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kingdom fantasia  作者: 衛刀 乱
黎明を告げる咆哮
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獣子師達

一軒の山小屋の中で、数人の男達が話し込んでいた。周りには商売道具であろう縄や色々な形の金具が壁に掛けられている。ここは獣子師のいくつかの一つの共同拠点だ。その中にはリューマの父親であるリュークの姿があった。毒に苛まれた体が言うことを聞かずに時折顔をしかめながらも、相手を必死に説得しているのだが。


「リューク、それは無茶な話だ! 絶対出来っこねえ!」


リュークの目の前にいるのは、禿げ上がった頭で鼻下から顎まで見事に髭で覆われたナシムズという年配の男だ。普段でも地声が大きいのに今は小屋に居着いた猫が驚く程、声を荒げてリュークに反論している。

ヨリュカシアカ前州候のパトミリアを救出するとの話をアウリスからあった直後に、リュークは体をひきづって周辺一帯の世話役である獣子師仲間のナシムズの家に向かった。だがそこにはナシムズの姿はなく、いつもの所にいるだろうと決して近くはない距離を歩いてきた。待っていればじきに戻ってきていたかも知れないが、仲間が暴走寸前の状況だと思えば、手遅れになる前にどうしても無理をする必要があったのだ。

新体制の州の悪政により現在、州全域で騎獣と家畜を強制徴収されている。それは獣子師達が生計を立てる事が出来ずに生活そのものを脅かされる状態となることは必然だった。当然獣子師以外の職につく者や各家庭への影響も甚大である。


ヨリュカシアカにおいては、他のどの州よりも騎獣と深い繋がりがある。生活の中で騎獣は不可欠なものであり、移動の手段から狩りの補助など幅が広い。便利で従順であるが、そうなるまで躾るには相応の時間と手間とお金がかかるのだ。それに専門的な知識と技術も必要であり、騎獣としての基準を満たした一頭は、非常に高額で取引されるため遣り甲斐もある人気職になっている。


そんな手塩をかけて育てた騎獣を奪われては生きていくことが出来ない。かといって拒否すれば罪人として殺される。いつ州の役人と兵が押しかけて、徴収を執行されてもおかしくはない日々に堪えかねて、半数以上の獣子師達が連絡を取り合った。目的は決起して州の強制徴収を止めさせるというものだ。話し合いが出来ないのであれば武器を取って戦うことも辞さない覚悟である。


我が子リューマの恩人であるアウリス達からの必死な説得は、リュークの心を動かした。だがナシムズは話にならないと難しい顔をしてリュークの一言一言に反論する。それが話を始めてから今に至るまで、どちらも譲らない押し問答になっていたのだった。


「ナシムズ、少しは聞いてくれ! もしだ! もしパトミリア様の救出に成功すれば抑え込まれていた将や兵、それに俺らみたいな人間だって立ち上がるはずだ!

そうなりゃ今の州候を追い出して、またパトミリア様が州候になってこの土地を良くしてくれるだろう。奪われた騎獣が戻るとは限らないがきっと助けてくれるさ」


元々はナシムズの考えに賛成だったリュークなのだが自身でもこんなに一生懸命説得しているのは不思議に思えた。


あの子達は不思議だな。初めて会った人間なのに俺がここまで心を動かされるなんてな。何故か可能にするような気がしてならない。


「おいリューク、子供じゃねえんだ。夢を見ることは悪いことじゃないが状況をよく見ろ! パトミリア様が処刑されないのはな、今それをしたらどでかい暴動が起きるからだ! パトミリア様が生きてることで希望を持たせてると同時に足枷にもしてやがる。そうやってどうにか抑え込んでるのさ。当然無理をしてでも監獄から救出する話だってなかった訳じゃない。しかしな、監獄の守備は異常な程固められてるって話だ。この間も大規模な救出隊がこっぴどくやられちまったって話は聞いたことあるだろ!」


「知っているとも、しかしな! 無理だと決めつける前にそれをやると言ってる者がいるんだ。せめて出来るか出来ないか見極めて」


「それはいつだ!」


いよいよ業を煮やしたナシムズは、必死なリュークの言葉を遮って言葉を重ねる。


「そんた大層な事は1日2日で出来るもんじゃねえ! しかしだ! こっちは毎日どこかで強制徴収されて日に日に対抗する力を削られてんだ!明日は我が身だってのにいつになるか分からん救出に期待することは出来ねぇ! その若者ってのは軍の兵士でも何でもないんだろうが。決起出来ない程に力を削がれてから救出出来なかったじゃ目も当てられねえんだ」


その時、ナシムズの家に獣子師仲間の一人が飛び込んできた。


「大変だ!一刻後に徴収隊がこの地域に来るぞ!」


「おい! 本当なのか?」


大きく息をしながら緊急の報を伝えに来た男にリュークが聞き直した。


「ああ! 間違いない! 仲がいい役人がいる仲間からの情報だ! 間違いねえ!」


それを聞いたナシムズは間髪入れずにリュークの隣にいる男に指示をだす。


「仲間を集めろ!武器も持ってくるようにな、もしかしたらやり合うかもしれねえ!」


興奮したナシムズに対して、男は待てと言わんばかりに両手を前に出して掌を広げた。


「待ってくれ! まだあるんだ! セイル地区のベラルトが裏切りやがったんだ!」


「なっ、どういうことだ?」


「あいつは軍に取り入って州の獣子師の情報を流してるらしい! それどころか仲間を軍の中に取り込んでいって軍の騎獣の調教を引き受けているようなんだ!」


それを聞いたナシムズは苦虫を噛んだような顔になり、みるみる血の気が引いていく。


マズいな……


ナシムズは州軍が節操なしに騎獣をかき集めている事を聞いた時に、きっと上手く扱えずに手に余す状況になるに違いないと思っていた。

騎獣は扱いがとても難しい。馬のように数が増えればその分乗り手を増やすという訳にはいかず、獣子師の知識と手法で騎獣と乗り手の絆を結ぶ必要があるのだ。

数だけ膨れ上がった扱えない騎獣に軍が振り回されている隙を突いて対抗するつもりであったのだが、軍の中の編成に獣子師が加われば少し時間をかければ十分に統率が可能になってしまう。そうなればナシムズ達には万が一にも勝ち目がないのだった。


まさか同業者が向こうにつくとは思いもよらなかった。横暴なやり方で怒り心頭のはずが加担するようになるなどかんがえられない。悲観的に思い巡らせるなかで何故そうなったのかが気になる。思わずうなり声が漏れるほど考えるとハッと答えに行き着く。


そうか、そういうことか。騎獣を取り上げて追い詰める。そこで協力すれば生活を保証すると言われれば、それになびく者は必ず出るだろう。


全くもって卑劣なやり方だが、選択の余地はない。命を捨ててでも抵抗するような者は少数派とも思える。そのような手を使われれば今後、軍に入り込む者は増え続けることは想像に固くない。


「俺らも軍の中で騎獣を調教する仕事をしてみるか」


ナシムズの突然の思いつきにリュークと他の男達は驚きを隠せなかった。


「俺らも裏切るってのか!⁉」


男は気色ばんで食って掛かったがナシムズは平然と、むしろ当然のように言う。


「考えてもみろ。このままいけば騎獣を奪われるか拒否して殺されるか、決起して傷を負うか死ぬかだ。誰もが家族を残してする決断じゃねえ。でもよう、軍の中ででも仕事が続けられるなら騎獣は徴収されたとしても殺される訳じゃねえし給金も貰えるだろう。決して悪い話じゃないはずだ」


その後ももしそうしたならという話を続ける内に、それを聞いた男はというと、最初は顔を真っ赤にして目をつりあげていたのだが、みるみる顔色を戻すとついには目を輝かせてきた。


「なるほど! 確かにそうだ。で? どうする?」


「とにかくまずは徴収隊が来る前に皆に集まって話をしよう。手伝ってくれ」


男とナシムズはやるべき仕事が出来たとばかりに、外へ出ようとしたがリュークが立ち上がってそれを遮ぎる。


「待ってくれ! 強制徴収を止めさせるんじゃなかったのか! このまま徴収が進めば子供の代には獣子師として生きていけなくなるだろう! 俺の子は獣子師の仕事が大好きなんだ!

それが出来なくなるなんてあんまりだ!」


「リューク! 確かにこのままいけば騎獣は軍の中以外にはいなくなるだろう。だがな、命あっての仕事だろ? 今、殺されたら元も子もない。リューマが獣子師として生きたいなら軍人になれば出来るじゃないか。今の軍が騎獣の実用的な運用を考えてるなら捕獲以外に繁殖や育成だってするはずだ」


「そ、それは…」


リュークは反論に詰まってしまった。確かに軍が騎獣運営を本格的にするのであれば、獣子師の仕事の需要は高く、州の中の騎獣を集める分、忙しくすらなるであろう。


その空気を読んで話は終わったとばかりにナシムズ達は扉を開けて外に出た。ナシムズは扉の前で振り返る。


「今はとにもかくにも時間がない。まずは軍の中で生き長らえよう。その間にパトミリア様を助け出して蜂起する連中がいるのならそん時は軍の中から手助けすりゃいい。病で動けないお前と家族の事も良く出来るように話をしてみるから家で待ってろ。いいな?」


咳き込む姿のリュークを気遣いながらそう言ってナシムズは出ていったのだった。

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