王国騎士団
「まさか……マリオール軍が全滅したのか……」
ヨリュカシアカ州軍隊長シェラービルはヨリュカシアカ州候パトミリアから指令を受けて、王都に向かっていた。ハルト王は暗殺された可能性が高いと疑っており、他州も動くことは事前に取り決めを行っていた。マリオール軍と合流して王都を囲み、事の真相を暴き追及せよ。と場合によっては武力で制圧して、セガロを拘束するというものだった。
糾弾する材料も時間がかかったものの揃っていた。ようやくセガロを権力の座から引きずり下ろせる好機が来たと思っていた。今までの悪事の数々により苦しめられた民はもとより、心ある忠臣も卑劣な罠に貶められ消えていくことは後を絶たない。セガロの事を常に警戒していたパトミリアは、これ以上暴挙を許せばセガロを引きずり下ろす事が困難になると判断したが、先手を打たれて王が暗殺される事態に陥ってしまった。
そして今、目の前にはマリオール軍旗が地面におびただしい数の死体と共に転がっている。合流する前にまたしても先を取られてしまったのだが、一つの州軍が完全に壊滅させられるとは只事ではない。
何という事だ……こちらの動きが読まれている。いや、この状況は内通者からの情報漏洩の可能性が高い
相手の迎撃体制が完全に整っている事で、進むも退くもままならない。シェラービルは決断を迫られていた。
数日前
ハルト王、病のため急死。この報は各州に激震をもたらす。つい先日、王都で行われた公式の式典でのハルト王はやや覇気がないものの、重病を患っているような様子はなく、民の前で自らの足で歩き、心配はいらないとばかりに演説を行った。それから幾日も経っていないというのに急死の報が流れ、マリオール軍は州候の怒りの号令に応えて進軍を開始した。進む先々で抵抗を受けるが圧倒した勝利を重ねた快進撃は元の計画よりも早い行軍進行となり、ヨリュカシアカとの合流に時差を生じさせた。それは明らかに誘いの罠であった。
だが、連戦連勝のマリオール軍は、もはや自分たちだけで王都を制圧出来るとさえ思わされてしまった。進軍速度を緩める事なく、マリオール軍がロージリア郊外まで辿り着いた時には第四、五、六、八騎士団が反対側で布陣していた。
「マリオールの者達よ!そのような大軍を率いて何をするつもりか!」
第五騎士団団長のグロースの大きな声がロージリア郊外の平原に響きわたる。身長はやや低めで童顔、見た目はまだ子供にも見えるが成人貴族である。声を張り上げたあとは、好戦的な視線をマリオール軍隊長にぶつけている。
マズイな……
マリオール軍隊長は目の前に布陣しているのがロージリア警備隊ではなく騎士団であることに焦りを感じた。騎士団一つでも州軍の勝率はそう高くない。まして遠目に見えるのは一つや二つどころではない。
中央軍ならどうにでもなったものを、何故騎士団が四つも集結しているのか
到底勝ち目がないことを確信した軍隊長は交戦はなんとしても避けねばならなかった。焦る気持ちを隠しながら平然を装い返答する。時間を稼げばヨリュカシアカ軍が来る。そうなれば幾分戦いようがあると思えた。
「こちらに戦意はない。が、王の病死の報を受け不可解な点があることについて直接医師の話を聞き、調査する命を受けている。真相が分かれば直ぐに帰還する故、そこを通して貰いたい」
何としても正面衝突は避けたいとマリオール軍隊長はお願いする立場を取った。騎士団を相手にしての損害は今後の州の為にも許容できない。
「報せの通り王の病死が真実である。それを理解出来ずにここを通せというのなら相手になってやる」
グロースは事の真相がどうであれ、問答は無用と戦意を隠そうともせずに煽ってくる。
「ガハハハ!お前ら戦いに来たんだろ。手っ取り早く始めようぜ」
第八騎士団団長ワネゴバはもう待ちきれないとばかりに大声をあげると、自らゆっくり進み始めた。追従する騎士団員は早くも攻撃態勢に入る。
フン、全く知性の欠片もないな
第四騎士団団長のゲルケイルがワネゴバの暴走に顔をしかめるが、このあとに続くヨリュカシアカ軍と第二、三騎士団を相手にするためにも時間をかけられないのは理解している。どのみち戦闘になるのだからとワネゴバに続いて隊を前進させた。
「くっ、なんて好戦的なやつらだ。是非もない、総員突撃!」
マリオール軍も迎撃態勢に入る。すぐに両軍が激突して混戦になるが、結果はほぼ一方的に短時間でマリオール軍が全滅することとなった。
マリオール軍と戦闘になったというのなら否応はないか……
数多の骸の向こうで布陣する敵に目を細めたヨリュカシアカ軍隊長シェラービルは、意を決して声を張り上げた。
「我等が王国を守るぞ!皆の者、我に続け!」
シェラービルの号令でヨリュカシアカ軍は突撃を開始した。
半刻後、ヨリュカシアカ軍壊滅
「セガロの奴!ついにやりやがったな!あいつらは何をやってるんだ」
第二騎士団団長ラズベルは隊を率いて王都に向かって疾走していた。胸の内をつい口に出してしまうほど怒り、そして焦っている。警戒していたとはいえ、近年ではセガロの権威は徐々に膨れ上がり、表立って対立出来ない程になっていた。それでも、他の騎士団が抑止力となり暴挙は許さないと思っていた。明らかに従順とはいえない第二、第三騎士団は中央から僻地へ追いやられる事が多いが、そこでの平和維持も欠かせないために任務は納得しているものだった。
「同じ時期にラズベル達と同様に第三騎士団も別の僻地の任務とは何かを企てているとしか思えなかったが…」
第三騎士団団長ローレンスもハルト王病死を知り、受けた任務を一旦中止して、すぐさま王都に進路を変えて疾走する。第二騎士団と偶然合流したのがつい先程であった。ラズベルとローレンスは互いに考える事は同じだと思った。二人の団長は軍に入る前から親交があり、現在に至っても仲が良く行動を共にする事も多かった。
じきにロージリアだ。みんな、はやまるなよ…
ラズベルは心同じくする者達をむざむざ死なせたくはなかった。セガロの狡猾さは決して軽く考える事は出来ない。だが、自分ならそれらを叩き潰して皆を守ると意を決していた。皆を止められないなら俺が先頭をきってやると。
ラズベルとローレンスは先王に恩がある。この国で残る数少ない忠臣であった。
ようやく王都ロージリアまで目前となった丘を越えて見た平野の景色は、惨状そのものだった。第二、第三騎士団の面々は驚いたあと、落胆の色濃く肩を落とす者が数多く見受けられた。
「間に合わなかったか」
歯を食い縛ったローレンスが目を細める。数多の骸と共にマリオールとヨリュカシアカの軍旗も転がっている。その向こうには四つの騎士団が待ち構えていた。
「あいつら!何してやがる!」
ラズベルは怒りに我を失いそうになりながら命を奪われた無念の表情の兵達を横目に駆け抜け、ローレンス達と共に四つの騎士団と距離を置いて対峙した。
「お前ら!血迷ったか!」
ラズベルは隊の先頭にいる四人の団長に向けて怒りを露に叫んだ。
「ガハハハ!血迷ったのはこいつらじゃねぇか。大軍引き連れて反逆したんだぞ」
ワネゴバは長太い鉄の棍棒の先を地面に打ち付けると、悪びれずに言い返す。奮った暴力の余韻で眼光がギラついていた。
「ふざけたことを。この者達は同じ国の同士だ。いくら武力行使を許可されたとて、ここまでせずともお前達なら止められたのではないのか。そもそも何故セガロを捕らえないのだ」
ローレンスは冷静に反論するが心中は穏やかとは程遠い。普段の彼を知る者なら驚くぐらいに声を荒げている。
「おい第三、セガロ様は間もなく王の名乗りをあげるんだぞ。軽々しく呼び捨てはするな。セガロ王と呼べよ」
グロースは楽しそうにローレンスに言った。完全に今の状況を楽しんでいる様子にラズベルが激昂する。
「ふざけんな!ハルト王への忠誠はどこへいった!」
ラズベルはニヤついているグロースに向かって叫ぶ。それに対してグロースは大きくため息をついては馬鹿にするような視線を向けてきた。
「死んじまったもんはしょうがねぇだろ。後継者もいねぇしよ。跡継ぎを残せなかった方が悪い。グハハハハ」
ワネゴバは体を揺らしながら言った。戦いたくてウズウズしているのか落ち着きなく首を傾けたり肩を回すなど今にも襲い掛かってきそうな状態だ。
「もう、時間の無駄よ。ラズベル、ローレンス。あんた達はどちらにつくの。マリオールやヨリュカシアカのみんなと仲良く転がりたいの? いいわよ。たくさん転がしてあげるから。ハハハハハ」
別段戦いに興味はないが敵をなぶる事に喜びを感じるマリーララは、相手がこちらにつくことはないと分かっているので、どう痛めつけて苦痛に顔を歪ませられるかを考えながら、不敵な笑みを浮かべて結論を急がせた。
「マリーララ!てめえ!」
ラズベルは我慢の限界に達していた。代わりにローレンスが答える。
「我等はお前達と共にする気はない!マリオールとヨリュカシアカの同志の無念、晴らさせて貰う!」
両軍は同時に前進、先頭同士の激突。ラズベルとワネゴバ、ローレンスとグロースが噛み合った。これにより第二騎士団と第八騎士団、第三騎士団と第五騎士団が交戦する。第四騎士団率いるゲルケイルは第二、三騎士団の背後に回り込むように移動を始めた。
その様子を罠に餌を仕込むような気持ちでマリーララは布陣した位置で待機している。第六騎士団は主に弓兵が主力な為、混戦中は味方に当たらないよう後方から戦局を伺いながら、混戦を抜けようとした敵には、的確に矢の攻撃を集中させた。
混戦の只中にいるラズベルが奮う剣擊は炎を纏う。次々と敵を薙ぎ倒してワネゴバへと進んでいく。間合いの外から剣を振り抜けばその瞬間、斬撃が炎を纏いワネゴバに向かって飛んでいく。
ギンッ
ワネゴバが大きな棍棒で、迎え撃ちそれを弾く。すると、炎が四方へと飛び散り、ワネゴバの右腕を焼く。
「熱ぃな! うらっ!」
反撃とばかりにワネゴバが接近しながら振りかぶる。遠心力の乗った攻撃をラズベルが剣で真正面から受け止める。
くっ!なんて馬鹿力だ!
弾かれはしないもののラズベルの手が軽く痺れる。立て続けにワネゴバが縦に降り下ろすとラズベルは体をずらして回避しワネゴバの肩を斬った。すると切り口から炎がボッと吹き出すと急激に炎が広がり、肩を焦がす。ラズベルは火属性の剣技を得意としていた。
ラズベルから離れた場所で、ローレンスとグロースも同じく戦闘を開始していた。
「ローレンス、お前とは一度本気でやり合って見たかったんだぜ!」
「光栄だな。だが今回限りでもう会うこともないだろう」
「はっ、その言葉そっくりそのまま返すぜ」
グロースは穂先が十字の槍をローレンスの顔に向かって突き入れるが、ローレンスはスピアで槍の軌道をずらす。
その時、グロースに向かって、足下の地面から十本を超える数の剣が一斉にを突き上げた。
!!
咄嗟にグロースは横に跳び、数多の剣先を避けたが着地点の地面が盛り上がり、盛り上がった山の斜面から今度は横向きに多数の剣がグロースを狙う。グロースは槍の柄で防いだが何本かが足を掠めた。
「くっ!さすがに強えな」
ローレンスは土魔法と召喚術を組み合わせた技を身につけている。そして、無詠唱で術を発動するほどには習熟していた。
団長同士の一騎討ちを中心に周りも戦闘が繰り広げられているが、もともと第二騎士団と第三騎士団はよく合同演習をするほど仲が良く、連携戦術も展開出来る事で徐々に第五、第八騎士団兵の数を減らしていく。
だがその時、大きな爆発音と共に第二騎士団兵が吹き飛んだ。
回り込んだゲルケイルが馬を飛び降り、剣を地面に突き刺すと離れた場所の第二騎士団兵がいる場所で、狙ったように爆発が起きたのだった。
第四騎士団に挟撃された形になったのだがそれでも第二、三騎士団は奮闘している。しかし、第四騎士団団長のゲルケイルの周りだけは違っていた。両手に剣を持ったゲルケイルの剣技は凄まじく、一人ずつ確実に倒されていく。
くっ!向こうを助けに行きたいが……
ラズベルから見ても明らかに劣勢になりつつあった第三騎士団兵が第四騎士団と第六騎士団の連携により、弓矢の餌食となっていた。
「俺様相手によそ見か。あまり舐めるなよ!」
ワネゴバが斜めから棍棒を降り下ろす。ラズベルは咄嗟に降り下ろしを剣で受ける為に斜めに構えた。剣と棍棒が触れる瞬間に棍棒が剣をすり抜ける。
しまった!
ラズベルがそう思った時には巨体からは想像出来ないほど俊敏にラズベルの剣をかわしたワネゴバが振り下ろした棍棒が肩にめり込み、後ろに弾き飛ばされた。
グッ! 肩が折れたか
ワネゴバは武器を霧に変えることが出来る。時間にしては一瞬だが、近接戦闘では類を見ない程、恐悪な術になる。ワネゴバと戦うには受け身になってはいけない。必ず回避するか攻撃をするかである。武器で受けようとすると武器同士が当たる瞬間に棍棒を霧に変えてすり抜けさせて、直ぐに元の形に形成された棍棒で相手を叩くのである。
油断した……
かなりのダメージを負いラズベルの目の焦点は未だに合わなかった。剣を地面に立てて、ようやく膝をついて立ち上がったが体に力がまだ入らない。真っ赤な鎧は土にまみれてレンガに似た色になっていた。
「ガハハハ!これで終わりだ」
勝利を確信したワネゴバが棍棒を思い切り振りかぶる。これが当たれば相手は人の形を留めていないだろう。
数多の焔よ 集い猛れ 闇をも包み 煌めかせん
「閃け ! 」
ラズベルの前に光の球体が出現し、強烈な光を放った。魔力の少ないラズベルが数日に一度使える唯一の魔法を発動した。
「目っ、目があ!うおおぉっ!」
付加効果でワネゴバが全身を炎に包まれながら両手で目を押さえ、膝をついた。
チャンスだ!
ラズベルはようやく目の焦点が合い、ワネゴバに狙いを定めて地を蹴った。全身の力を剣に込めて、ワネゴバの心臓を貫く為、突進した時、
ドゴンッ
大きな音が鳴ったと思えばラズベルは雷に撃たれ、その場で崩れ落ちた。
グハッ マリー ララ……
ワネゴバの体に滝のように水が降り注ぎ、炎が消えた。
「あらあ、ごめんなさいねえ。一騎討ちの邪魔をするつもりはなかったんだけど、たまたま私の魔法が当たってしまったわねえ」
「おい!いいとこなんだから邪魔すんじゃねぇよ!」
ワネゴバが苛立ちながら後方にいるマリーララに叫んだ。
「何言ってるのよ。いつまでも遊んでないで早く片付けなさいよ」
「フンッ」
今度はワネゴバがラズベルに向かって突進した
大きな風切り音を鳴らして棍棒を降り下ろす
ラズベルは迎撃出来る状態ではない
ガンッ
間に入った影がそれを受けた
「ラズベル団長!」
「ミリアか…」
ラズベルの体のダメージは深刻であり、咄嗟に動けなかった所を、第二騎士団副長ミリアが駆けつけたのだった
「我等は壊滅です!最早数名しか残っていません!ここは私が引き受けますので団長は残った者と退いて下さい!」
「馬鹿を言うな!刺し違えてもこいつらを倒す!」
「いけません!団長さえ生きていれば望みは残ります!」
ミリアはワネゴバの攻撃を回避しつつ反撃しながら言った
ミリアは女性騎士でワネゴバの腕力には全く敵わないのだが、ミリアの持つ剣は触れた物に衝撃を与えるインパクトソードであり、どうにか腕力差をカバーしていた。
「いちいち腕が持っていかれやがる!うっとうしいんだよ!」
ワネゴバが剣で棍棒を弾かれた直後、左の拳でミリアの腹を殴りつけた。
ゴフッ
深々と腹に食い込んだ拳を戻すと、そのまま吐血しているミリアの首をワネゴバが掴み上げた。
「邪魔だから先に死んどけ!」
首を捕まれ引き上げられたミリアの顔に向かって、棍棒を突きいれようとしたが炎を纏った斬撃がワネゴバを直撃し、ミリアを手放す。
まだ肩で息をするラズベルは、ワネゴバが怯んだ隙に状況を見回した。
第二、三騎士団合わせても十人しか残っていない。相手は三十人以上と第六騎士団が無傷で五十名足して八十以上か…
挽回の余地はないな
全滅と言ってもいい状況である。そして、残った味方が倒れるのも時間の問題だ。少し離れてローレンスがゲルケイルとグロースを相手に戦っているが、ローレンスも傷だらけだった。
「ローレンス!! 」
ラズベルはこれ以上はもう無理だと判断し、ローレンスに叫ぶ。それだけでローレンスは反応して頷いた。
「総員退却! 速やかに行動に移れ!」
ローレンスは生き残った馬に騎乗した第三騎士団兵の後ろに乗り戦線を離脱する。次々に生き残った兵が合流し、ローレンスの馬も合流した時に、ローレンスは愛馬に跳び移った。
ラズベルも離れて敵の応戦をしていたピロモコという走る事に特化した鳥(空を飛ぶ事は出来ないが高所から低い場所への降下飛行は多少可能)を指笛で呼んだ。
間もなくピロモコが到着し、ラズベルは動けずにいるミリアを抱えて騎乗する。
「逃げられると思ってんのか?」
ワネゴバが追撃を命令した後にラズベルに向かって突進する。手早くラズベルが小物入れから煙玉を地面に打ち付け、爆発的に広がった煙幕に紛れてローレンスを追った。
追撃してくる敵を斬りながら平地から林の中へ入り、さらに奥へと進んでいく。第三騎士団がローレンス含め六名先に走り、第二騎士団がラズベルとミリア含めた四名で少し後方に走る。その後方すぐにグロース率いる二十名が追撃にきている。
第三騎士団は馬に騎乗しているが第二騎士団は全員ピロモコに騎乗している。ピロモコは機動性は高いが走行速度は馬に劣るため、第三騎士団から遅れてきており、追撃兵の騎馬隊に追い付かれ始めている。
「ローレンス様、このままではラズベル様達が危険です。ローレンス様にとって今後もラズベル様は必要となりましょう。私が追撃兵の足止めに向かいます」
ローレンスの横に並んだ第三騎士団副長ブリュレッセルが言った。その表情から決死の覚悟が伝わってくる。
「ブリュレッセル、死ぬ気なのか?」
「私は第三騎士団にいたことを誇りに思います!ローレンス様、どうかご無事で!この国を救って下さい」
笑顔でそう答えたブリュレッセルは、ローレンスの言葉を待たずに向きを反転させた。
「ブリュレッセル! 先に逝ったもの達を頼む!」
ブリュッセルは顔を横に向けて、槍を頭上に掲げることで応える。ローレンスは自分の非力さを悔やみ、歯を食い縛った。
また大切な仲間を失うのか…
ブリュレッセルはローレンスが団長の任を受けてからずっと支えてくれた騎士であった。長い間、苦楽を共にして心から信頼出来る騎士だった。
すまない…お前達の仇は必ず取る!
ローレンスは血が止まらない脇腹を押さえながら疾走を続ける。
「ラズベル様!ローレンス様をお願いします!」
ラズベル達とすれ違い様にブリュレッセルは告げた。お互いに全速のため、一瞬しか顔も見えなかった。
「ブリュレッセル!お前!」
ラズベルの声が聞こえたかどうかは分からないがブリュレッセルは闘志を剥き出しにして敵に迫っていく。
「グロース! 覚悟!」
追撃隊の先頭にいるグロース目掛けて、ブリュレッセルは槍を構えて突撃した。
「おお!大物が来たな!」
ブリュッセルの武勇は知れ渡っており、単純な武力ではローレンスと肩を並べる実力を持っていた。先程の戦闘でも大いに敵を倒し、味方を守っていた。グロースは満足気にブリュレッセルの槍を受けて追撃の足を止めた。
その横をすり抜け、十騎が追撃を継続した。
グロースとブリュレッセルは激しい打ち合いをしている間にその周りを団員が包囲していた。グロースの合図でブリュレッセルは後ろからの槍に背中を貫かれる。
「わりぃな!今はあんたらの大将の首の方が魅力的だから急がねぇとな!」
胸から穂先が突き出たブリュレッセルに、グロースは腹を貫いた。
ゴフッ
ブリュレッセルは槍を手放すと、腰袋から丸い玉とナイフを取り出し、すぐにナイフで切り目を入れた。
丸い玉は分厚い皮で覆われており、切り目をいれて空気に触れると、中身と反応を起こして数秒後に爆発する仕組みであった
通常は建物の中への突破口として、扉や壁を破壊する用途で使われるがブリュレッセルは道連れにするつもりだ。
「これだけ近づいてくれたなら道連れに出来る」
ブリュレッセルは血の気が引いた青い顔で腹に刺さったグロースの槍を掴み、ふと微笑する。
「クソがっ!」
グロースが間近にいた隣の兵を掴み、自分の前に無理矢理引きづりだした
ドカンッ
周囲全体に閃光が走り、爆音と共に爆風があらゆるものを弾き飛ばし、グロースは盾にした兵ごと木に背中を打ち付けられた。
「グハッ あぶねぇ…やってくれるぜ…」
周囲にいた兵はグロース以外全滅していた
グロースも動けないぐらいに負傷している。これからの追撃は不可能になった。
ラズベルの後ろにはしつこく十騎が追いかけてくる。
運のいいことに目の前に崖を渡る吊り橋が見えた。
「ミリア! あの橋を落とすぞ!」
「はい!」
味方が橋を渡り終えてから応戦をやめてラズベルも橋を渡る。渡りきる前に片側の支柱を切ると、ミリアが剣でもう片側を切ることで橋は敵もろとも完全に崖下に落下した。
少し先で待機していたローレンスと合流すると、また進み始めたのだった。