一緒に
「ただいま!」
アウリスがロキがいる宿の部屋に入ると、待っていたロキに笑顔で言った。
「おう! 遅かったな、って! 何があったんだ」
ロキはアウリスに背負われた気を失ったライとリンに肩を借りた血まみれのハクレイを見て驚く。誰一人として無傷な者はいなかった。
「まあ、色々とね。ロキ、ハクレイは悪い人ではなかったんだ」
何が何だか分からないがロキは清々しい笑顔のアウリスを見て苦笑した。
「フッ、みんなボロボロじゃないか。傷を診てやるよ」
「世話になる」
「リンと申します。姉様が無事だったことは皆様に感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」
「まっ まあ、とにかくだ、ライをそこのベッドに寝かせて隣の部屋にハクレイを寝かせてくれ」
ロキが順番に手当てを行った。
翌朝になってもライとハクレイは目覚めなかった。二人とも疲労が極限に達していたのだった。
ガチャ
ロキがハクレイの眠っている部屋に入った。
「どうだ?」
ハクレイが眠る横で椅子に座っているリンに話しかける。
「まだ眠っておられます」
暗く沈んだ表情のリンが答えた。もはやこのまま目覚めずに息を引き取るのではないかと不安で仕方がない様子である。
「そうか、傷は深いがそのうち目が覚めるだろう」
ロキはそう言って窓際にある机の椅子に腰かけた。
「アウリスから少し話を聞いたが大変だったんだな」
ロキは込み入った話はさせるつもりはないが気を遣う気持ちがあった。
「はい。姉様は突然実父のリハク様を亡くし、悲しむ時間を許されないまま一族の為に頭首として矢面に立たれたのです。楼の卑劣な罠に苦しみながらもこうして生きておられた事は本当に奇跡です。そしてみなさんのお陰です。ロキ様達には本当に感謝をしております」
「いや、いいんだ。まああの二人も満足しているさ。俺は隣にいるから何かあったら呼んでくれ」
そう言ってロキはアウリス達がいる部屋に戻った。その日はライとハクレイ二人共に目覚める事は無かった。
「腹へったー ! 」
ライの声でアウリスとロキの目が覚めた。アウリスがベッドから下りてライのベッドの横の椅子に座った。一つの部屋にベッドが二つしかないため、一人は椅子で眠ることになるのだがロキが「本を読むからベッドを使え」と言ってくれたのでアウリスは甘えさせてもらったのだった。ロキは椅子に座ったまま、体をライに向けた。
「体の具合はどうだ?」
「ああ! 腹が減っていること以外は絶好調だ!」
「ライ、いつも助けてくれてありがとう」
「へへっ! 気にすんなって! いつでも助けるぜ!」
改まって感謝されると照れてしまうらしくライは、はにかみながらも満足そうに右手の親指を立てた。それぞれが会話を交わした後でハクレイの様子を見てから飯を食べに行こうということになった。
コンコンッ
「どうぞ」
リンの声がした。
ガチャ
ロキは女だけの部屋にアウリスとライを連れる為にノックした後に入った。
「おはよう」
ハクレイは少し前に目が覚めていたのかベッドの上で上半身を起こしていた。その姿はなんとも儚げで窓から差す光がハクレイの美しさを際立たせていた。リンは昨日と同様にハクレイの横の椅子に座っている。もしかしたらベッドで眠らず椅子にずっと座っていたのかもしれない。
「ハクレイ、体の具合はどうだ?」
ロキがライと同様にハクレイにも聞いた。
「傷は痛むが問題ない。世話をかけたな」
「ハクレイ、リン、おはよう!」
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶が済んで、ハクレイがライに尋ねた。
「ライ、お前は雷帝なのか?」
「へっ? 雷帝? なんだそれ?」
「その双剣、ラスティアテナなのだろう?」
これにはライが驚いた。まさかラスティアテナを知る者がこんな所にいるとは思わなかった。ラスティアテナの村の掟は厳しく、その存在を知るものなどごく限られていることはライでさえよく分かっていた。
「ラスティアテナを知っているのか!」
「父上から聞いたことがあるのだが双剣を使うラスティアテナの戦士で雷を纏う事を雷帝降臨と言い、それが出来る者は雷帝と呼ばれているのだそうだ。私が見たそなたが正に雷帝なのだと思っただけだが」
「雷帝……聞いたことがないな。まっ! 出来るようになったのもアウリスと旅に出てからだし、何故かアウリスが危険な時にしか出来ないんだよな。まっ、ラスティアテナは王の剣だしな! 少なくとも俺の中の王はアウリスなんだ。だから、俺はアウリスをこの国の王にするつもりさ!」
「ちょっ! ちょっと待ってよライ! そんなことは全然考えてないってあの時も言ったじゃないか!なんで僕が王になるとかそんな話になるんだよ」
慌てて会話に入ったアウリスだが。
「アウリスを王にか……」
ハクレイはアウリスとライのやりとりを面白そうに見ていた。不思議な縁で知り合った者達、真っ直ぐな心に強い意志、驚くほどの武力を持つ若者。そして夢を持って生きている。内容は突拍子のないものだがほんの少しだけ心に光が差した気がした。
「それより飯行こうぜ! 腹が減って死にそうだ!」
もう待ちきれないと言わんばかりに急かすライだがハクレイはまだ動けなかったので買い出して部屋に持ち込んだ。食事をしながらこれからの事を話し合った。
「ハクレイ達はこれからどうするの?」
ライが忙しく口にパンや肉を運び続けている横でアウリスが尋ねる。
「リンのように生き残れた者を探そうと思っているのだがリンが探してくれた中ではこの周辺での手がかりはないようだ。散り散りになってでも生きていてくれればいいのだが……今はまだ何をどうするかも思い浮かばない。暫くはとりあえずリンと生き残っているかもしれない仲間を探してみようと思う」
そう言ったハクレイの隣のリンが嬉しそうにハクレイを仰ぎ見た時にハクレイがリンを見返した。
「じゃあ僕たちと暫く一緒にいないかな? 次はヨリュカシアカのロズンって所に行くんだけれどせめて完治するまでロキと一緒にいた方が安心だと思う。仲間を探すのに何か力になれるかもしれないしさ。」
突然のアウリスの申し出にハクレイは困惑したが、ヨリュカシアカのロズンの方面ならば奇跡的に生き残った誰かが移動する可能性の高い地方だと思えた。
「特に断る理由はないが君達はそれでいいのか?」
そう言ってハクレイがロキとライ、リンの順に見渡した。
「モグモグ、いいねー! モグモグ、人数が多い方が楽しいし、伝説の剣も、モグモグ、見つけやすくなりそうだしな! モグモグ」
「全くお前は…… まあ俺も構わないぜ。治療も最後まで診てやれるしな」
ライは楽しそうに、ロキは呆れ顔でライを見ながら意思をつたえた。
「私は姉様と一緒ならどこへでも!」
リンの瞳に強い意思を感じてハクレイは小さく頷いた。
「では暫く世話になる」
「やったね!」
その時、部屋が明るくなった気がしたのは窓から入った日差しだけではなく皆の心がそうさせたように思えた。次の目的地は当初の予定通りヨリュカシアカ北東のロズンではあったがアウリス達が今いる場所からはセキレイと真逆の方角に位置していた。
ハクレイが出来ればセキレイに行って死者を弔いたいと言い、これには全員一致で賛成となったが、ロキがハクレイの体の具合を心配して、もう一日だけこの街で療養してから出発しようということになった。
ロズンには一体何があるのだろう
アウリスは不安もあるが皆と一緒ならきっと楽しいだろうと胸を弾ませるのであった。