと幸せにいてほしいと願っているのだけどね……
時代がアウリスを巻き込んでしまうのか……
今はどこも争いが絶えない。
今後はさらに戦争も激化するであろう確証もある
この子の幸せを願うことは無理な事なのだろうか……
ガロは寂しげな表情でアウリスに聞いた。
「それは、アウリスがしなくちゃいけない事ではないんだよ? 君にはそんな荊の道を行かなくてもレトで暮らしていくことも選べるのだから」
それでもアウリスは、気持ちを固めた目をしていた
「でも、もう決めたんだ。守ってもらうばかりじゃ嫌なんだ」
「……」
「分かった。これから先はとても危険な事に必ず巻き込まれる。覚悟は出来ているかい?」
「うん。いつだって命を捨てる覚悟は出来ているよ」
アウリスは今日までに何度も何度も考えていた。戦場に出てすぐに死ぬかもしれない。その時に万が一にも生き残れたとしても次の日に命を落とすかもしれない。凄く怖いけどそういう心構えは必要だと思っていた。
しかし、ガロは首を横に振ってアウリスに言った。
「違うよ。何があっても生きる覚悟だよ。生きてまたここに戻ってくる覚悟をして欲しいんだ」
「生きる……覚悟……」
「そう。今はね本当に簡単に人の命が失われていくんだ。その中でも生きる事を諦めずに必死になって生き残って欲しい」
月明かりに照らされてガロは儚げに笑みを浮かべた
「それと、村から出る前に僕が剣を教えるよ。少しの期間になるけど最低限に自分の身を守れるぐらいにまでね。僕はお尋ねものだからアウル山脈に籠ろうか」
「えっ!? ガロは剣を使えないんじゃなかったの?」
アウリスは驚いた。剣を使えないのに教えてくれるというのは妙に思えたのだ。
「フフフ、剣を使えない訳じゃないんだ。ただ、争いが苦手なだけさ。出発は明日の朝にするから皆に話をしておいてね。
その後ここに来るんだよ? 僕はここで待ってるから」
次の日の朝、朝食の時にガロが無事だった事、会いに来れない理由、村を出ること、その前にガロから剣を教えてもらうこと、そして、半年後に一度戻ってくる事を話した。ダンガスはここはお前の家なんだからいつでも帰ってきてもいいとアウリスの肩を笑顔で叩き、ミラは涙を浮かべて頑張ってねと、そして、必ず帰って来て欲しいと言って色々な食べ物が入った篭をくれた。その後、マキナ亭に行ってマキナさんとローネにも話した。マキナさんはしっかり頑張りな。とローネは寂しそうに私達が忘れない内に戻って来なさいと言ってくれたのだった。
「行ってきます!」
アウリスは不安と期待を胸に村を出ていった。