育ちゆく戦士
バラン州都セシュラト
つい先日前任の軍隊長が処刑され、新たにバラン州候ゾリアからバラン州軍隊長の任命を受けたのは、元は山賊の頭領だったバトロスという男だった。残虐だが周辺で溢れる悪党達と比べると、桁外れの強さを持っている。今その男の目の前にはバラン州軍正規兵がムトール州に攻撃を仕掛けるべく、完全武装で整列していた。
「おめえら! 今までは反乱軍とか言われてきたのだろうが、これからは正義の軍隊になっちまった! 笑いが止まらねぇな! やることは今までと変わらん! 殺して、奪って、楽しめ!」
大勢のバラン兵に向かってバトロスは、怒鳴るように進撃前の号令をかけた。それに応えて、バラン兵は地鳴りのような雄叫びをあげて順番に進み出す。バラン州の主力軍がムトール州へと出発した。セムネア大戦と呼ばれる戦いの二日前である。
バラン州辺境の地 ラスティアテナ
はぁ……とうとう着いてしまったよ……
カイナはライを見逃した言い訳をずっと考えていたが、ついに思い付かないまま帰ってきてしまった。そして、偶然にも村の入り口でゲインとガトーが話し込んでいた所へ突入することになる。二人がカイナの姿に気付く。
あー、もうどうにでもなれ!
カイナは開き直ったように表情を切り替えると、二人に声をかけた。
「ただいま」
「早かったのぅ、で? ライの姿が見えぬようじゃが?」
ラスティアテナの長であるガトーは一人で戻ってきたことを不思議に思いつつも、いつもの調子のカイナに問いかける。
「見つからなかったよ、あいつも隠れるのが巧くなったよね。ちょっと前まではどこに隠れたってすぐに見つけて頭を小突いたもんなんだけどね。全く参ったよ」
カイナが苦笑いしながら話す間にもガトーの顔色がみるみる変わっていく。やがて真っ赤になるくらいになると我慢ならないと大声をあげた。
「嘘をつくでないわ! お前ほどの者が見つけられん訳がなかろうが! もしや、見逃したのではないじゃろうな? 何故じゃ! 何故見逃した!」
ガトーは激怒しながらまくし立てるように問い詰める。
クソッ、ライのやつ。これじゃ宝石の一個や二個じゃ割に合わないよ……
「確かにね、確かにライに会ったよ。だけどね、友達が二人も出来てたんだよ」
「友達じゃと! それがどうだと言うのじゃ! お前は事の重大さが分かっておらんのか!」
ガトーがカイナの話の途中で切り返した。こうなっては何も聞き入れてもらえないのはいつもの事だが今回ばかりは引き下がらない。
「爺、お願いだから最後まで聞いてよ。ライのやつ、ここじゃ同世代で仲のいいやつなんていなかったろ? そりゃたまたま同世代の子供が生まれなかったんだろうけどさ。いつも一人で遊んで、鍛練して、同じ生活を繰り返してさ、口には出さなかったけど寂しかったはずだよ。それが昨日会った時のライの顔はここじゃ見たことないほど生き生きしてた。あいつは優しい子さ。あたし達の前では元気に振る舞ってたけど分かるんだよ。それとね、ライが言ったんだ。何故村の外がこんなにも荒れてるんだって。この国から争いを無くしたいってね。村に戻ればまた外のことを知らずに死ぬまで村を守るためだけに生きていく。でも、もう知ってしまったから知らない振りして生活することは出来ないってね。
驚いたよ、まさかそんなことを考えるようになるなんてね。私だってギルカシャを見たとき、ショックだったよ。前に行ったときよりもずっと酷くなってた。
ねぇ、爺? 私達は辛い目にあっている力のない人達を守るために剣を磨いているんじゃないの? 今、守らないで何のために私達は生きているの? この国がボロボロになってから王が現れたって、そんな人の為に私は戦わないよ! 今、弱い人達を守る人になら喜んで命を捧げるよ!」
カイナはライの言葉に共感していた。強くなるために日々技を磨く。それは一体何の為なのだろう。小さな頃から王の為にだと聞かされていたが今まで王に会ったこともなければ王の為に剣を振った事もない。でも外は荒れている。実際目の当たりにすれば誰かがなんとかしなければならない。それがラスティアテナであってもいいはずだと。それ故に、ガトーに自分の想いも乗せて言ったのだった。
「私もカイナの意見に同意です」
横からずっと見守っていたゲインが口を開く。
ゲイン……
カイナはゲインが共感してくれたことが嬉しかった。そして、ガトーは気が静まったのか思案するように沈黙している。
いつの間にかこの二人は成長しておったか……
ライのやつも……
そして、少し間が開いてから重々しくガトーが口を開く。
「ふぅ、この年になって若者に諭されるとはのぅ。二人ともよく聞きなさい。お前達の気持ちはよく分かった。じゃがな、今表舞台に出れば間違いなくラスティアテナは滅亡する。この村だけで国と戦える訳がないのじゃ。真の王の名の元に同じ志を持つ仲間が出来て対抗できるようになったときに剣で王の道を切り開く使命があるのじゃ。偽王に仕える気など毛頭ない。先代や先先代、その前の一族の者達も同じように逸る気持ちに耐えてきたからこそ今のラスティアテナがあるのじゃ」
うーむ……
ガトーは何かを思い出すように下を向いたがやがて意を決したようにカイナとゲインを見やる。
「二人はゲルケイルを覚えておるか?」
「はい」
「確か、私達がまだ小さな時に村から出ていった奴で今は中央軍にいるんだっけ?」
「そうじゃ、ゲルケイルはここにおった当時は誰よりも素質が高く、この村のほとんどの者は奴に敵わなかったのじゃ。そして、誰も相手にならないと分かると外に出て自分の力を試したくなったのであろう。突然村を出ると言い出したんじゃ。当然儂は反対した。じゃが奴はここにいる者は皆腰抜けじゃとぬかし、出ていきおったのじゃ。奴の中にあるのは誰かの為に何かを成そうという心ではなく、ただ己の力を奮って敵を叩きのめしたいという破壊衝動だけなのじゃ。今は軍の中で腕を奮い騎士団の団長として逆賊に加担しておる。そして今、ムトール州とバラン州が間もなく大きな戦闘を開始するようじゃがゲインが率いる第四騎士団が参戦するという情報を得た。参戦と言えば聞こえがいいが今後の反乱抑制の為にムトール州を徹底的に蹂躙する気じゃ。そしてムトール州にはこれに抗う力はない事も分かっておる。しかしな、奴の好きにさせるわけにはいかん。この村が生んだ愚か者は儂らが止める責任があるのじゃ。これは、蹂躙されようとする民を守る戦いでありながらラスティアテナの問題でもある。それでもゲルケイルは強い。ゲインも素質では引けをとらん。じゃが今はまだ奴の方が腕は上をいくじゃろう。どうじゃ、ラスティアテナを裏切ったゲルケイルの討伐、やってみるか?」
ゲインはふつふつと闘志が沸き上がってきた。人一倍正義感を持つ故にラスティアテナの誇りを汚す者を許す気などない。
「はい」
言葉では控えめだが目の中にはありありと闘志が感じられた。必要な事以外は喋らないゲインだが、大人しい訳ではない。こと戦いにおいては内なる炎が燃え盛っている。
「分かった。ではゲインに命ずる!お主を入れて十名を選抜しラスティアテナの誇りを汚すゲルケイルを討伐するのじゃ! 言わなくても分かっておると思うがこれは殺し合いになる。覚悟を決めた者で行くのじゃ」
「はい、必ず仕留めて参ります」
ゲインの表情が既に戦闘モードに入っていた
「ゲイン! 私も行くよ! 覚悟なら出来てる!」
「カイナ……分かった。行くぞ」
ガトーは村の中へと進んでいく二人の背中を頼もしく思う反面、幼い頃の二人の背中にも重なって見えると、何とも言えない気持ちになり、必ず生きて帰って来てほしいと思うのであった。