獣子師
久しぶりに温泉街でゆっくり過ごしたアウリス達は、目的地であるロズンに向けて出発した。清々しい空気と暖かい陽を浴びて、見渡す限り広大な平原はのどかな気分を感じさせる。
「ここにいると、今もどこかで争いが起きているなんて思えないね」
遠くに見える羊の群れを見ながらアウリスは体を伸ばしている。
「そうだな! 街の中以外はあまり人を見かけねえし、ここは動物の方が多いよな。 人が集まるから争いが起こるんじゃねえか?」
「ふん、お前にしては珍しくまともな事を言ってるな。しかし、人は集まって生きるもんだからな」
ロキが感心したようだったがライは心外だとばかりに顔をしかめて抗議する。
「おい、俺はいつだってまともだぜ! 人をバカみたいに言うなよな!」
「バカじゃなけりゃあの武器屋で目を輝かせて伝説の剣だのとは言わねえよ!」
ライの反論にロキが馬鹿にしたように言葉を返す。
「そ そうだな……あのばあちゃんは怖かった……」
「あれ? ハクレイの帽子は買わなかったの?」
後ろを歩いているハクレイが長い黒髪をそよ風になびかせているのを見てアウリスが尋ねた。
「ああ、あいつはどの帽子も似合いすぎて余計に人目を引いてしまうんだ。全く度が過ぎるんだよ」
呆れているロキに対してハクレイはすまなさそうにしている。
「ロキ様! 姉様は何も悪くありません! 溢れる高貴さはとどまることを知らないのです!」
誇らしげにリンが胸を張っていた。元々明るい性格なのかハクレイが笑顔を見せるようになってからはずっとこの調子である。
「おい! そっちじゃない! こら! 言うことを聞けー!」
どこからか声が聞こえたかと思えば遠くからアウリス達の所に向かって一頭の大きな猪が走って来る。それを追うように後ろから同じ大きな猪に跨がった少年が前を走る猪に叫んでいた。
「こっちに来るぞ!」
ロキが叫ぶ間にも猪はどんどん近づいてくる。近づいてみれば予想していたよりも余程大きい。
「あんなの直撃したら死んじゃうよ!」
「散らばれ!」
焦るアウリスの声をかき消すようにハクレイが叫ぶと、弾かれたように皆がそれぞれ違う方向に走り出す。バラバラになれば狙いが定まらずに迷うと思われたが、猪は迷う事無くライに突っ込んで行く。
「俺かよ! こんっのやろー!」
両手を前に出したライが体の重心を低くして迎撃態勢をとった。
両者の距離がゼロになる。
ガシッ
吹き飛ばされるかと思いきやライは、猪の下顎から上に向かって生えた牙を掴んだまま後方に押されていく。
「うおおおおっ!」
どんどん後ろに押し込まれて両足から凄い勢いで砂煙が上がった。しかし後ろ向きに進むその先には大きな岩が待ち構えている。このままいけば激突するにしろ挟まれるにしろ無事で済むはずがなかった。
「ライ!」
アウリスが叫んだその時、
「うがーーっ!」
猪の巨体を持ち上げて宙に浮かせると、そのまま後ろに投げ飛ばした。
ドーン
「おおおおお!」
猪が気絶していることを確認するとアウリス達四人はライの勝利に拍手を送った。
「へへへっ! 楽勝!」
「おーい! 大丈夫かー!」
そして、同じ種類の猪に乗った少年が慌てたように叫びながら向かってくる。アウリス達よりも幼いその少年は近くまで来ると、猪から降りて謝罪をする。
「ごめんなさい! お兄さん達、怪我はない?」
「ああ!大丈夫だ!お前の猪か?」
「うん!僕の名前はリューマ!獣子師をしてるんだ!」
「獣子師?」
アウリスは聞きなれない言葉で何の事か分からなかった。
「ああ!色々な獣を人間の命令を聞くようにして売る職業さ!」
「へえー!そんな職があるのか。ハクレイは知ってたか?」
今度はライが興味津々だった
「ああ、移動だけなら馬が扱いやすいが場合によっては騎獣の方が役に立つ。獣子師の人口はヨリュカシアカでは割と多いのだ。確か州候が奨励して、色々と支援をした結果が人気職として定着させたという話だ。有名な獣子師は飛竜でさえも扱うと聞いた事がある」
ハクレイの話にリューマが目を輝かせた
「僕はパトミリア様と喋った事があるんだ!お父さんやお母さんの為にもいい獣子師になりなさい。って言って貰ったんだ!僕のおとうも獣子師なんだよ!今はおとうが病気だから僕がズールの世話をしてるんだ!」
大きな猪はズールという種類らしい
「まだ小さいのにしっかりしてんな!」
ライがリューマを褒めた時にのどかな風景に場違いなヨリュカシアカ兵士達五人が現れた。騎馬兵二人と歩兵三人の構成だ。
「こっちに近づいて来るね」
アウリスがヨリュカシアカ兵を見ながら言った。そして、アウリス達の前で足を止めた
「お前達!その獣を徴収する!大人しく渡して貰おうか」
「えっ!どういうこと?!渡さないよ!」
リューマが反論したがアウリス達とリューマ自身も事態が掴めない
「州候の命令によりヨリュカシアカ州全域で全ての騎獣を徴収することとなった。拒否することは認めない。」
横暴過ぎる
所有物を突然奪うような事があるのか
拒否も出来ないなんて馬鹿げてる
アウリスに怒りの感情が沸き上がってくる。
「兵隊さんはズールをここまで育てるのにどれだけの時間とエサがいるのか知らない。大変なんだよ! 絶対に渡さない!」
「ならば仕方がないな。お前を反抗したとして連行する」
その時、ロキがリューマの肩を掴み、後ろに下がらせる。
「悪いけどこの二頭は今俺らが買ったんだよ!俺らはヨリュカシアカの人間じゃねえ。マリオールからわざわざ買いに来たのさ。あんたらの受けた命令はヨリュカシアカの人間に対してだろ? 命令違反になるんじゃないのか?」
「なっ!…それが本当かどうか怪しいものだ。証明書を見せろ」
明らかにヨリュカシアカ兵は動揺していた
「ほらよ、これはマリオールの商売権利書だ。信じる信じないはあんたらの勝手だが今、取り上げられたら俺らは訴えるぞ!」
「くっ!早くその獣を連れてマリオールに帰れ!」
ヨリュカシアカ兵はそう言い捨てると去っていった。
「ロキ? マリオールから買いに来たって?」
「ああ、あれは嘘だ。証明書は役所から買った商売権利書だが、期限は切れている。まあそこは誤魔化すつもりだったがな。まああいつらが気に入らなかっただけだ。」
「お兄さん達ありがとう!」
悪戯っぽく笑みを浮かべたロキに対してリューマは涙を浮かべて感謝の言葉を言った。
「いいんだ。それより早く売ってしまわないとまたあいつらが来るぞ」
「そうだね、でももう少し教え込まないといけないんだ。キチンとした騎獣を売って喜んでもらうのがおとうの教えだからね」
幼いなりにプロの心構えを叩き込まれている事には感心するが、一度だけで終わる筈がない。ロキの経験上ああいう事は最後までやり過ごすのは並大抵の事ではないと思っている。今回はたまたま上手くいったが、次にどうなるかまでは責任も持てない。それを言ったところで心構えは変えられないかとロキは苦笑する。
「そうだ! お兄さん達うちに来てよ! 何もお礼出来ないけど香茶を出すから!」
すっかりなつかれたアウリス達はリューマの家に行くことになった。
「ただいま!」
リューマの家は質素な生活をしているのであろうと容易に想像出来るほど、最低限必要な物しか置いていなかったが、所々に置かれた花瓶に飾った黄色い花が明るい雰囲気を醸し出していた。
「おかえり! あら? どなたかしら?」
リューマのお母さんであろう女性が、隣の部屋から出てくるとリューマがその手を握ってブンブンと振り回す。
「おかあ!この人達は兵隊さんたちがズールをとろうとしたんだけど助けてくれたんだ!」
「それは、ありがとうございました。私はリューマの母のトゥネです。狭い家ですがゆっくりしていって下さいね」
その時にトゥネが出てきた部屋からゆっくりとした足取りで体の具合が悪そうな男が出てきた。首もとが緑色に変色している。
毒か…
ロキは首もとの色を見て、おそらく身体中に症状が出ているだろうと推測した
この毒に効きそうな解毒薬は今、手持ちにないな…
「無事だったか。君達が助けてくれたんだな。ありがとう。さっき見舞いに来てくれた同業の仲間から物騒な話を聞いてね、リューマの事を心配していたんだ。リューマ、これからはズールを渡せと言われたら大人しく渡すんだ」
「なんでだよ! そんなことしたらおとうの薬が買えなくなるよ!」
「仲間が断って殺されたんだ。わざわざ死ぬことはない」
男は自分の病気を治すよりもリューマの事が心配なのだった
「そんな…」
「俺はロキだ。ムトールから来た。さっきも兵士が言ってたが、あんたが聞いた物騒な話というのは軍が無理矢理に騎獣を徴収してるって話なのか?せめて買い取ってくれないのか?」
「ああ、対価もなしにたくさんの仲間が根こそぎ持っていかれている。反抗すれば連行されるか殺されるかだ、俺達は獣を育てて生計を立てている。取り上げられたら死ねと言われているようなものだ。いや、もうどちらでも死ぬことになるな…渡せば飢え死にして、渡さなければ斬り殺される。州候が変わってからおかしくなってしまった。仲間は決起して州候を討つようだ。どうせ死ぬなら俺も加わる所だがあいにくこの体でね、戦うことも家族を守ってやることも出来ないんだ」
男は沈痛な面持ちで言った。
「州候を討つ? 無謀にも程があるぞ。これだけ無理矢理な事をしてるんだ。反乱が起きる事なんか分かっててやってるはずだ。死にに行くようなものだぞ」
沈痛な面持ちの父親言葉にロキが呆れたように言う。相手は軍を動かせる州侯だ。民が決起してどうにかなるものでもない。騎獣を無理やり集めているのは分かるが、長期的に見れば悪手だ。何が目的かは分からないが碌でもない事を考えてるのだろう。それは分かっているとばかりに両親とも諦めにも似た色が顔に滲み出ていた。
「どのみち死ぬと分かってて皆は計画している。もう本当にどうしようもないんだよ」
「そんなのダメだ! 他に方法を探さなきゃ!」
男の投げやりな言葉にアウリスはどうしても納得出来ない。何故こんなことを平気で出来るのか、当然のように幸せを壊すなどという権利を持っていいわけがない。悔しくてもどかしい感情を察してかライがアウリスの肩を叩く。
「要は今の州候が悪いんだろ? 前の州候に戻せばいいんじゃねえか?」
「それはなかなか容易ではないな。パトミリアは捕らわれ、ヨリュカシアカ州軍は一度解体されて再編成されている。それも今の州候、それより上の中央の意図が動いてるのだろう。今思えば我らも何かの謀略に嵌められた節がある。急造の軍隊はさほど脅威ではないが中央から騎士団が来ている事が裏付ける事になるな。
パトミリアを州候に戻すというのは、王国に逆らって独立するようなものだ。今度は王国軍がやってくる。軍を持たないパトミリアは今度は処刑されて、見せしめに多くの人達が殺されるだろうな。それに今まではパトミリアを人質にして不平不満を抑え込んでいたのだろう。無理を押し通してきたということは、何かの準備が整ったか、パトミリアが不要になったのかもしれないな」
ライの提案にハクレイが予想を述べた。不可能ではないが被害が大きすぎるゆえに簡単ではいかない。
「ムトールに事情を話して助けてもらおうよ! ラムザさんならきっと分かってくれると思う!」
「それも難しいんじゃないか? あそこも王国に逆らった事になるから王国軍に備えているがヨリュカシアカに兵を送る余裕はないはずだろ。まあだからこそ助けてくれる可能性もありそうだが」
アウリスとロキにもこれといった名案が浮かばない。そこにリンが加わった。
「ではパトミリア様をムトールへ連れていってはどうでしょうか? 今は人質の状態ですから無事だと分かれば、たくさんの協力が得られるのでは?それにヨリュカシアカをどうするのかは当人に決めてもらわないといけませんしね。ついでにラムザ様の意見も聞けるならその方がよろしいかと」
「兵の中から味方が増えれば、今の州候を追い出す事も無理なことではないな。あとは王国軍を退ける為にはムトールと結びつけるしかない。両側から圧力を加えられれば時間は稼げるだろう」
「おいおい、そんな大きな話をここで勝手にしたところで前の州候がどんな人物かもわからねえし、賛同しないかもしれないだろ?」
なんとなく上手くいきそうなリンとハクレイの案だと思うロキだが、不確実な要素ばかりで全面的に賛成しづらい。だが見出だした可能性に場の空気が変わっていくのを感じる。
「パトミリアは信用してもいい人物だが、よいのか?そこまで干渉すれば今後王国に狙われ続ける事になる」
「うん、でも今出来る事をしなければ僕は何のために旅をしているのか分からなくなるから」
「狙われ続けるなら俺が全て斬り伏せてやるから安心しろよな!」
「はあ、お前らはお気楽になんでもかんでも首を突っ込むからな。もう諦めた」
アウリス達の返答にハクレイは小気味よい気分になる。
「そなたらはそういう考え方が出来るのだな。そうでなければ私に関わるなどしなかっただろう。私も命を救われた恩がある。仲間達の捜索の傍らで良ければ今回の件、協力しよう。リン、よいか?」
「はい!どこへでもお供します!」
「へへへ! んじゃパトミリアを救出するか!」
「決まりですね」
全員の気持ちが一致したところでアウリスはリューマの父達を止めなければと行動に移す。
「あのっ、ええと…」
「ああ、リュークだ」
「リュークさん、僕たちがパトミリアさんを救出するので早まった行動はしないように皆さんに伝えて下さい」
「一体何を言ってる。君達は早くこの地を離れた方がいい。もうここはダメだ」
「諦めちゃダメだ! それはやってみなければわかりません!皆さんが傷つくのを止めたいんです! もう少しの間だけ待って欲しいんです!」
「いや、しかし君達が何をしたところでどうしようもないだろう。それにまだ君達は子供じゃないか。早くここから……分かった。私から皆に言ってみる」
あまりにも真剣に訴えかけるアウリスに、リュークは気圧されたように黙ってしまった。だがやがて何とかしてもらえるならとすがる気持ちで提案に乗ることにした。それを聞いたアウリスは力強く頷く。絶対にリューマを悲しませないと。
「よし!作戦会議だ!」
いよいよ張り切った声でライが両手をあげたのだった。




