野心の綻び
「うひゃー! これさっきより増えてねえか?」
振り返って後ろから追いかけて来ている追跡隊との距離を確認したライは、追ってくる兵の数が明らかに増えていると確信する。それに伴い感じるプレッシャーも強まってきてるのをだった。
アウリス一行はムトールまでの道中にある林道を疾走していた。
アウリスとライ、パトミリアとレイブリッジが二人乗りの為に少しずつ距離が縮まってきている。
「アウリス! 大丈夫か?」
「だっ、大丈夫だよ!」
ズールが駆ける振動が傷口に響くのか、痛みによる呻き声が時折聞こえる。この状態で戦闘を行うのは不可能だ。ならばこのまま駆け抜けて逃げきるしかない。だが、アウリスの体の具合に対してムトールまでの距離はまだまだ遠い。本当は安静にして休ませてあげたいのだが、追跡を振り切る事さえ困難だった。
「パトミリア様をお願い出来ないか? この命を捨ててでも追っ手の足止めをしてみせる」
「レイブリッジ! 何を言うのです」
パトミリアはレイブリッジの言葉を許容する事は出来なかった。だが他に方法も思いつかず、次の言葉が見つからない。
今の間にも徐々に追跡隊との距離が縮んでいく。
「私が行こう。二人ともこのまま進め」
そう言ったハクレイは速度を落としながら抜刀する。敵と並走しながら戦闘を始めると、アウリス達との距離が少しずつ開いていった。
さすがハクレイだな
このまま振り切れるといいが
現状ではライもレイブリッジがとても戦える状態ではないことを分かっていた。顔色もかなり悪い。であればただただ追っ手を振り切る為に全力で騎獣と馬を走らせるしかなかった。
しばらくの間は追っ手の姿が見えなかったのだが、どうやら逃げ切るまでには至らなかった。
「ライ! 追っ手が来る!」
かなり後方であるが三体の敵影を確認したアウリスはさらなる危機に歯を食い縛らせた。
みるみる距離が縮まっていく。
敵が乗っているのは黒い豹のようなネコ科の騎獣のようだ。
「あれはマズイな! アウリス手綱を持てるか?」
「えっ! ライ何をするの?」
「俺があいつらを止める! アウリスはパトミリア達と真っ直ぐ進んでくれ! もうすぐロキとの合流地点に着くはずだ!」
驚く程の速さで三人の敵は迫ってきていた。
一人でも追いつかれてパトミリアが殺されればその時点でアウトだった。絶対に抜けさせずに確実に仕留めなければならない。自然と剣を握る手に力が入る。
「デケ! アウリスを頼んだぞ! うおあらああああ!!」
ライはズールにアウリスを託す。ズールの背を蹴り、宙返りをして降り立った瞬間に双剣を振り始める。その切っ先が先頭の黒豹の頭を飛ばした後、そのまま右後方の敵へ剣を投げつけると速度に比例した力が作用してすり抜けようとした敵兵の体に深々と貫通する。
もう片方の剣は左後方から迫った黒豹の前足二本を斬り飛ばすと、敵兵が転げ落ちた。すかさず追撃して瞬く間に追っ手を殲滅した所で、次にライが見たものは目を疑うほどの押し寄せる大軍だった。
マジかよ! この数、ハクレイは無事なのか!?
倒れた兵に刺さった剣を抜いた後、大きく深呼吸をしたのも束の間、ライは大軍へ突っ込んでいった。
「もう一度言え!」
「はっ! 蜂起集団約三百名が西側からナリュカに向かって移動中との報告がありました」
現在ナリュカ城内は様々な要因により騒然としていた。
パトミリアの首にかかった懸賞金が跳ね上がり、勝手に出陣する者、偽物の首を持ってくる者、忠誠が揺らぎ不穏な動きをする者、そして蜂起集団の出現。
バリアンは畳み掛けるように入ってくる報告に混乱していた。
「こんな時に三百の蜂起だと! 何故そんな大きな動きを掴めなかった!」
もはや対応するというよりは、ただ怒鳴り散らしているだけだった。
「じきに郊外に到達します。迎撃しますか?」
「迎撃しますか? だと! 当たり前だろうが、早く行け!」
「しかし、三百名の武装集団を相手に損害を抑えるのであれば、残存兵力を全て投入しなければなりません」
ナリュカの警備兵としての割り振りは百名、対する相手は三百名、いくら職業軍人ではないとはいえ、三倍の数を圧倒するのは難しい。撃退できても無視できない損害になる。であるならば予備軍の投入、街の警備兵城内の親衛隊「馬鹿か! 何が起こるか分からん状況なのだ! この城に半分残せ! 蜂起集団ごとき二百で十分だろうが!」
「その数では迎撃出来てもこちらの被害が大きくなりますが?」
「かまわん! 私を守る為だ。多少の犠牲はやむを得ん、しかし軍の総員数は千を超えていたはずではなかったのか」
正規軍の指揮官である男は心の中で盛大に溜め息をついた。お前のせいだろうがとは口に出して言えない。
「それは……一般募兵を合わせた数ですが現在一般兵はその……あなた様がかけられた懸賞金欲しさにほとんど出払っており、残存兵力は正規軍と騎獣用兵隊だけであります」
軍組織の兵相手に懸賞金などと……
男は胸の内で悪態をつく
「なっ! おのれ、全兵だ! 全兵で迎え討て」
バリアンは正規兵しか残っていない状況に恐怖した。パトミリアがここにいない今、反乱を起こさない保証がなくなってしまった。ならばいっそのこと近くに置かない方がいい。いつ背中を刺されるか分からないなどとんでもないことだと疑心暗鬼に囚われていた。
退出する指揮官にバリアンは動揺も露に詰め寄る。
「お前、変な気を起こしてはおるまいな。パトミリアは間もなく首だけになってここに戻ってくる手筈だ。周りの者にもよく言っておけ」
「そのようなことは決して。失礼します」
指揮官の男は無表情のまま、軍指令室へと向かう。
数ヶ月前、パトミリアが投獄される時に心あるものは命を捨ててパトミリアを守り、同じ志をもって投獄された者も数知れず。だが自分は命惜しさに新たな主を選んでしまった。今さら二心を持つなど自分自身が許さない。無能で上の者には媚びへつらい、下の者には喚き散らす。忠誠心など沸き起こる事がない男だが、それでも全身全霊をもって仕えなければならない。そう、これは自分の罪と罰なのだと男は自分に言い聞かせていた。