第七騎士団
トーマ達は見回り中に盗賊団のアジトである山の中の廃屋を発見した後、村で準備を整えて出発したのが一刻前、そして今ここに到着したばかりである。
「あそこだ! 皆で突撃する! いつもの訓練通りやれば絶対に勝てる! 相手の数は……五人だ! 二人で一人と戦おう!」
気付かれないように森の中を進んで来たことが仇となり賊の本隊と入れ違いになった。いや、それで良かったのかもしれない。二十五人とまともにぶつかればトーマ達は生きていなかっただろう。ともあれ、今のアジトは強奪した荷物を守る留守番役の五人だけだった。
「心の準備はいいな? では突撃!」
トーマの号令で自警団全員が駆けた。
「なんだこいつらは」
賊達は予期せぬ奇襲に慌てた。
「うりゃー!」
トーマが一番に斬りかかる。賊の背中を斬りつけたが浅かったのか反撃してきた。
「ってぇな、殺してやる」
キンッ
トーマと賊の剣がぶつかり競り合いとなった。賊の後ろに回った自警団の一人が斬りつけようとしたが手が震えている。
「レビ! 早く斬れ」
「うぅ」
トーマは歯噛みした。毎日練習しているのに実戦経験のないメンバーがこれ程動けないとは。
「なんだぁ、坊っちゃん達の集まりかよ。ビビってたら死ぬんだよっ」
賊がトーマを押し退かせ、くるりと振り返る。
「うっ、うわぁ」
かろうじてレビは賊の剣を剣で弾いたが反動で後方に転がされた。その間にトーマが後ろから賊の胸を突き刺した。
「て てめぇ ゴフッ」
賊はそのまま倒れ伏した。他のメンバーは血を流しながら苦戦している。
「レビ! 立て! 加わるぞ!」
戦況は二対一から三対一、四対一と優勢になり、奇跡的に死亡者を出さないまま賊は最後の一人となった。
「あと一人で村を守れるぞ!」
勝利を確信したトーマが皆を鼓舞するように叫んだ。
「お前ら、村の人間か。クックック、馬鹿め。俺らの本隊は今頃村に着いてるぞ。村の全員皆殺しだ」
ザンッ
最後の一人の首をトーマが斬った。
なんてことだ……まさか本隊がいるなんて。みんなどうか無事でいてくれ
「レビ! 怪我した者と後で来い! 走れる者は俺についてこい!」
トーマ達は全力で走り出した。
「もうすぐ着きますぜ」
湖にいた賊の一人が頭領らしき人物に声をかけた。
「男どもと老人を先に殺してからゆっくり村の女と楽しんでやる」
下卑た笑い声が漏れた。
「おい、なんか居やがるぞ」
道の真ん中に濃緑のマントと帽子を被った男が立っていた。
ここに居て正解だったな
ガロは次第に接近してくる二十五人の賊達に顔色を変えなかった。
「おい、怪我したくなけりゃ道を開けろ」
賊の一人がガロに向かって怒鳴ったがガロは動かなかった。
「殺されてぇみたいだな。お前が今日の死者一人目だ」
馬に騎乗した男が速度を上げて突っ込んできた。
(灼熱の海より我が声に応えよ 全てを焼き尽くす紅蓮の炎よ身に纏え)
ガロが瞳に魔方陣を浮かべ詠唱した。右手を握り左手を右手に添えてから真横に広げる。左手を広げた後から青く光る半透明の剣が出現し、やがて剣が炎に包まれた。
接近した男が驚きながら剣を降り下ろし、ガロも炎に包まれた剣を振り切った。
メラメラと炎が弧を描く
ボウッ
剣と剣が交わった時、賊の剣が焦げ消えてそのまま男を斬った。
傷口から炎が吹き出して男はすぐに焼け焦げた。
「てめぇ、魔法使いか。お前らまとめてかかれ」
「ウオォォ」
次々に怒声が上がるとガロはまた詠唱を開始した。
前方に伸ばした指先から炎の矢が次々に放たれ、敵の前列の騎乗した四人を次々に燃やす。
残るは頭領と歩兵十九人か
ガロは先程よりも長い詠唱を始めると、間もなく賊達がガロを中心に円の形で囲んだ。
そして、詠唱終了
「燃えろ」
ガロの左手が弧を描くと烈風と共に周囲に炎の激流が吹き出して十九人をまとめて焼いた。
「バ バケモノが」
ガロから少し離れた前方で頭領が唾を吐き捨て、長い柄の斧を持ち直した。その時、突然後方からの矢に頭を撃ち抜かれ頭領は馬から転落した。
「いやー、間に合ったかー、 んっ、余計な事をしたみたいだな。おっ、相変わらずフェリスの弓は必中だな」
鉄の面をした馬に騎乗する青色の鎧を着た男が周りを見渡しながら近づいてきた。
ガロの手から剣が消え、周りに残った小さな火も消えた。
軍か……
「あんた凄いな。魔法使えるのか」
男からの問いかけにガロは答えなかった。
「俺は第七騎士団副長のテアトリスだ」
後ろから隊列の整った騎馬集団が来た
掲げる旗は二つ頭の赤い獅子、間違いなく王直属の騎士団である
全員揃えた青色の鎧は第七騎士団を示している
テアトリスが先頭の男に声をかけた
「団長 ! 魔法使いだ!珍しいだろ?」
「一人でこの人数を討ったのか? なかなかの腕前だな。私は第七騎士団団長のヴァインズだ」
ガロとテアトリスの前で綺麗な装飾が施された青色の鎧を着た男が名乗った
「噂を聞き付けて駆けつけてみれば、村の若者が盗賊の拠点を制圧していた。話を聞けば多人数が村に向かっていると聞いて来たのだが、まさかここで全滅しているとはな。ご苦労だったな、まずは名を教えてもらおうか」
「ガロ」
明らかに好意的とは思えない相手の口調にガロは警戒しながらこの場から離れる事を考えている。
「うむ。ではその強力な魔力を持ちながら何故このような所にいるのだ?目的があるのか?」
「……長い間、旅をしている。ここへはたまたま立ち寄っただけだ」
「何の為に旅をしているのだ?」
「一つの場所に留まることが苦手で色々な場所を渡り歩いているだけだ」
執拗に質問を重ねられて疑問が生じる。何故自分の事にこんなにも執着するのか。ガロは何かを疑われている気がしてならない。
「そうか。では質問を変えよう。お前はマジリア島から来たのか? ガロというのは偽名で本当はゼラトスという名前じゃないのか?」
!?
何故あいつの名前が
意外な名前が出てきて僅かに顔に出してしまったのだが瞬時に表情を作り替える。
ゼラトス……生きていたのか
「マジリア島は行ったことがない。そして、ゼラトスという名も知らない」
ガロは気取られないよう気を付けたがヴァインズは僅かな隙を見逃さなかった
「全く知らない訳ではなさそうだな。我々の賊討伐は表向きの任務だ。そして、その裏にゼラトスを捕まえるということが実の目的である。すぐに答えられなくても構わん。王都でゆっくり聞かせてもらう。一緒に来てもらおうか」
「断る」
「勘違いするな。お前に選択権はないのだ。仕方ないな、連行する! 罪状は賊と共に一般人を殺害した事にでもするか」
マズイな…
ガロは今すぐ走って逃げるべきか迷った。目の前にいる部隊は中央軍の騎士団だ。
先程の盗賊に囲まれているのとは訳が違う。数ある騎士団でも一つ一つの騎士団は五十名とはいえ各地の選りすぐりの戦士で構成されている。
その実力は、たとえ州軍が二百名で演習戦をしても全く歯が立たないだろう。
逃げ切るのは無理か……チャンスを待とう
ヴァインズの後ろから二名の騎士が前に出てきてガロを捕縛する。
「逃げはしない ! 」
「魔法を使われても困るからな、念のためだ。ひとまず村でゼラトスの情報の有無を確認してから王都に向かう」
ロープで縛られて繋がれた状態でガロと第七騎士団は目と鼻の先のレトへと歩き出した。
王都 ロージリア
「バランは巧くやっているようだな」
宰相セガロはゴア州候デルガロに言った
「はい。セガロ様、ゴア州軍とは適当に刃をあわせて引き返し、ムトール州軍とは多少激戦となっておりますが、ムトール軍の背後から野盗に化けたゴア州軍が攻めてムトール州の戦力を削る事に成功しております」
デルガロの報告にセガロはほくそ笑んだ。
「それでいい。ムトールは後々、計画の邪魔になるからな。もう少し削っておけ。あと、バランは戦闘で手一杯だろう。ゴアで資金調達と武器の生産を進めておくのだ」
「はい。騎士団は動かさないのですか」
デルガロは騎士団が戦闘に加われば楽になると思っていた。それをセガロは読み取った
「騎士団は動かせん。あれらは扱いがなかなか難しいのだ。それぞれが独立した軍だと勘違いしている。それに自尊心が強過ぎて野盗の真似事すら出来やしない。だが、それなりに使い方はある。これ以上は話さん。」
セガロは椅子にゆったり座りながらグラスでマリオール産の蒸留酒を一気に飲み干した。
「わかりました。ゴアでこのまま進めます」
「ウィロオーメリアは近いぞ。準備を怠るなよ」
クックック
セガロの機嫌は悪くなかった。デルガロは一礼して退室する。ウィロオーメリアの意味は聞いても教えて貰えないがセガロの機嫌が悪くないだけで安堵した。もし、機嫌が悪い時に居合わせたら何が起こるか分からないのだ。
「待ち遠しい限りだ。クックック」
セガロはそう言って空いたグラスに酒を注いだ。
[ウィロオーメリア]とは失われた言葉で[王になる日]である
ガロと第七騎士団が昼過ぎにレトに到着した。迎えたのは農具や工具で武装した男達だった。
「盗賊じゃねぇ! 軍隊だ!」
村の男の誰かが叫び出したことがきっかけでわぁっと歓声があがると、隠れていた人達も村の門へ集まってきた。丁度、後方からトーマ達十人全員が騎士の後ろに一緒に騎乗し到着したのだった
「おーい、みんな無事か!」
トーマの大きな声を聞いて村人の歓声がさらに大きくなった。
その内、誰かが異変に気付いた。
「おい! あれを見てみろ! ガロが縛られてないか?」
いよいよ集団が近づいた所で村人達は混乱した。口々に何事かと囁きはじめてやがて騒ぎに発展する。
「ガロ! どうしたってんだ!」
ダンガスが叫ぶなりテアトリスが叫んだ。
「この者は賊と共に一般人を殺害した。これより王都に連行する」
なんだって!?
ダンガスの隣で言葉を失ったアウリスがまだ事態が掴めずに縛られたガロの姿を見つめたまま混乱していた。
「そんはずはねぇ」
「何かの間違いよ」
「ガロはそんな人間じゃない」
ガロの人柄は村の中で広く知られており、親しむ事はあっても決して意味嫌われるものではない。村人達は口々に叫び出し、今にも暴動に発展しそうな状況になった。武器を持った男達が何人か前に出た時、
ガシャン
ヴァインズの後ろの一列が一歩前進した。騒ぎ出した村人達の声が一気に鎮まる。ただ一歩前進したそれだけで相手を黙らせるには十分だった。息の合った動作をする。それは、訓練に訓練を重ねた軍隊だということを知らしめることになった。
「流れ者の旅人の割には、人気があるじゃないか。三分やる。別れを済ませろ」
ヴァインズがガロに告げた後、団員にゼラトスの情報を収集するように指示を与えると十人の騎士がそれぞれに村人の群れの中に入っていった。
第七騎士団と村人達の距離は十五間、その中間までガロが両手を前で縛られたまま進み出た。この時、トーマ達も村人達の中へ戸惑いながら戻っていく。
村人達は静かに状況を固唾を飲んで見守っている。
「アウリス!」
ガロにしては珍しく大きな声をあげた。共に旅をしていた時期があるアウリスだがガロが大きな声を出すことは記憶の中でもない。自分の事が呼ばれたのにも関わらず動けずにいた。
「アウリス」
ミラがアウリスの背中を押した。軽く押された筈だが前方によろけるとそのまま勢いをつけたアウリスは走り出した。
「ガロ!」
門の前の広場の中央にはアウリスとガロの二人だけだった
「アウリス、心配かけてすまないね。時間がないから手短に話するからよく聞いておくれ」
アウリスは分かったと言わんばかりに頷いた。
「近いうちに必ず会いに行く!だから絶対に村から出ないでおくれ。間違っても助け出そうなんて考えちゃダメだよ? 僕はこんな事には慣れてるんだ」
ガロは優しく微笑んだ
「時間だ!」
テアトリスが叫んだ
「いいね? アウリス、これは約束だ。僕が約束するなんて珍しいんだから待っているんだよ」
その時、二人の騎士にガロが連れ戻された。
「ガロ! 待ってるから!」
アウリスが叫ぶとガロは振り返って笑みを浮かべると、縛られた両手を上に掲げた。そして、ガロと第七騎士団は村を離れ、やがて見えなくなるまでアウリスは動くことが出来なかった。