レト村
「いらっしゃい」
「薬を売ってるのかい?」
「ああ、頭痛、腹痛、風邪薬、色々あるぜ。欲しい薬があったら聞いてくれ」
マキナ亭の店の前で薬の露店を開いているのはいつもと雰囲気が違う明るい表情のロキだった。どうやらレトには薬を売る店が無いらしく、薬を求める人が徐々に集まってきている。
「体力が付く物はあるかい?」
「増強剤だな、一本10ジルだ」
「傷薬くださいな」
「はいよ、20ジルだよ」
「この近くで薬を手に入れるにはポーランまで行かないといけないからねえ、助かったわ」
集まった人達とうまくコミュニケーションを取りながら言葉巧みに商品を売りさばいていく。
「ここの薬はちゃんと効くんだろうな」
「おっさん、騙されたと思って使ってみなって、俺が作ったお手製は効き目が違うぞ」
ロキの作る薬はどの街でも評判が良く、しかも価格は相場の半額以下で売っている。採算度外視というわけではないが、ロキより安く薬を提供する店は少なく、時には医者がまとめ買いをしていくこともあるのであった。
村の中を案内しているアウリスは、普段あまり見せない笑顔で接客するロキを遠目に見て感心していた。
うわぁ、営業スマイル。いつもと全然違うね
それからマキナ亭をあとに遠ざかると村の中にある小さな雑貨屋に向かった。すると途中で村の子供達がケンカをしている様子が遠くに見えるとローネがため息をつく。
「あの子達またケンカしてる、ミラ! 行くよ!」
ズンズンと歩きだしたローネにミラが後ろをついて行くのだった。その後ろ姿を見ながらライは笑っていた。
「いい村だな! みんな温かい」
「そうだね、僕はここに住む人達が好きなんだ。悲しい事を起こさせないように強くなりたいと思って旅に出たんだ」
「確かにこんな優しい人達が悲しむ姿は見たくないもんな! ラスティアテナの村もいい所なんだぜ、アウリスが来た時はすぐに追い出されちまったから、見てないだろうけどな! ハハハ!」
清々しくライが笑うのは、アウリスがガロに言われるがままにラスティアテナの村を初めて訪れた時、何が何だか分からない内に村長に追い出されてしまったことを思い出してのこと。
「次はライが僕を案内してよ。またラスティアテナに行こう!」
「ああ! そうだな! その時は任せとけ!」
二人はミラとローネに合流するとまた村を歩き回り、ロキを迎えにマキナ亭へと戻り始めた。
日が暮れる頃にミラとダンガスが住む家へ到着すると、皆で夕食を作りはじめた。仕事から帰ったダンガスと一緒に夕食を食べながら、アウリスとミラの小さな頃の話で盛り上がった。それからダンガスが当然のように言われて一晩泊まっていくようになった。
「二階の部屋が一つ空いてるんだけど、ライが使う? ロキは私の部屋に来る?」
「えっ!?」
ミラの提案にアウリスとライが顔を見合わせて驚く。ロキは別段驚くこともなく普通であったが、二人の驚きようにミラの表情も引きつった笑顔に変わっていく。
「えっ? あれっ? 私、変なこと言っちゃったかな?!」
急に全員の視線を一身に受けることになったミラは、動揺していた。それを横目にロキが口を開く。
「ライ、お前はアウリスの部屋に行け」
「えっ? ああ、いいぜ! ハハハ! 部屋を独り占めしたいのか?」
「そうだ。悪いか? いいから行け」
「わ、分かったよ」
ロキの気迫に圧されたライがアウリスと一緒に部屋へ向かっていく。そのあとロキはミラに案内されて、二階の空き部屋に入る。
「あのねロキ、ロキって女の子だよね?」
気付いてたか……まあ普通は気付くよな
「ああ、そうだ。だが心配するな、ミラからアウリスを盗ったりしない」
「えっ?! いや! そんなっ!? そうじゃなくって、あの……何で隠してるのかなって……」
ミラが手を振りながら顔を真っ赤にして慌てている。分かりやすいミラの心情を察するロキは、
「別に隠してる訳じゃないんだ。あいつらが勝手にそう思い込んでるだけなんだけどな。あとは商売するのにはそのほうが都合がいいだけだな」
それを聞いたミラは、アウリスとロキの知り合った経緯は昼間に聞いてはいたのだが、それまでも自分と年の近い女の子とは思えない人生を過ごしてきたのだと察した。
「そうなんだ……変な事聞いてごめんね」
「いいさ、別に隠すつもりはないがこの事をあいつらには言わないでおいてくれないか? 変に気を遣われるのもイヤだしな」
「分かった。じゃあゆっくり休んでね。おやすみ」
「ああ、ありがとう。おやすみ」
ミラの足音が遠ざかると、ベッドで横になったロキは天井を見上げながら小さく呟く。
別に女だと明かしてもいいんだけどな
そう思ったロキだったが、今までの旅の中でライが姉に下半身を丸裸にされた事や様々な出来事を思い出すと顔がひきつり大声で叫びそうになる。
今さら言えるか! 知らん! もう寝よう!
ロキは体を回転させると枕に顔をうずめて眠りについたのだった。
翌朝、ロズンに向けて出発をするアウリス達を、ミラとローネが村の入り口まで送ってくれた。
「次に来た時は、私が美味しい料理を作ってあげるから楽しみにしておきなさい!」
自信満々な様子のローネが腰に手を当てて笑顔で言いきる。
「ローネの料理かあ、楽しみだな! また来た時はよろしくな!」
すっかりレトの村を気に入ったライは、大きな鞄を担ぎ直しながら応えている。
「アウリス、気を付けてね。ロキ、また来てね! ライもまた来てね」
一夜明けてからミラとロキの距離が縮まった気がしたアウリスだったがそれ以上に深く考えることもない。
「うん、ミラも体には気を付けて。じゃあ、行ってくるよ!」
お互いに手を振って、レトを離れたのだった。