私闘ゆえに
ハクレイは建物の上から見下ろすドウシンと対峙していた。死んだはずが助けられて機会を得た。だがそのことに何の感情も沸き起こらなかった。嬉しくも悲しくもない、ただ全てを奪った敵を全員殺すことだけを考えている。
「あれからよく助かったものだな。クロウ殿に死亡を確認してこいと言われて行ってみれば、姿が消えていたのでどこかに逃げたのかと肝を冷やしましたよ。そちらから来てくれて手間が省けたというものです。さあ、貴方の首を貰い受ける。早く宴に戻って酒を煽りたいのでね。おい!」
ドウシンの号令により楼の者が辺りからぞろぞろと現れた。分かっていたことではあるが敵の数が多すぎる。
「瀕死の怪我を負っているのは変わりないが油断はするな! 全員でかかれ!」
それぞれが動き出した時、遠くから名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ハクレイ!」
街の中のほとんどの場所を探し尽くしたアウリスは、半ば諦めかけてた所で遠くにハクレイの姿をようやく見つけて駆けつけたのだった。
少年!
ハクレイはアウリスを見たがすぐに斬りつけてくる敵の対応を追われた。アウリスも攻撃対象と認識されると、瞬く間に囲まれてしまうがもとより加勢するつもりのアウリスはすぐさま剣を抜き放つ。
「こいつらがハクレイの敵なんだね!」
アウリスが敵の刃を剣で受け、斬り返しながら言った。
「ああ、だが少年! 今すぐ逃げろ!」
もはや感情を失ったかのように思えたハクレイだが予想外の展開が瞳に力を灯させた。自分を助けてくれた人間を巻き込みたくはない。お陰でドウシンを討つチャンスを貰ったのだから。
「こんな人数、ハクレイが殺されてしまう! 僕も手伝わせてくれ!」
殺される事は構わないと思うハクレイだがアウリスはそうさせまいと必死になる。今ならまだアウリス一人くらい逃がす事は出来ると思ったが楼の精鋭部隊はそれほど甘くはなかった。それもそのはず、そうでなければ蓮の仲間達が殺される事などなかったのだから。そんな楼の連携した息をもつかせぬ攻撃が二人に襲いかかる。ジリジリと包囲は狭まり、突破するにも困難極まる。 楼の練兵は思った以上に高かった。その時、遠くから走ってくる人影をアウリスの視界が捉えた。
「ライ!」
アウリスはライだと分かると歓喜した。自分一人では厳しくてもライがいればもう大丈夫だと確信するのであった。
「うおおらあぁ!」
ライは走りながら双剣を抜刀すると、そのままの勢いで前を阻む敵四人を斬り飛ばした。その光景に誰もが驚愕する。ライはそのまま走り抜けてアウリスの前で立ち止まり、何やら気まずそうにボソボソと喋り出す。
「アウリス、あのな、これはその、外に出たら暇すぎて遭遇したらたまたま……えっと、なんだっけ?」
せっかくロキから教えてもらった言い訳が台無しであったがアウリスには気持ちが充分伝わり、それに対して笑顔で答えた。
「ありがとう!」
「よ よっしゃー!んじゃ暴れるとするか!」
パッと顔を輝かせたライは一気に闘志をみなぎらせる。それは目に見えるのではないかと思わせる威圧感を撒き散らせた。ラスティアテナの闘気法はアウリスにさえ緊張を走らせる。次の瞬間、凄まじい踏み込みで距離を詰めると手近な敵から爆発的に斬り飛ばしていった。
「なんなのだ! こいつらは誰だ!」
ドウシンは予想だにしていなかった展開に混乱していた。楼の精鋭が次々に倒されていくなど何の冗談だと、瀕死のハクレイの首をただ持ち帰るそれだけのはずが得体の知れない二人に楼の部隊が崩されていく。明らかに劣勢になりつつある状況なのである。
「手ぶらで戻れるか!」
ドウシンが建物から飛び下りるとハクレイと対峙する。ハクレイはドウシンと相対したまま横目で暴威を奮うライを見た。
この少年、使い手だな
双剣を自在に操りながら敵を倒していくライと思った以上に善戦するアウリス、思わぬ援軍にハクレイは勝機を見出だす。
「ドウシン! 覚悟はいいな」
目の前に来たドウシンに向かってハクレイが叫んだ。
「ふん、知っての通りに私は蓮の精鋭ですよ。手負いの貴方に負ける道理はない!」
ドウシンが踏み込んだ。右手に順手、左手に逆手の両手に短刀を持つ変わった構えだがこれで数多の敵を葬ってきたドウシンは必殺の連撃を繰り出す。
キンッ
刀で受けたハクレイにドウシンのもう片方の短刀が反対側から横に迫るが、受けた短刀を押し返し瞬時に返す刀でドウシンの二撃目を跳ね退けると三撃目に迫る振り上げも防がれる。
わずかにドウシンの顔が引きつった。刃渡りの長さが短い分、太刀より短刀の方が振り回す速度が速くなるのは当然であった。間合いの範囲と威力に差が出るが今は互いが接近しており、ドウシンの短刀の間合いで、しかも短刀の二刀流であるにも関わらず、それを防ぎきるハクレイの刀を振る速度というのは異常であった。
次はハクレイが跳ね退けた後の刀をドウシンの肩に振り下ろし、それを短刀で受けられた時には既に下から切り上げていた。かろうじてドウシンがそれを短刀で防ぐと、次にはもう顔面に刃が迫っていた。
ザンッ
ドウシンは頬と鼻筋を横一文字に斬られて後ろによろめいた。
速すぎる
手負いとはいえ、ドウシンの勝てる相手ではなかった。ドウシンが顔から血を流しながら一旦間合いをとろうと下がる間にもハクレイから必殺の剣撃が繰り出される。
ガガガザンッザシュッ
ドウシンが死にものぐるいで両手の短刀を振り回したが四撃目と五撃目でドウシンの体が十文字に斬られて倒れた。
「クロウはどこだ?」
ハクレイは倒れたまま目を見開いているドウシンに問う。致命傷を負って呼吸は荒く、まばたきもせずに空の一点を見ている。
「フフっ 殺されに行くのか? 奴は近くの舟宿にいる……あと少しで俺は……何故お前のような……」
「お前の裏切りは決して許されん。向こうで父上と皆に詫びろ」
歪んだ表情のドウシンが喋り終わらない内にハクレイが首を斬り飛ばした。アウリスとライも周りの敵を倒した所であった。
「何人か逃がしちまったぜ! で? 次はどうする?」
慣れた手つきで剣を収めたライがハクレイに尋ねた。
「加勢してくれて感謝する。お陰で仇の一人を倒すことが出来た。あとは一人で行くから帰ってくれ。これは私闘なのだ」
ハクレイはまだ気を張った表情でアウリス達に告げると身を翻して歩き始める。一陣の風がハクレイの長い髪を揺らめかせた。
「ハクレイ、邪魔はしない。だから一緒に行かせて欲しい」
「ダメだ」
アウリスの申し出をハクレイはにべもなく断る。そしてふと思う、何の利もないはずなのにどうしてついてこようとするのか。一体何の狙いがあるのかと。
「何故そのように私に関わるのだ?」
「それは、ハクレイがとても寂しい目をしているから……放っておけないんだ。それに僕がそうしたいんだ」
真剣に答えるアウリスの真っ直ぐな視線を受け止めて、数秒考えた後、小さく息を吐く。
「はあ……どうせ断っても付いてくるのだろう? だが一つだけ約束してくれ。命の危険を感じたらどのような状況であれ逃げて欲しい。絶対に死なぬようにな」
そう言ったハクレイは寂しい目をしていながらもとても優しい顔をしていた。
「よっしゃー! 決まりだな! 行こうぜ!」
そして三人はクロウの所へと歩き出したのだった。