限界
蓮の生き残りであるコウガはリンが伝えてきたハクレイの指示でムトール州都ダムタールに向かっている途中である。
コウガは若い頃に任務で命の危機に直面し、まだ幼いハクレイに助けられた。その時にほぼ一方的に主従関係を結び、当時の頭領リハクから面白い男だと笑いながらも承認してもらった経緯を持っている。
忠義に生きることこそコウガにとっての喜びであった。
それにしても我が主は恐ろしい
自然と笑みがこぼれるのも気づかずにコウガは目的地へ急いだ。
※二刻前 マドサマリ山麓※
ロキ、ジンと別れたアウリス達はムトール州西部でラズベル隊と合流することが出来た。
「ラズベルさん! 来てくれたんですね!」
これで安心だ
ずっと緊迫していた状況から抜け出せた。しかし、皆の事が心配であることと蜂起を止めなければならなかった。
「よお! アウリス、怪我だらけじゃないか! 大変だったんだな、でもよくやってくれた! ダムタールへ戻って飯でも食おう! パトミリア候お久しぶりです、レイブリッジ殿も無事で何よりだ!」
「騎士団長殿、お元気そうで何よりです。王国から離反なされたとか」
「ああ、そうです。だから今は騎士団ではなく、ムトールでラズベル隊として世話になってます」
ラズベルは王国在籍中に、任務でヨリュカシアカには何度か来ることがあった。パトミリアとも会う機会もそれなりにあり、レイブリッジとも顔見知りであったので互いに警戒することはない。
王国離反の情報も早くに知っており、レイブリッジが挨拶がてらに軽く話をした。
「ラズベルさん!パトミリアさん達をお願いします! まだ友達が戦ってるから僕は行きます!」
アウリスはパトミリアの安全が確保された今、一刻も早くジンの所へ行きたかった。
「分かった! その体じゃあ危ないな。ミリア、隊を救出隊と護衛隊に二分しろ。俺は先に行く!」
ラズベルは言い終えるとすぐに走り出した。
アウリスは展開の早さに戸惑っていたが
「隊長はいつもこんな感じよ。アウリス君、私達を案内してくれるかしら?」
指示を出し終えたミリアはアウリスに向かってウィンクしてみせた。
「パトミリアさん、お気をつけて! みんなをどうか助けてください」
「ありがとう。あなたも死んではなりませんよ。また会えるかしら?」
「はい! 友達と一緒に会いに行きます」
「ふふふ、楽しみにしてるわ」
「少年、私は君に借りが出来たな。この借りはどこかで必ず!」
アウリスはパトミリアとレイブリッジに笑顔で頷くとミリア達と共に来た道を引き返した。
ジン……すぐに行くから!
気持ちとは裏腹にアウリスの走行速度は落ちていた。思い返せばナリュカ郊外の街で少年を助けようと殴られて、休む間もなく収監所に潜入して働き続け、パトミリアを救出してから走りっぱなし。アウリスの体力も限界であった。
こんなになるまで……
ミリアはパトミリア救出の指令を受けた時は半信半疑であった。脱獄させるだけでも成功の可否に眉をひそめるのに兵士でもない女性をムトールに亡命させるには無理があるとさえ思っていた。しかし、結果は驚くべきものだった。
「アウリス君! 少し休みなさい。それ以上はあなたが危ないわ!」
並走していたミリアはアウリスの顔が痛みで歪んでいることが気になった。騎獣に乗っているとはいえ、どんどん速度も落ちている。
「すいません! 先に行ってください! この道を真っ直ぐ進めば橋があります!そこに僕の友達が戦っています! 助けてください! 僕も後から行きます!」
「分かったわ! 二人を君に付けるわ」
「僕は大丈夫です! だから! だからジンを!」
必死の叫びにミリアは少し考えた後、頷いて加速していった。
アウリスの視界はぼやけていた。
もう少しだけ自分の体がもって欲しいと願ったがこの後すぐに気を失い山道から外れて斜面に転げ落ちてしまった。