行き先
悲鳴と怒声があちこちでいりまじる街の中、カイゼ達は未だに何が起きているのか分からないまま移動していた。最初は走っていたがすぐにカーラが咳き込み、歩くのがやっとになり、今では立ち止まっている。
「カイゼ、アンナを連れて先に行って」
「お母さん!」
自分の体では逃げ切れないと、カーラはアンナと繋いだ手をカイゼへと差し出して苦しそうに言う。
「ダメだ、母さんを置いて行くなんて出来る訳がない」
このままでは捕まってしまうが、移動を早めるのは無理だと分かった。そして、自分達は騎士団に反抗してしまった。無論、後悔はしていないが、どこに行けばいいのか。反逆者となれば逃げ場などない。
家に戻り隠れるか。いや、それではすぐに捕まるだろう。職場で匿ってもらうか。でもみんなに迷惑がかかる。軍に保護を求めるか。しかし、王国に属している以上、捕縛されるだろう。
どうすればいいのか答えが出ないまま、とにかくこの場所を離れる為にゆっくりと移動を再開する。幸いな事に追っ手の姿は見えない。きっとフェリスが頑張ってくれているのだろう。そう思うと、カイゼは先程フェリスに向けた言葉を悔やんだ。
酷いことを言ってしまったな…あいつは俺達家族を守ってくれた。それなのに…きっと悩んでいた事とも関係があるんだろうな。俺達のせいで巻き込んでしまった。
騎士団というものを目の当たりにすると、そこに所属するフェリスの苦悩はどれほどのものだったか。皆から羨望や期待をされながら、実情が理想とかけ離れたものであれば、おおよそ察しがつく。
友への想いを巡られせる最中、遠くで別の騎士が街の住人を連行していた。そして、そこには警備隊の後輩が顔を青ざめさせて傍観している。理不尽な暴挙と分かっていながら、助けることが出来ないでいる。それは無理もない事かもしれない。助けることは王国への反逆とみなされる。そうなれば自分も連行されてしまうだろう。カイゼ自身もカーラやアンナが連行されるのでなければ逡巡してしまったはずだ。
何が騎士団だ。こんな事をするようなやつらだったとは
決して許される事でないが、権力を持つ方が正しいとされる現状では、平民にはどうすることも出来ない。
カイゼより三つ年下のドッジは警備隊の仕事をいつも真面目にこなすし、正義感も強い。それが今は騎士団の恫喝に歯を食い縛り、拳を握りしめて下を向いている。相手が盗賊や犯罪者であれば、何者であっても屈しなかったのだろう。しかし王国のエリートでは歯が立たないのは勿論だが、何よりも家族にまで危害が及んでしまう。気持ちが分かるカイゼは家族を守ることと、ドッジを巻き込まないようにしながら、連行されている住人を助ける方法を思案する。カーラとアンナに目を向けると二人とも不安そうに怯えている。
自分はもう罪が確定して助からない。
だけど……
その時、ドッジのもとに警備隊の仲間二人が駆けつけてきた。そして、捕まった住人を解放しようと騎士団に向けて剣を抜く。その光景にカイゼは驚愕する。仲間達もカイゼと同じ気持ちであったのだと。カーラとアンナを待機させて、カイゼは仲間のもとへ合流する。
「パーツさん!」
「おう、カイゼか。こいつらが街中で暴れてやがる。騎士団様ってのは弱い者いじめをするやつのことなんだな」
先輩隊員の軽口にカイゼは顔を綻ばせると、すぐに気を引き締める。その姿にパーツも気合いを入れ直すが、離れた場所にいる二人に気付く。
「おいカイゼ、カーラさんと、アンナちゃんがいるじゃないか。早く避難しろ。ここからなら屯所がいいだろう。きっとあいつらが守ってくれる」
「ですが! ……ドッジ、二人を頼めるか?」
仲間の気持ちは嬉しかったが皆が必死な今、自分だけが逃げるわけにはいかない。せめて二人とまだ入隊して間もないドッジを安全な場所に避難させたかった。ここの状況は控えめにみても絶望的だ。相手は騎士団。こちらは街の警備隊でしかない。カイゼの気迫にドッジは狼狽えながらも返事をして、カーラとアンナのところへ駆け寄っていった。
「貴様達、これは明確な反逆罪として断罪する」
騎士が抜刀するとその圧にカイゼ達は身の毛がよだつのを感じる。それを振り払うようにパーツが斬りかかるが、相手が剣を合わせると後方に大きく飛ばされてしまう。
「パーツさん!」
やはり力の差が違い過ぎると、カイゼは歯噛みする。無謀な覚悟だと分かっていながら剣先を相手に向けた。そこに多数の駆ける足音が近づいてくる。やがて姿を現したのは二十名の州直轄軍だった。そのまま部隊は騎士団とカイゼたちの周りを取り囲む。
これはどういうことだ。助けてくれるのか、それとも俺達を捕縛するのか。
カイゼはどちらとも判断がつかない軍の目的を知るために、固唾を呑んで周りを見渡した。
「第七騎士団、貴殿らの暴挙もここまでだ。その身柄を拘束させてもらおう」
指揮官らしき男が抜刀して号令をかけると、兵達は一斉に攻撃を開始する。その様子にカイゼは歓喜するが、それもすぐに崩れる。
騎士団二名の応戦により次々と州軍兵が倒されていく。程なくしてほぼ全滅すると、そのままカイゼに刃が向けられる。かろうじて攻撃を受けたものの、カイゼは右に弾き飛ばされて意識が朦朧とする。
クソ、強すぎる…
母さん達は無事に避難できただろうか…
無事だといいな
起きあがったものの肩を痛めてしまい、力が入らないまま剣を構える。その間にも軍の指揮官や警備隊の仲間も斬り伏せられている。対して騎士には傷一つ付けられず、疲れた様子もない。いよいよ絶望的になった時に、こちらに走ってくる者がいた。
青いが騎士団とは違う紺碧の鎧、フルプレートの重装備なのに疾走してくる。
騎士団? 軍隊員? 何者だ
騎士もその存在に気がつき、向き直って剣を構えた。
[ジン! あいつら第七騎士団よ!]
「分かった! このまま倒そう」
ロキと一緒に宿に戻ったジンは、装備を整えて外へ飛び出したが、アウリス達がどこにいるのか分からず、とにかく探しながら走っている所だ。見た目は重量感があるが、ジンの鎧は風の精霊魔法の付与により、重さがほとんど軽減されている。それにより装備をしていない時と変わらない速度で走る事が出来た。
まずは手前の騎士に槍を突きいれる。敵は剣を返すが、剣は腕ごと大きく弾かれて槍の穂先は騎士に到達する。大きな激突音と共に騎士は後方の壁まで飛ばされてめり込んだ。
「貴様!」
もう一人の騎士が斬りかかると、ジンは左腕のシールドで受け止める。シールドを起点に風の奔流がうずまき、先程同様に剣を腕ごと弾くと槍を横に薙ぎ払った。直撃した騎士は横に飛ばされて、建物の壁を破壊して倒れた。二名の騎士はそのまま起き上がることはない。唖然とするカイゼにジンが近づく。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「良かった。じゃあ」
そして呆然と立ち尽くすカイゼを置いて、ジンはまた走り出したのだった。