誤解
ヨリュカシアカ州 ロズン
アウリスとハクレイがジンの家で過ごしている間も、村の中では感謝祭が盛況に進んでいた。
武闘演目もいよいよ決勝戦となり、勝ち進んだ重武装の二人が舞台に上がった。舞台が沢山の観客の熱気に包まれて、最高潮を迎える。そして熱狂した声援をこれから対戦する二人に送るのだった。
一人は赤い鎧を纏ったシュナ、相対するのはシュナの二まわり大きな体格をした、銀色の鎧を纏う中年の男だった。
「シュナ! やはり勝ち上がってきおったな! だが村一番の座は譲らんぞ!」
体格に見合う大きな声をかける男は前回の優勝者。若い者には負けない気迫をみなぎらせて、圧倒的な強さで勝ち上がった、ロズンを代表する猛者エジルであった。
「エジルおじさん!今日こそ勝つからね!」
自信に溢れた声のエジルにシュナは凛とした声で応えた。
二人が身構え、いよいよ開始の合図が鳴るその時。
「皆の者、祭は終わりだ! 徴収令により騎獣を差し出してもらう! それぞれ徴収役員を案内せよ!」
五十名の兵や数名の獣子師を引き連れて、部隊長が観客を割って舞台に上がる。たちまち騒ぎだした観客に構わず言葉を重ねる。
「これは州候の指示である! 従わない者には容赦しない!」
徴収隊はいつもの通りに通達をして、騎獣を連れていく業務を始めようとした。これまでの村と同様に反抗するものは無力化して滞りなく業務完了するはずだったが。
「その令には我らは従わん! 容赦しないだと? その数くらいでどうにか出来ると思っているのか?」
周囲の皆が部隊長に注目する中、エジルが口を開いた。その途端に観客は次々と同調を始める。
「そうだそうだ!」
「ふざけるな! とっとと失せやがれ!」
などと怒声を浴びせ、今にも暴れ出しそうな雰囲気に部隊長はたじろいだ。だがやがて、顔を赤くするとさらに威圧するように叫び始める。
「貴様ら分かっておるのか! こんな村すぐにでも潰して騎獣を徴収する!」
この言葉で一触即発まで場が荒れだした。観客の周囲を囲んだ兵達が槍を構えると、観客の中の多数の重装備の者が試合用の槍を置き場から持ち出して構え返したのだ。
「双方静まれ!」
その時、何人かの武装した者を引き連れた男が舞台に近づき、周囲に告げた。村の世話役であるシュナの父ラッセルであった。
「いきなり武力を行使するなど互いに利はあらず! まずは武器を収めて納得できる話になるよう対話されたし!」
騒ぎを聞きつけて来てみれば白熱し過ぎていることにラッセルは危機感を抱く。このままでは大変なことになりかねないと、まず一度両者とも冷静になる必要があった。強引な行政のやり方に反発する皆の気持ちは分かる。そして、命令を受けている相手の立場も分からないではない。それなりの成果が必要ならばこちらの差し出せる限りの量を渡す他ない。そういった互いの妥協点を模索しようと話を持ち掛けたのだが挑発に気が昂り過ぎた部隊長は、我を見失い最早聞く耳を持たなかった。
「話し合いなどする気はない! 大人しくしていればいいものを! 総員構え!」
号令に応えた兵士がの装具が擦れる金属音が響き渡る。中央に展開した部隊が村人達に向けて、戦闘態勢をとったのだ。
同じくしてアウリス達も何事かと駆けつけた時には、既に一触即発になっており、人だかりの一番外側で徴収隊とロズンの者達のやり取りを見ていた。
「このままではロズンの人達がたくさん殺されてしまう!」
すぐにでも部隊長の所へ行って止めさせようと、動き出したアウリスの肩をハクレイが掴み制止する。
「少し待て」
そう言ったハクレイの言葉で辺りを見回せば、そこには徴収隊がロズンに入ってから、事を察した者達が次々に武装してこの広場に集結していた。
その数は徴収隊を上回り、やがて徴収隊を逆に包囲し始めているのであった。それを見た部隊長の顔は、驚きを隠せない様子でだったがついに攻撃の号令を出してします。
「総員攻撃!」
その言葉にラッセルは苦々しく顔を歪ませて、後方に下がった。何の装備もない者達も同様に下がり、鎧を装着した者が前面に進み出る。怒号と共に一気に動き出した徴収隊は、それぞれに目の前の相手を斬りつけたが、重武装したロズンの戦士にはまるで歯が立たない。
それぞれに斬り結ぶ金属音が飛び交う中、徴収隊は一方的に弾き飛ばされて、僅かな時間で返り討ちとなったのだ。
年配のエジルも部隊長をランスで突飛ばして倒し伏せると、その場の全員に聞こえる大声で告げた。
「勝敗は決した! これ以上は無意味である! 全員武器を捨てろ!」
あまりの武力差に戦意喪失した徴収隊が、それぞれ武器を手離して地面に膝をつけると辺りからは歓声があがった。多人数での争いだが一人も死者を出ていないのは圧倒的な武力差とロズンの戦士の鍛練の高さを表していた。
事の終息を確認すると次はラッセルが徴収隊に言葉を発する。
「ナリュカに戻り州候に伝えよ。ロズンは武力には屈しない。だが話し合いにはいつでも応じるとな。今日の所は出直すがいい」
すると、気を失った部隊長は隊員に担がれて徴収隊はその場から撤退を始めた。
「みんな強かったね!」
一部始終を見たアウリスは感嘆の声で隣のジンに声をかけるが、ジンはどこか寂しそうな顔をしている。
「そう…だね…」
周囲は歓声が飛び交い賑わっていたが、対照的にジンの表情は暗かった。
「どうしたの?」
「僕には戦う力がないから……」
目を伏せたジンは弱々しくか細い声で答える。その時、前方からロキが合流した。
「ここにいたのか、待たせたな」
「ロキ、こちらはジン、仲良くなれたんだ。この村の人達は強いよ、徴収隊をやっつけたんだよ」
「ふーん、そうだったのか。俺はロキだ、よろしくな」
そう言ったロキは辺りを見回すと状況を理解した。すると少し顔色を曇らせた。
「おーいジン! お前は村の為に戦わなかったんだなー! 腰が抜けて動けなかったか? ハハハハハ!」
ジンを見つけて武装した男子がからかい、その隣にいた同世代の数人が同じく笑った。からかう男にアウリスは目を向けると、見覚えがあることに気が付く。
さっきもジンに酷い事を言っていた子だ
アウリスの足は自然と動き、からかう者達の前で止まった。
「何故君はジンの事を悪く言うの?」
「何だお前は! 余所者は黙ってろ!」
突然の事に相手は少し驚いてみせたが、すぐに気にも止めなくなった。そしてまた、馬鹿にした言葉を放つ。
「おいジン! ロズンの中じゃ友達なんて出来やしないから余所者の友達を作ったんだろ? ハハハハハ!」
「………」
歯を食いしばって下を向き、ずっと耐えているジンを見てアウリスは、感情を抑えきれなくなり相手を睨む。
「君は黙れ、ジンは優しいんだ。優しいから争いは嫌いなんだ。それを分からず、ただ酷い事を言うなんて弱い者がする事だ」
「いいんだアウリス、もういいから……」
「俺が弱いだと? フン、余所者が何も知らずに調子にのると怪我じゃすまないぜ。俺は今回の武闘演目五位だ!」
「五位だから何? そんなの強さじゃない!」
武術の強さをひけらかしては、いつもジンを馬鹿にするバズとの口論にジンはただ歯を食いしばりながら俯いていた。
その間に人が集まり出したのだが、アウリスの耳に入る数々の言葉は、決してジンを味方するような言葉ではなかった。
なんでみんなジンを悪く言うんだ!
アウリスの感情も昂ってきたがそれ以上に相手が感情的になっている。増えてきたギャラリー達にも自分が生意気な余所者を叩きのめす姿を見せ付けたいと思っているのであろう。そんなバズの考えが、強者の優越感に浸った見下した表情から読み取れる。
「五位がどれだけ強いのか教えてやる。今なら泣いて謝るなら許してやるぜ?」
元々重武装していたバズは兜を被り戦闘態勢を取った。武器は武闘演目用の先端が丸く布で覆われたランスであった。対するアウリスは剣は抜かずに身構える。
「君が負けたら二度とジンに酷い事を言わないと約束しろ!」
「ハッハッハッハ! お前勝つ気でいるのか? いいぜいいぜ! その代わり負けたら素っ裸でこの村の中を一周してもらうぜ?」
アウリスが振り返り目配せすると、察した三人はアウリスから距離をおいた。ハクレイは別段変わらないがジンはかなり不安そうに見ていた。ロキはというとやれやれといった表情で告げる。
「アウリス、こんな事をしても何の解決にもならないぞ」
まあ、お前らしいがな。それにしても……
怯えたようなジンを横目にロキは、腕を組んで後ろに下がっていった。
そうかもしれない、だけど……
「おい、早く剣を抜けよ。それとも怖じ気づいたのか? もう謝ったって遅いぜ」
「このままでいい」
「なっ! なめやがって!」
激昂したバズがアウリスに迫り、ランスを突き出す。
ビュンッ
アウリスは体を傾けてかわすとそのまま踏み込んで掌打したが頑丈な鎧と重量で押し倒せない。だが少しよろけた事を見逃さず、バズの足をひっかけながら肩で押しきると、バズは勢いよく背中から倒れた。
ドンッ
「グハッ!」
!?
バズは目を白黒させると今になって自分が倒された事に気付き、怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。
「クソーーー!」
叫びながら起き上がるとすぐさまランスをアウリスにむけて次々に突き出す。
遅いし狙いが直線的過ぎる
アウリスは難なく数撃かわすと、バズの攻撃直後の腕が伸びきった所を掴んで捻りながら体重をかけて転倒させた。
「もういいだろ! 約束は守ってもらう!」
「ぐうぅぅっ! 知るか! アンソニー! デデル! こいつをボゴボコにするぞ!」
「おう!」
「おう!」
バズと同じような装備の二人が加わりアウリスは、前方のバズと左右後方の二人に囲まれて三方向からの攻撃を受ける。しかし、どの一撃もアウリスに当たることはなかった。
「ひらひらと面倒くせえ! オラ!」
攻撃をかわしながら一人の腕を掴んで転倒させると、次のバズの攻撃をかわしてランスの柄を掴むと、遠心力で残った一人にバズをぶつけて三人とも転倒させた。
「ハア ハア ハア、みんな! こいつをやっちまえ!」
「やめなさい!」
バズが叫び終わると同時に赤い鎧のシュナが人だかりを分けて入ってきた。
「これは何の騒ぎなの!」
「これは、その……よっ、余所者のこいつらがロズンの戦士は弱いって言いやがったんだ!」
シュナの登場に狼狽えたバズは開き直って言いきった。
それを聞いたシュナはアウリスを睨み付けながら近づいてくる。
「待って! 違うんだ!」
「そうね、あなたが強い事は分かったわ。だけどロズンの戦士はまだまだ強い者がいる! 軽く見ないでくれないかしら?感謝祭は終わりよ。怪我しない内にロズンから出ていって!」
アウリスの言葉を遮るようにシュナは言い放った。
「アウリス、今は何を言っても無駄だ。行くぞ」
ショックで言葉を失ったアウリスにロキが声をかけると、肩を落として体を翻してジンの所までとぼとぼ歩いた。
「ジン、迷惑かけてゴメン。僕たちはさっき話したパトミリアさんを助けに行くよ……」
「あっ……」
ジンは言葉に詰まった。自分の為に怒ってくれた。自分は負けると決めつけていたのに、圧倒的な強さでバズ達を懲らしめてくれた。それは憧れるほどに。なのに悪者にされてしまい、それを弁解する事も出来ずに……
自分のせいなのに……
友達と言ってくれたのに。もう会えないかもしれない……
感謝の気持ちさえも伝えられずに……
ジンは自分の情けなさ、気の弱さに涙が自然と溢れていた。
アウリス達の姿が遠のいていく。それを黙って見送るしか出来ないジンの後ろ姿は、アウリスと同様にやりきれない様子が表れていた。