生きる覚悟
「団長!ロージリアからの使者がソルテモートに向かっているようです」
ラズベル達はムトール州都ダムタールに向かう途中、騎獣を休めるために道中にある村で休憩を取っていた。副長のミリアが村人と話している内にロージリアから来たという兵団にソルテモートまでの近道を聞かれたという話題になり、慌ててラズベルの元に駆けつけると息つく間もなく報告したのだった。
「なんだって!?」
「ラズベル、それはマズイ」
ラズベルと打ち合わせをしていたローレンスはそれが意味することを考え顔色を失う。
「セガロめ! 手が早いな。ムトールは後だ! なんとしても使者より先にソルテモート候に会わなければムトール軍は壊滅する! ミリア! 全員を集めてくれ! それと、もう団長ではないから名前で呼んでくれないか?」
ラズベルはロージリア郊外で多くの部下を亡くし、敗走したときに第二騎士団であることを捨てた。
「了解しました、ラ、ラズベル様」
そう言って頬を赤らめたミリアが駆けていく。
「様はいらないんだけどな……」
苦笑したラズベルにローレンスが微笑する。
「まあ好きに呼ばせてあげればいいじゃないか」
「それもそうだな」
二人はどうということもない会話を交わし、気持ちを切り換えると集まった者達に進路変更を伝えた。
ムトール州都 ダムタール
「さて! 何にするか! さっき歩いてる途中であったんだけどムトール産の水牛ステーキ専門店か、ワクワク釣り喰い処おっとっとって店なんか面白そうだったぜ! 店の中に巨大な水槽があって釣った魚を料理してくれるんだってよ! あとは、向こうにあった店で……ってアウリス聞いてるか?」
一生懸命な説明も耳に入らないほど思い詰めている様子のアウリスにライが首を傾げる。
「なんだ? 腹が減りすぎて元気が出なくなっちまったか? よーし! 元気を出すにはあれだな! 元気が出る千年亀の辛鍋屋だってよ! 行ってみようぜ!」
ライが指を指す先には赤と黄色の派手な配色で塗装された扉があり、入り口の両側には逆立ちしている亀の像があった。そこに向かって意気揚々とライが歩き出した時
「ここにするぞ」
突然ロキが選び決めたのは、少し古そうな建物で看板には地域最安値の定食屋トリノと書いてある店だった。そこにロキが迷いなく入っていくと、アウリスとライは慌ててロキの後を追う。店内は外装と違って新しく改装したようだった。細長い木の板を縦に重ねていった壁に、木製の天井と床、丸太で作られた大きな机と椅子がいくつか配置された穏やかな雰囲気の店だった。
アウリス達は空いたテーブルを囲むように席につくと、注文を聞きに来た年配の女性に。
「俺はパタパタ鳥の唐揚げ定食」
「あっ、僕も同じものを下さい」
「俺は……これ! 大満足三種の肉盛り定食!」
「はいよ! ちょっと待っててね!」
三人は注文を済ますと街の中で見たものの話をして笑い合っているところで、先程の店員が料理を持って来たのだった。
「お待ちどおさん!」
料理がテーブルに並べられた。アウリスとロキの前にはキツネ色に揚がった唐揚げが小さく千切られた野菜の上に乗って、とても良い香りがしている。そして、別のお皿に半分に切られたムトールパンと鶏と野菜を煮込んだスープが湯気を上げている。
ライの注文した料理は凄かった。厚く切って焼いた牛肉の上にグルの煮込んだ肉とムトール鶏のミンチハンバーグが大きな皿からはみ出そうになりながら積み上がっている。
「うっひゃー! 旨そうだ!」
早速ライは両手にフォークを持ち、勢いよく口に放り込み始める。思っていたよりもお腹が空いていたらしく、三人とも食べることに集中していた。アウリスとロキは料理を食べ終わり、香茶を飲み始めたがライはいまだに両手を動かして忙しく口を動かしている。
「あのね、二人とも聞いて欲しいんだけど……ここでお別れしようと思うんだ……」
突然アウリスが話を切り出した。
「もぐもぐ、ジレイスの話を聞いてから様子が変だと、もぐもぐ、思ってたがどうしたんだ? もぐもぐ」
「アウリス、戦争に参加して死ぬ気か? 何もお前があいつらに付き合う必要はないんじゃないのか?」
アウリスが考えていた事をロキは簡単に見抜く。こういうところにいつも驚かされてしまう。
「うん。確かにこのまま旅を続ける事も出来るんだけどね。それでも、やっぱり見過ごせないよ。聞いた話通りなら絶望的な兵力差だから確実にムトールの人達はたくさん殺されてしまう。それを知っていながら僕は旅を続ける事は出来ない。だってこんなことをなくす為に旅を始めたのだから。だけど戦う事が正しいことなのか分からない。分からないけどバラン兵を倒せるだけ倒して、力尽きたら死のうと思う」
死ぬのは嫌だけどたくさんの人が死ぬと分かっていて何もしないのはもっと嫌だ
「いいぜ! もぐもぐ、俺も行く!」
「えつ!? 死んでしまうんだよ! ダメだよ! 剣を探すんだろ?」
深刻な話とは程遠い表情でまだまだ食事を楽しんでいるライにアウリスは猛反対する。ようやくライが食べ終わり満足そうにお腹を抱えて仰け反った。
「ふぅ、食った食った! 別に死ぬと決まってねえよ、数が多けりゃいいってもんでもないしな。前に言ったろ? お前の道は俺が切り開いてやるってよ!」
「アウリス、お前がそういう事に首を突っ込まずにはいられない性格だって事がよく分かった。俺も前に言ったな、もともと無くなってた命だから気にするな。とはいえ、俺は戦闘では役に立たないからこの街で待ってるよ。だから、勝っても敗けても二人で必ず生きて帰って来い。怪我なら診てやるから」
そうだった
ガロとの約束もあった
生きて帰る覚悟だよね!
ロキが宿泊する宿を決めてから、アウリスとライはムトール軍と合流するために州都ダムタールを出発する。