歩みの中で
「腹へったー……」
肩を落とし、両腕を垂らしているライがアウリスの隣でヨタヨタと力なく歩いている。
「さっきパンを食べたばっかだろうが! 大体お前が全くお金を持ってない事がまずあり得ないだろ!」
ここまで来る途中に寄った村で、アウリスがお金を出して買ったパンを三人で食べたばかりで、もう腹がへったという。ロキはそもそも旅をすると言う割に金を持っていないライに呆れている。
アウリス達三人はムトール州軍隊長のジレイスに会うという目的で、ムトール州都ダムタールに向かう途中の街道にいた。街道での別れ際に訪ねていいという申し出を受けて色々と話を聞ければと思っていた。
「だってよー、山の中じゃ金なんかなくても困らねぇからなー。村の外がこんなに平地が多いって知らなかったぜ」
「山の中でも生きていけるのはお前だけだ!」
「まあまあ、もうすぐダムタールに着くんだよね? あと少しならお金もまだ残ってるから街で何か食べようよ」
旅をするにもお金が必要だし、そろそろ何か仕事してお金を稼がないといけないかな
世の中にはどんな仕事があるのだろうかと考えながら歩いていると、遠くにムトール州都ダムタールが見えてきた。そして、近づくにつれてアウリスが想像いたよりも大きいと分かった。門の近くで外壁を見渡せば、どこまでも遠くまで壁が続く。アウリスは今まで見たことがない規模の街に感動しながら、がやがやとたくさんの人が出入りしている門を通過した。すると予想に違わず活気溢れる街の風景が広がった。
「おおおお! 賑わってるぜ! やっぱ町といったらこの感じだよな!」
確かにアウリス達が今まで行ったどこよりも賑やかな街であることは間違いなかった。露店を開く行商が行き交う人々へ投げる元気な声、仲良さそうに手を繋いで歩く親子の喋り声にも気持ちが踊らされる。
「ムトール州は州候が出来た人物らしいからな、治安もいい街なのは間違いない」
ロキは何度か来たことがあるらしく馴れたように歩いている。先程の門番とのやり取りですんなりと中に入れた事もそうだが、今まで訪れた町や村では見たことがない模様が描かれた看板を見かけると教えてくれたりもする。
「あれは運び屋だ。離れた場所に物や手紙なんかを運んでくれたりする。だが安くはないから利用する奴は商売人か金持ちぐらいだな。それに、信用できるトコでないと送り先に届かないってのもよくある話だ。で? ここへは何の用事があるんだ?」
「前にね、偶然この州の軍隊長のジレイスって人と知り合ったんだけど、近くに寄ったらダムタールに来なさいって言われてたんだ。ギルカシャの町を見て酷いと思ったし、そのバラン州と戦っているジレイスさんの様子も気になるし、この国の事を教えてもらおうと思ったんだ」
「そうか。軍隊長か……じゃあ、そこら辺にいる警備隊に聞く方が早そうだな」
ふいに歩く方向を変えたロキは、近くに立哨警備していた軽装備の若い隊員に話しかける。
「ジレイス隊長さんにはどこに行けば会える?」
「軍隊長に会いたいのかい? 忙しい方だからすぐに会えるか分からないが、何故隊長に会いたいのか教えてくれるかな?」
優しい口調の問いかけにアウリスが近くに寄ったら会いに来るように言われた事を答えたのだが、隊員の視線がアウリスとライの剣に移ると何か考えるような素振りを見せた。
「君達が危険人物だとはとても思えないが隊長はムトールにとって大切な方だ。何か隊長との関係を証明出来る物があればすぐにでも取り次いでみるのだが」
ただ口約束をしたに過ぎないアウリスはジレイス軍隊長との関係を証明するものなど持っておらず、かといって上手く説明も出来なかった為に黙ってしまう。少し申し訳なさそうに若い隊員から案内出来ないと言われるとアウリスも残念そうにしながら、仕方がないと諦めて去ろうとした。しかし、目の前の隊員よりも立派な装備をした勇猛そうな顔の男が二人の随伴員を連れてアウリス達に近付いてきながら応対してくれていた警備隊員に声をかけてきた。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ! この子達が軍隊長に会いたいと言っているのですが……」
「ふむ、なるほど」
困ったように若い警備隊員が答えると男はロキ、ライへと視線を移してアウリスの顔を見た所で、ハッと何かを思い出したようだった。
「君はあの時の少年ではないか。あの時は世話になったな。私は中隊長のガーダズ。覚えているかは分からないが私もあの時、駆け付けた一人だ。君がいなければ今頃ここはバランに蹂躙されていただろう」
「そんな! 僕は何も出来ませんでした」
ジレイスと初めて会った時の事を思い出す。あの時はほんの少し時間を稼いだに過ぎなかった。感謝されるような事は出来ていないと首を横に振るが、相手は微笑を浮かべてアウリスの肩に手を置いた。
「そんなことはない。我々は本当に感謝している。さて、軍隊長に会いたいのだったな? 私は今から行かなくてはならない所があるから連れていってやれんのだが。ロイシー、少年達を案内してから合流しろ」
連れていた隣の若い隊員が大きな返事をすると、警備隊員に頷き、アウリスへまた会おうと言い残して去っていった。
「さあ、私が案内しますのでついてきてください」
せっかくの厚意なのでアウリス達はロイシーの後に続く。そして、アウリスとライは兵士といえばギルカシャにいたような柄の悪いイメージを持っていた。しかし、ここの隊員の雰囲気が全然違っている事に驚いていた。
「ここの人達は感じがいいね」
アウリスは人が沢山歩いている通りを歩きながら率直な感想を言うと、ロキは思い当たったようだ。
「ああ、ギルカシャの事か? バラン州はああいうやつらが多いな。他の州はさっきの兵士みたいなのが割と多い」
商売で国の中を巡っているロキからしてもバラン州ほどの兵の質が悪いような所はあまり記憶にないという。
「おーい! 二人とも、飯はー?」
街に入ってすぐに飯にありつけると思っていたライは、通りをキョロキョロと店を探しながら歩いている。そして、お腹が減っていることを忘れていないかと不安そうに聞いてくる。
「ジレイスさんは忙しそうだから空いた時間を聞いてから待ち時間で食べるって事でいい?」
「そっか、分かった。んじゃ、どの店が良さそうか俺が調べとくぜ」
調べるとは大げさに言ってはいるが、変わらずキョロキョロしながら歩いているだけ。だが気を抜けばぶつかりそうな通行量の通りを、誰にぶつかる事もなく軽快に歩いている。
あれだけキョロキョロしてるのに人とぶつからないんだ
変な所に感心しながらもアウリスは近くの二人組の男達の会話が耳に入ってくるとつい聞き入ってしまった。
「これからどうなるのだろうか?」
「新しい王様はあまりいい噂は聞かないな。まあ今までもいい話なんざなかったがな」
新しい王様?どういうことだろ……
何のことかは分からないけど、何かが起きたのかもしれない、ジレイスさんに会えたら聞いてみよう
道を進むにつれ街の人が少なくなり、警備兵の姿が目立つようになってくると、先導のロイシーに向かって挨拶が投げかけられる。どうやらロイシーは名が知れた人物のようだ。
「ここだよ」
ロイシーが立ち止まった前にある建物が軍関係の建物のようだった。薦められるがままアウリス達は入り口に向かう。白を基調とした清潔感がある綺麗な建物で、兵士が出入りする所というよりは少し値が張りそうな宿屋のようである。
ガチャ
中に入ると建物と同様に壁が白く床は茶色のタイルが全面に張られていた。天井が高く解放感ある大きい広間には、いくつかに分かれて連なった机でたくさんの人が仕事をしている。奥には扉があるので向こう側にも部屋があり、そこにジレイスがいるのだと予想する。周りを窺うようなアウリス達の姿を見つけた女性が奥から寄ってきた。
「軍隊長の恩人だそうだ。取り次いで欲しい」
ロイシーが女性職員に伝えるとアウリス達に向き直る。ご案内します。と女性職員が案内を始めたところで、これで失礼するよと笑顔のロイシーが建物から出て行ったのだった。
「お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「あっ、アウリスです」
「アウリス様ですね、少々お待ち下さい」
そう言って女性職員が奥の扉に入っていくとややあってから扉が開き、アウリス達に声がかかる。
「アウリス様、中にお入りください」
「ありがとうございます」
案内に従い中に入ったところで、職員は一礼をして戻っていった。
中には広げた地図を机の上に置き、今まで何かを考えていたと思われるジレイスが椅子から立ち上がって迎えてくれた。
「やあ、アウリス。よく来てくれたね」
「ジレイスさん、こんにちは。突然来てしまってごめんなさい」
「いやいや、また会えて嬉しいよ。まずは改めてあの時のお礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとう」
その時、先程の女性職員が何かを持って部屋に入ってきた。女性職員は布製の袋をジレイスに手渡すと退室する。それはジレイスが取り次ぎの時に用意させたものだった。
「これは私からの気持ちだよ」
今度はジレイスからアウリスに手渡した。何かは分からないがひとまずは袋を持ったまま、気になっていたことを聞き始める。
「ありがとうございます。ジレイスさん、あの時の怪我はもういいのですか?」
「ああ、お陰様でこの通り元気でやってるよ」
「それは良かったです! それで……あの……聞きたい事があるんです」
どうぞとばかりに頷くジレイスにアウリスは思いきって先程耳に入った気になることを聞いてみる。
「街の中で新しい王様の話が耳に入りました。何かあったのですか?」
「うん。今、この国は大変な事になっている……」
ジレイスは一つ一つ丁寧にアウリス達に伝えた。信じられないような話に言葉を失ってしまうが何をどうしていいのか分からない。
「ここムトール州は、国から反逆者の烙印を押されてしまった。じきにおびただしい大軍がここに押し寄せてムトールは終わるだろう……州候のラムザ様は御自身の首を差し出して皆の命を守ろうとしてくれたんだ。だけど、命を捨てられるのであれば私達が大義のために散ってからにしてくださいと何度もお願いしたんだ。無様に生き永らえて逆賊の言いなりになるくらいなら噛み砕けないにしても噛み付いて片腕を噛み千切るぐらいはしてやろうってね」
それを聞いたアウリスは怒りが込み上げてくる。何故何も悪くない人達が死ななければならないのかと。ジレイスは友人でも昔からの知人でもない。そしてムトールに対してもつながりがあるわけでもないのに不思議とこの人達の為に戦いたいという気持ちが膨らんでいく。
「私も一緒に戦います!ジレイスさんのような人が反逆者として殺されるなんか納得出来ません。何が出来るわけでもありませんがせめて死ぬまで戦います!」
「フフフ、ありがとう。しかし、我々は君たちのような未来がある子供達を守るために戦うんだよ。簡単に死ぬなんて言ってはいけない。さあアウリス、早くここから遠くに行きなさい。もう時間がないのだ」
コンコンッ
「失礼します、隊長、そろそろ時間です」
次に入ってきたのは、軽装備に帯剣した男の兵士だった。ジレイスは返事をすると、穏やかな表情でアウリスの肩を掴んだ。
「すまないアウリス、せっかく来てくれたのだがこれからムトール州とバラン州の州境の拠点に行かなくてはならないのだ。君の旅が有意義になる事を祈っているよ」
ジレイスと男の兵士が一緒に部屋を出ていった後もアウリスはまだ動けずにいる。
僕の旅は争いを無くすため、大切な人が悲しまずにいられるように何かをしようと思ったからレトを出たんだ。
でも今、これから起きようとしているのは何の罪もない人達が殺されること……
やっぱり今ここで戦わなきゃ。僕はそのために……
「アウリス、何を貰ったんだ?」
ライが無言で立ち尽くすアウリスの手にある布製の袋の中身を気にして聞いてきた。
「えっ? あっ、えーとね、ええっ!?」
中身を見たアウリスは驚いた。それは生まれて初めて見る金貨が五枚も入っていたのだった。
「これ……」
「おお! それって金だよな? じゃあ早速飯行こうぜ!」
「マジかよ……」
袋から金貨を掌にだして二人に見せると、ライは価値をよく分かっていないようだがロキは驚いた様子で目を丸くしていた。
「なんだよロキ、そんなに珍しい物なのか?」
「バカを言うな! これだけあれば三年は暮らしていけるんだぞ!」
「なにぃぃ! スゲェな! じゃあ、毎日食い放題だな!」
キラキラと目を輝かせるライだったがそれを見たロキはフンと鼻を鳴らしながらアウリスへと手を伸ばす。
「アウリス、それは俺が管理する。お前らが持つと危なっかしいからな。心配しなくても盗ったりはしねぇよ」
「あっ、うん、そうだね、ロキに任せた方が安心だね」
アウリスが金貨を袋に戻してロキに手渡すのを見て異論はないとばかりに腰に手を当てたライがかけ声をあげる。
「よーし! じゃあ飯に行こうぜ!」
三人は遅くなった昼食を食べに外へと向かったのだった。