勝利のあと
アウリス達はロキが待つムトール州都ダムタールの宿へ到着した後、借りた部屋のベッドにライを寝かせていた。今はロキが付きっきりで面倒を見ている。
「それにしても二人ともよく生きて帰ってこれたな。さすがに今回は戻らないかもしれないと思ったりもしたんだが、まあ無事で何よりだ。こいつも大丈夫だ。俺はこれでも医術の心得も多少あるんだぜ。本で得た知識だがな」
ここに着いた時は、かなり緊迫した状況だったがロキが手際良く応急処置を施し、安静に出来る環境も整えてくれたのだった。
「まだ目覚めるまでには時間がかかるだろうから外に出ててもいいぞ。ジレイスはもう帰って来てるんだろ? 顔見せてやれよ。ライの姉さんも気分転換に外に出ればいい。ライは俺が見ておくから」
ロキの申し出にアウリスは甘えることにした。あれから突然戦場を離れて心配をかけているかもしれない。
「ありがとう。じゃあジレイスさんに会ってくるよ」
アウリスはガロに目配せをすると二人揃って宿を出た。カイナはここに残ると言って動かなかったので、ロキが異変があったら教えてくれと言うと本を読み始めた。それは医術に関する本だった。カイナはベッドの側にある椅子に座り、ライの顔を見て、目に涙を浮かべている。
全く、無茶して……
部屋の色がゆっくりと変わっていくことに気付いたカイナは、窓の外に視線を移すと空が茜色になっていた。長い1日を思い、しばらく空を眺めていたのだった。
「友達が出来たんだね」
ジレイスに会いに行く道すがらアウリスは今までの出来事をガロ話したり、ガロから色々と聞かれたりしている。一緒にいた頃はそこまで会話をすることはなかったのに今は何故か自然と言葉が連なっていく。
「うん!ガロに聞いてほしいことがたくさんあるんだ」
歩きながらアウリスとガロは途切れることなく、これまでの事をお互いに話し出した。
ラスティアテナ ガトーの家
「そうか、クルガとドゥトラ、タルテとヨークが死んでしまったか……」
「はい。ゲルケイルの強さは予想を遥かに上回っていました。私が不甲斐ないばかりに四人を死なせてしまった……本当に情けない」
ゲインは涙を流していた。ガトーはゲインが泣いた事など今まで一度も見たことがなかった。幼い頃両親を亡くした時からだろう。右手で妹のカイナと手を繋ぎ、左手で赤ちゃんぐらいのライを抱いていた時の目はすでに心の中に強い気持ちが芽生えていたのかもしれない。どんなときも気を強く持ち、皆を支えてきた。
それが今、嗚咽を漏らして泣いていた。
「ゲイン、自分を責めるでないぞ。皆、それぞれ自分のやるべき事を理解してそれを全うしたのじゃ。そして、その礎によって我らが生かされておることを忘れなければよいのじゃ。」
ゲインは言葉が出ず、深く頷いた
「爺、俺は皆を守るためにもっと強くなりたい!」
強い決意と気迫に満ちていたゲインの目に、ガトーはあることを思いついた。実際にはずっと考えていた事だが時期を見計らっていたのだった。
ゲインならもしや……
「とにかくじゃ、今日は家でゆっくり休め」
そうしてラスティアテナにも夜が訪れた。
王都 ロージリア 王宮
「今一度言ってみろ」
「はっ! セムネアの地にてムトール軍とバラン軍の戦闘の末、バラン軍が壊滅しました!」
「なに? バラン軍が壊滅だと?」
王の間にてセガロは終決したばかりの報告を受けていたのだが待っていた報告とは違い、思わず聞き直してしまう。なにしろ勝利の報告が来るものだと疑わなかった。その報告によりこの国が我が手の内に入るということも。
「圧倒的な兵力差があったと報告を受けていたんだぞ! それが壊滅とはどういうことだ!」
「はっ! 開戦当初は大差にてバラン軍がムトール軍を圧倒しておりましたがソルテモート軍の援軍にて戦況が覆り、壊滅となりました!」
「ソルテモート軍だと!」
ソルテモートに送った使者の報告ではソルテモート軍はムトール軍の背を討つという事だったはずだった。挟撃ともなれば間違いなくムトール軍を完膚なきまでに叩けると納得していたのだが、反対にバラン軍が挟撃を受ける事になるとは思いもしなかった。
あの使者は責任を逃れるために嘘の報告をしていたのか……
許せん
「ソルテモートに送った使者を見つけ出して殺せ ! おのれムトールにソルテモートめ! 許さんぞ!」
怒りを露にしたセガロに報告兵は怯えていた。今すぐにでも全軍でもってムトールとソルテモートを粛清しようと思い立つ。
しかし、今は、各軍を動かした直後であり、再び動かすことは容易ではない状況だった。
準備が整い次第撃滅してくれる
ダムタール ムトール州候邸宅前
「ここだよ」
ガロが会話をしながらも案内してくれた場所は、アウリス達が一度来たムトール軍施設の近くにある建物だった。前に来たときと違っていたのはこの周辺にはソルテモート兵とムトール兵で溢れかえっていた事だった。戦場から戻った兵達はひとまずここに集まっているのであろう。それぞれが少なからず負傷しており、痛々しい姿の者もいたが皆の表情は明るかった。
「アウリス!」
どこからか聞き覚えのある声を掛けられて、アウリスが振り向いた先にレト村のトーマと村の若者達がいた。懐かしい顔ぶれがそこにあり、村以外で会うことが不思議な気分にさせた。
「ガロさん、今晩は!」
「やあ、今晩は」
トーマはアウリスが住んでいたソルテモート州の中のレトという村にいる若者である。村の中では人一倍正義感が強く、有志による自警団の若手リーダーとして村の皆から信頼されている
「トーマ! どうしてここに?」
「へへっ! ソルテモートが平和だったのはムトールが戦ってくれていたお陰だって聞いてな、今回ソルテモート候の号令でムトール軍の援軍に出兵するっていう話で世話になったトトさんから声がかかったのさ。それで俺がレトの若い奴らを誘ったんだ。 ん? お前も傷だらけじゃないか、戦場に行ってたのか?」
「うん。僕はムトール軍の中にいたんだ。トーマ達はこれからどうするの?」
「ああ、今夜はここで夜営してから明日の朝、ソルテモートに戻るらしいから一緒に戻ってレトに帰るよ」
その時、遠くから大きな声がかかった。
「おーいトーマ! 飯にするぞ!」
声の主はソルテモート軍の年輩の軍曹のトトである。
「行かなきゃ! じゃあなアウリス! ガロさん! また!」
お互いに手を振ってトーマ達は人混みに消えていく。
レトの皆も戦ったんだ。なんだか嬉しいや
「幸い皆、軽い怪我で済んでいたみたいだったね。じゃあアウリス、行こうか」
二人は衛兵に許可をもらってムトール候邸宅に入って行った。