彩の末裔
アウリス達はハーマストという隣接した地域に向かっている。ドウシンからクロウは舟宿にいると聞き出すと、ハクレイは舟宿があるのはそこしかないとの事であった。ハーマストは大きな河に沿って栄えている街で、中でも有名なのは河に幾つも並べている宴会場を兼ねた宿泊施設である大きな舟だった。この舟宿は人気が高く、その理由は貸し切ることが可能な高級宿で、贅沢な料理や酒、芸者を呼んだりと自由に楽しむことが出来るのであった。その舟宿の一つにクロウ達がいた。中では宴が開かれており、一族の長年の悲願であった蓮を潰すことが出来たということで大いに騒いでいた。
これからは俺の時代だな
いつになく上機嫌であったクロウは、これから訪れる自身の輝かしい未来を思い浮かべるだけで笑いが込み上げてくるのであった。当然祝いの酒も存分に味わい、気分は今までで一番いいと断言できる。酔いが回った部下の悪ふざけがエスカレートして会場で暴れまわっている事さえ寛大に見過ごしているほどだ。そんな祭りじみた会場に切迫した雰囲気の負傷した者達が入ってきた瞬間にその場は静まりかえる。
「なに! ハクレイが生きていただと。しかもドウシンを殺してこっちに向かっている?」
傷だらけの楼の者の一人が先程の戦闘から逃げて、クロウに報告をしていた。それを聞いたクロウは凶暴な目つきに変わり、余興が出来たとばかりに笑いながら立ち上がる。
「ハッハッハ! ドウシンを始末する手間が省けたな。褒美に今度は息の根を止めてやろう。よし! お前達出るぞ!」
クロウという男は楼の里に住む戦士の両親を持つ、里の中では平凡な家で育った。幼い頃から周りの大人が洩らす蓮に対する恨みの言葉を日々聞いていた。陰の仕事を生業とする蓮と楼は商売敵ともいえるのだが仕事依頼の比率は蓮が多く、楼は少ない。報酬が得られないために貧しい暮らしをする。それは全て蓮が悪いのだと言う。王国の依頼はまず蓮に行く。その評判により有力者からなどの依頼も蓮が先となるのであった。それから蓮の手が回らなかった依頼だけが楼に下りてきた。何故楼より武力の劣る蓮ばかり優遇されるのか疑問であったが、ある者は蓮の頭領が各方面に賄賂をばら蒔いているだとか、またある者は蓮の中に彩の正統な継承者がいるからだという。
その者暗闇を身に纏いて星の矢降らしあまねく全てを撃ち滅せん
とは里に残る彩の伝承の一文である。
ふん、正統継承者は化物なのかよ。嘘くせぇ
クロウは嘘の伝承話なんかより、どちらの力が強いかということしか興味がなかった。元を辿れば、蓮と楼は彩という同じ一族だと聞いた。何故二つに離れたのかと聞くと彩の一部の者が周りの人達を出し抜いて、王に近づき今の蓮の基盤を作ったらしい。(実際は全くの逆の事を現在の楼の祖先が実行したが失敗に終わり、王国軍と蓮の者たちに制裁されていた)
クロウは成長するにつれ、同じ一族の出でありながら、楼は貧しいのに蓮は大きな土地を与えられ街を作り、そこに移り住んだ者達から慕われている現実が許せないと思うようになった。剣術を学ぶようになると、クロウはその頭角を現した。そして大人になると、蓮に対する嫉妬は憎悪に変わり、いつか楼と蓮の立場を逆転させてやると口に出すようになっていた。クロウの憎悪に周りの者は期待感を高めて、先代の楼の頭首が蓮を恨みながら亡くなると、周囲から担ぎ上げられて頭首となった。
そして今、最後の蓮の生き残りを始末して滅亡させることが出来るという先代までの楼の頭首が誰一人成し得なかった偉業を達成するのだ。
クロウは河沿いの舟宿の密集地域から離れた開けた所で待ち構えるべく、指示を出した。日はすでに傾き、辺りは少しずつ色を失っていく。
フフフ、早く来い
静かな河の近くで黒い装束の集団が蠢いていた。
アウリス達三人が歩く先に、集団が見えた。ロキのいるトーレの宿からさほど離れていない場所にハーマストの地域があるのだが途中でハクレイが気を失って倒れてしまい、意識が戻るまで休息を取りながら歩いてきた。道すがら事情を聞いても答えてはもらえなかったのだが、アウリスはハクレイという人物が悪人ではないと確信していた。口数は少ないというよりは無言なのだが行動の節々にこちらを気遣ってくれていることが分かった。ならば余程の事情があり、無理をしてでも為さねばならないことがあるならばその手助けをしようと強く思ったのだった。
「さっきと同じ奴等か!数が多いな!」
別段恐れる訳でもないライはいつもと変わらない調子だ。
「戻るなら今の内だぞ?」
「大丈夫、それよりもハクレイの怪我の方が心配だよ」
怪我の痛みで歩調が乱れているハクレイの問いかけにアウリスは苦笑する。
「奴を殺せたら後は何も望むものはない」
その言い回しの言葉はもはや勝つにしろ負けるにしろ生き残るつもりがないようにアウリスには聞こえた。
「ハクレイ……」
いよいよ敵の声が届く距離となり、同時に相手の顔も見分けられる距離となった。
「待っていたぞハクレイ、ん? マスクを取ったのか? これは驚いた。マスクの下の顔がそのような顔と知っていたなら傷など付けず妾にしてやったものを……」
「クロウ! 皆の仇を取らせて貰う」
「ハハハハハッ! この人数が相手では寝言にしか聞こえんぞ! なんだ? 仲間が出来たのか? その美貌でたらしこんだか! ハッハッハ!」
クロウの不快な笑い声にアウリスとライは顔をしかめた。
次の瞬間、クロウが何かを投げてきた。アウリス達の前方近くで地面に落下すると筒状の物から凄い勢いで煙が四方に爆散する。
煙幕か!
「この場所から急いで離れろ!」
ハクレイは敵の飛び道具の的になる危険を察知して二人に叫んだ。今いた場所から斜め後方に向かって走って前転し、煙の外にハクレイとライが飛び出る。
「アウリス!」
煙が薄くなった場所でクロウに背中から両腕ごしに体を片腕で拘束されて、首もとに刀を突き付けられたアウリスがいた。
「ハハハハハッ!また同じ展開だな!」
クロウは高笑いしながら後方にアウリスを引き摺って下がる。
クロウとハクレイの間に楼の者達が割って入った。
「ぐうっ! 離せ! 同じ展開だと」
「ああそうだ! あいつの一族を皆殺しにした後、お前と同じようにこうしてあいつの妹を人質にしてやったのだ。そうすると馬鹿なあいつは何も出来ずに俺の斬られるがままになったのだ! 妹など見捨てていれば何人かは道連れに出来たかもしれんのにな! ハッハッハ!」
そうだったのか! 卑怯者め! くそっ!
「ハクレイ! 僕の事はいいから! こいつを殺るんだ!」
「ふん、調子に乗るなよ」
クロウが刀の柄でアウリスの頭を打ち、意識を混濁させる。
「ぐうっ」
ハクレイの体が怒りで震えていた。同様にライもクロウを見据えて声をかける。
「アウリス! 今助けるからな!」