行動開始
「なんだこれは!」
アウリスとロキとハクレイの三人はヨリュカシアカ州都ナリュカに向かっている途中だった。だが目の前には橋が壊れ、川が氾濫したまま放置されていた。
「前の大雨で氾濫したようだな」
「なったらなったで普通すぐに直すだろ!何日放置してやがる!これじゃ川を渡れないぞ!」
現ヨリュカシアカ州候のバリアンは軍事には積極的だったが内政には消極的だった。近々行われるムトール討伐で結果を残して、中央で出世する。それがバリアンの最大の関心事であった為それ以外の事、手放す予定のこの土地のことなど二の次であった。
「迂回するしかなさそうだね」
アウリスの言葉を肯定するように、ロキが地図を広げながら迂回する道に進んでいく。
「ライ達は大丈夫かな…」
「リンが付いていれば問題ない」
ライ達も同じように進路を阻まれていないかアウリスは心配したのだがハクレイは少しの不安もないようだ。
ハクレイとリンはヨリュカシアカ州内の地理は全て網羅しているようで道に迷う事はないという事だった。
現在、ライとリンはムトール州都ダムタールに前ヨリュカシアカ州候パトミリアを救出して、ムトール州で守ってもらうお願いをする為に向かっている。その約束を取り付けてからはアウリス達と州都ナリュカで合流する事になっている。
「うおー!これは楽チンだな!」
「ライ様、早く操縦に慣れて下さいね」
ライとリンはリューマからズールという大きな猪二頭を借りていた。ズールは馬よりは走る速度は遅いのだがそれでも人の足には比べるまでもなく速かった。
騎獣と家畜の強制徴収下ではいつ兵隊が来て、奪っていくか分からないから使って貰っている方が安全だとリューマの親の許しを得ている。
「おいおいリン! 俺はちゃんと教えてもらった通りに操縦してるんだぜ? こいつがいうことを聞かないんだよ!」
先程から前を走るリンが道を曲がる所で必ずライのズールは真っ直ぐ行き過ぎるのである
「まだお互いの心の距離が遠いのかもしれませんね!」
「そういうことか! よし! まずは名前をつけよう! お前は今からデケだ! よろしくなデケ!」
「ライ様? 何故にデケなのですか?」
「でっけえ猪だからな! デッケよりデケの方が呼びやすい!」
「では私はハオウと名付けます! 強そうですよね! あっ!でも雌だったらどうしましょう!」
「ハハハ! 細かい事は気にすんなって!」
二人は何やら満足しながら手綱を握って走行していた。
獣子師は獣に対して買い主が名前をつけるまでは短期間に幾つも名前を変えて呼ぶ。獣に自分が呼ばれているという感覚だけ身に付けさせると買い主が付けた名前を認識しやすいのだという。
因みにライとリンが乗っているズールは二匹とも雌だった。ズールの雄は気性が荒すぎて使いづらいらしい
「ライ様、ここから曲がる回数が増えますのではぐれないで下さい。迷子になってしまいますよ」
リンの後をついていくライは必死だった。とにかくリンは曲がって曲がって曲がるのだった。大きな道を進むこともあれば極端に細い道も突っ切っていった。
「リン! お前、道に詳しいよな!」
「そりゃあもう! 私はとにかく外に出ることが多かったですのでどの道が近いかは瞬時に分かるのです!」
「仕事でか?」
「それもありますが誰にも告げず、極秘に行動することの方が多いのです!」
「お前……それは逃避って言うんだぞ! 普通怒られるだろ? さては聞かん坊だろ?」
「なっ!人を子供みたいに言わないで下さい! 私は人より少しだけ好奇心が大きいだけなのです! 夢一杯です!」
「ハハハ! まあ俺も似たような…っておいデケ! 曲がれええー!」
リンが曲がったT字路でライはそのまま真っ直ぐ、道の無い道を突っ込んで行った。
「フフフフフ、なかなか集まってるではないか。必ず全兵に行き届かせろ!」
州候のバリアンは軍の訓練場に続々と集まってくる様々な騎獣を見て満足気であった。じきに始まるムトール征伐で全兵が騎獣を扱えば機動力の差で大功績をあげられるとバリアンは考えてた。
ヨリュカシアカの騎獣生産数は王国随一だからな、こればかりは前州候に感謝せねばな。出世したらボロボロになったヨリュカシアカを返してやってもいい。
バリアンは自分が権力を握った想像をしては込み上げてくる笑いを抑えていた。
中央に行ったらやりたい放題だ
つい先日に途中経過をセガロ王にした時には、期待しているという言葉を貰った事がバリアンの気を更に良くしていた。
「起こる反乱は騎士団に任せて兵の訓練を急がせろ!それと引き続き野盗でも山賊でもいいから集めるんだ!」
矢継ぎ早にバリアンは指示を与えていった
軍としての機能だけならヨリュカシアカは急ピッチで進んでいくのだった。
その頃アウリス達は、川を越える為に迂回していたが渡れる状態の橋はなく、ようやく今にも壊れそうな橋があるところまでたどり着いたのだった。
「やっと川を渡ることが出来るな。大分遠回りになったがここからは州都までは何の障害もないだろう。アウリス、迂回している内にたまたまだが今、俺らがいるところはロズンのすぐ近くになるらしい。寄ってみるか?」
予想外の嬉しい提案だが時間的余裕はない事が悩ましい。
「そうだね! 少し行ってみよう。もしかしたら何かいい情報が手に入るかもしれないしね」
「ロズンには一度だけ行った事がある。あまり覚えていないが独特の文化がある所だ」
ハクレイも反対ではないようなので立ち寄る事にする。
独特の文化、ガロが言ってた失われた文字に関係があるのかな
アウリスはガロの言葉を思い出しながらロキとハクレイの三人でロズンに向かった。