光明
「うおおおおおおおおおぉぉぁ!」
バリバリバリバリッ
体から途切れることなく現れる雷が、ライの周りで放電している。
ラ イ ……
ぼやけた視界の中のライを見てアウリスは膝を落とした。何が起こっているのか分からないがただ見ていることしか出来なかった。
「なんだこれは!」
ゲルケイルは未だ見たことがない状況に目を見開いている。ラスティアテナの技のなかでこのような現象を起こすものなど見たことも聞いたこともない。
雷を纏っているのか……
ラスティアテナの奥義は剣先に雷を纏うことが最終にして最強だとしていた。
しかし、目の前のあれは……
おのれガトーのやつ、俺に技を隠していやがったのか
今度聞き出してやる
そして、ライが静かに立ち上がる。体から発生している雷は少し収まったように見えるが周囲にはいくつも走っている。
バリバリッ
いつものライとは纏う雰囲気が全然違っていた。逆立った髪は薄く青みを帯びて淡く光っている。両の瞳には文字でもなく絵でもない紋章が浮かび、ただ前を静かに見ていた。戦場の中にいるにも関わらず静寂さが漂う異質な空間がそこにあった。
「ゲイン!」
「ああ! あれは一体……」
ゲインとカイナは近づきつつあるライの姿を見て驚愕していた。
あんなものは見たことがない。しかし、ガトーが言ってた身を滅ぼす。という話に何故か結び付ける。
「あれは危険な気がする……カイナ、急ごう」
「ああ!」
二人はバラン兵をすり抜けてライの元へ加速した。
ライが静かに顔の向きを変えた時に、ゲルケイルと目が合った瞬間。
ゾクゾクッ
俺が……気圧されただと!?
ゲルケイルが驚くと同時にライの姿が薄くなる。
残像か!
見えた訳ではないが僅かな気配のする方へ直感的に剣を受ける体勢を向けた先には既にライが斬りだしていた。
速ぇ!ぐおおおぉっ !
バンッ
剣を受けた刹那、ゲルケイルの体全体に雷の衝撃が走る。
ぐはっ!
バリバリバリ
そして、次の瞬間にはライの姿を見失い、いつの間にか背後に回られたゲルケイルは背中を斬られて倒れ伏した。そのままライの動きは止まらず、瞬時に移動するとアウリスへカタールを振り下ろしていたマダラの首を飛ばしてからアウリス達を囲んだバラン兵を瞬く間に殲滅したのだった。一瞬にしてアウリスとライ以外の周囲の者が倒れていく光景を目にしたゲインとカイナ、そしてバラン兵はただ絶句する。そして、アウリスの側で動きを止めたライは放電し続けていた雷が消え失せるとそのまま気を失い、倒れ込んだところでアウリスの腕に支えられた。
「ラ イ……」
受け止めたアウリスも支えきれずにそのまま地面に腰を落とす。
ライ、ありがとう……守ってくれたんだね……
今からは僕がライを守るよ……
戦意はあるもののアウリスの意識はほぼ失われていた。
「アウリ 我 のか……」
まただ……前にも聞こえた声
「誰だ?」
周りには敵しかいないはずなのに名前を呼ばれた気がして問いかけた。
「聞 え のか? ……しか な ……」
途切れ途切れの言葉を理解出来ずにいるまま、それから声は聞こえなくなった。
なんだったのだろう、幻聴なのかな……
もう死んでしまうってこと……
体に力が入らない……でも……諦めちゃダメだ……
命が尽きる最後まで……
その時、二人の元にゲインとカイナがようやく辿り着いたがすぐに大量のバラン兵に囲まれてしまう。それでも二人は無事とはいえないかもしれないがひとまずライの元へ辿り着いた事に安堵する。そして、守るように双剣を構えた。
離れた所にある激戦区のムトール軍も壊滅寸前であった。もういくらも経たない内に陣列が崩壊して無惨な事になるだろう。それをバラン軍後方の本陣で感じ取ったバトロスはようやく勝利を確信して近くの椅子に仰け反るように腰を落とした。
「なんだってんだ! もう少しでこっちがやられる所だぞ! 全く情けねえ」
開戦当初は圧勝間違いないと思われたが現在残った兵は、開戦前の二割にまで数を減らしている。面白くないとは思うがどうにか任務を果たせることに満足していた。
今夜は浴びるほど酒を飲んでやる!
あとは残る敵を処理して終わりだと、バトロスはほくそ笑んだのだった。
「カイナ! 二人を守りきるぞ!」
ゲインは意識を取り戻さないライのことは気になったが、今は押し寄せる目の前の敵から二人を守ること、それに集中することを余儀なくされる。考えたくはないがこの状況からの生還率が決して高くないことは嫌でも分かる。自分の命と引き換えでもライとカイナ、連れてきた仲間達を一人でも多くラスティアテナに帰したい。四方八方から押し寄せる大軍に決死の覚悟をした時、
ドバババババッ
突然炎の柱がゲインの前方に幾つも吹き上がり、押し寄せてきたバラン兵が爆散する。次に後方から押し寄せる敵を新たな火柱が飲み込んだ。凄まじい熱量が吹き荒れ、火の粉が降る中を何かが駆け抜けてくる。それは馬に騎乗した男だった。その男はアウリスの前で止まると馬から降りると、アウリスの目線まで腰を落とす。濃緑のマントに大きな帽子を被った男だった。
「よく頑張ったねアウリス」
「ガ ロ…… ? ガロ!」
よく知ったその声に顔を上げたアウリスが目にしたのは、やさしく微笑んだガロだった。
「もう心配いらないよ」
その言葉の後、周囲のバラン兵が後から続いた騎馬隊によってバタバタ倒されていく。
「ガロさん! 俺は敵将を討ってくるぜ!」
「ああ、気を付けるんだよ」
「楽勝!」
赤い鎧のラズベルがピロモコを止めてガロと声を掛け合うと、嬉々として剣を掲げながら敵陣に突っ込んでいった。そして、ローレンスもガロの元へ到着する。
「どうにか間に合いましたね!じきにソルテモート軍も到着します。私はムトール軍の救援に向かいます」
「うん。気を付けて」
次に緑の鎧に身を包んだローレンスと騎馬兵六騎はムトール軍の方角へ馬で駆けていった。
「お前は……」
ゲインが見覚えのある男だと気付く。それは一度だけラスティアテナの村に訪れて数度言葉を交わした記憶によるものである。
「久し振りだね。ラスティアテナが動かなければ僕達は間に合わなかったと思う」
ガロはゲインに答え、カイナに会釈した。そこで、ミリア率いるソルテモートの大軍が戦場に雪崩れ込み、アウリス達の横を駆け抜けて行った。ジレイスも剣を持ったまま左腕の傷を押さえながらアウリス達の側へと近寄る。
「二人とも無事で良かった! どなたかは存ぜぬが御助力深く感謝します」
ジレイスがアウリス達の無事を心から喜んでくれて、ゲインとカイナ、ガロに向かって感謝を述べるとくるりと身を翻した。
「いまだ我が部隊が戦っていますので、後程お会い出来れば幸いです」
そう言うとジレイスはまた馬に跨がり、ムトール軍の所へ向かっていった。ひとまず安堵したアウリスだが状況は悪い。ライが気を失っているのか死んでいるのか分からず、必死に訴えかける。
「ガロ! ライが目を覚まさないんだ!」
すぐさまガロがライの脈を取り、瞼を指で上げて表情を和らげた。
「昏睡状態だね。命に別状はないけど、早く安静に出来る場所に運んだ方がいい」
「じゃあダムタールに連れていきたい!! だけど僕は馬が乗れなくて」
歯痒さを隠しきれない表情のアウリスの腕で支えていたライの体をカイナが持ち上げる。
「私が運ぶよ!」
ひとまずゲインにライを預けたカイナが馬に跨がり、ゲインがライをカイナの後ろに乗せて二人の体をロープで縛った。
「アウリスは僕の後ろに乗るといいよ」
「ありがとう!」
ガロがアウリスの手を取り起き上がらせると、馬を近くに呼び寄せる。アウリスはこの時、ガロが来てくれた事をようやく実感して感謝したのだった。ガロがゲインに頷き、ゲインもまた頷くと馬を走らせる。
「ゲイン! 私はライが目覚めるのを確認してから村に戻るよ」
「ああ、任せて悪いが俺は仲間と先に戻って村長に報告する。気を付けてな」
生き残れた事を素直に喜び、お互いに傷だらけの姿に苦笑しながらカイナはガロの後を追った。
壊滅するのは時間の問題であったムトール軍は、来るはずのない援軍に歓喜して沸いた。数で圧倒されていた状況から反転して圧倒することとなる。とはいえ戦に不慣れなソルテモート軍はどうにか戦いをこなしていたのだが、ラズベルとローレンス達はその中で群を抜いて活躍して一際目立っている。第四騎士団はゲルケイルを救出して戦線を離脱したことにより、戦場には寄せ集めのバラン兵だけとなった。
「死にたくないものは武器を捨てろ! もはや勝敗は決した! 命を無駄にすることはない!」
ローレンスはタイミングを見計らい、バラン兵に向かって叫ぶ。その声を聞いた数人が諦めたように武器を手離して腰を落とすと、その周りの兵もそれに倣い波が広がった。
大将は許されないな
道を塞ぐ兵達を薙ぎ倒しながら爆進しているラズベルは、いよいよ敵本陣の親衛隊を蹴散らしてバトロスの前に出る。
「よお大将! もう勝った気になってたか? 残念だがお前達の敗けだ!」
不敵な笑みを浮かべたラズベルが言い放つと、バトロスは悔しさで顔を歪ませる。
「くそがっ! 第二騎士団長ラズベルだな。せめてお前の首を落として王都への土産にしてやる!」
バトロスは発狂したような叫び声をあげながら、大きな鉄球に突起のあるモーニングスターを回転させた。常人では持ち上げる事さえ不可能なそれは空気が唸るほどの速さで回り続ける。遠心力により威力が高まった攻撃は当たれば人の原型を留められないだろう。それでもラズベルは顔色一つ変えることなく挑発する。
「それじゃあダメだな。来いよ!」
「馬鹿にしやがって!うおおおっ!」
放たれた鉄球は凄まじい勢いでラズベルに襲いかかる。
「うおおおらぁっ!」
ラズベルが両手で剣を振り下ろすと、鉄球を真っ二つに切り落とした。そしてそのまま唖然とするバトロスまで一気に距離を詰めると、一刀で斬り倒したのだった。