混戦
ライとフェリスはアウリスと離れた後、進む道中で街の人々に危険が迫っていると、これを助けながら走り続ける。ライが突撃してフェリスが弓で援護する。即興のコンビだが不思議と連携は合っている。
こいつ、ただの薬屋ではないな
一体何者だ
何の目的で俺を助ける
騎士団相手に圧倒しているライの剣技にフェリスは疑問が尽きない。ライはというと。
すっげえ戦いやすい援護だな
これほどのもんはラスティアテナでもそうはいないってなー
面白え!
相手が一人や二人だと難なく制圧する。助かった人々はフェリスに感謝を述べて去っていく。
「よーし! フェリス、次はどこだ?」
気安く名前を呼んでくるライに対して舌打ちしそうになるが、不思議と出会った頃より嫌悪感が薄れてきている。それに助かっているのも事実であり、出来ればもう少し手を借りたい所だった。
「探している者がいる。そいつを探しながら皆を助けたい…」
「おう! いいぜ!」
我ながら自分勝手な要望だと思うが、さして仲良くなるほど時間を共に過ごした訳でもない目の前の少年からは気持ちのいい即答が返ってくる。
「何故、協力してくれる」
「ん? あー、アウリスがそうしたいって言うからなー。俺も賛成だし、俺は王の剣だからな!」
「フッ、なんだそれは」
フェリスの疑問に対する返答はよく分からないものだったが、自分自身で意識せずにふと微笑していた。それに気付いたフェリスは照れ隠しをするように顔を背けてしまう。
「お、おい、いくぞ」
「オッケー!」
悲鳴が聞こえる方へ向かいながら、二人は走り出す。
目と耳が常人よりはるかに良いフェリスは、ライより先に気付けば即座に弓を引き、誰ともなく助ける。今思えば自分はこういった状況で民を助ける騎士にずっとなりたかったのだ。国のためという名分で助けるどころか苦しめる、そんな日々を過ごす内に自身で言い訳ばかりしていたに気付く。仕方がないと誤魔化すようにそして、自分自身に失望していたのだと。
「お前、人気者だったんだな! 皆から名前で呼ばれてるじゃねえか」
「五月蝿い」
フェリス様と名前を呼ばれる度に、ライは感心した。しかし、助けた人々からは感謝されるが、中には鎧を見ただけで怯え、逃げ出す者もいた。最早恐怖の象徴だと自嘲する他ない。この後、自分がどうなるかも理解している。騎士団からの脱退の意思を伝えたとはいえ、所属していたことには変わりがないのだ。騎士団に殺されるか、故郷に殺されるか。愚かな憧れに振り回された末路に相応しいと思う。だが、命尽きるまで助けられる者を助ける、その先は潔く受け入れる。増え続ける傷をもろともせず、フェリスは走り続けた。
街の中は避難したり、物陰に隠れたりして視界に入る住人は少なくなっている。全くいない訳でもなく、今も民が騎士団員によって斬られる寸前だ。
そして、さらに進む先の向こう側から大勢の兵がこちらに向かってくるのが見えた。
「ライ!」
「任せろ!」
この時になるとフェリスは名前で呼ぶようになっていた。素早く矢を射ると敵の肩を貫き、意識がこちらに向いたところでライが斬り飛ばした。フェリスが駆け寄った時には、五十名程のノーブリア直轄兵に囲まれていた。兵達の目には戸惑いの色が見える。フェリスの事は当然知っている。第七騎士団に所属していることも自分達の州の長の血族ということも。
「フェリス、こいつらは敵なのか?」
「……」
フェリスとしては敵ではない。だが、相手は暴挙をふるう憎い敵だと思うだろう。
「フェリス様、御同行をお願いします」
指揮官らしき男からの要請にフェリスは迷う。いや、応じるつもりだがまだその時ではないと。第七騎士団の脅威がなくなるそのときまでは捕まる訳にはいかなかった。
「俺は…」
その時、直轄軍部隊の後列が崩れる。怒号や悲鳴と共に新たに現れた第七騎士団員十名に次々と斬りこまれて、部隊との混戦状態に陥った。この中で一際目を引く激しい戦闘箇所があり、フェリスが視線を向けた所でそこにいた一人の騎士と目が合う。
テアトリス副団長!?
相手を確認するとフェリスは苦々しく顔をしかめる。当然予想はしていた。第七騎士団が全員で行動しているのだから遭遇することは十分にあり得る。騎士団副団長の実力は良く知っている。フェリス個人ではまず敵わない。だが、少しでもこのノーブリアから脅威を減らすのであれば、まだ体力が残っている内に怪我を負わすなどで戦力を削ぐ好機だととらえた。
あっという間に部隊が崩壊していく。その最中に迷わずフェリスは矢をテアトリスに向ける。
キンッ
その矢を剣で落とすとテアトリスは嬉しそうにフェリスに向かって凄まじい速度で距離を詰める。
「ようフェリス、やっぱりお前はついてこれなかったな。残念だが殺すしかない」
至近距離まで距離が詰まるとテアトリスの剣擊を弓でいなすが返す早業で腹を裂かれる。
グッ
反射的に身を引き致命傷は免れたものの、深い傷を負ってしまう。さらにテアトリスの剣がフェリスに迫るが、ライが割り入って防いだ。
「へえ、何だお前は。フェリス坊っちゃんのオトモダチか?」
競り合いの最中の問いに連擊で返す。
「やるじゃないか、これは楽しめそうだ」
「ようやく手応えがありそうな奴が出てきたな!フェリスとはまあダチだ」
ライが手数で圧し返して距離を離すと、即座に矢がテアトリスの頭に迫る。それを難なく首を傾けて回避した。
「狙いが甘くなってるな。もう終わりか?鍛え方が足りなかったな」
弓を引くにも激痛を我慢するだけで精一杯のフェリスの矢は精細を欠いていた。脅威でも何でもないとテアトリスは、落胆の視線を向けた。その時、
「フェリス!」
混戦の合間からカイゼがフェリスを見つけて駆け寄ってくる。
「おい、邪魔をするんじゃない」
テアトリスを横切った瞬間にカイゼの背中から血飛沫が飛ぶ。
フェリ…ス…
「カイゼーー!!!」
地面に倒れ伏すカイゼの所にフェリスは一心不乱になって駆け寄る。テアトリスは容赦なくフェリスを斬りつけるが、ライはそれを許さない。
「カイゼ! しっかりしろカイゼ!」
「フェ…リス…ごめんな…さっきは…お前の気持ちも…知らずに…」
「そんな事! なあ!しっかりしろ!」
抱き抱えたカイゼの背中から止めどなく流れる血に、フェリスは涙を流しながら発叫する。
「お…前の…お陰で…母さん…とカーラ…が…助かった…ありがとう…」
穏やかなカイゼの微笑みにフェリスの涙が次々と落ちる。
俺はどうなっても良かった
お前達を守りたかったんだ
何故俺は…
こんなにも無力なんだ…
「まだ諦めんじゃねえ!」
ライの怒声にフェリスは顔を上げる。
「まだ助けられる! だから諦めるな!」
僅かな希望にすがり、フェリスは腕で涙を拭う。
ライはずっとフェリスとカイゼを守りながら戦っていたが、周りの部隊は全て倒されて騎士団に隙間なく囲まれていた。
これは…
無理だ……
フェリスの表情にライの胸が締め付けられる。
まだだ!
諦めるんじゃねえぞ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ライの瞳に紋章が浮かびあがる。髪は逆立ち、体から発せられる雷が周囲に迸る。
バチバチバチ
「なっ、何だそれは」
テアトリスは未だかつて見たことがない現象に目を見開く。
雷を纏っている?
無数の放電が少し収まった所で、ライとテアトリスの目が合う。
!?
ライの姿が少しブレたと感じた瞬間、テアトリスの直感の警鐘が全身を駆け巡る。本能のままに剣を危険を感じる方向へ構える。
ドゴン
凄まじい音と共にテアトリスは弾き飛ばされた。奇跡的に剣を防げたのだが、落雷が直撃したような衝撃に意識を刈り取られる。飛ばされたテアトリスにライが追い付くと、視認出来ない剣速で空中で細切れとなった。その後も雷が迸るように次々と騎士団員を倒し、フェリスの近くに着地すると放電が収まり、片膝をついたのだった。
「ハア ハア ハア……」
以前までこの状態の後は意識を失っていたライだったが、今回は気を失わずに済んでいた。それでも、肩で息をしながら汗が止まらない様子は尋常ではない。何が起きたのかさえ分からなかったフェリスは、掛ける言葉がみつからない。
「ライ……お前…」
「ハア ハア さあ…早く行くぞ…」
全滅の様相の部隊から比較的軽傷な者がいたことにより、その者の協力を得て現在の場所から近い警備隊屯所へと移動した。
「ライ!」
丁度屯所の建物の前でジンと合流出来た。大きな音がしたからと、向かった先の事だったが、ライ達の状況を確認したジンはすぐにロキを呼んでくると、宿の方向へ走っていった。フェリスとカイゼが建物の中に運ばれると、ライは扉の横の壁にもたれて座り込んだのだった。