入隊希望
ヨリュカシアカ州西部 サンロ村
「おい、もう歯向かう奴はいねぇのか。せっかく来てやったのにつまらねえな」
第八騎士団は徴収隊から抵抗しているサンロ村の制圧要請を受けた。現在、暴力行使の機会を得て一通り蹂躙し終えた所だ。騎士団団長のワネゴバの目には狂気が宿り、顔に返り血を浴びて凶悪さが増している。過剰な程に破壊された村の損壊は激しく、非戦闘員にも容赦がなかった。どうにか逃げ延びた村人達もいたが村から離れた場所で、成す術もなく途方にくれている。
「全く手応えがねえ。おい、暴れ足りねえぞ」
案内役の徴収隊員に怒鳴りながらワネゴバは、ガラス瓶に入った酒をガブ飲みしている。
その時、馬で駆けてきた伝令係が縮こまっている徴収隊員に伝達すると、徴収隊員の男の顔に安堵の色が表れる。
「ワネゴバ様、次はロズンに向かって頂きます。相手は重装兵多数で第十二徴収隊が壊滅したようです」
それを聞いたワネゴバは上機嫌になり、飲み干した酒の瓶を地面に投げつけた。
「少しは楽しめそうじゃねえか、お前ら、行くぞ」
凶悪な破壊集団は新たな標的に向かって行軍を始めるのだった。
アウリス達は宿の一室のテーブルの上に地図を広げてロキを中心に作戦会議をしていた。部屋自体が狭く椅子も足りないので、ベッドに座ったり立ったまま壁にもたれたりしている。
「ナリュカからダムタールまでのルートはこれでいいな?」
この中で地理に詳しいのはロキとハクレイ、リンであるため三人で進行ルートをムトールからのルートと照らし合わせて決めていった。
「馬の手配も問題ないからナリュカからはこれでよしとして、あとはどうやってパトミリアをナリュカから出すかだな」
「リン、お前潜入が得意だったよな?」
「はい! ですが、暗殺や情報収集ならともかく救出となると、変装したとしても情報が少ない今の状況では成功率が下がります」
「失敗してパトミリアに何かあったら取り返しがつかないもんなー」
勢い先行のライも今度ばかりは慎重になっているようだ。
ハクレイの指示により現場視察を済ませたリンの話では、施設の周辺は一般人が入れない事も確認済みの為、近付く事さえ難しい。
「そうだ! 僕が警備兵に志願して潜入するよ。そして救出経路や鍵の事を調べてみる」
色々な意見が出てもなお、決定的な方法が見つからない状況でアウリスが提案する。何よりもまず情報が欲しい所だ。
「兵に志願か、うまく配属されるかは運次第だが、まずは動き出さなければ始まらないしな。よし、それで行ってみるか」
ロキ以外の四人で中央北収監所に向かった。軍組織は縦社会だから剣は置いていけと、ロキに言われたアウリスだけは丸腰になった。必ずしもそうとは限らないが上官が装備を取り上げる事も聞いたことがあるとの事だった。
意外にも中央北収監所はナリュカの街の防護壁の外にあった。第6兵舎は元々外部警戒用拠点なので街の外に出ない人間はまず知らない。警備をいくら厳重にしようと違和感も感じられなかった。その敷地は広いが、増やし続けている対ムトール編成軍の、演習基地も隣に簡易的に増設している。現在は第6兵舎と演習基地の敷地をぐるりと囲むように柵を建造中である。その敷地に入るにはまず門を通らなければならなかった。施設の周辺は短時間で急造されたものだが、高い柵に囲まれている。周りには当然建物は無く、少し離れてはいるがどうにか敷地内の様子が見える林の木々の陰に四人は隠れていた。
「行ってくるよ!」
夕暮れに近づき色が変わり始めた空の下、アウリスは門の警備兵に入隊を希望することを伝えると不可解な表情を浮かべながら、柵の内側にある近くの小さな建物に案内された。
この建物は屯所になっていて、机で書類に書き込んでいる者や休憩している者など五人いた。
「入隊希望だ」
そう言うなり案内した警備兵は戻っていった。すると、書類から視線を上げた兵が面倒そうにアウリスに言った。
「はっ? ここは募集していないぞ。募集しているのは前線部隊だ。それに街の中の第1兵舎の事務局に行け。さあ帰れ」
「ここで働きたいんです!」
断られる事も一応想定していたアウリスはとにかく粘って入れてもらおうと食い下がる。
「あのな、募集していないと言ってるだろうが。大体何でここなんだ」
明らかに不審がった兵が、アウリスの目を見据えた。収監所の事はこの兵にすら知らされておらず、州の要人が数多くすぐ近くにいることさえ知らないのだった。だが、わざわざ街の外に志願を申し出てくる事が、相手は少年とはいえ無視出来ない。
「それは……」
収監所の中を見たいなんて言えないしどうしよう……パトミリアさんに会ってみたいとも言えないか……
その時、軽武装の男が部屋に入ってきた。
「物資調達から戻ったぜ。ついでに酒もな。ボロが一人戻らなかったか? ん?なんだこのガキは」
「入隊希望だとよ。お前はまた勤務中に飲んできたのか。何度忠告したら分かるのやら。バレても知らないぞ。ボロは戻れと言われたとか言って早くに戻っていたぞ。お前が言ったのか?」
「なにっ! ふざけやがって、見つけてボコボコにしてやる。 ん? お前は昼間のガキじゃねえか」
!?
こいつは街で男の子に乱暴してた奴だ!
「なんだ? 知っているのか?」
「今日街でボコッたんだが逃げやがった奴だ。入隊希望? やめとけ、こいつは弱すぎて使えねえ。そういえばボロに肩入れしやがったなあ。ボロに入れればどうだ? ボロならまだ数が不足してるだろ?」
「しかし、ボロをさせるのは……おい、お前の家はどこだ?」
「ありません」
「家がない? どういう事だ」
「出て来ました」
「親はいないのか?」
「はい」
「ハッハッハ! なんだお前、ボロと同じじゃねえか。どうせ親が徴収隊に逆らって殺されたんだろ? よし、お前は今からボロだ。俺がコキ使ってやる」
馬鹿にした目を向けた男を見ながら机に座った男は少し気の毒そうにしていたが。
「キツイ仕事だがここにいれば衣食住は困らん。やるか?」
「はい、何をする仕事ですか?」
「牢獄内の雑用だ。なんでもしてもらう。だが一度入れば外部にはそうそう出られない。逃げ出そうとしたら命の保証はしない」
!!
やった! 好都合だ! 雑用をしながらパトミリアさんを探そう
「よーし、では外の物資を施設に運べ! ん? お前、あの剣はどうした?」
「奪われた」
「ふん、どうせ盗んだ物だろ? 不相応なモンを持ってやがるからせっかく貰ってやろうと思ったのに。ほら、さっさと動け!」
扉を開けると、男はアウリスの背中を乱暴に押して外に放り出した。
「アウリスだ!」
木の陰から見ていたライが、アウリスの姿を確認して二人に言った。その様子を全員で確認する。
「上手くいったようだな。が、あれは何をしているのだ」
遠目に見えたアウリスは三人の子供や老人と荷車を移動させていた。その近くには軽装の兵士が何人か怒鳴り声を上げていたのだった。