受け継がれた鎧
ヨリュカシュアカ州 ロズン
晴れ渡った空の下、清々しい風を受けながらアウリスとハクレイは村の中を一通り歩いて回っていた。
今まで見た町と違う所は様々あったが中でも点在する家々には大きな体に固そうな皮膚で覆われた頭に2本の角を持つゲイムと呼ばれる獣が少なくとも各家に一頭は飼育されていることだった。
「大きな獣だね!体が大きすぎて足は遅そうだけどとても力が強そう」
アウリスは民家の横の柵の中にいたゲイムを近づきながら眺めた
「ここでは鉄の物が沢山作られているから重い荷物を運ばせるには向いているのかもしれないな」
ハクレイもゲイムを珍しげに見て言った
どの家も広場での祭に参加しているようで不在のようだったがアウリスは遠くの丘で背中を向けた体の大きな少年を見つけた
さっきの子だ
アウリスは丘に転がった石に腰かけた少年の所まで歩いて声をかけようとしたが
「そうだね、でも僕はいいんだ。ここにいる方が落ち着くからね」
!?
明らかにこの丘には少年とアウリスとハクレイしかいないのだか目の前の少年は誰かと会話しているようだった
「あの、」
誰もいないはずの丘に突然アウリスに声をかけられた少年はビクンと全身を震わせて振り向いた
「誰かと話してるの?」
声をかけられた少年は驚いた表情をした後すぐに今にも泣き出しそうな顔をしてこの場を離れようと立ち上がり歩きだした
「待って!僕にも誰もいないのに声が聞こえるんだ」
アウリスは今までに幾度となく聞こえる声が気のせいではないことを薄々気づいていたのだが少年が誰もいないはずの場所で誰かと話す姿をみて確信に変わりどうしてもこの少年と話がしたくなったのだった
「えっ!?」
面食らった顔で少年は立ち止まりアウリスに向き直った。そして、すかさずアウリスは言葉を繋げた
「少し前から聞こえるようになったんだけどはっきりとは聞こえなくて…どうしたらはっきり聞こえるようになるのか教えてくれない?あっ、僕はアウリス」
「………ジン…」
アウリスはジンと名乗った少年の次の言葉を待ったが沈黙の空気が流れた。丘の上には前髪をそよぐ心地よい風がただ吹いていた。思いの外、ジンは人見知りが激しいのだった
「…… 」
「えっと、もしかしてとても難しい事なのかな?」
ジンには幼い頃から風の精霊と会話することが出来た。いつからなのかは本人にも分からないぐらい当たり前のように精霊と共に過ごしてきたのだった。しかしそれは、周りからは奇異な目でみられ、同年代の者たちからは馬鹿にされる原因ともなった。どういうわけか村の中でもジンだけが有する力であり、両親に話すととても喜んでくれた。それでもジンは周りから馬鹿にされ、いつしか一人でいる時間が長くなったがそれを癒してくれたのも妖精なのだった
「わ 分からない… 聞こえるのが当たり前のようになってたから…」
ジンはアウリスが馬鹿にするというわけではなさそうだと分かると伏し目がちに答えた
「凄いね!早く僕もそうなりたいや。相手は見えるの?」
「うん…今も僕の周りを飛んでいるよ…」
それを聞いたアウリスは目を輝かせてジンの身の回りをキョロキョロ見回したがそれらしいものは気配すら感じなかった
「ティナっていうんだ…」
「えっ⁉あっ!もしかして名前?凄いね!名前まで知っているんだ」
「今は君達のことを珍しそうに見ているよ」
淡い緑色の光に包まれた人の人差し指程の大きさで半透明の羽根が生えた女の子がジンの傍らで浮遊しながらアウリスとハクレイのことを観察するように見つめていた
少し気を許したのかジンは穏やかな表情になり口数も増えてきた。表情や雰囲気でジンが気は少し弱いが優しい性格であることが容易に想像できるのだった
そして、アウリスは思い出したように言った
「あの、さっきはゴメン!僕の言葉がジンの気を悪くしてしまったようだったから」
ジンが同世代の村の住人にからかわれていた道でアウリスが村の人が皆鎧を持っていると思い、ジンも持っているのか聞いた事でジンの表情が曇り、逃げるようにその場を離れたのが気になっていたのだった。
「ううん。僕はこの祭が好きではないんだ。いつもだけれどここでティナと話していることが多いかな。ティナはいろんな事を教えてくれる大切な友達なんだ」
申し訳なさそうなアウリスにジンは怒った様子もなく微笑みながら言葉を続けた。
「僕もね鎧は持っているんだ。ただ使えない……一度着た事があったんだけど重すぎて動けないんだ。皆は新しい素材のギルマムを使った軽くて丈夫な鎧を作ってもらってるんだけど
僕のは今ではほとんど使われていない妖精鋼で出来ているんだ。ずっと昔から受け継がれたとても古い鎧なんだ…」
そう言ったジンは初めて鎧を着た時のことを思い出した。
二年前
「母さん!僕も14才になったから鎧を着ていいんでしょ?父さんが生きていた頃にお前にあげるから大切にしなさいって言ってくれたよね? ずっと体を鍛えていたんだ、だからいいでしょ?」
「フフフ、そうね。ジンはお父さんに似て体が大きいからもう着れるかしらね」
ロズンの風習として14才になれば男女問わず自分の鎧を持つ事が出来て武闘演目に参加出来るようになる。武闘演目に出ることはロズンの子供達の憧れであった。自分の鎧をお披露目する披露会の意味もあるため、村の子供から老人までもが盛り上がる一大イベントであった。
「ジン、鎧を出すの手伝ってね」
ジンの家に代々伝わる鎧はジンの父親が時折着用していたものだ。不慮の事故で亡くなってからは家の床下に仕舞っていた。それを今日、親子二人で次々に床下から古びた木箱を引き上げる。
「重いね! 父さんはこれを着ていたんだね! ほんとワクワクするよ!」
鎧が小分けにされて箱に入れられており、一つ一つの箱はそれなりに重さがあったが決してジン一人で持てない程の重さではなかった。
これくらいなら着ても戦える よーし! 今まで馬鹿にした皆を見返してやるんだ!
その時に風の精霊ティナがいつものようにジンの所に来た。
ふわりと頬を撫でるような風が家の中に流れていく。
[あら、なんだか嬉しいそうね! なにしてるの?]
「ティナ! 僕も鎧を着けて武闘演目に出るんだ! 見てて! 父さんの鎧だよ! 絶対誰にも負けないから!」
「あら? ティナちゃんが来たの? いらっしゃい」
ジンの母には独り言を言ってるようにしか見えないのだが、幼い頃から見かけるこの現象には慣れてしまった。ジンからティナの事を色々と聞く内に、そういうものだと受け入れている。しかし、周りの住人には信じがたく、自分のように理解者とはなり得ないことを少し心配していたのだった。
[武闘演目? ジンも出るの? 危ないよ! そんなのやめとこ? それより北の小川に珍しい魚が流れついてるから一緒に見に行こうよ!]
ティナはジンが嬉々として話ながら木箱から鎧を出している姿を見て不安が押し寄せるようであった。
「大丈夫大丈夫! いつも馬鹿にされてるけど優勝さえすればもう何も言わせないよ!」
[ジン……]
箱から出されていく鎧のパーツは濃紺色で透き通るように輝いていた。所どころには傷があるのだが、長年使われていたとは思えないよく手入れをされたものであった。
素材である妖精鋼は今は採取出来ない代物で、昔の先人達にしか加工出来ない。知るものも村の中ではごく少数の一部の者でそれも伝え話によるものだった。多数の者達は時代遅れの枯渇した古い金属という認識でしかない。ロズンの各家では常に新しい素材や新しいデザインで作り続けているのに対して、ジンの家はこの鎧を使い回しているため貧乏の家とも言われている。それでなくても実際お金はないので仕方がない。
「うわぁ! 凄くカッコいいや!」
目を輝かせたジンは箱から出すのももどかしく感じながら急かされたように装着していく。装着を完了するとジン自身の大きな満足感と母からの感嘆の声が聞こえたがティナはというと、とても寂しそうな表情で武装したジンを見つめていた。
(人はすぐに争う、そして優しい気持ちを無くしたら私の声ももう届かなくなってしまう……そんなのは嫌だ、大切なジンにはそんなことになってほしくないよ……)
「ティナ見て! あれ? 浮かない顔をしてどうしたの? それよりどうだい? カッコいい?」
[ うん……そうね……]
ティナの気持ちとは裏腹にジンはすっかり心が高揚している。あと数日後の感謝祭が楽しみで仕方かないのだった。
感謝祭当日
「母さん! 行ってくる!」
「行ってらっしゃい! あとで晴れ舞台見に行くからね」
意気揚々とジンが鎧を装着完了した時、ティナがジンの元に飛んできた。
「おはようティナ! 一緒に行く?」
[ええ…そうね……]
(ごめんね……ジン……)
ティナが鎧を纏ったジンを中心に、円を描きながら足元から頭の上までクルクルと高速に飛び回った。次の瞬間にジンの鎧が急激に重く感じた。何かがまとわりつく感じで、歩くのがやっとの状態である。
あれ? なんだこれ! 急に 重くなっ た
それは、体の軋む音が聞こえるるのではないかと思えるぐらい全力にならないと歩くことすらままならない。歯を食いしばりながら一歩ずつ前に進む。それだけでも体が悲鳴をあげるのである。
まさか鎧が僕を拒絶しているのか
いくらも進んではいないのだが、すでに疲労は限界に達しようとしている。顔を歪ませながら重すぎる鎧を全力で動かしているものの、壊れた機械のようにぎこちなくゆっくりと進むことしか出来なかった。
僕では駄目なのか…父さん…僕に…力を…ください…
全身から汗が流れ落ちる。意識が遠くなりそうでも、どうにか武闘演目会場に向かわしめたのは優勝するためだ。今日まで鍛え続けた努力から湧く自信と、馬鹿にされ続けた日々との決別を強く決意したものに他ならない。
ティナはそうまでして歩き続けるジンを後ろから痛々しく見守っていた。その表情は最早泣き顔に近かった。
絶対に 勝って 見返す んだ …… 母さん だって見に 来てくれる から
その時、ピカピカの新しい鎧をつけた二人が後ろからジンに追い付いてくる。同じく初めて武闘演目に出場するためだ。前に歩くのがジンだと分かると薄ら笑いを浮かべた。
「なんだ、変人のジンか? ボロ臭い鎧だな! まさかお前も出るつもりじゃないだろうな、馬鹿みたいにトロくさいお前が出ても無駄だろうが! まあ俺が当たったら一撃で倒してやるから楽しみにしていろよ。ハハハハ」
二人組の一人の男の子が見下した目をジンに向けて言い放ったが意識が朦朧としているジンには届かなかった。
「やめなよ! ジン? 大丈夫? なんか体調悪そうだけど」
そう声をかけたくれたのは村で人気者の女の子シュナだった。茶色の長い髪で気の強そうなキリッとした眉の下の大きな目にはジンを見下すような色はなく、本心から心配しているようだった。そんな人柄に若い男からだけではなく村中から愛されている。それでも決して傲らず、皆から奇異の目を向けられたジンに対しても接し方を変えない。そんな女の子でありながら、武闘演目に出ることには執着していた。村の皆のためにと武芸を研き、有事の際には男達だけに頼らずに自らも先頭に立つという気概をもっている。シュナの両親は村のリーダー格で皆から信頼されていた。それをシュナは誇りに思い、ならば強くなければと槍の練習をしている姿をよく見かけていた。そんなシュナにジンは少なからず憧れを抱いており、シュナの前でからかわれるのは苦々しかったが今日でそれも終わらせると思っていた。
「だっ 大丈夫だよ 今日は 僕が 優勝 する から…」
「ハハハっ!お前シュナの前だからっていい格好してるなよ!お前なんかが優勝出来る訳がないだろ!」
シュナの隣の男の子は馬鹿ににして嘲笑う。
「カールやめて! ジン、私達は先に行って待ってるね! 私も負けないからお互い頑張ろう!」
カールと呼ばれた男の子をジンが睨み付け? そんなジンをシュナは激励するとカールを促し先に歩いていった。
その後も何人もの男の子からからかわれながらどうにか歩き続け、会場に辿り着いた時にはとうとう力尽きるとそのまま倒れて気を失ってしまった。ざわめき集まってきた人の中にはシュナの姿もあったのだた。
結局武闘演目には出られず、鎧も元の床下に収納した。それ以降ジンは塞ぎ込み、母親と妖精のティナ以外とは誰とも話さなくなった。
「もし良ければジンの鎧を見せて欲しいな!ダメかな?」
ふと自分が呆けていたことにアウリスの声で気付かされる。村の若者が自慢気に鎧を披露していたのを見ていたのでジンの自慢の鎧が気になったのと、家に代々受け継がれた鎧というものがアウリスの持つ石と共通するようで親近感が強まった。どんな鎧なのか見たい好奇心と重なって思わずお願いしてしまう。
ジンは面食らった顔になったが、同年代の男の子とこんなに話したことはなく、からかわれるどころか共感してくれるアウリスに心が開き始めた。
「いいよ!」
ジンの家に着いたアウリスとハクレイは、ジンの母親にとても歓迎された。それからは鎧を見て感動したり、飼われた一角獣のゲイムのエサをやって楽しんだ。それから出してもらった香茶を飲みながら今度は、アウリスの旅の話や旅をする目的などをジンは目を輝かせていたりと、大いに盛り上がったのだった。