風の騎士
ロズンの村の中は悲鳴が飛び交っていた。
雪崩れ込んできた騎士団によって村は容赦なく焼かれ、阻む者、無抵抗の者が構わず薙ぎ倒されていく。
「ジ ジン、逃げて」
聞こえた悲鳴で事態を悟ったジンの母は、恐怖のあまりに床にへたりこんでしまった。
ああ、 そんな……どうすれば……
ジンも襲撃の恐怖で震えていたが動けなくなった母を見て、何も出来ない自分自身に絶望した。
せめて! 僕が殺されるまでは母さんを守らなくちゃ!
震える母の前に立って玄関に向かって身構えた。隣で飛んでいる目を閉じた精霊のティナは、大きな決断を迫られていた
ジンが戦うのは嫌!
野蛮な心に取り憑かれて私が見えなくなるのは嫌! 声が届かなくなるのも嫌! もう一緒にお話が出来なくなるなんて嫌!
だけど
だけど……
だけどジンが死ぬのはもっと嫌!!
絶対嫌だ!
[ジン! 鎧を着て! 早く!]
目を見開いたティナはジンに向かって叫んだが、ジンは何を言っているのか分からず困惑していた。
「で でもあの鎧は」
[早く!!]
初めて見るあまりにも必死なティナに気圧されて、ジンは急いで鎧を取り出すと、慣れない手つきで装着し始めた。
手を動かしながらもティナの意図がジンには理解出来なかった。しかし、ジン自身も最期は父さんの鎧を着て死ぬのも悪くないと思った。父さんが母さんを守る勇気を与えられる気がしたのだ。
「ティナ、僕がこの鎧を着けたって動けないんだよ?」
[いいからとにかく急いで!]
ジンを死なせはしない! 私が守ってみせる!
装着完了と共に家の玄関扉を蹴破って徴収隊員がジンの家に侵入してきた。
[ジン! 攻撃!]
敵の侵入に緊張と恐怖で足がすくんでしまうが、ティナの号令に奮起して手に取ったランスを手に取り、侵入者へと向ける。その間にティナがジンの体の周りを淡い光を強くさせて周回した。
「うおおおおっ!」
足を踏み出した瞬間に、驚く程体と鎧が軽くなっていた。攻撃態勢槍を突きいれる瞬間に、鎧の継ぎ目から漏れたように風が吹き出しと、ジンの動く速さが加速する。
ドゴン
目の前にいた敵は竜巻に巻き込まれたように玄関の扉ごと吹き飛んだ。
なっ なにこれ!
でも!
これなら守れる! あの時とは違うんだ! 母さんを守ってみせる!
「母さん! ここで隠れていて!」
「ゴゴ! おいで!」
外に飛び出したジンは、飼っている二本角のゲイムの名を呼ぶと駆けつけたゲイムに騎乗した。鎧を装着しているのにも関わらず、ジンを乗せたゲイムは勢い良く飛び出すと、そのまま村の中央広場へと続く道を駆けていった。
家まで続くこの道を誰一人通らせはしない!
[ジン!前から敵二人が来るわ!]
「分かった!!」
遠目に馬に乗って近づいてくる敵影が見えるとティナが叫んだ
[ジン!ここから敵に攻撃して!]
「えっ!? まだ遠いよ!」
[いいから! 前方の敵に風を叩きつけるイメージよ! 私に任せて! ………………今よ!]
ティナに言われるがままジンはランスを全力で突きだす。
うおおおおっ!
何も起こらないと思っていたが突き出したランスから螺旋状の収束した暴風が敵を蹴散らした。
えっ!? 凄い!
何が何だか分からないものの、ティナが力を貸してくれていることだけは分かった。道にいる敵は全て倒して進んでいく。時には民家に入った敵をも排除しつつ、ジンより後ろに絶対に敵を残さないように戦い続けた。
[次っ! 敵指揮官よ! 気をつけて!]
中央広場で数人の敵兵とワネゴバが暴れまわっていた所に突撃を仕掛ける
「やめろおおお!」
「おっ? まだ残っていたか! 遊んでやるぜ」
両者の武器が交わった瞬間に爆風が発生、ワネゴバだけが足元から砂煙をあげて後方に圧しこまれた。周囲にも風の波動を起こして前方のワネゴバ以外の敵達をも吹き飛ばす。
なんだと!?
今までに自身の巨体がこれほど弾き飛ばされた記憶がなかったワネゴバは驚愕した。
[ジン! まずは周りの敵を倒すよ! ランスを横薙ぎに振り切って!]
「分かった!」
広場には騎士団兵、徴収隊員などが集まり、包囲されていた。今はティナを信じると決めたジンは言葉通りに腕を振り切る。そしてランスが空を切りながら横に弧を描くと爆風が周囲に向かって吹き荒れ、敵兵の悉くを吹き飛ばした。
村の外の戦場から体を引きずるようにして中央広場にようやく辿り着いたシュナは、腕を押さえて肩で息をしている。
みんな……死なないで……
周囲を見渡せば味方は、大半が倒れて呻き声をあげていた。しかし目の前では先程の戦闘でロズンの戦士を完膚なきまでに叩き潰していたワネゴバに立ち向かっている者がいることに驚いた。
紺碧の鎧? 一体誰なの?
「シュナ! ここは僕に任せて! 君は他の人を助けるんだ!」
この声! まさかジンなの!?
ジンは騎獣のゴゴと共にワネゴバに突進して攻撃をしかける。一撃目で相手の武器を弾き、二撃目で体を捉えると、またも後方にノックバックさせた。ジンの一撃は重くても速い。ワネゴバは自分が力負けしていることに苛立ちを覚える。
ジン……あなた……
「シュナ! 早く行って!」
「わっ 分かったわ! ジン、負けないで!」
ジンの圧倒的な力に目を奪われていたシュナは、ハッとして答えると走ってその場を離れた。
「クソがっ! 調子に乗ってんじゃねえ!」
怒りにまかせてワネゴバがフルスイングでジンの胴を狙う。
[盾で防いで!]
ティナの指示でジンは左手の手甲に付いた小さな盾を構えた。
「甘いぜ! 砕けろ!」
勝利者を確信したワネゴバは口元を吊り上げるとジンの盾の手前で攻撃の軌道を変えて、顔面を狙う。
バンッ
ワネゴバの渾身の一撃が腕ごと弾かれる。ジンの小さな盾を中心に激しい気流が渦巻き、青い薄透明な盾を型どっていた。
「なっ!? 何なんだお前は!」
得体の知れない攻撃や防御手段の数々は、常に戦場を求めて様々な相手をしてきたワネゴバにとっても見たことがないものだった。それはまるで同じ騎士団団長クラスと戦うような武力との遭遇だ。目を見開いたワネゴバに答えることなくジンは反撃する。
「うおおおおっ!」
ジンのランスがワネゴバの肩を貫き、血が吹き出した。
「うがああああああっ!」
堪らずワネゴバは距離を取ったその時、駆けつけた騎士団員が報告を告げる。
「ワネゴバ様! 我が隊は劣勢になりました。このままでは包囲されて被害が増大してしまいます。一度退きましょう」
なっ なんだと!
ジンがワネゴバと戦っている間に倒れていた戦士が立ち上がった。そのまま戦線に復帰すると、村人総出で反撃に移ったのだった。
数的優位で始まった戦いだったことと、怪我の痛みや使命感で恐怖が薄れたことにより、ロズンの戦士達が徐々に盛り返している。そこにはいままでのような自分を過信した戦い方ではなく、戦士同士が連携して騎士団兵との技量や錬度を補っていた。
「クソがっ! おいお前! いい気になるなよ、今回は油断したが次はその頭を砕いてやるからな」
ワネゴバはジンに言い捨てると退却を始めたのだった。