濃緑色のマントを纏った男
夕暮れ時の村は、外に働きに行って帰ってきた者や交易に出ていた者、それを迎える家族でにわかに賑わう。獣の侵入を防ぐ木の柵の入り口を通って同じように歩いていたアウリス達だが程なくしてダンガスは家路と違う方向に進んでいく。
「二人とも先に帰っててくれ。ワシは集会所に寄って帰るでな」
ダンガスは大きなからだに見合った大きな背負子に木材を積んだまま、のっしのっしと道を曲がって行った。アウリス達も今日の出来事などの他愛もない会話をしながら家に向かって歩く。アウリスの家といっても身寄りのないアウリスを引き取ってくれたダンガスとミラの家なのだが、家族同様に接してくれる二人に最初は控えめだったアウリスも徐々に打ち解けていき、今では心から信頼していると共に感謝の念が絶えない。
家路の途中にあるマキナ亭を横切った時に、ローネが忙しそうに店内を走り回っているのが見えたのだった。
村長の家の隣にある集会所では十人の大人達が村の内外の事について話し合う為に集まっていた。長机に向かい合うように椅子に着席して始まるまで雑談や出されたお茶を飲んでいる。特に参加を制限するものはないのだが大体いつも同じ顔ぶれが揃う。どうやら今回の出席者の最後らしいダンガスが席についた所で村長が話始めた。
「また村が襲われた。ザーダ村の次はドランじゃ……村は焼かれ人は殺され、無惨な状況らしい」
沈痛な面持ちで話し始めたのは、年は五十代で背は低く、愛嬌もあって面倒見が良いので誰からも信頼されているバラックという男だ。先代の村長が引退するときにムリヤリ押し付けられたような経緯があるのだが苦笑しながら引き受けてもう何年も村のために動いている気のいいおじさんなのだが今は困り果てた表情を隠せない。
明かりのついた集会所の中で、それを聞いた十一人の大人達がざわめく。
「ドランっていやレトからあまり離れていないじゃないか! ここも危ないんじゃないのか!」
「野党も最近は数が増えているんじゃないか? 集団で押し寄せたらレトは撃退出来るのか?」
口々に戸惑いを隠せない内容がどんどんと飛び交う。野党なんて今まで聞いたこともないような田舎村なのだが、最近物騒な話が聞こえてくるようになったのだった。話に出る他の村の状況に危機感を募らせ、焦らずにはいられない。ダンガスも重々しく口を開く。
「レトを同じような目に合わせちゃなんねぇ…… 州の役所に討伐を依頼出来ねぇか?」
「無理だろ。どうせこんな小さな村の事なんざ聞いちゃくれねぇよ」
「だったら俺達で守るしかないんじゃねえのか」
「相手は人殺しじゃ、まともに太刀打ちできんじゃろ」
口々に意見が出てくるので議論はまだまだ長くなりそうだとダンガスは思ったのだった。
マキナ亭
「ローネちゃん、ビールおかわり」
「こっち注文追加ー」
「はーい!ちょっと待ってねー」
散々走り回ったローネが戻ってきた時から既にマキナ亭は満員御礼大忙し状態で、ローネは休む間もなく走り回っていた。
チリリリン
マキナ亭のドアが開き来店を知らせる鈴の音が賑やかな店内に溶けてゆく。
そこに現れたのは濃緑色のマントに覆われボロボロにも見えるが質の良い素材だと分かる大きな帽子を被った怪しげな男が立っていた。
「いらっしゃい! ごめんなさい! ただ今満席で……ってガロ!?」
「やぁローネ、久しぶりだね」
怪しげな見た目とは違い声は明るくて威圧感のない優しい声色で答える。
ガロと呼ばれた男は左手の指先で帽子を上に少し上げた。
その顔は優しい目をした青年であった。
「店長ー! ガロが帰ってきたよー!」
カチャカチャと音が鳴り止まないキッチンに向かってローネが叫ぶと急に騒がしかったキッチンからの音が止んだ。
「ローネ! 私の事は料理長と呼べといつも言ってるだろ!」
キッチンから続いたカウンターに店主のマキナが怒った顔をして出てきた。ローネを探すように視線を泳がせていたがガロと目が合うとすうっと息を吐くと穏やかな表情を浮かべた。
「ガロじゃないか、今回は長かったんだな」
「久しぶりだねマキナ。相変わらずここは忙しそうだ。今回は少し遠出をしていたんだ」
ガロが旅人で色々な場所に足を運んでいる事は、レトの住民の誰もが知っている。レトの村がガロの生まれ故郷でも人生の大半を過ごしていた訳でもないのだが、縁があって長期滞在をしてから村を離れても、村の住人のように皆が接してくれているのだった。とりわけガロとマキナは年齢が近いせいか、友人のように仲がいいようにも見える。
「まああんたの事だから簡単に…」
久々に訪れた馴染みに会話が続いたその時、キッチンからもくもくと煙が流れ込んできた。
「ちょっ! 店長ー! 何か焦げ臭いよ!」
「しまった!」
慌てたようにローネが駆け寄ってくるとカウンターを手で叩いた。何かを思い出したようにマキナは目を見開いてキッチンに駆け戻る。
ガラガラガッシャーン !
マキナは相変わらずだな
ガロは笑みを浮かべながら店内を見回し、知人を見つけると一つだけ空いていた隣の席に近づいていく。
「やあヘンリー、ここに座ってもいいかな?」
ガロより二回り年上の男性はにっこりと頷き、それから二人は酒を注ぎ合い、仲良く話始めたのだった。
「ガロ、注文は何にする ? 今日のおすすめはニール魚の香草焼きだよ」
ローネが空いた皿を引き揚げる途中に声をかけると、そこへ後ろからマキナが料理の乗った皿を持ってきた。
「ほら! 私からの奢りだ」
コトッと置かれた真っ白の皿の中には対照的に真っ黒に焦げ尽くした物体が見える。
これは……肉なのか……野菜なのか……
「あの……マキナ? これは……一体……僕に何か恨みでもあるのかい?」
ガロの目はさながら捨てられた子犬のような目でマキナに何かを訴えかける。
「ハハハッ! 冗談だよ! あんたがここに来たらこれだろ?」
焦げた物体が乗った皿と入れ替わって出てきたのは、レトの家庭料理であるメルーという名前の素朴なシチューだった。
「そう! やっぱりこれだな。ここに来たらメルーが一番だ」
ガロは懐かしむようにゆっくりスプーンを口に運ぶと顔を綻ばせる。
「フフッ、まぁお世辞でも嬉しいよ。ゆっくりしていきな」
そう言ってマキナはキッチンに戻って行ったのだった。