ボロ
兵舎を改装した監獄施設は地上階に数え切れない程の投獄者を収容しているが、一つだけ設けた階段を下りると地下階になっており、そこにも数多の収容者がいた。急造された為に作りは粗末な物であった。壁や天井は土を掘って圧し固めたままの剥き出しになっており、通気の為の所々にある地上に向かって延びた穴からは、時折土がパラパラと落ちている。
アウリスがボロとして潜入してから数日が経ったが想像していた雑用係の仕事とはあまりにもかけ離れたものであった。空気は淀んで息苦しく、灯りも足下が見える最低限しか配置されていない。陽光を浴びる時間が設けられてはいるが体調不良になっている面のも少なくない。衛生面も劣悪で病気になった人間は何かを施される訳でもなく、順番に命を落としていった。
「おいっ! いつまでやってんだ。次は二階の八房と二七房の死体の処理だ。急げ」
怒鳴られながら背中を蹴られたアウリスは、転倒して汚物を処理したバケツを通路にひっくり返した。
「なにやってやがる! 使えねえやつだなお前は」
倒れた所をさらに蹴り飛ばされる。雑用係として働いているが、事ある毎に暴力を行使されて、全身はすでに痣だらけになっていた。これまでにわかった事といえば、ボロと呼ばれる者は生活能力がない家族を失った子供や老人で、こういった施設の雑用させる者を指す言葉だった。今のアウリスもまさにボロと呼ばれており、食事もろくに与えられず、水も自由に飲むことは出来なかった。他のボロ達は度重なる仕打ちに精神が病んでしまい、まともにしゃべることもできなくなっていた。毎日倒れるまで働かされて、暴力に怯えて震えている。アウリスはそんな人達を出来るだけ庇いながら看守の隙を窺うものの、分かったことは担当しているエリアにパトミリアはいないことだった。
「ゲホッゲホッ、お前が蹴ったからだろ……」
「お前だと? 口の利き方を教えてやる。おらっ!」
それからアウリスは蹴られ続けて気を失った。
……
…………うぅ……
体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、目の前には同じように働くボロの男の子がいた。起き上がろうとするにも全身が激痛で悲鳴をあげている。それに慢性的に空腹が続き、思うように力が入らないのだ。近くで膝をついた男の子に顔だけ向けた。
「き 君は?」
ボロの男の子は水が入った薄汚れた容器を渡してきた。長い時間、食料も水も与えられていなかったアウリスは勧められるがままに水を飲み干した。
「ありがとう」
「この前は……ありがとう……」
えっ! あっ、街で会った男の子だ
「良かった…… 無事だったんだね……」
……
男の子は目を逸らして黙っていた。その時、後ろから看守の声がすると、男の子は逃げるために走りだそうするが、看守が迫る方が早かった。
「ここにいやがったのか、お前、勝手に飲み水を汲みやがったな」
僕の為に?
驚くアウリスの横には男の子がガタガタと震えていた。長い木の棒を構えた看守が近づいてくる。
まさかこんな小さな男の子をあれで殴る気か! まともじゃない、ここの兵はこんな奴らばかりなのか
痛みで軋む体と意識を奮い立たせてアウリスが立ち上がる。
「僕が頼んで持って来させた。殴るなら僕を殴れ」
「お前いい度胸だな、運試しだ。運が良ければ生きてるかもな」
それから散々に殴られ続けてまたも意識を失ったのだった。
ライ、ハクレイ、リンで交代しながら数日収監所を見張り続けていた。辺りが暗くなり始める頃、遠くから建物が見える木の上で張り込みをしているライは、落ち着きなくソワソワしている。
「ライ、変わりないか?」
「おっ! 二人ともいい所に戻ってくれたぜ! ちょっと中へ乗り込んでくる!」
木の下から声をかけてきた二人に、ライは待ってましたと言わんばかりに地面に飛び降りた。
「ちょっと! ライ様? 何を言ってたいるのですか。乗り込むだなんて何かあったのですか?」
「それがよお、大体の兵士は入れ替わりで建物の外を巡回したり、街に向かったりしてるんだけどな、アウリスは全然外に出て来ないんだぜ?」
「うーむ。確かに一度も外に出ていませんね。建物内の警備にまわされているのでは? 」
警備兵として建物内が担当となれば、さほどおかしくはないとリンは考えた。そろそろ非番になりこちらに合流する予定なのだが、まだ順番が回ってきていないのだろうと思っていた。
「それは思ったんだけどよお、ちょっと嫌な予感がするんだよな。ってことで交代してくれ!」
「ちょっ ちょっと待って下さい! それなら私が見てきますからライ様はここで待っていて下さい!」
今にも飛び出して行きそうな勢いのライを制してリンが慌てた。乗り込むってことは力ずくでいくのだろうと容易に分かる。それによって警戒レベルが上がればパトミリア救出は不可能になると思えた。だが、自分ならば影響なくアウリスの今の状況だけでも持ち帰る自信があった。
「リンも行きたいのか? んじゃあ一緒に行こうぜ!」
「ダメダメダメダメー! 私が一人で行きます! では!」
ノリノリになってきたライを置いてきぼりにしてリンは颯爽と柵を越えて行ったのであった。
リンのあまりにも素早い行動により、取り残されたライは、口を開けたままハクレイに顔を向けたが、ハクレイは平然としていたのだった。