獣子師対決
報告より数が少ない
一体どういうことだ。まさか主力は別にあるのか
ナリュカ郊外西門の外で布陣しているヨリュカシアカ正規軍の中で軍隊長のロッジブラハは三百名の蜂起集団が西門に迫っているとの報告を受け、指揮下全軍を率いて迎撃に備えたが今、遠くに見えるのはどう見ても三十名程度の小さな集団であった。
確か報告をしてきたのは獣騎用兵隊のロマリオか。俺と同じく軍に残った将兵だが……
「おい、新設部隊長をここに呼べ」
ロッジブラハは近くの兵士に指示を出すと、遠くで横並びになった蜂起集団を見据えた。
程なくして獣騎用兵隊長のロマリオが馬に乗ってやってきた
「お呼びでしょうか?」
「ああ、貴様の報告では敵は三百と言っていたが?」
「はい、確かに三百名ここに現れると思われます」
「ふざけるな! どう見ても三十程度だろうが!他に伏せてるとでもいうのか!そうだとしたら」
「では先鋒で我が隊が相手の真意を確かめて参ります」
ロッジブラハの言葉を遮るようにロマリオが言い切ると自分の隊に戻っていった。
隊列に戻ったロマリオは分隊長であるデカレオと同じく分隊長の二人と合図を交わし合い、頷いた。
「おい! 向こうは全員騎獣に乗っているぞ!」
「この為の騎獣強制徴収だったか! あの数は有り得ないだろ!」
蜂起集団から見たヨリュカシアカ兵は全員騎獣に乗り、隊列を組んでいる様はまさに壮観であった。騎獣用兵部隊として獣子師が集めた騎獣を調教して正規兵に乗れるようにしながらも自身も騎乗する兵士として参加している。その数は六百を越えていた。
これだけの戦力差では風の前の塵と同じである。
この短期間でよくもここまで仕上げよったな
我が弟子ながら天晴れじゃ
お前達はこれからの時代を生きてゆけ
ワシらのような古くさい考えの老いぼれはここまでじゃ
欲を言えば世話になったパトミリア様を助けたかったのじゃが……
獣子師最年長のダダは前方の敵は自慢の弟子、そして横に並ぶ味方は自分と同じような者ばかりだと複雑な気持ちで見渡していたが、自分を信じてついてきてくれた仲間に感謝しつつ、胸の内に燃える火を今こそ大きく燃え盛らせた。
「お前たち! 行くぞ!」
ダダの号令で全員が玉砕突撃を始めようとするその時、ヨリュカシアカ軍から一騎だけ前進してきたのはデカレオだった。手には木の棒の両端に赤い布をくくりつけて垂らしている。
どういうことだ!
これは獣子師の中で使われる合図であり、意味は何があっても動くなであった。思わず目を見開いたダダだったがこの場にいる獣子師は敵味方全員同じく驚いた。
さらにデカレオは棒を頭より上に掲げながら更に前進すると後ろから獣騎用兵部隊全員が前進を始めて蜂起集団とヨリュカシアカ軍との距離の中間で停止した。
あやつめ! 何を考えておる! 我らを騙して殺すつもりか!?
ダダはこの合図に従うべきか無視するかを僅かな時間で考えたが小細工をしなくても一瞬で勝敗は決する状況でわざわざ罠を仕掛ける必要はないと断定し、即座に仲間達を制止した。
すると、デカレオの隣まで一騎だけ突出した前進をしてきたのがデカレオと意思を共にする獣子師仲間のレムであり、ダダには仲間を誘って合流すると言って出て行ったきりだった。その手には一本の筒を持っていた。
レム! あやつ内通しておったのか! 裏切り者め!
ん!? 何を持っている?
まっ まさか!
ダダは素早く仲間に指示を飛ばした
蜂起集団対ヨリュカシアカ軍、この戦場を見渡せる丘でハクレイとリンそして蓮の生き残りであるキトラが両軍の動向をみている。
まだ開戦はしていないが時間がないな
これを止めるにはパトミリアを救出した事実を伝えるしかないが果たして信じるかどうか……
信じてもらえず始まってしまえば一方的に獣子師達が殺される事になるか
かといって我らが割り込めば多数の死者が出る……
アウリスの気持ちを踏みにじる訳にはいかないな
だが開戦してしまえば止められない
意を決してハクレイは移動を開始しようとした時、キトラが刀の柄に手をかけた。
「待て」
ハクレイが止めるのと同時に背後の林からライが姿を現した。
「よおっ! お互いに生きてたな! あれ? 誰だ!?」
黒装束が三人いたのでライは戸惑うことになった。ハクレイとリンの装束姿は知っていたがもう一人いることは知らなかった。
「こいつ誰ッスか? 馴れ馴れしいッスね」
キトラは見た目に年下で蓮の者でもない男が気安く頭領に声をかけてくることを不快に感じた
「フッ、ラスティアテナの雷帝、味方だ」
「なっ!? マジッスか! こんなガキが?」
これにはキトラが驚かされた。
噂話でしか聞いた事がないが圧倒的な武力を持つという雷帝がまさか目の前の少年だったとは
「私より速いぞ」
!?
頭領より速い剣技を持つ者などキトラは見たことがなかった。先代のリハクでさえ速さだけならハクレイには敵わないと言わしめたぐらいである。
「ハハハ! あれは使えねえよ! すぐ気を失っちまう。でっ? ロキに言われてここに来たが間に合わなかったのか?」
「いや、今なら間に合う。アウリスはこれを止めたかったのだろう。ライ、まだやれそうか?」
「ヘヘッ! あったりまえだ!」
ライの小気味よい返答にハクレイは頷き、先導するように走り出した。