風の町ロズン
「うわあ!何だか賑やかな村だね!」
アウリス達は当初の目的地であるロズンに着いた。すれ違う人は皆が楽しそうな顔をして笑い合っている。空も晴れ渡り、どこからか弦楽器や太鼓が合わさった音楽まで聞こえてくるのだった。それにどうやら目当ての物も難なく見つかったようだ。
あっ!あそこにも知らない文字がある…
アウリスはガロから村の看板に失われた文字らしき文字か模様がある。と聞いていたが村の中を見渡すと色々な場所にそれはあった。建物の壁に書かれていたり、柵の丸太に彫られていたりしている。それが本当に探している文字なのか違う文明のものなのかは判別がつかない。
「どうしたんだ?」
キョロキョロするアウリスにロキが尋ねた。その時になって初めてこの村に来たかった具体的な理由を、まだ話をしていなかったことに気付いた。
「あの文字というか模様が色々な場所に描いてあるんだなと思ってね。ガロからこの村にあれがあるって聞いたんだ。ただ、僕にも何という言葉なのかまでは分からないんだ」
指を指して答えたものの、じっくり見た所でやはりわからないままである。ロキも見慣れない物だと言っているが、ハクレイが目で文字をなぞると事も無げに答えてくれた。
「風と共に、と書いている」
意外なハクレイの言葉にアウリスは驚いた。模様ではなく文字だったことよりもそれをハクレイが知っていることにだ。
「あの文字が読めるの?!」
「ああ、私は昔にあった彩という国の末裔らしい。その当時の言葉は蓮ではハルト語と共に幼い頃から学んでいた。今では使わないのに何故学ばなければならないのかとも思っていたのだが、知らない事を学ぶのは嫌いではなかった。それに、後世に伝えなければならないと父が熱心だったのでな」
そう言ったハクレイの表情に陰りが見えたのだが苦笑してすぐに優しく微笑んでくれた。
「凄いね! 僕も読めるようになりたいな。ハクレイ、今度僕に教えてくれないかな?」
「ああ、構わない。しかし、今は使われていない文字なのだぞ?」
微笑んで承諾してくれたハクレイに自分が首にかけている石を服の外へ出して見せた。彫りは擦れて浅くなっており、良く見なければ文字だと分からないほどである。
「友の証か、珍しい方の字だな」
「珍しい方の字?」
「ああ、友という字は二種類あったらしい、その石の字は主に連合軍が使っていたとされる字になる」
「連合軍ってグラを中心に滅魔導師と戦ったっていう?」
「なんだアウリス、よく知っているじゃないか」
「友人が教えてくれたんだ。ライの村で聞いたらしいんだけどね」
アウリスは自分がガロに対して知人と言いそうになって、知人というには寂しい気がした。だが、友人という言葉で説明したことにも違和感を感じてしまう。
友人? 何か違う、師匠? 親とは違うかな。家族? うーん。大切な人かな…
「そうか、ラスティアテナなら知っていてもおかしくないな。ラスティアテナも彩と同じ時代にあったとされるな。口伝書にも記してあった」
その時、人の良さそうな顔の村の住民から声をかけられた。
「おーい! 君たちは旅の人達かい? いい日に来たね! 今日は感謝祭なんだよ! よかったら広場に行って楽しんでいきなよ!」
そう言った男は陽気な足取りで酒の瓶を片手に歩いていった。
村に入ってから音楽が聞こえるしそうじゃないかと思っていたけどやっぱり祭だったんだ
「二人とも! 行ってみようよ!」
レトの収穫祭とは違った雰囲気が新鮮で、軽やかな足取りで三人が村の中央にある広場に行くと、肉を焼いた香ばしい匂いが辺りに広がっていた。
「見ない顔だね! 今日だけは大盤振る舞いだよ!」
大小の大きさの石を積んで炭を囲い、上に大きな網を置いて肉や野菜、魚などが所狭しと並んで焼かれている。
声をかけてくれたおばさんが三人に串に刺した大きな肉を手渡してくれた。
三人はそれぞれに礼を言うと空いてある椅子に座り、こんがり焼けた肉を頬張った。ただ焼いているだけかと思えばほのかに香草の香りと岩塩が染み込んでおり、固すぎない絶品であった。
「なんだか楽しい所だね!」
「そうだな、ライがいたら肉を食べつくしそうだ」
アウリスとロキの会話中に突然大きな歓声が上がった。
何だろう?
よく見ると離れた所で人だかりがあった。肉を食べ終えた三人はおばさんからおかわりを勧められたが、また後で来ますと言って人の集まっている所に行ってみる。
「いけーシュナ!やっちまえー!」
「敗けるなよ! がんばれー!」
色々な応援の声を受けながら、中央で重装の鎧を着た者が一対一で戦っていた。
うわあ!カッコイイ鎧だな!
思わず見とれるほど両者の鎧はそれぞれが違うデザインをしており、兵隊が身に付ける鎧とは明らかに一線を画すスタイリッシュな鎧だった。ただ、お互いの武器だけはルールに定められた物なのか先が丸く、布で覆われた同じランスを使用していた。これはお互いの鎧を傷付けないためらしい。
ベースが赤色の鎧に同じ色の鉄の仮面を付けた者が気合いの入って声を挙げて、大きなランスを突き出した。銀色の重厚な鎧で身を固めた相手のランスをはねのけると、間髪入れずに体の真ん中に突き入れた。
ガンッ
攻撃を受けた男はたまらず勢いよく後方によろめいたが、そのまま後ろに背中から倒れてしまった。
ワアアアア!
一際大きな歓声が上がると赤色の鎧の者が仮面を取って茶色の長い髪をたなびかせると、左手を振って歓声に応えていた。
女の人だ!
アウリスは驚いた。横の二人も同様に驚いた表情をしていた。
女の人なのにあんなに重そうな鎧を着て戦うなんて凄い!
対戦をした二人が退場すると、また似たような重装の鎧を装着した二人が向き合って開始の合図を待っていた。
「これは何の試合なんだ?」
ロキの前で大声をあげて応援している男に声をかける。
「ん? 旅の人か? これは年に一度、自慢の鎧のお披露目と技を競う感謝祭の目玉行事だよ。若い連中はほとんど出てるよ。私も若い頃は皆の前で自慢の鎧を見せびらかしたモンさ」
「感謝祭って何に感謝するんだ?」
「風の神様さ、この村は風の加護を受けているからね。あの風車があるだろ? あれは今まで止まった事がないんだよ。だから農作物もよく育つ、そうした日頃の感謝を込めてこうして祭が開かれるのさ」
それを聞いたアウリスはレトでも開かれる年に一度の収穫祭を楽しみにしていたことを思い出す。レトでは山の恵みだった。場所が違えば様々に感謝することを知った。
「さてと、ぐるりと見回ってからナリュカに向かうか」
そう言ってロキは歩き出した。さほど大きな村ではないが、鎧を作る工房や鉄を作るたたら場など普段目にする事がなかった施設があることがまた新鮮だ。
「あっ! あれは!」
何かを見つけたロキが駆け寄って行った。
「ラドナユタの葉だ!」
そう言って顔近付けたロキは、匂いを嗅いでみて目当てのものだと確信する。それは民家の横で栽培されているものらしく、広い土地に様々な種類の花や作物などが育てられていた。
「何かお探しかな?」
あれはこれはと辺りを見回すロキに、丁度家から出てきた老人が声をかけてきた。それに対してロキがあれこれと質問をする。この場所の一画はどうやら薬の材料になるものばかり栽培しているようで、リューマの父の解毒薬を作る材料も揃いそうである。想いきってラドナユタの葉を少し譲って欲しいと話をするとそれならばいいものがあるとロキを家の中に招いてくれた。この老人は若い頃に王都で医者をしていたらしい。
少し間があってから家からロキが出てきた。
「アウリス、少し時間をくれないか? 俺はこの人の話を聞いてみたい」
「いいよ!じゃあ僕は村の中をまた回ってくるよ! ハクレイはどうする?」
「私も一緒に行くとしよう」
そうしてアウリスとハクレイは、また道を歩き出してロキは老人の家に入っていった。村のなかでも端に位置するのか人の数が少なくなってきた。広場から離れる方向に歩いていたのだが向かいで同世代の男子がこちらの方向に歩いてくる。
「おーいジン!お前今年も武闘演目に出ないのかよ!」
「ハハハ!腰抜け!」
アウリス達とすれ違った大きな男の子が後ろから歩いてくる男子二人組にからかわれているようだ。
ジンと呼ばれた男の子は何も言い返さず俯いて歩いている。
ふと気になったアウリスは二人組が通り過ぎてからジンに声をかけた。
「あの!」
ジンは反応せずにそのままゆっくり歩き続けていたが、再びアウリスが呼び掛けたことで振り返り、自分が呼ばれていた事に気付くと驚いた表情をした。
「えっ? なに?」
アウリスはやはりジンが自分と同年代だろうと思った。大きな体で茶色の短めの髪をしていた、優しそうな目が印象的で穏やかな性格を連想させる。
「僕はアウリス、ここへは初めて来たんだけどここの人は皆、あの重そうな鎧を持ってるの?」
「えっ、うん……」
ジンの目が逸らされて、あきらかに泳いでいた。
「凄いね!君も持ってるの? 広場の試合をするの?」
アウリスがそう言った途端、ジンは突然泣きそうな顔になり、逃げるように走り去っていったのだった。
あれ?変な事言ったかな……
「気が小さいようだな」
ハクレイはジンの走る後ろ姿を見ながらそう言った。