勇気の一歩
ロズンの村は徴収隊を全軍退却させることが出来。被害は大きいがひとまず難が去り、村人達は安堵していた。広場の中央でゴゴに乗ったまま、周囲への警戒を続ける。そして、ふと自分がこの鎧を着て戦えたという事実が信じられないほどの事が出来たのだと実感を噛みしめていた。
[ジン 私の声が聞こえる?]
ティナは恐る恐るジンに声をかけた。今まではジンを守る事で夢中だったが、今、ジンに声は届くのか、見えているのかとても不安だった。過去に経験したように幾度となく声を交わした相手が戦場から帰ってきてから声が届かなくなった寂しさが再びティナを襲う。
母さんを守ることが出来た。父さんの鎧を着て戦う事が出来た。よかった……
本当に良かった
ジンはいまだに信じられない気持ちで放心している。
「ジン! 私の声が届かなくなったの? 私が見えないの? お願い! 答えて! いやだ! こんなのいやだよ!]
ジンの目の前に涙を流しながら必死に叫んでいるティナに気付いた。
「ティナ? どうしたの? 泣いたりしてどこか怪我したの?」
えっ? 私の事が見える? 声が聞こえる?
良かった……
[っもう! 聞こえてるなら返事しなさいよ! どれだけ私が心配したと思ってるのよ!]
「え? ええ!? ごめん! だって僕が戦ったなんていまだに信じられなくて。きっとティナが力を貸してくれたんだよね?」
ティナは安心したらまた涙が流れてきて、泣きながら微笑んだ。
[そうよ! あなたの鎧は精霊の力の影響を強く受けるの。でも普通は一度戦いに手を染めると私のような精霊の事は見えなくなってしまう。だけど……どうやらあなたは特別みたいね。さすがはジンね]
「えー! それはつまり僕がいつまでも子供だってこと?」
[フフフ! そうかもしれないわね!]
「そんなー!」
二人が声をあげて笑っている所にシュナが戻ってきた。当然今は、ジンが一人でしゃべって笑っているようにしか見えていない。
「ジ ジン? 大丈夫?」
「えっ!? あっ! シュナ! 無事だったんだね。良かった! えっ? 僕? 僕の頭は大丈夫だよ!」
近頃はティナと会話するときは極力誰もいない事を確認していたのだが、今までに感じたことのない達成感に浸ってしまった。それゆえにシュナが近づいてきたことにも気が付かず、そんな場面を見られたことですっかり気が動転してしまったのだった。
「ジン! 凄い鎧だね! こんなに凄い鎧があるのに何で今まで武闘演目に出なかったの?」
「いや、それは……」
初めて鎧を装着した時から今まで使えないと思っていた。いや、実際に使えなかったのかもしれない。散々馬鹿にされた日々を思い返せば何がどうであれ良かったと思う。そんな複雑な気持ちが言葉に表せないでいた。
「フフフ、今度私と手合わせしてよね? じゃあ、またね!」
「シュナ!」
「なに?」
ジンはどうしても言いたかった事があった。後悔として残ったアウリスの誤解を解いておきたかったのである。
「村の人じゃない三人組覚えてる? バズと喧嘩していたのがアウリスっていうんだけど……」
「あー、私達のことを弱いだなんてふざけた事を言ってた男の子ね? その子達がどうかしたの?」
「違うんだ! アウリスはそういう事を言ってたんじゃないんだ! あの時僕がバズ達に馬鹿にされていたんだ。それをアウリスが怒ってくれて、バズが武闘演目で五位だったことを鼻にかけたらそんなのは強さなんかじゃないって言ったんだ。
それから一方的にバズが吹っ掛けてきたのにアウリスは僕の為に逃げなかった。バズに勝てば二度と僕に酷いことを言わない約束をさせたんだ。そしてバズは、アウリスが負けたら裸で村を一周しろと無理を言って約束を交わさせた」
ジンはずっと気にしていたことだった事なので思いが溢れて一気に話した。
「そっ そんな……あの子はジンの為に……」
「それで一対一の喧嘩になってバズが負けたのにアンソニーとデデルを呼んでけしかけたんだ! それでもアウリスに負けた。そしたら集まった人達全員をけしかけて、そこでシュナが来たんだ。この事をあの時言い出す勇気が僕に無くて……ゴメン! どうしてもシュナには知っていて欲しかったんだ……」
「それじゃあ……ロズンの誇りを汚したのはあの子じゃなくてバズ達だったのね」
シュナは自分の勘違いを恥じて表情を曇らせた。なんて酷いことをしてしまったのだろうと。
「シュナは悪くないよ! あの時僕に勇気があったら良かったんだ。だから会いに行って謝ろうと思う」
「そうだったのね。会えたら伝言頼めないかしら? 勘違いしてゴメンって」
「うん! 分かった!」
ジンはそう答えて手を振り、母の安否が気になったので家路についた。ジンは何かを吹っ切ったような晴れやかな表情になっていた。シュナに話しながらアウリスに会いに行こうと今決めたのだった。
ヨリュカシアカ軍 騎獣用兵訓練所
夜更けの皆が寝静まった頃、広大な敷地を軍用地と変えて数百の騎獣を収容している施設の中で声を潜めた者達が密談をしていた。
「デカレオ、獣子師達も大分集まったな。よく理不尽に耐えて自棄にならずにいてくれた」
「いえ、ロマリオ様が呼びかけてくれたからですよ。パトミリア様には世話になってましたから俺に出来ることがあるなら喜んでやりますよ」
ロマリオと呼ばれた男は高い役職の兵装を身につけていた。訓練を重ねた体格と重責を背負う日々により、堂々としている。
相手のデカレオはロマリオより少し年齢が高く、体格もさらに大きい。口髭のよく似合う豪快そうな男である。
「うむ。救出までに残された時間はあまりにも少ない。引き続き無理を頼みたい」
「デカレオ、おやっさんの件だが連中と一緒にアパタ山脈のあの場所に潜んでいるようだぜ」
「やはり師匠は大人しくしてくれんか。ロマリオ様、近々獣子師仲間の連中が動くかもしれません」
「あのおやっさんは止められないな。今は人集めしてるらしい」
デカレオの隣でそう言って苦笑しているのは、幼なじみの獣子師仲間である。デカレオがロマリオの要請に応えて獣子師仲間を裏切って軍に行くときに、自分もお前の力になると志願してくれた。昔から今でも最も信頼している友だった。
「前に聞いた蜂起を考えている連中だな。早まった行動だけは起こさないよう仕向けて欲しい。それと、あれは間に合いそうなのか?」
「はい。調教も完了しつつあります。他の獣子師達も調教内容の目的は言わずに徹底していますよ」
「そうか。今の私にとって君達だけが頼りだ。私は戦友を裏切ってでも大恩あるパトミリア様を救出すると、とある方と約束をしている。軍の中では信頼できる者は殺されるか投獄されてしまった。君達にも裏切り者の汚名を着せてしまい申し訳なく思うが、引き続き事が成すまではここにいる者以外には伏せておいてくれ」
ここにも州を取り戻す意思がある者達が心血を注いでいたのだった。




