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kingdom fantasia  作者: 衛刀 乱
黎明を告げる咆哮
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蓮の者

「はあ はあ はあ、よし! このままいつもの場所に戻るぞ!」


空が暗くなり始める頃、荷物を担いだ少年を先頭に左右両側に少年と少女が建物の屋根を伝って走り、建物間を跳び移りながら駆けていた。遠くで「泥棒!」という叫び声が三人に向けて発せられている。


パトミリアの投獄から州内はごたごたが続き、軍が賊くずれを多数引き入れた事により犯罪が激増していた。それに便乗した形で三人の少年少女がナリュカの中で、生きるために奔走していた。


繁華な通りの裏に三階建ての建物が密集している。その内の一つに三人は入っていった。

元は住居人がいたのだが何らかの理由で軍に連行されて空き家になっている所を、三人がたまたま見つけて居座っていたのだ。


散らかった部屋の真ん中のテーブルに奪ってきた荷物を広げた。


「くそっ! 金も食料も入ってねぇ!」


「やっぱり隣の奴の鞄を奪えば良かったな。カズマの勘は当てにならねー」


「うっ、うるせえよ! 今日はもう一回行こうぜ!」


少年二人、カズマとリクマルが荷物の中から使えそうな物を物色しながら話している。

その後ろで大人しい少女が不安そうにしていた。


「私達、こんなことをしてていいのかな……」


「アオイ、仕方ないだろ? 俺達の親は殺されたんだ。生きるためにはこうするしかない」


「でも……」


アオイは罪悪感を感じている。盗みは勿論の事、時に相手を怪我させる度にやりきれない気持ちが胸の内で大きくなっていた。


「心配すんなって! 俺達三人なら上手くやれるさ! さあ! 行くぞ!」


カズマの号令で黒色の装束を着た三人は外に飛び出した。


ハクレイとリンは裏通りを歩いていた。中央北収監所の前ではライが張り込んでいる。アウリスが収監所の中に入ったのを確認すると、しばらく様子を見ようという事になった。すぐには進展しないからと、交代で張り込む事にしたのだが、まずはライが役を名乗り出てハクレイとリンは、ひとまずロキの所へ戻っている途中である。


「怪我したくなかったら金を出せ!」


ハクレイとリンの前にカズマ、囲むようにリクマルとアオイが配置についた。


!?


互いに顔を見て驚愕する。


「お お前達生きて……」


ハクレイはいまだに信じられないと目を見開いていた。


「なっ……なんで!なんでお前が生きてるんだ!」


対してカズマは我を失い憎しみも露にハクレイを睨み付けて叫んだ。ハクレイは再会の喜び半分、罪悪感半分と複雑な心境だ。


「カズマ…」


「気安く名前を呼ぶな! 俺はお前を許さない!」


ハッとしたハクレイの表情が憂いに満ちた。家族同然の仲の良い仲間達、その多くを自分が殺してしまったのだと。生き残っていたなら恨まれてもそれは当然で、自分は許されないのだと。


「カズマ! あなた何を言っているのですか!」


ハクレイの胸の内を敏感に感じ取ったリンは、激昂しているカズマをたしなめる。


「うるさい! あの時お前がみんなを連れて行ったから俺達の家族は敵に殺されたんだ! 父上や母上も! なあ! リクマル! アオイ! そうだろ?」


カズマの叫びにリクマルとアオイも同じように激しく同意した。姉弟のように可愛がっていた三人の恨みがましい視線にハクレイは息も出来なくなる。


「違います! 姉様はみんなを守るために討って出たのです! ドウシンの裏切りや卑劣な罠にかけられたのです!」


「リン……いいんだ……カズマ達の言う通りだ。私があの時に翻弄されなければ大切な町の家族を失うことはなかった……」


「姉様! ギョクレイを助けようとするのは当然ではありませんか! それを……あなたたち!」


「だまれ! ギョクレイは助けるのは当然で俺達の家族は助けないのも当然なのか!」


この場の誰もがセキレイが燃えた日の事を思い出していた。老若男女問わずに斬り殺された惨劇、多勢に無勢の絶望。子を庇って身を挺して殺された肉親。今まで先人達が作り上げてきた町が無情の炎に焼け尽くされた情景。


「俺の兄貴もあんたに連れられて死んだんだ! なんで兄貴が死ななければいけなかったんだよ!」


後ろのリクマルは思いが噴き出して、カズマと同様にハクレイを責め立て、カズマもさらに重ねた。


「みんな死んだのになんでお前だけが生きてるんだよ! ふざけんなよ! 頭領の娘だったら死ぬまで戦ってみんなと一緒に死ねば良かったんだ!」


ドゴンッ!!


次の瞬間カズマの体が背後の建物の壁に打ち付けられ壁の表面が砕け落ちた。豹変したリンがカズマの首を掴んで持ち上げたまま壁に打ち付けたのだった。


「お前ら、死ぬか? 知ったような口を……姉様がどんな思いであの時走ったのか、今生きて下さるのか……分からん奴は死ね」


そこにはいつものリンの面影は全くなかった。目はどこまでも非情に、声は聞いた者が震えるほど暗い。そして、何者だろうがすぐにでも殺害せしめる雰囲気を纏い、威圧感を放っていた。


ビュッ


突然の出来事に呆然としていたリクマルが我に返り、カズマを助ける為にと素早くクナイを二本投射したが、リンはカズマから視線を移す事無くクナイを左手で掴み止めた。カズマはすでに白目をむいて泡を吹いている。カズマは子供とはいえ、リンよりも身長が高く、鍛えた体の重量も大きい。その体を易々と片手で持ち上げている腕力、死角から放ったクナイを掴み止める反射速度、それを含めた全てが異常なのであった。


これによりリクマルとアオイは恐怖した。リンが首から手を離し、カズマの体が地面に崩れ落ち、次にアオイへ視線を移すとアオイはガタガタと体を震わせながらへたりこんだ。


次の瞬間、目にも止まらぬ速さで移動したリンがクナイの切っ先をリクマルの額に突き入れる刹那にリンの肩をハクレイが掴み制止した。


「リン、大丈夫だ。すまない」


ハクレイがそう言うとすーっとリンの表情が戻った。


「うわああああああっ!」


すでに混乱の極みに達したリクマルは、腰の短刀を瞬時に抜き放ちハクレイを目掛けて突き出す。それをハクレイはスッと回避すると同時にリクマルの手首を掴んで捻った。すると、リクマルの体が宙に浮かんで弧を描いたがハクレイは地面に叩きつけることなくふわっと着地させて、優しく抱き締めた。


「本当にすまなかった。許してもらえないことは分かっている。お前達になら殺されても構わないのだ。だが、お前達のように生き残っている者がいたのなら、せめて一言詫びたいと恥をしのんで生きている。お前達が生きていて良かった。本当に良かった」


リクマルを強く抱き締めた。ハクレイの目から涙が止めどなく流れ落ちていた。


「うっ うぅっ、ご ごめんなさい! 本当は分かっていたんだ! リハク様が亡くなって、ハクレイ様の母君やギョクレイ様も亡くなって悲しいはずなのに……うぅっ」


リクマル、アオイも涙を流して泣いていた。


「アオイ、来なさい」


ハクレイに呼ばれてアオイが立ち上がって歩み寄ると、リクマルと一緒に抱き締められた。


「ハクレイ様! ごめんなさい! ずっと怖かったんです! これからどうやって生きていけばいいのか心細くて……寂しくて……うわあああああん」


「よく頑張ったな」


離れた所で壁にもたれて崩れ落ちたカズマもいつの間にか意識が戻ったのか、下を向きながらも涙を流して泣いていた。


「カズマ、こちらへ来て下さい」


いつもの様子のリンが微笑みながらカズマを呼ぶと、呼び掛けに応えてゆっくりと歩いて来た。


「あなたはどうなのですか?」


リンの問いにカズマはやや時間をおいて胸の内を明かす。


「ごめんなさい。俺もホントは知っていた。ハクレイ様が大変だったのにみんなの為に戦ってくれた……知っていたんだ……」


ハクレイはカズマに歩み寄るとそのまま抱き締めた。


「こちらこそすまなかった」


ハクレイと少年少女は涙を流している。それを見て安心したリンも涙を流していた。


バッ


近づくまで気配を消していたのであろう二人の男が突然現れ、皆の前で跪いた。


「ハクレイ様! よくぞご無事で!」


ハクレイの前で跪いた二人は、拳を握り締めて肩を震わせていた。


「コウガ! キトラ! お前達まで」


「はい、任務から戻った時には時既に遅くセキレイが燃えておりました。町の防衛は能わず、集められるだけ皆を集めて楼の者と戦いながら移動しておりました。事情はその時に聞きました」


「それではまだ! まだ生きている者がいるのか!」


コウガからもたらされた話にハクレイの胸の鼓動が加速する。リンやカズマ達だけでも奇跡だと思っていたハクレイには、思いがけない嬉しい知らせだ。


「はい、私達とは別に三十四名が共に行動しております。現在はナリュカ郊外の外れにある盗賊の根城を奪い、拠点にしております」


「案内してくれぬか。皆に詫びたい」


「何を詫びなどと! 我々はハクレイ様に全てを押し付けながらセキレイを守れなかったのです。もとより命はハクレイ様にお預けしております」


「お前こそ何を言うのだ。私には皆の前に顔を出す資格すらない。今はまだどう償えばいいのかすら分からない。ただ一度、皆の顔を見たい!」


「そう思ってくださるのであれば何卒生きて下さい。それだけが我らの願いです。そして何なりと我らにお申し付け下されば命をかけて遂行致します」


コウガの並々ならぬ気迫にハクレイは目を閉じた。戸惑いもあるが何よりも生きている者がいるだけで胸が一杯になったのである。


ここでリンが口を開いた


「ところであなたたちは何故ここが分かったのですか? 周辺は捜索しましたがあなたたちの事は掴めなかったのですが」


これにはコウガの隣の銀色の髪の細目をしたキトラが顔を上げて答えた。


「あんたの捜索が甘かったんじゃないっスかー? まあ無理もないっスけどねー。オイラ達は生存者をかき集めてから玉砕覚悟で楼の里に向かったんスよー。頭領も亡くなったとすら話してたっスからねー。だが楼の里は廃墟と化して消されてたっス!何があったかは掴めてないっスけど。それから盗賊の根城を奪って他に生存者がいないか探し回っていたところに、黒色の服を来た奴がナリュカで盗みを働いてるっていう情報が入ったんで確かめに来たって訳っス」


「キトラ、あなた相変わらず話し方に品がありませんね。まあそれはともかく、楼が消されたのは意外ですね。姉様、このまま皆の所に行きますか?」


「ああ、すぐに行こう。カズマ達も異存はないな?」


「はい!」


三人の声が揃うとハクレイは大きく頷いたのだった。

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