慟哭
「とうとう一人きりになってしまったな。もう少し楽しませてくれるものだと思ったが、案外蓮の者は不甲斐なかったようだ。ハッハッハ」
街道に沿って流れる川を挟んでハクレイと楼の者達が対峙した。先頭のクロウがこの場にいる全員に聞こえるよう大きな声で嘲ると、勝ち誇った顔で悠然と立っている。そして、静かに二人を大きな輪で囲むように多数の楼の者が配置を完了すると、武器を構えた。やがて闇に染まった夜にこの場にいる全ての者を拒絶するかのように強い雨が降り始める。
「ギョクレイはどこだ!」
「フフフ、そう焦るな」
「どこだ!」
ハクレイは無駄な会話をするつもりなど無かった。すぐにでもギョクレイを助け出して仲間の元に戻る。時間の余裕など皆無だった。
「ふん、退屈な女だ。おい!」
!?
ギョクレイ! ドウシン!?
クロウに呼ばれて出てきたのはロープで縛られたギョクレイを引き摺ったドウシンだった。その事にハクレイはどういうことなのか理解するまで時間を要した。悲壮な表情のギョクレイは口元にロープを咬まされているがハクレイへと必死に呻いている。ドウシンがギョクレイの口元のロープを乱暴に外す。
「姉様!」
「ギョクレイ! ドウシン何をしている! 早くギョクレイを連れてこい!」
今まで姿が見えなかったドウシンだったが、単身で救出に出たのだと思っていた。しかし、クロウに呼ばれてドウシンがギョクレイを引き摺り、クロウの横に立って……
「ハハハハハッ!お前は馬鹿な女だ! ここまで上手く事が運んだのは何故だと思う? 分からないか? 私が楼の手引きをしたからだ!」
「なっ! 何を…… そうか…… そういう事だったのか……」
ハクレイはドウシンの言葉に愕然とした。
「ハクレイ、何をしている!馬を降りて武器を捨てろ!お前の妹がどうなってもいいのか!」
クロウがハクレイに向かって怒鳴った。ギョクレイの首元には鈍く光る短刀がドウシンにより突き付けられている。
おのれ……
「早くしろ!」
再びクロウが怒鳴った時にハクレイは刀を抜いた。その瞬間、ドウシンが手に力を込めることによりギョクレイの首に刃が食い込んだ。
「うぅっ」
ギョクレイの声と共に首から一筋の血が流れていく。
「待て!」
それを見たハクレイは叫ぶと同時に馬を降りて武器を前に放り投げた。地面に転がった刀は寂しく雨に打たれる。
堪らず顔を綻ばせたクロウが川を飛び越えると憎悪の目を向けているハクレイに近づく。
ドスッ
「あああぁぁっ!」
クロウの刀がハクレイの身体を貫いた。
「いやああああ!姉様!!」
恐慌状態に陥ったギョクレイは泣き叫ぶ。その声にクロウは愉悦を全身で感じるとハクレイの身体から刀を抜き、次に肩を貫いた。
「ああぁぁっ!」
そして、クロウは肩から刀を抜き、反対の肩から腹にかけて斬りつけるとハクレイが崩れ落ちた。
ううぅっ
ギョク レイ……
倒れたままギョクレイを見たハクレイだが視界が霞んでいく。
「おい、やれ!」
クロウがドウシンに向かって発した言葉にハクレイは絶望する。
や やめてくれ どうかそれだけは……
ふと幼い頃からのギョクレイとの思い出が次々にフラッシュバックする。姉様姉様といつも笑顔で後ろを付いてくるギョクレイ、一生懸命に時間をかけて花飾りを作ってプレゼントしてくれたハクレイ、いつでも慕ってくれる存在。どれもこれも愛しい思い出が記憶の海から波のように終ることなく押し寄せる。それでも霞んだ目はドウシンに捕らわれたギョクレイを見続けている。
ギョクレイだけは助けてくれと叫びたいのに声が出ない。口を開いては閉じることを繰り返すのみであった。そして、無情にもドウシンの短刀がギョクレイの首を切り裂いて力なくギョクレイの体が崩れ落ちた。
ああああああああああああっ
ううぅっ ううっ ……ギョクレイ……
「夜叉姫と噂は聞いていたのだが、所詮はただの小娘だったな。急所は外してある。全てを守れずに失った愚かな自分を呪い、血を流しながらゆっくり死んでいけ」
そう言い捨てたクロウは笑いながらその場にいた全員と去って行った。残されたハクレイは動けずにただ遠くなる意識の中でじきに命が尽きることを知りながらも誰一人守れなかった罪に押し潰されて、早く死んでしまいたいと願ってしまった。
あぁ…… みんな…… すまない……
雨に打たれて倒れたまま、ハクレイは気を失った。そしてこの後、アウリス達に助けられる事になる。
「はあ はあ、どこに行ったんだ」
飛び出したハクレイを追いかけようと外に出たアウリスだが、どこに向かったのか全く見当がつかなかった。
あの傷じゃまだそんなに遠くに行っていないはず……
日が昇り街の中央部の周りには往来する人々が徐々に増えてきている。騒ぎが起きていないということは、まだ無事ということか人がいない場所で事が起きてるかどちらかなのか。アウリスは走りながら人通りのない場所を探し始めた。
ガタガタガタガタ
しかめっ面のライが椅子に座ったまま、落ち着かない様子で踵を床で鳴らしていた。ガタガタと大きくはないが決して無視出来ない音量が部屋の中で鳴り響き続けている。
「うるせえな! そんなに気になるなら追いかければいいだろ!」
机に座って本を読んでいたロキだったがガタガタとあまりにもうるさい音が邪魔をして読書に集中出来ず、堪らずにライに言い放った。
「だっ だってよー、行かないってさっき言っちまったし、追いかけていってもなんて言えばいいかわかんねえしよー」
ガタガタガタガタ
踵を床で鳴らしながら困り果てた表情でライが答えた。それに対してロキは呆れて溜め息がこぼれる。
「お前は何かをするのにいちいち理由がいるのか? それなら待つのが暇過ぎて外を出歩いていたらたまたま遭遇したとでも言えばいいだろ!」
「おっ! おおお! ロキ! それだ! お前頭いいなー! よーし! それで行くぜ!」
すっかり元気になったライはすぐさま外に出る支度を整えると勢いよく入り口の扉を開けた。
「お前がバカなだけだ。まったく……」
「へへっ! んじゃ、行ってきまーす!」
そう言ってライは、部屋を飛び出して行ったのだった。