敗残兵
「食料もたんまり買ったし、もう怖いもんなしだな!」
太陽が真上に昇った暖かな陽気の中、アウリスとライとロキの三人は次の目的地に向かっていた。ムトール州都ダムタールから延びた街道は整備されていて歩きやすい。出発してからそれなりの距離を歩いたが、郊外にまで道の整備が行き届いているようだ。それはムトールの統治が良い証拠であった。膝を抱えれば人がすっぽりと入りそうな大きな鞄を背負いながらライは踊るように歩いていた。昨日まで昏睡していたとは思えない足取りで、鼻歌でも歌い出しそうな程である。セムネアの一戦で意識を失い昏睡状態だったが、宿のベッドで目を覚ましたライが、ゆっくり体を起こして発した第一声は
「腹減った」
であった。意識を失ってからずっと眠り続けており、目が覚めた時にはどこか体に異常はないか、周りが心配したのも杞憂に終わる。大きく腕を伸ばして皆を見回すと、今すぐ飯を食いに行こうと言い出したので、そのままアウリスとライとロキとライの姉のカイナの四人で昼食を摂ることとなった。宿の近くにある店で、これでもかというほど色々な物をライは食べ尽くした。その姿を見て安心したのかカイナが村に帰り、アウリス達は旅の為の買い出しに出た。すると、道中で食料が無くなるのは嫌だと言って、ライはロキが承諾するまで拝み倒し、荷物を受け持つ事を条件に許可が下りるとあれやこれやと食料を買い漁った。そうすれば今度はそれを持ち歩けないという事で鞄屋に行き、買ったもの全てが入る鞄を買ったのだった。
「ライが背負ってる鞄、ロキのリュックの五倍は大きいね」
アウリスも最低限で日用品や、夜営する為の物などを入れたそこそこ大きな鞄を背負っていたが、ライが背負っているのは鞄というよりは馬車に乗せるような荷袋を無理矢理に仕立てたようなものだった。それを平然と背負って歩くライにアウリスとロキは半ば呆れながらも感心している。
「まったく金を貰ったからって買いすぎなんだよ。まあ、お前らが頑張った分の報酬だから今回だけは許してやるけどな」
今朝ダムタールから出るときに門番兵に呼び止められた。何事かと思えば、誰かを呼びに行った様子で次に現れたのはムトール州軍隊長のジレイスがだった。
「ラムザ様からアウリス達にと預かったものだ。旅にはお金が掛かるものだから持っていきなさい」
とずしりと重たい革袋を渡されたのだった。ラムザというのはムトール州の州候で、街の人達からの評判がいい人物らしい。成り行きで知り合うことになったのだが、まさか報酬まで貰えるとは思ってもいなかった。先日のセムネア戦における功績に見合ったものらしく、旅の資金に不安を感じていたので有り難く頂戴することにしたのだ。
「それにしても、金貨二十枚なんて有り得ない額だぞ。よく州候なんかと知り合えたものだな。まず会おうとしても会えないものなんだぜ?」
「知り合えたのは偶然だと思うよ。ジレイスさんに感謝しないとね。えっと、次の行き先なんだけど、二人ともレトでいいの?」
「俺は全然構わないぜ。アウリスが住んでた所を見るのも面白そうだしな!」
とても楽しみにしているライには申し訳ないが、アウリスからすればダムタールに比べて田舎過ぎるレト村では期待外れになりそうだ。
「目的地はヨリュカシアカ州のロズンだよな? 地図で見たらレト村の場所はロズンに向かう道からそこまで外れていない。少し遠回りするだけで寄れる所だからな。別に急いでる訳じゃないし問題ないだろ」
ガロが教えてくれたロズンが属するヨリュカシアカ州は、ソルテモート州の南に位置する農業と畜産が盛んな土地である。土地面積はソルテモート州の二倍以上あるが、その半分は山林部となっている。昔は遊牧民の部族がいくつか存在していたが、山間部で暮らす部族とまとめあげた人物により国を興したのが始まりだった。いくつかの歴史を経て現在はハルト王国に属するヨリュカシアカ州となっている。ロズンという村は、ヨリュカシアカ州と言っても端の地でありソルテモート州からいくらも離れていない。
「なあロキ、レトまでどれくらい歩くんだ?」
「ああ、まだムトール州から出てないから、歩き通しで三日ってとこだな」
行商で各地を回っているロキは大まかに距離が分かるらしく、地図を見ながら予想している。そんな中、アウリス達の前で道を塞ぐように農作業用の倉庫の物陰から出てきた二人組の男が立ちはだかった。
「僕ちゃん達、荷物が重そうだな。俺達が貰ってやるから置いていけよ」
あぁ…… またか……
先程もこのような輩に絡まれたばかりだった。ムトール州境で起きたセムネア戦の時に逃走したバラン州軍の兵士だったが、戦いが終わったにも関わらず、自分の州に戻らない者も多かった。そういった連中は元々がならず者で故郷に戻ることなど考えずにそこら一帯で野盗と化していた。戦が終わったばかりでムトール州軍の巡回や取り締まりの手が届かずに、好き勝手に暴れる野盗達を排除出来ないでいた。戦争とはその時に勝った負けたで終わるものではないとアウリス達が思い知らされている所だった。今目の前にいる二人組も軍の装備を崩した格好で、奪ったものであろう帽子や衣類を身に付けている。品のない言動を向けてくる中、ライが荷物を丁寧に降ろす。
「物分かりがいいガキだな。よーし、いい子だ、お前ら二人も早く降ろせ」
呆れた顔をしたアウリスとロキの横でライが面倒臭そうにゆっくり前に進む。
「なあ、おっさん達よぉ相手を良く見てから絡めよ。あんたらの相手するだけでもこっちは腹が減るんだぞ」
「ライ、放っておいたら他の人が被害に合ってしまうよ」
まるで脅威ではないと感じさせる会話に二人の男達が逆上する。ただの子供が怯える様子もなく、完全に舐めていると分かる。少し前まで戦場にいたのであろう男はすぐに殺気を露にする。
「てめえら!」
男達が動き出そうとするその瞬間にライが剣を抜き放ち、二人の男の髪を凄まじい手数で切り落としていった。あまりの剣速に男達は動けないまま髪の毛だけがハラハラと切り落ちていく。
「ハハハハハッ!」
「ロキ、笑っちゃ悪いよ」
大声で笑うロキを笑うのを堪えたアウリスが窘めるが、元々ボサボサの長髪だった男達の髪型が二人揃って四角くなった姿は、アウリスとしても笑わないようにするにはかなりの努力が必要だった。
「ひぃぃぃっ!」
顔を同時に見合わせた二人は、悲鳴を上げながら我先にと逃げようとするが、その前に剣の柄で殴られて気絶する。倉庫にあったロープを拝借して二人を縛った。行く先で通報するつもりでそのまま放置する。
「なかなか同じにするのは難しいな」
とんでもないことを言い放つライにアウリスとロキは唖然とする。
「えっ? 全く同じだったよ。ねえ?ロキ」
「ああ、そうだな」
「違うぞ! 右の男の左上の角が少し丸かった」
「分からないよ」
「分からん」
アウリスとロキが思わず声を合わせる。そして、暫く歩いた先でまた同じような輩に遭遇してはまた同じ目に合わせたのであった。
「このままあの髪型の男達が増え続けたらこの国で流行するかもしれないぞ」
心底呆れたように笑うロキとは裏腹にライが突然何かを思い付いたように目を輝かせた。
「そうだ! 流行に乗ると確か人気者になれるんだよな? アウリス、一緒にやるか?」
「ぜっっったいイヤだ!」
「ハハハッ! だよな!」
アウリスとライの髪型が四角くなった想像をして、三人は大いに笑ったのだった。
「それにしてもこのままじゃ、なかなかレトに着かないよ」
「じきにああいった連中は居なくなるさ、そろそろ日が傾いてきたな。寝床を探さないと」
日が落ちだした空を見てロキが言った。