荒れた街
「おっ! アウリス! 街が見えたぞ!」
嬉しそうなライの言葉を聞いたアウリスは顔を引きつらせた。
街を避けて歩いていたはずがどういうわけか近づいてしまっていた。地図を持っている訳でもなく、聞いて得た情報をもとに歩いていたので、街にたどり着くのは運が良いともいえる。
はあ、ジレイスさんに街には行くなと言われてたのに…
忠告を無視することになり、消沈するアウリスの心境とは裏腹に、ライは遠くに見える街を見てすっかりはしゃいでいる。
「なあアウリス、旨いもん食おうぜ! 街には店がたくさんあるんだろ?」
「そんなにお金持ってないよ! 店がたくさんあるかは分からないけど、この先何があるか分からないし大事に置いておかないとダメだよ」
「固いこと言うなって! 金が無くなったら稼げばいいんだろ? 楽勝だって!」
そういうライはお金の稼ぎかたを知っているのだろうか、アウリスは仕事をすればお金を貰えるものという漠然とした認識でしかない。
「ライはお金を稼げるの?」
「まあな! 兄貴から旅の商隊の護衛をして金を稼ぐって聞いたことがあるんだよ! 護衛なら任せろってんだ!」
「聞いたこと? 経験したことじゃなくて?」
「言ったろ? 俺は村の周りの森林から出たことがないって。まあ! なんとかなるって」
とにかく、大人しくしてれば大丈夫だよね……
街に入ってからの事を頭の中でシュミレーションしながらアウリスは、何事もなく街を出ようと決めた。
「なっ なんだこれは…」
街に入ってからのライの第一声は落胆に満ちたものだった。それもそのはず、この街には活気というものが全くない。店という店は閉まっており、露店は一切出ておらず通行人ですらあまりいなかった。
「おいおいおいおい! なんだってんだよ! せっかく旨いもんにありつけると思ったのによ」
そう言いながらライは、近くの通行人に声をかけた
「この街はどうなってるんだ? 雰囲気おかしくないか?」
突然声をかけられた通行人はさも面倒くさそうに冷ややかな目を向けてくる。
「よそから来たのか。この街の人間は戦争に連れていかれたよ」
足を止めることなくそう言った老人はそのまま去っていった。
戦争……ジレイスさん達と戦っているのだろうか
街の人が無理矢理連れて行かれて戦わされているのだとしたら悲しい事だと思う
アウリスはまた争いに対して、嫌悪感が高まった。
本当にこの街は老人ばかりだ
ここで家族を待つ人達の気持ちはどうなのだろう、生きて帰る保証もなく、ただ無事を祈り待っているだけ。不安で不安で仕方がないはずだ。
僕は何をすべきなのだろう
アウリスが活気を失った街を見回していると、隣のライが何かを見つけたように指を指す。
「おいアウリス! あの店は開いてるぞ」
急に元気を取り戻したライは、吸い寄せられるように店に向かって歩いている。アウリスは慌てて後に続くと、目の前の店の看板にはお酒の絵が書いてある。
「入ってみようぜ!」
ライが躊躇いもなく店内に入ると、アウリスも扉が閉まる前に中へ滑り込む。店内は街の雰囲気とは違い、騒々しかった。
なんか荒々しそうな人達ばかりだな
アウリスはマキナ亭とは明らかに違う客の質に戸惑う。店内は四つのテーブル席とカウンター席が五席で、既にテーブル席は満席だった。どの席も軽装備の男ばかりだった。
とりあえず二人は一番奥に空いてあるカウンター席につく。座るまでに目つきの悪い何人かが睨んでくるのが横目で見えた。なんとも居心地の悪そうな所だと、アウリスはさらに気が重くなった。
「おっちゃん! 何か食わしてくれ」
ライがカウンター向こうの店主だと思われる中年の男性に話しかけた。男は驚いた表情をしたが、困惑しながらも応対してくれた。
「あ ああ、何にする」
「適当でいいよ!」
店主とライの会話にはっとしたアウリスがすかさず割り込む。
「あのっ、お金あまり持ってないので安いものでお願いします」
それには店主とライが面食らった顔をしたが、
「分かった」
苦笑した店主がそう言うと手際よく作り始める。
それにしても賑やかというより騒がしい店だとアウリスは思った。周りにいる連中は昼間からお酒をかなり飲んでいるようだ。
「ライ、食べたら街の中を少し見てからすぐに出ようと思うんだけど」
「ん? ああ、そうだな。ここには特に何も無さそうだしな」
アウリスは国中を回る予定をしている。本当はゆっくりと街の中を見たり色々と聞いたりすることが目的なのだが、ジレイスから受けた忠告に従うならぱ、長居をすることは良くない気がするのだった。
「ほらよ」
店主が料理を出してくれた。鳥と野菜を炒めたものとパンが二つ皿に乗っていた。湯気が立つ料理に二人の食欲がそそられる。
「旨ぇ! モグモグ」
早速料理にがっついたライはとても幸せそうだった。アウリスもお腹が空いていたのでライに負けじと口に運んだ。
ガシャン
二人が食べ始めてから程なくして、離れたテーブル席から皿が割れる音が聞こえた。
「やめてください! お願いです! やめて!」
アウリスは声のした方向に振り返り、ライは口を動かしながら声がした先を横目で見ると、そこにはアウリス達と同年代の店員らしき少女が酒に酔った三人に絡まれている。
「隊長さん、勘弁してください! その子はうちの娘なんです」
店主が慌ててテーブルに向かうと、少女を解放するように懇願している。
「うるせぇ。減るもんじゃねぇしいいだろうが。それともなにか、この街の警備隊長に逆らうってのか」
「いえ! そうではありませんがその子だけは放してやってください」
隊長と呼ばれた男は、少女の腕を掴むと力づくで引き寄せた。
「お父さん助けて!」
涙を浮かべて怯えている少女が助けを求めたその時、アウリスが席から立ち上がると少女の腕を掴んだままの警備隊長へと言葉を放つ。
「やめろ! 嫌がってるじゃないか!」
「なんだお前は、文句があるのか? 見たところよそ者だろ。とっとと失せろ。牢獄で一生暮らしてぇのか」
アウリスは店内の視線が集中していることを感じた。全員を見渡してその表情をみれば、アウリスとライの二人以外の皆が仲間だと分かった。
「牢獄はお前みたいな悪人が入る所だろう? 早くその手を放せ!」
その言葉に蔑んだ笑みを浮かべた男は見下した視線を向けたまま、ついには笑い出した。
「ハッハッハ、牢獄に入る奴は俺の気分次第だ。ここで邪魔するとお前ら二人とここの店主が入る事になるのさ。俺が警備隊長だからな。どうだ、正しいだろ。分かったなら大人しくしてるんだな」
こんな奴に街の警備を任せてるなんてふざけてる!
アウリスは話にならないと理解すると、テーブルに向かい躊躇いなく男の腕を捻り、少女を解放した。
「いててて! 何しやがる。舐めやがって! お前らここで死刑だ! 」
捻られた腕をさすった警備隊長の号令で次々にその場にいた仲間たちが立ち上がると、アウリスに寄ってくる。背中を掴もうとした相手の攻撃をかわしすと男の腕を掴み投げ飛ばす。飛ばされた男が激突したテーブルは倒れ、食器や酒のボトルが床に落下して大きな音を立てた。それを皮切りに次々と男達がアウリスに襲いかかり、アウリスの反撃で応戦する度に派手な音が店内に響きわたり、店の物がどんどん壊れていく。
「ハハハ! 派手だねぇ」
ライは椅子に座ったまま体を向けて楽しそうに言った。料理を食べ終えて満足そうに肘をテーブルに置いたライは、観戦して楽しんでいるようだ。
「ライ! ちょっと手伝ってよ!」
「こんなやつら一人で十分だろ?」
そう言った時、敵の一人がライに殴りかかった。
「よいしょっと」
ライはヒラリとかわした瞬間に相手に三発殴りつける。殴られた男は倒れると、そのまま起き上がらなかった。そしてそのままアウリスの所にも加勢すると、二人であっという間にその場の半数を気絶させたのだった。
「お前ら、調子に乗るなよ。全員抜刀しろ! おい、詰め所にいるやつら全員呼んでこい」
相手が全員剣を構えてアウリスとライを取り囲んだ。
マズイ、このままじゃ店の親子を巻き込んでしまう
「アウリス、外に出よう。俺が先に突破する! ついてこい!」
アウリスの焦りを汲み取ってくれたのか、そう言ったライは背中の双剣を抜いて両手に構えると、凄まじい踏み込みで入り口の前にいる二人を一瞬で倒すとそのまま店の外へ出た。
凄い……アウリスは思わず気を取られてしまったがすぐに後に続き外に飛び出した。敵の仲間たちは信じられない出来事に呆然としている。
「何してる! 追え!」
隊長が男達に叫ぶと次々に店の外に飛び出して待ち構えるアウリスとライを取り囲む。
「お前ら簡単に剣を抜いたけど、覚悟出来てんのか?」
ライは怖がることなく、焦る訳でもなく真剣とは程遠い口調で周りを取り囲む警備隊に言った。
「ふざけんな! こいつらを殺せ!」
「あっそう」
隊長の叫びに全員が一斉に動き出すと、ライは片足を引きながら重心を低く構える。次の瞬間、地面が沈む力強さで踏み込んだ。向かって敵は剣を振り下ろす事も出来ずに瞬く間に倒されていく。アウリスが二人倒した時には、もう警備隊長しか残っていなかった。
「お お前ら一体何者だ」
警備隊長はかなり動揺していた。今まで街の中で歯向かう者はことごとく私刑に処して牢に入れてきた。まさか自分がやられるとは思ってもいない事だった。
「何者って聞かれてもな、お前らに名乗る気が全く起きないんだよな」
その時、警備隊員二人が起き上がる。二人ともアウリスが相手をした者だった。
「おい、アウリス! 殺してなかったのか? 甘いぞ」
アウリスはこれまででまだ人を殺した事がない。悪人とはいえ殺すことに抵抗があった。
「おい、弱い方を囲むぞ」
アウリスを囲もうと三人が動き出したが囲みきる前にライが悉く倒した。
「隙を見せんじゃねえよ」
ライはそう言いながら剣を収めた。
「アウリス、そろそろあいつらの仲間が来るぞ。トンズラしようぜ!」
「そうだね、でも店の人が無事か確認だけしなきゃ」
店内に戻ろうとすると確認するまでもなく親子は店の入り口からこちらを見ていた。
「二人とも怪我は?」
「ああ、大丈夫だ」
「ごめんなさい、僕のせいで店が滅茶苦茶になってしまった。全然足りないと思うけど」
店主に近づいたアウリスは、ダンガスから貰ったお金を全て出した。それを見た店主は困った様子を見せたあとに穏やかな表情になった。
「何を言うんだ。娘を助けてくれてありがとう」
「ありがとう!」
親子からの礼にアウリスとライは笑顔で応える。
「お金はいらない。私たちはこの街を出ていくよ。いつもは一人で営業していて、忙しい時は家内が手伝ってくれてたんだ。今日はたまたま家内の体調が悪くてね。忙しそうだからと言って娘が手伝いに出てきてくれたんだが、すぐに目をつけられてね、あの有り様だった。今回の事でようやく決心がついた。さあ、君達も早くここを離れなさい。もうすぐ騒ぎを聞きつけた他の警備隊が来るはずだから」
「うん。二人ともお気を付けて」
「ああ、君達も気を付けてな」
アウリス達は別れを告げると、街を出ようと店をあとにした。