正統継承者
捕らわれたアウリスを見るライとハクレイは動けずにいた。拘束するクロウという男はどう見ても殺すことを躊躇うようなやつではないと見抜き、迂闊に動けなかった。その様子を楽しんでいるクロウはさらに面白くなりそうな事をおもいつく。
「おい、二刀流の小僧。お前がその女の首を斬ればこいつを解放してやるぞ。それどころか無事にここから帰してやる。どうだ?いくら貰ったのか身体を買ったのかは知らんが報酬をやってもいいぞ」
反吐が出るほどの言葉とその表情にライは虫酸が走るが意を決して提案を出す。
「ハクレイ、アウリスを助けたらあとの奴ら一人でいけるか?」
ライの提案に意外というよりはアウリスを解放する手段が思い付かなかったハクレイだが、それさえクリア出来るならと驚いた表情から一転して気をみなぎらせる。深く頷くと迷わず答えた。
「無論だ!」
「よし!」
ライが言うのと同時に瞳に紋章が浮かび上がる。セムネア対戦中に起きた現象なのだが、あれからライがどうやっても再現出来なかった。理屈では分からないが今、ライは再び出来ると確信していた。
「うおおおおおおおおおっ!」
ライの体から放電されたように電撃が走り、辺りは閃光で明るく照らされる。
バチバチバチバチッ
「うおああああああ!!!」
一際大きな雄叫びで四方に雷が放たれ、周囲に走った電撃が収束すると、ジリジリと小さな雷を纏う薄青く光を放つライの姿がそこにあった。
まさか! 雷帝降臨なのか!?
ハクレイは目を見開いていた。そして、楼の者達も明らかに動揺している。
「なっ!なんだあれは!」
クロウが驚きの言葉を放った瞬間にクロウの刀が腕ごと何かに弾かれた。
なんだと!!
ほぼ残像でしか確認出来なかったがクロウはライの姿を見たのだった。元々の互いの距離は瞬時に埋まるものではなく、まして楼の戦士が間にいるにも関わらずここまで到達してきた。
いつの間に!
バチバチッ
何かを考える間もなくクロウは背中を斬りつけられて体中に雷の衝撃が走った。
「グハッ!」
クロウが地面に膝を着いたときにはアウリスを抱えたライがすでにハクレイの立ち位置よりも後方に移動していた。
「ハクレイ!」
はっ!
アウリスの叫びにハクレイが我に返った。そして怒りや悲しみを含んだ全ての感情が爆発する。
「楼の者共! この身が朽ち果てようともお前たち全てをここで討つ」
叫んだハクレイが左手の指で身を滅ぼすと言われた禁術の印を結ぶ。
ビュンッ
一筋の光がハクレイから真上に上がり空に刺さった瞬間、回避不可能な光の矢の雨が降り注ぎ、敵に突き刺さっていった。
「馬鹿な!」
クロウは一つの都市を制圧出来る程の戦力を持つ大半の味方がやられた事に驚愕した。
ハクレイの口から勢いよく血が吹き出し、全身に走る激痛に片膝をつく。更にハクレイが違う印を結ぶとハクレイの手から大量の光の矢が生存する敵を次々に貫き、残るはクロウだけとなった。
凄い……
アウリスは目の前の出来事に瞬きすら忘れていた。
「あっ……有り得ん……化物め!」
その者暗闇を身に纏いて星の矢降らしあまねく全てを撃ち滅せん……お前が お前がそうだというのか!
クロウは認めたくない現実を突き付けられたのだった。彩の正統後継者、それが目の前のハクレイであるという確証などない。だが、何故か伝承を連想させるハクレイの姿にどす黒い感情がクロウの心を埋め尽くす。右耳と左腕、右足首を吹き飛ばされて喪失した痛みよりもその存在を拒絶する意識が上回っていた。
「お前が……お前みたいなものがいるから俺達は……そうだ……お前さえいなくなれば……フェッフェッ……」
瞳孔が開き気の触れたクロウが刀を杖がわりに片足を引き摺ってジリジリと迫りくる。しかし、ハクレイは更に血を吐き、眼からも血が流れている。更には応急処置をしたはずの傷が開き身体の下には血だまりが広がっていた。血を流し過ぎており瞳に光はなく、ピクリとも動かない。
正統後継者。蓮になる前の彩という国で伝承された物語に出てくる技は伝承されてはいるが誰も習得した者も見た者もなく、リハクから伝承の為にと教わった印、それをハクレイが結んだときに異常事態が発生した。光の矢が暴走し、ただの一度の発動で周囲を破壊し尽くしてハクレイ自身も血を吐き三日間昏睡状態になった時にリハクから二度と使ってはならないと言われていたのだった。
「終わりに……してやる……」
ハクレイが最後の気力を振り絞ってゆっくりとどうにか立ち上がるとよろけながらクロウに近付いていく。クロウもまた刀を引き摺りながらハクレイへと距離を詰める。両者の間合いに入った時、クロウが大きく刀を振り上げる。
ザンッ
クロウの刀が振り下ろされる前にハクレイがクロウの首から膝にかけて一閃した。クロウの狂相がさらに歪んでいく。対するハクレイの顔は真っ青であった。ゆっくりとクロウが地面に崩れ落ちて、口元をガクガク震わせている。
「クロウ……お前を殺しても皆が生き返る訳ではないがせめてお前の首を届けよう……地獄へ落ちろ」
ザンッ
はっ!?
ハクレイがクロウの首を飛ばしたその瞬間に、アウリスが走り出す。
「ライ! お願い!」
アウリスはいまだ放電を続けて静かに立っているライに叫んだ。
間に合うか?! ハクレイはおそらくもう……
アウリスは短いが果てしなく遠い距離に思えるハクレイとの距離を全力で駆けた。ハクレイはその場で地に両膝を着き、目を閉じてゆっくりと刀身を両手で握りしめて切っ先を喉元に向けた。
父上……母上……ギョクレイ……皆……今から私もそちらに……
ライが状況を理解すると姿を消した。
ハクレイの手に力がこもり、刀の切っ先が首に触れる瞬間。
キンッ
ライの剣が刀を打ち、ハクレイの腕が横に弾かれた。ライはハクレイの近くに着地した所で気を失って倒れた。刀を手放さなかったハクレイはライの姿に目を見開いたがすぐに目を細めて先程より速く刀を突き入れるその時。
ザッ
首に突き刺さるはずの切っ先が動かなかった。その切っ先はアウリスの手によってしっかり握られて血が滴り落ちている。
「ハクレイ! 死んじゃダメだ!」
「少年! 放してくれ! 私には生きる資格がない」
「そんな事はない! 絶対に死んではいけない!」
「頼む! 死なせてくれ! 私だけが生きてどうするというのだ! 皆死んでしまった! 父上も! 母上も! 仲間たちもギョクレイも! みんなだ!」
「でも! ハクレイが死んじゃダメだ! 死んだ皆はハクレイが死ぬことなんてきっと望んでいない!」
「お前に何が分かる! 放せ!」
「放さない! 僕には分からないかも知れない。だけど! 大切な人を失う悲しみは知っている! だから僕は、この世界で起こる悲しみを消したいんだ! ハクレイの悲しみは止めることが出来なかったけれどハクレイには死んでほしくない……」
アウリスは次第に自分で何を言っているのか分からなくなり、次の言葉に詰まると今にも泣きそうな顔になっていた。
「少年……」
悲しみのない世界……
ハクレイにはアウリスが眩しく見えた。アウリスが言っている事は子供の戯れ言でしかない。しかし、何もかも諦めてしまっている自分よりは余程何かを成し遂げそうな気にさせる。
少年の気持ちを踏みにじる事になるがそれでも……
「すまないが私にはもう生きる希望がない。もう……」
「姉様!」
その時、遠くから黒装束を着た者が駆けてくる。
「まさか! リンなのか!」
リンとはギョクレイと同じ年で、二人はよく遊んでいた。そんなリンをハクレイは実の妹のように可愛がり、ハクレイをリンは実の姉のように思っていた。
リンがハクレイの前でひざまずいた。
「姉様……よくぞ……よくぞご無事で……」
リンのその後はもはや言葉にならなかった。ハクレイはようやく刀を手放すとリンを強く抱き締めた。
「リン! よく生きていてくれた……私は………すまない……すまない………」
二人は抱き締め合いながら涙を流していた。
もう安心かな
アウリスはライに駆け寄った。ライは気を失ったままだった。
ライ、本当にありがとう
アウリスはライを背負ってハクレイの所に近づいた。
「ハクレイ、僕達にはまだまだ出来る事がきっとあると思う。だから……生きて欲しい!」
アウリスは笑顔で右手をハクレイに差し出した。
「私は……これから何を……」
出会って初めて、弱々しくも微笑んだハクレイがゆっくりとアウリスの手を掴んだのだった。




